2022/11/19 のログ
ご案内:「歓楽街 ルーフトップバー」にノーフェイスさんが現れました。
ノーフェイス >  
けばけばしい電飾が夜闇を灼いている。
歓楽街にそびえる摩天楼、通路に面したルーフトップバーの一席。
見上げれば天井なき夜空に星々が瞬いている。

めいめいに夜を愉しむものたちがひしめいている。
どこか退廃の気配漂う場所だが、どうにか表と呼べる場所。

ノーフェイス >  
あちら側は昨日の今日、立ち直ってはいるが風紀委員が多くなる趣だ。
血の色の髪と、炎の色の瞳を持つ女は、サングラスの奥にその眼光を隠し、
摩天楼の一角、テーブル席にひとりでかけて、ぼんやりと時間を過ごしていた。

「ドローン・カメラは回ってないか」

数日前から流れていた噂話が釣り餌であろう、ということは判り易かった。
でも、相当に"狭い"ところでやってるらしく、臨場感を楽しむことはできないようだ。
競艇とか競馬をラジオで聴くような――、まあ、いい。
見世物にしたいわけではないのなら、味気ないが結果と経過だけ楽しませてもらうことにする。

「――どっちに賭けようかな」

赤い唇に笑みが浮かぶ。
女の手元には、レンズ越しの視線の動きを、認識率ほぼ100%でキャッチしフリックする新型端末の画面が淡く発光している。
ちょいとセーフティを外してイケナイ感じのサイトにつながるよう細工されているのだ。
・・・・
顔見知りの男二人。趨勢は――判りきっている。

「フフフ」

ミントを強めに効かせたモヒートのグラスで、溶けた氷が短く嬌声をあげた。

ノーフェイス >  
人は死ぬ。
大変容の前と後で、年間の平均死亡率がどれほど変わっているのか――そこまでは調べていない。
ただ、誰もが凶器を持ち得るという状況が、犯罪や暴力沙汰を呼び寄せやすくなるのは自明である。
それは、表と裏も変わらない。やるまでのハードルの高さ、やった後の隠れやすさ違うだけだ。

「それがいちばん、困るんだよな」

落第街は、ある意味それが日常だ。
ついさっき、昼間に太古の流行を掘り起こしているジューススタンドで黒い粒が浮かんだミルクティーを楽しんでいたところ、
頭上を通過したロケットランチャーの榴弾が合図となって違反部活同士の抗争が起きていた。

だが、――表舞台での破壊のハードルを下げ続ける男が、いる。今、この島に。
いまこの場で"花火"が上がろうと、なにひとつ可笑しくない。

「風紀委員の方々には、もうすこししっかりして欲しいんだケド」

ロンググラスを傾けて、清涼感のある辛味を味わった。
冷たいアルコールがよく効く。――何に?

「こっちは弱者が逃げ込める場所でなければいけない」

昨晩。
・・・・・
邪魔なものをいくらか風紀委員が連れて行ってくれたらしいが、それだって十全な数とはいえない。

人は死ぬ、どこでも死ぬのだ。だからこそ、こちらはより死ににくい場所である――
平和でなくても平和と見せかけることが必要だ。こんな女が、ここに潜んでいたとしても。

「―――――……、」

人が、
……死ぬ。

死んだ。らしい――そう聴いた。伝聞だ。

ノーフェイス >  
頬杖をついて、ルーフトップの突端、夜闇の向こう側をみつめた。
あの方向が落第街、地図の端、空白地帯、自分の本拠。

「――――」

モヒートが喉を潤す。飲みきってしまった。
何の意味もなくグラスを掲げて、細めた瞳がその鏡面を見つめる。
自分がどんな顔をしているのか確かめようとして、結露の歪みに阻まれた。

「……バレンシア」

追加オーダー。
視線のフリック。最後の決定は自分の指先で。
紅龍――実際のところ、彼が誰なのか自分もよくわからない。
ただ、より死にそうだから、彼に大きめに賭けておいた。
昨晩と同じ敗けをするとしても、そういう気分だった。

「そっか」

こぼれ落ちたのは、ただ、そんな。
力の抜けたような呟きだけ。

未だ短いと言っていい人生経験のなかで、自分がどうしたものに、どう揺さぶられるのか。
それを確かめられるのは、得難い機会だと思う。

ロックグラスに大量にオレンジが浮かべられたバレンシアを口に運び、
ぼんやりした表情のまま時を過ごす。アキダクトに水が流れる。

ノーフェイス >  
――    のさなか、行方不明になった    に対して、
親族からの捜索願は、州警察から再三の確認があったにも関わらず――

   から三年が過ぎ、未だ混迷を極める社会情勢の中、   の流行によって、

(―――……、あの時も、そうだった、っけ……)

ただ、そう。
"そっか"と。
そんな感慨がまず最初に浮かぶ。

こっそり紛れたこの島の合同葬儀をはじめ、
他者の永別の儀に立ちあい、喉は掠れ、涙も枯れる程の有様をみていると、
言う程でもないのかな、と胸のなかにその想いの程を問いかける。

バレンシアで冷やされた指でふれてみても、
その奥の心拍は安定していて、ともすれば非情を疑う程。

何も感じていないわけではない、何も。

「………」

次のグラスを頼もうか、どうか。
メニューに指を滑らせていると、

「コープ……、」

いや、
馬鹿馬鹿しい。

ノーフェイス >  
「ばーか……」

唇から、うわ言がこぼれた。

誰に、追憶の向こうにか、ほんの1ページ後ろの過去にか。
偽造学生証で決済を終えると、かけていたチェスターコートを羽織って女は夜闇に紛れる。

現在しか要らない。過去も未来もその手に掴んでなどいられないのだから。

ご案内:「歓楽街 ルーフトップバー」からノーフェイスさんが去りました。