2020/07/15 のログ
ラヴェータ > 「いつまでそう気楽にいられるか見ものだな。逃げたあいつのようになる日を楽しみにしておこう」

なんて軽口を叩くがそうなる未来は見えないと言ったところか。
まあ前任者のように別に逃亡させようなんて端から思っちゃいないのだが。
まあ言わずもがなと言ったところか。どこか似た者同士、理解がある分。
はたかれた手から汚れが落ちたことを確認すれば満足気に、それでいて小馬鹿にするようにフッと小さく神代に笑いかける。

「ふむ、私の出番があるようであればそれは其れなりに面倒な事態だろうからな。
そうならんようにしろよ」

銃声が聞こえた瞬間、それだけで散々少年を小馬鹿にし続けていた狐は臨戦体勢を取る。
周囲を警戒し、少年を庇うよう動くための意識を持ちその視線を周囲に巡らせる。
その表情は至って真剣である。
主な警戒は助けを呼ぶ声の方向へと向くが勿論、他方位への警戒も怠らない。
その様子には一朝一夕では到底身に付けることの出来ない数十年の深い経験が出ているだろうか。

「言われるまでもない。
...助けには行くんじゃないぞ。どうして怪我をしたか思い出せ

...どうしてもというなら私が行こう」

怪我の理由は、先日他の風紀から聞いている。
その上で釘を刺しておく。
そして、その上でもあれを助けるというのなら、出るべきは貴様ではないと。

神代理央 > 「私が、前任者の様に軟弱で怠惰だと思われるのは心外だな?現に、貴様に向けられた苦情の類は大幅に減少したであろう?」

減少したのではない。彼女に届く前に、上層部に報告が行く前に。
監査役によって何処ぞに葬られているだけだ。執務室のシュレッダーは良い働きをしてくれている。
因みに、前任者の生徒も別に軟弱でも怠惰でも無い。ただ、少女の監査役を務めるにはそう――真面目過ぎたのかもしれない。

「…そうならぬ様にするのが、私の仕事だ。その見栄えの良い軍服。汚さぬ様にせよ」

響く銃声。それと同時に、奔る影の意識。
第一級監視対象《血濡れの戦犯》の名は伊達では無い。少なくとも此の場において、経験という通貨を最大限所有するのは、少女である。
だから己に出来るのは焦らぬ事。司令塔として、異形と彼女を連携させ、それぞれの戦闘力を最大限に活かす事。少女の判断と行動を、阻害せぬ事。

――だが、そんな"小さな"騒動はあっけない終わりを迎える。
倒れた少年以外に敵対行動は無い。狼狽え、遠ざかりながら此方を伺う落第街の住民達に浮かぶのは、砲火が通りを焼き尽くすのではないかという恐れ。怯え。恐怖。
その愚鈍な振る舞いに舌打ちしながら、倒れ伏し助けを求める少年に視線を向けて――

――助けを求めていた少年は、既にこと切れていた。救いを求める言葉は最早無い。それどころか、少年の肉体は、幼い体は。見るに堪えないモノに、なって、いる。
溶けている。溶け始めている。救おうかと逡巡した少年は、最早その形を成していない。己の決断の鈍足さを、嘲笑うかの様に。

「――Feuer!」

叫ぶ。ほぼ無意識に、叫ぶ。
天空に向けられた砲身が。異形達が生やした針鼠の様な砲塔が。己の命を受けて一斉に火を噴いた。
轟く轟音。爆風によって巻き上がる砂埃。軋む廃屋。数多放たれた砲弾の行く末は――虚空。着弾地点すら唯の荒れ地。

「…見ての通り、姑息な手段に訴えようと。陰湿な罠を構えようと。我々は屈さぬ。止まらぬ。躊躇せぬ!この私を、鉄火の支配者を。私の首を欲するのなら、それ相応の覚悟と戦力を以て事に当たれ。所詮、貴様らの抵抗など無意味であり、価値など無い。それを理解したのなら――散れ!愚か者共が!」

耳をつんざく様な砲声が止んだ後、落第街の住民達に吠える。
傲慢に、尊大に。それでいて、僅かな憤怒を交えて。砲声に怯えていたところにそんな一喝を受けた住民達は、蜘蛛の子を散らす様に逃げていくだろうか。

「………現場検証にあたる増援の到着まで、この場所を確保する。退屈だろうが、付き合ってくれるか、ラヴェータ」

全てが終わり、静寂に包まれる人気の無い大通り。その真ん中で、異形に囲まれた少年が小さな声と共に少女に視線を向ける。

ラヴェータ > 「元より私には響いてこんがな。時折何かがすり抜けていく感触だけだ」

クレーム?ああ全て聞き流していたとも。
前任者が報われない。
本当に長期間よく持った方だ。

「なんだ?貴様も着てみたいのか?貸してやってもいいぞ?」

軽口を叩くがその調子に軽口に見あった勢いは見受けられない。
真面目にやるときはやるものだ。

....

「なるほどな」

異形の咆哮によってかき消された呟き。
原型を失っていくそれに未だに警戒しながらも、その様子には過去居た世界でも見受けられた合理性が見られる。
捨て駒の扱いはどの世界でも同じようだ。なに、私も捨て駒のようなものだったからよくわかる。
違ったのは死ぬかどうかだけだ。

爆風により飛ばされそうになる軍帽を片手で抑える狐の瞳に映るのは懐かしさと共感。
ただ、同情はしない。

「傲慢だな。貴様は」

付き合ってくれるか、とそう尋ねる神代に先ず返す言葉は了承でも否定でもなく。
至って冷静な声。
少年を救えなかった神代が自身に向ける感情に対して。
苛立ちを交える絶叫にも聞こえるその声に。
憐むような、叱るような視線を向けて。

「なに、私は構わないが、貴様こそ去りたくはないのか?」

その視線はすぐに逸らされた。
未だに警戒は解ききらないが。
ここに居たくはないのではないか、と神代に尋ねて。

神代理央 > 「…ああ、傲慢だよ。私は。知らなかったのか?私は、私の力と実力に。私と言う存在と決断に。常に傲慢でなければならない」

彼女の視線を一瞬だけ受け止めると、再びその視線は少年"だったモノ"へと向けられる。
少女から、その瞳の色が伺い知れるならば。其処には怒りも悲しみも、絶望も落胆も無い。
静かな虚空。思案する様な無色。そして――仄暗い、ナニカ。

「そう、私は傲慢なんだ。我儘なんだよ、ラヴェータ。私の思う通りに、思うが儘に事が進まぬのは腹立たしい。やせ細った子供程度で私を殺せると思われていた事が腹立たしい。
――ああ、本当に。何もかもに腹が立つ」

そうして、小さく吐息を吐き出すと。
憐憫と叱咤の視線を向ける少女に振り返り、その唇を歪める。

「私が?何故そう思う。何故私が、此処から立ち去りたいと思う。
此処は、私が勝利を収めた戦場だ。此処は、私を讃える凱旋の場だ。そして此処は、私への宣戦布告の場だ。
連中が私に喧嘩を売りたいというのなら、喜んで買い叩いてやるともさ。身の程を知らせてやるともさ。鉄火の暴風が健在で有る事を――叩き込んでやるともさ」

今宵、一人の少年の死を以て【鉄火の支配者】は歪な復活を果たした。
無辜の住民を気遣う様な思慮を持ち合わせた代わりに、違反生に対する慈悲は一切失われた。
交渉も降伏も投降も哀願も、全てが砲火の前に蹂躙される。
その様を見る事が出来たのは、監視対象である筈の少女のみ。

「……後続が着いたら、お前は帰れ。本庁まで行けば、どうせ面倒な報告書と格闘しなければならんからな。お前は、甘い物でも食べに行けばいい」

最後にポツリと。少女に視線を向けぬ儘呟いて。
遠くから聞こえてくるサイレンと車輛のエンジン音。それらが二人の元へ到着するまで、もう口を開く事は無かったのだろう。
後続の部隊が到着すれば、監視対象である彼女を置いて。張り詰めた様な表情の儘、本庁へ戻る車へと、その身を滑り込ませたのだろう。

ラヴェータ > 「傲慢であらねばならない、か
随分と歪な事を言うじゃないか。神代理央」

その瞳には鉄火の支配者は映っていない。
その瞳に映されるのは神代理央であり、決して傲慢であり続けなければならない鉄火の支配者などではない。
貴様はここから立ち去りたいのだろう?神代理央。
鉄火の支配者がそれを許さないとしても。貴様は立ち去りたいのだろう?

「そうか」

短く、淡々と。
存外早く監視の必要もなくなってしまったかもしれないと。
誰かは知らんが、この事態を引き起こした奴は『やってしまった』と。

神代理央から僅かに遠のいていた『鉄火の支配者』が
再びその距離を失った瞬間をただ
ただ見ていた。

黒い軍服を纏う白い狐が。
黒い何かに飲まれた金色の少年を見送る。

その背を見送りながら。
慌ただしさが出始めた現場でただただ、その瞳に感情を灯し続けた。

神代理央に対する、憐みを
傲慢であり続けなければならない彼への憐みを。

ご案内:「落第街大通り」からラヴェータさんが去りました。
ご案内:「落第街大通り」から神代理央さんが去りました。