2020/09/17 のログ
紫陽花 剱菊 >  
「では、決まりだな」

興味深いとも来れば後の予定を埋めるのは容易い。
幾何は泥土のような空気の場でも、楽しみが先に待っていれば
心も幾何か軽いもの。剱菊もまた、感情豊かとは言えぬ程に不愛想であるが
其の口元は薄ら笑みを浮かべている。

「……吝嗇(りんしょく)の毒、か。然るに、太平には必要な毒だ。
 かつての私も、如何様に人に疎まれようと、其の有り様を示した」

人に疎まれ、貶められ、其れでも尚人々の平和の為に刃を手にした。
乱世の世、かつていた己の故郷。"そうであれ"と望まれ
其れが"正しき"と言われたからこそ、其の毒さえ飲み干して見せた。
"歩く天災"と言われようとも、世の秩序に必要な事。
故に、酷く共感を感じていた。其の在り方自体は、己も今も変わりはない。

「……然れど、毒は毒。適度に解さねば、"人"と成り得ぬ」

が、"今の"剱菊はやや違う。
微笑むひぐれを、横目で見やった。

「……私として、風情を嗜む事もする。
 余計な世話であろうと、其方はまだ若人成れば
 毒を自覚するので在れば、其れを吐き出す術も心得ねば成らない」

「そうで無ければ、其の有り様は物の怪也」

人であるが故に、秩序は保たれる。
其れを越えてしまえば、最早物の怪と相違無い。
何時か、其の毒が彼女を蝕んでしまわないか剱菊は心配していた。
冷たき水面の中に宿す、日天子、即ち陽の優しき人としての有り様、気遣いだ。

「ご随意に────」

会釈一つと共に、共に歩む。
そして、彼女の在り方に耳を傾け、耳朶にしみ込ませた。
嗚呼、成る程。成る程。其れは感じてしまう訳だ。
何処となく憂いを帯びた表情のまま、感じる共感。
其れは……。

「……似ているな……」

己の生き様と似ていたからだ。
逆に此方が問われると、幾何かの沈黙があった。

「……ひぐれと、相違無く。唯、私は此の幽世の者では無く、異邦の身。
 乱世よりて、罷り越した者。ひぐれと同じくして、武芸者として育てられ
 己が技量を乱世を治める為に、全てを費やした。……結果は、道半ば流れ着いた迷い子で在るが……」

下げた眉に、苦い笑み。

「……其れでも尚、私の在り方は変わらない。此の幽世を、民草を護る為に
 同じくして異邦の民の導きにより、影の刃の道を選んだ」

「……相応に活躍はしていると思いたいがね。
 特に、トゥルーバイツの輩には、私も身を費やした……」

今でもあの騒動は、昨日の事のように思い出せる。
其れだけ己にとって転機であり、同時に多くを手にした激動の日々だ。

「……無聊な男で在る事は、違いないよ」

不凋花 ひぐれ >  道すがら出会った古風な人。名を知ったばかりで素性なぞ知らんが、妙に馴染む。
 波長か、言動か、空気か。どれともなく心にしみわたるような心地。
 あまり口も多くなく、落ち着いた喋り方だからだろうか。

「疎まれる事即ち悪。悪の悪であり悪の敵たれば、泰平こそ間近と。
 最初こそそう思ってはいましたが、孤独は容易に蝕むのです」
 
 そうあれかしと望まれ、そうせいと誰ともなしに云われて。
 火を呑むように苦しみながら荊の道を踏み続け、血だらけになりながら幾星霜。
 望まれてもいないのにこうしたら歓ぶと舞い上がって、たまに突き進んでみたり。
 独り歩き、孤独とはかくも空しき。自慰にも及ばぬこれらは、あまりよくない毒なのだ。

「――私は、未だ人とようよう認識しております。
 不具なれど両の足で立ち、考え、道理と意を理解する人なのです。
 若輩なれど若人、我が身は未だ若く青き人なのです」
 
 一部の人は気狂いのように正義を掲げ、己(ヒト)を殺している者も観測している。
 ここにいる人だって、半分人間を止めたような悪鬼羅刹が幅を利かせていることもあるし、出会ったこともある。
 彼の言葉をかみしめる様にこくりこくりと頷く。とても遠回しだが、彼なりに心配してくれているのだと理解して口元に笑みを浮かべる。

 とつとつと語られる彼の言葉は、まるで物語の語り出しのように。ほんのりと重みを増した苦笑い交じりの声は、どことなく親しみを覚える。

「よく、似ております。私達は」

 かつ、と電柱にぶつかったのを認識して角を曲がる。
 己は異邦ではなくこの地に根付いた人そのものだが、境遇はよく似ているものだった。
 歴史の教科書でしか聞かないような物言い、振る舞い、所作。程よく理解があるのは武家の出というのも幸いした。
 
「素晴らしいお心構えです。かのトゥルーバイツとも関りがあったとは」

 その事件の事は、書類と伝聞でしか窺ってはいなかった。大規模な動員が行われた、ということはよく聞いていた。
 この地にいる者らの聴きこみでも度々聞いてはいた。その中で生存し、こうして民草を守るために尽力を尽くさんと、方向性は違えど似た意義を持つ彼に深々と頷いて共感して見せる。

「ご謙遜を。剱菊もまた立派な御仁であらせられるというのに。
 かの事件についての武勇やあなたのことも含め、もう少しばかりお話を聞きたいものですが――」

そういう傍ら、既に歓楽街への『出口』は目の前にあった。
このまま惜しんで別れるも、ほんの少し茶屋で他愛のない話をするのも悪くはない。

紫陽花 剱菊 >  
「……然り。だが、其方は物をよく見ている。
 漆塗りの視界でも露ばかりも其れを感じさせない……」

其れを毒と、悪と言う。然れど未だに人と立つ。
先達者の教えか、或いは彼女自身が道理を理解したのか。
何方にせよ、そうと言えるので在れば己から言うべき事もなく
また、これ等の心配も杞憂に過ぎない。
そして、己を弁えている。幾何か、其の優等振りを眩しく感じる。
己には、其の様な輝かしさは無縁だったが故に。
其れは嫉妬とは言わない。ただ、そう、羨望だ。
僅かにはにかんだ口元。水底のような黒い瞳が差すのは
警邏の道の終わり先。

「……謙遜では無い。武芸程度、人の身で在れば誰でも出来る。
 心構えも、未だ人の心の機敏得ぬ未熟者……"刃"として、生きすぎた」

数多の生命を斬り捨てるが故に、刃。
人ではなく、先陣駆けて遍く全てを両断するもの成ればこそ
乱世で名を馳せたと言うもの。
しかし、此の幽世ではそうでは無い。故に彼も、"人"を目指した。
其れに関して言えば、未だに未熟。彼女にもきっと、到底及ばない。

「茶菓子の代わりに成るだろうが……嗚呼、ひぐれ」

小さく、頷いた。

「私達は、よく似ている。武芸を研鑽もそうだが
 其方が己を若人と有り様を示すのであれば
 不肖の先人として、其方の手解きを申し出たい」

「毒も、道も、剣も、其方が正しき道を歩めるようにの、せめてもの花添えを……」

其の道が茨と成れば其れを刈り取り
血に塗れれば其れを拭い、傷を塞ぎ
毒と在れば吸い上げ、道を指し示す。
未だ至らぬ事は承知の上だが、成ればこそ
彼女だからこそ、先駆けと成らんと思ったのだ。
徐に伸ばした右手を、拒否しなければその頬に添えられる。
鉄の如き、冷たき体温。然れど、其れは確かに人の温もり。

「参ろう、ひぐれ」

其れも、ほんの一時。
己も男足れば、女性の扱いも心得ているつもりだ。
折角だ、と茶屋への道は己が代わりに"杖"と成ろう。
頬から離れた右手は、彼女の手を取り先導しようと試みるだろう。
後は茶屋で、気が済むまで、彼女と語らい、刻を過ごす───────。

不凋花 ひぐれ > 「恩師に仲間に、よき親に。理をよく聞かされました」

歪まず、弛まず、真っ直ぐに。日本の足で堂々と立つこと是『人』なれば。
理解者と環境が良かったからと彼女は言う。何も見えずとも見えるものはあるのだと。
視えずとも誰かが先導する杖になってくれる。扶け助けられて己は生きている。
なれば施しを返すのもまた人の道理。
こうして良く己を理解する彼もまた同じく。寄り添い真摯に耳を傾けてくれる言葉には相応に報いなければならない。
悪い感情を抱かず、己の心に訴えかけるのは、やはり心地いいものだ。

「誰でも出来ても、極めるのは容易ではありません。
 あなたはきっとすさまじい武者でございましょう。剣を嗜んでいると足運びから何から何まで、よく理解してしまいます。
 ならばその刃、人を傷つけることはありましょうか。いいえ、あったのやもしれません」
 
 人を斬ることこそ剣の本懐。護国、攻め入り、鍛錬と後付けの理論は幾らでもある。
 生きる為に剣を振るうならば相手は獣やもしれないし、それなら可愛いものなのだが、そういう風に考えるのはあまりに失礼という物。

「一芸を極めればそれを認められる。けれど……武力ばかりでひしめく戦国はとうに終わっています。
 武器を取るばかりでなく、政を理解し、知識を以って振る舞う。刃には対話の為の鞘が必要で、言葉を交わす担い手の『人』がいります」

 そんな当然ともいえる道理を淡々と口にする。彼にそれが欠けているとは言うまいが、彼がそう語るのなら、それに合わせるよう同調し、歩み寄る。
 これもまた、刃たる彼に歩み寄るために。

「おや」

 歓楽街の喧騒と煌びやかなネオン蔓延る世界を前に、彼の言葉はそれらの何よりも響いた。

「私に手解きをですか……?」

 素っ頓狂な声が漏れていなかっただろうか。声は驚嘆の色を示していた。
 その刃は田畑の稲を刈り取ったかもしれないし、人の首を掻き切ったかもしれない。
 斬鉄を為したか、仕えた主を守ったか、謀反を起こしたかも知らん。
 されど必ず学べるものがあるはずだ。願ってもない好機なのだ。

 己の頬に手が触れられる。大きく冷たく、されどその掌は温かい。吃驚して身を引きかけたのを我慢して、眼を閉じたまま顔w上げる。
 ――やはり相手の顔は見えない。外の世界が眩しいだろうし、きっと目を開けていられない。
 どういう表情をして、どういう意図をもって自分を見ていたのか。
 彼の事が気になった。

「……不束者ですが、よろしくお願いいたします。」

 婚姻の儀のような口振りが、ついつい口を突いた。
 大きく頭を垂れ、杖を片手に、彼の手を取る。人々の喧騒から身を守る彼は道を切り開く刃であり、己を扶ける盾のようで。
 歩みは非常にゆっくりだが、彼に追いつこうと歩き出す。外の喧騒も普段は耳障りだが、今日は不思議と悪い心地はしなかった。

 彼たる人の杖に寄り添いながら、茶屋で一献。甘い茶と団子を食い、共に過ごしたことだろう。

ご案内:「落第街大通り」から紫陽花 剱菊さんが去りました。
ご案内:「落第街大通り」から不凋花 ひぐれさんが去りました。