2021/07/12 のログ
ご案内:「落第街大通り」に黛 薫さんが現れました。
黛 薫 >  
常世学園に入学して間もない夏を思い出す。

商店街の笹飾りを片付けるバイト、日給2000円。
ものの1時間程度で終わる仕事だから時給換算して
考えると割は良かったが、金額自体は大きくない。
仕事と言うよりはお手伝い感覚でやっていた記憶。

「……こっちのが長く飾られてんのな?」

片付ける人がいないだけ、とも言う。

七夕飾りにハロウィンの装飾、後はクリスマスの
イルミネーション。落第街の中でもうっかり表の
住民の目に入りかねない場所には申し訳程度だが
時節イベントの飾りが施されている。

落第街に逃げ延びて、初めてそれを知ったときは
呆れたような苦々しいような複雑な感情を抱いて
無性に苛々したものだが……今となっては大した
感慨も浮かびはしない。

黛 薫 >  
「片付ける気が無ぃのに飾るなってんだよな……」

ブツブツと呟きながら連日の雨で傷んだ竹を運ぶ。
短冊に使われる紙の質すら商店街や学生街の竹に
吊るされていた物と比べると露骨に安っぽい。

確か商店街の笹飾りは七夕が終わった翌々日には
撤去されていた記憶がある。風情も余韻も無いが、
こうして痛むまで飾られているよりは余程有情だ。

主導したのは生活委員の連中か、それとも時節の
イベントを楽しむ余裕がある落第街の誰かか。

竹や短冊を準備したのが誰であれ、これだけの数
願い事が吊るされているのは意外なことだと思う。

少なくとも、自分は効果の期待できない願いやら
祈りを信じる童心などとうに失ってしまったし、
叶うと思えない願いを見知らぬ人の前に晒すのは
恥ずかしいとさえ感じてしまう。

黛 薫 >  
引きずった竹から落ちた短冊を拾って、ゴミ袋に
ねじ込む。星に願う気持ちはもう残っていないが、
願いを込めた短冊が汚れ破れて地面に貼り付いて
いたら、書いた人は良い気分にならないだろうと
想像できる程度には感情の機微が理解できる。

「金が欲しい、ねぇ……」

雨に滲んだ短冊、漢字は最早読めない有様。
それでも残ったインクの形から、端的に書かれた
願いの内容が読み取れてしまうから面白くない。

短冊に書かれた願いはどれも即物的なものばかり。
切実であり、生々しく、けれど馬鹿馬鹿しい物だ。
『必要』を願わなくてはならない立場にある時点で
叶えられる『願い』なんてない。

願いを叶えるには行動──主に努力と呼ばれる物
──が必要になるし、生きるために必須ではない
行動に打ち込む場合、まず『必要』は満たされて
いなければならないのだから。

ご案内:「落第街大通り」にアーテルさんが現れました。
黛 薫 >  
短冊に綴られた願いは食事に金銭、不自由のない
生活、或いはそれらを得るための力を求める物が
多かった。しかし、きっと本気の願いではない。

(ちゃんと読める字ばっかなんだよな、コレ)

商店街の短冊……数年前の記憶に残るそれらとは
明確に違う点。落第街の短冊には拙い子供の字で
書かれた願いがない。

教育途上の夢見る子供──お伽話を信じ、七夕の
短冊に『叶えたい願い』を綴り、天の川を見上げ
織姫と彦星の逢瀬に想いを馳せる、そんな子供は
落第街に『存在しない』。

まあ、いたらさぞ良い売り物にはなるだろうが。

面白半分で、或いは縋るものが何もなくて自棄に
なった大人たちが『イベント』に参加するために
その場で考えただけの願い事。

「アッホくさ……」

落第街の片隅、誰が作り、使い始めたのかも不明な
簡易的なゴミ焼き場。傷んだ笹と、期待すらされて
いない願い事の山を火に焚べる。

アーテル > 「なぁーお。」

猫です。
黒猫が一匹、とてとてと落第町の裏路地を歩いている。
七夕が終わったその後始末、人間たちがせわしなく勤しんでいるのを、
黒猫はその様子を観察するように、その辺を我が物顔で巡回している。

「……んにゃあ。」

物珍しさゆえか、視線があちこちに向く。
好奇、関心、そして……羨望。
それは、人と意思疎通できない猫の姿のものにしては、
とても明瞭ににじみ出ているだろう、感情。

作業している人間は、この猫を些末な存在として気にも留めないだろう。
だが猫の方は、そんな人間ひとりひとりを、確実に視ていた。
そんな猫は、立ち上る煙に誘われるように、
とてとてとゴミ焼き場の方へとやってきたのだった。

「にゃーぉ。」

猫の言葉で一鳴きする。
通じるわけがないと思ってはいるが、猫の姿ではそれが自然。
先と同じように、猫は作業している人間を見ている。

黛 薫 >  
赤く濁った炎が薄汚れた街を照らし上げる。

笹の葉を燃しただけなら、炎も煙ももう少しだけ
綺麗だったのかもしれない。だが此処は落第街の
最終処分場のひとつ。堆積した灰の中には燃える
燃えないに関わらず、都合の悪い物が山と隠され
押し込まれている。

悪臭を放つ黒煙を前にして軽く眉を顰める程度の
軽い反応しか見せない少女はきっとこの薄汚れた
街に慣れきってしまっている。

いつかは輝いていたはずの、淀んだ水面のような
薄浅葱の瞳が、何の気無しに猫を捉えた。

「……お前は、痩せてねーんだな」

いつだったか、この街で拾った猫を思い出す。

毛並みも悪く痩せ細り、けれどふてぶてしかった。
餌だけ与えて落第街の外に放り出してやったが……
今も生きているのだろうか。

アーテル > 「……んなぁ。」

すらりと伸びた肢体に、整った毛並み。
食べるものに困っている細さには見えない。
飼われているもののように見えて、首輪は今はしていない。
いいとこの付近で育った野良のように、見えるだろうか。

「…………。」

猫は、声をかけてきた少女を視た。
人語を使って返すわけにもいかないので、
返答代わりとばかり、その視線に肯定の感情をこめて。
同時にどうせ通じるわけがないと、諦めの感情も加えて
高を括ってこそいたが。

黛 薫 >  
落第街は人に限らず、生き物に厳しい街だ。
野良猫自体珍しく、そもそも一度助けた猫だって
此度の黒猫とは印象が違いすぎて参考にならない。

整った毛並みに、栄養状態の良さそうな体付き。
飼い猫かとも思ったが首輪はない。学生街から
紛れ込んだにしてはどうも落ち着き過ぎている。
視線にすら感情が込められているように思えた。

もしや猫に化けた怪異か、とも勘繰ったが──

(まあ、考えすぎだよな)

警戒のし過ぎと言った方が正しいか。
ここしばらくの間、擬態の得意な怪異に気を張って
余計な勘繰りをしてしまっているような気がする。

「あんまり近づかない方が良ぃですよ。
ココの煙、あんま体に良くなさそーですし?
って、言葉が通じてるワケねーんだよな……。
ほら、離れてなって」

錆びついた火かき棒で軽く舗装路を叩いて音を
立て、離れるように促してみる。

アーテル > 「…………。」

少女はこちらに離れろと言ったのちに、火かき棒で地面を叩いていた。
猫の姿でも人語は理解できる。そのように変身しているからだ。
しかし、彼女のやっていることは、ただの動物に向けるそれ。
怪しまれていないことに、黒猫は小さくほくそ笑んだ。

「にゃぁお。」

離れるどころか、近づいてみる。
その煙、体に良くないのなら、なぜおまえはそこにいるのか。
なんて、通じるわけもないからかいを含めた問いかけを胸に秘めつつ、
するなと言われたことは、したくなる。
人間がそうだからと知っていたから、猫の姿でもそうすることにした。
好奇と興味をその瞳に宿して。

黛 薫 >  
「ああもぅ……」

地面を叩いた音で驚いて離れてくれると踏んだが、
実際には逆効果。却って音が興味を惹いたのかも、
などと反省してみるが後の祭り。

付近の建物はコンクリートの打ちっぱなし。
延焼の心配はまず無いものの、火を放置するのは
やはり危機管理の観点から推奨出来ないだろう。

燃え広がらないように時折火をつつきながら、
近づいてきた猫を横目に諦めたようなため息。
濡れた短冊が乾き、黒く焦げて散っていく。

「野良猫って、人間怖がらねーのかな……。
この街じゃ火より怖ぃ人間もいるってのにさ。
んな無警戒に寄ってきて蹴られても知らねーぞ」

文句を言いつつも危害を加える気配は見せない。
むしろ猫の方に火が行かないように、燃え滓を
軽く寄せる程度の気遣いがある。

アーテル > 火を前にして、腰を下ろす。
燃え滓がこちらに来ないように、少女が図らってもくれている。
そんな中、隣の少女はぶつくさと文句を言うものだから。
いよいよもって、ただの猫でいるのも面倒になってきて。

「お前さんは、それをするのかい?」

喋った。
流暢な人語で。
視線はまだ、火の方へと向けられている。

黛 薫 >  
「はーー??」

不機嫌さと、それさえどうでも良くなる脱力感。

野良にしては毛並みが良すぎる、それにしては
飼い猫らしくないと不自然さに気付いておいて、
でも怪異ではないだろうとタカを括っていたら
普通に喋りおった、この猫。

「あーもう、ホンットにもうなんかさー……。
蹴らねーですよあーしは。あーしは、ですけぉ。
この街の人間なんて誰も彼も心が荒んでんだから
猫でも人でも足元にいたらヘーキで蹴りますよ」

止まらない文句、しかし火も煙も猫から遠ざける。
粗野な口調と行動がやや噛み合っていないような。

アーテル > 「そりゃそうかぃ。
 かたやその日を生きるので精いっぱい、
 かたや輝かしい未来を夢見てその日を消費する…
 そんな格差の吹き溜まりじゃ、小さな命も疎ましく見えるもんかね。」

ふすん、と、饒舌に持論を披露した猫はそこに寝そべった。
彼女が自分のところに火や煙を来させないよう努力しているのは知っていた。
その温情を、享受していた。

「…不満がありゃあ、この猫に洗いざらい喋ってみるといいさね。
 俺ってば、この通り人間じゃあないからな。
 何を言っても、何をしても、相手は所詮ただの雄猫…
 人間相手にやるのたぁワケが違う。」

自分が喋ったとき、彼女は明らかな不機嫌さを露わにした。
…真っ先に逃げなかったことに、興味を持った黒猫は、
今も続けて火や煙を避けてくれている彼女のことを、聞いてみようとする。

「……それとも、得体の知れねぇモンに語るクチは持ってない、ってかい?」

そして黒猫は、少女の方を見やって、にやと笑った。

黛 薫 >  
「まー大体そんな感じっす。そんな感じ。
この短冊に書かれてたのだって、願いっちゃ願い
なんでしょーけぉ、『夢』じゃねーんですよね」

竹も上手く焼けば炭になる、と言うけれど。
当然ながらこの少女にそんなノウハウはない。

せめて夢とも呼べぬ願いの欠片が燃え残って、
その残骸を目にした誰かががっかりしないよう
灰になるまで焼くしかできない。

「さあ?この街じゃ行きずりの誰かにあること
ないこと話して楽しむ輩も珍しくもねーですし。
得体の知れない相手なんざ見飽きてますんで?
別に話しても?困りはしませんが?

洗いざらい吐かせたいんならもーちょっとばかし
デリカシー?みたいなもんがあると良かったすね。
あーしも猫相手とはいえ、会ったばっかの異性に
ぶちまけるほど軽くねーんで」

冗談か本気か、モラルも倫理も息をしていない街に
相応しくない言い訳を並べながら火かき棒を動かす。

アーテル > 「そいつぁ失礼。
 確かに、レディに身の上話を聞くにゃ礼儀がなってなかったなぁ?
 そういうのはもうちょい仲良くなってからー、ってかい。
 そりゃそうだ。くく。」

くつくつ、黒猫は小さく笑った。
もう、彼女にはただの猫とは思われていまい。
だが、だからといって危害を加えてくるものとも思われてもいないのだろうか。
不思議な空気だが、悪い気はしなかった。

「………さて、夢……ねえ。
 そういうお前さんは、短冊に何か書いたのかい?」

願いであって、夢ではない。
そう聞けば、こうして火がパチパチと跳ねる音さえも、
将来に期待を持てないものたちの、悲痛な声にも思える。
視線を前に戻して、儚く灰に返っていく様を眺めながら、
まずは直近のイベントについて、聞いてみることにした。

黛 薫 >  
「あーしは何も。もぅそーゆーの信じる年でも……
いぁ、そんなのは書いてる人らも変わんねーよな」

滲んだインクの黒は焦げた炭の黒に塗り潰されて、
誰にも聞き届けられないまま願いは崩れて灰になる。
ぱちりと弾けた火花さえ空に届く前に風に吹かれて
街を染める汚れのひとつになるばかり。

「気分が乗らねー、ってのはまあそうなんすけぉ。
何だろな、書いたもん人に見られるの嫌ってか……
書いて飾っても楽しい気持ちになれねーってのが、
参加する前から分かってるからっつーか……」

焼け崩れた竹の破片が灰の山を滑り落ちた。
錆びた棒の先でそれを受け止めながら思案する。

「夢でも願いでも、叶えたぃんなら何かしら行動に
移さねーとなんですよね。んで多分その『行動』に
『願いを書いて短冊に吊るすこと』は含まれない。
そーゆーのが効果あんのは、まず何を願うか自体
ハッキリ決まってねーヤツだけだと思うんすよね。

ま、七夕の願い事にそんな大層な意味とか無くて
イベントとして楽しめりゃ十分なんでしょーが。
あーしはそうやって余計なコト考えちゃうんで?
楽しめねーんだなってだけっす」

アーテル > 「………。」

彼女は思った以上に饒舌に語ってくれた。
猫はそれを黙って聞き届けて、
今だ火元へと視線をくべながら。

「具体的に叶えたい夢があるなら、短冊になんて書く暇などあるものか。
 その時点で、叶えようと努力しているやつの行いではない……
 まあ、そんなところかい。」

自分なりに、彼女の発言を咀嚼して、返す。

「でも、まぁ……なんだ。
 世の中にゃ、そんな願いや夢物語…言われたり聞かれたりでもしねぇと、
 まず考える余地もねぇようなやつだっているもんだ。
 ここのニンゲンなんざ、その最たるもんだろ。」

質の悪い紙切れも、書かれている夢のない願いも、
おしなべて灰と化す炎を、ひとりの少女が番をする。
そんな光景をぼんやりと、黒猫は寝そべりながら眺めている。

「ニンゲンの立場ってぇのは、なかなかに面倒なもんだなぁ。
 脳みそ空っぽにしてやろうにも、それができるのは…そうする余裕があるやつだけ。
 それができないやつってぇのが、いつも割を食う。
 夢を持つのも同じ話さね。
 夢を持つ余裕がなけりゃ、願いを書くしかねぇからな。」

黒猫は、ふすんと鼻を鳴らした。

「大変なんだなぁ、お前さんは。」

ご案内:「落第街大通り」にアーテルさんが現れました。
黛 薫 >  
「まー大体そんな感じっす。そんな感じ」

つい先刻と一文一句違わない言葉で返事をする。
生返事ではなくきちんと聞いた上での返答だが、
火の番をしながら会話に気を使う余裕はない。

「大海を知らず、広々とした水面で泳げない蛙と
大海を知ったお陰で自分の小ささを思い知った蛙、
どっちが幸せでどっちが不幸か、ってな。

頭を空っぽにする余裕が無くても、そもそも海を
知らなきゃ海のことについて考える必要はなくて、
ならココで生まれ育った夢を知らない、夢を持つ
考えすらないヤツは幸せなんだかどうなんだか。

そんなヤツ、そういないってか生きてねーけぉ。
追いやられたヤツの方が、なまじ幸せな世界を
知ってっから余計に悩むのかもな?」

不幸の形を比べることに意味はない。

少女はそれを知りながら、使い古された論調で
答えの無い問いを弄ぶ。自分の考えを『大変』と
評する獣もまたそれを知っているはずだから。

「ま、あーしなんざまだ甘っちょろい方ですよ。
ホントに大変なヤツならもっと必死に生きてる。
話す獣を前に逃げもせずこーやって話してるのが
あーしが甘えてる証拠、ってな」

アーテル > 「幸せのカタチ、不幸のカタチ……
 それこそ、そいつ本人しかわからねぇことだしなあ。」

ごろん、おなかを見せる形でへそを天にさらす。
彼女はこちらを見ていないし、こちらは獣だもんで、遠慮はしていない。

「まあこれはよく言われる話だが?
 幸せ、不幸せを感じるのは落差の比較しかねぇ。
 今を幸せと思えるか?不幸せじゃないのはなぜか?
 それを評価するのは、未来の自分がやる話さね。
 あるいは、今の自分が過去の自分を見比べるしかない。
 ……どっちにしろ、比較しなくちゃわからねぇ。」

それにしては、口がよく回っているようだが。

「話をする獣を前にして、そんな余裕でいいもんなのかねぇ。
 俺ってば、気味悪がられて逃げられるまで想定してたもんだが。
 ま、ここまで胆が据わってんだったら…むしろ甘えていってもいいんじゃないかい?
 相手さえ間違えなけりゃーな。」

黛 薫 >  
「比較、な……めんどくせー評価だよなぁ。
人によって比較の基準が違うから落差の大きさも
大きく見えたり、小さく見えたりするんだよな。

何とも思ってなかった物を不幸だって言われて、
割り込んできた価値観に不幸を自覚させられたり。
大きいと思った落差に凹んでたらまだ底じゃない、
まだマシだって追い討ち食らったりとか?

あー、何も考えず『人によって』とか言っちゃって
ましたけぉ。それって猫相手に話すときも『人』で
良かったんすかね?猫によってとは言わねーもんな」

真面目に話していたと思ったらどうでも良い方向に
急ハンドルを切る。この人工島の近海にある島国を
故郷とする少女、彼女の母国語は人間が使う前提の
言語であるため、適切な表現がない。

「ま、それは置いといて、だ。誰にってワケじゃ
ねーですが、あーしはどっちかっつーと甘え過ぎ
なんすよね。強いて言うなら境遇に、か?

落差の話に戻すなら、あーしは自覚なく恵まれて
大したことなかった落差を嘆いてる立場なんで。
その上で誰かに甘えるとか甘える相手を選ぶとか、
そゆコト言ってられねーんですよね」

竹も短冊も、綴られた願いも等しく焼け落ちて。
食む物を無くした火種は灰の中で眠りに就いた。
燃え滓に水を被せ、火かき棒を定位置に戻す。

先の話を蒸し返すなら、自覚出来るのは主観的な
落差の大きさまで。それを大したことなかったと
評することが出来るのは他者のみ。

であれば彼女が己の不幸を過小評価するのなら。
それは誰かに言われたか、或いは彼女自身が──

「つか、言葉理解してんのに近寄って来たのかよ。
ココの灰も煙も、何混じってんだか分かんねーし?
身体に良くねーから近づくなっつったのに、全く。
慣れてねーからあーたに火が飛ばないようにすんの
結構大変だったんだかんな」

最後までぼやきながら、ぐっと大きく伸びをする。
良くない煙から離れて早々に煙草に火を付けるなど、
警告した側の態度ではないような気がするが。

「んじゃ、あーしは用事も終わりましたんで?
お暇させてもらぃます。言葉通じるみたいだから
改めて言っとくけどな、落第街であんま不用心に
人に近づかなぃ方がいいかんな。蹴られるぞ」

アーテル > 「人によって、でいいさ。どうせ比較するのはニンゲン相手だぁ。
 猫は猫で毎日を生きるのが精いっぱいなんでね。」

猫は毎日を生きるのが精いっぱい、とは言ったが、
それが自分を含むとは、言わなかった。
急に話の行き先を変更されようと、猫は動じずに乗ってみせて。

「くく。いいさ、お前さんも思った以上に喋ってくれたからなぁ。
 俺ってば、それだけじゅーぶん。
 これだからニンゲンの話を聞くのはやめられねぇ。」

へそ天な姿勢から、ごろんと再びうつぶせに戻る。
そのままぐーっと伸びをして、ゆっくり立ち上がった。

「溺れたとしても掴む藁は選べ……とは、当人にゃ非情な言葉か。」

甘える相手は選んでられない。
その言葉だけは、なぜか危険な香りがした。
とはいえ、自分にそれを諫める立場になければ、力もない。
…彼女に肩入れする、理由さえも。
そう思う頃には、炎はいつの間にか消えていた。

「まあまあ、心配するない。
 俺だってやべーやつとそうじゃないやつの違いはわかる。
 これでも色んなところを歩いてきてんだ。
 俺も俺なりに、喋ってもいいやつは、選んでるつもりさ。
 …こうして火除けまでするお人よしを、な。」

猫は一つあくびをしてから、ぷるぷると体を震わせる。
彼女もここから去るようだし、自分が残る理由もない。

「とはいえ、だ。危ねぇ目に遭うのもごめんだし?
 その話の駄賃に、今日は俺も大人しく帰ることにするさね。」

だから、今日くらいは彼女なりの警告に従ってやろうという気になった。

ご案内:「落第街大通り」から黛 薫さんが去りました。
ご案内:「落第街大通り」からアーテルさんが去りました。