2021/08/09 のログ
ご案内:「落第街大通り」に黛 薫さんが現れました。
■黛 薫 >
かつて世界は人と科学によって成り立っていた。
魔術や異能といった超自然に関わる秘匿が破られ、
異界からの賓や技術、文化の流入が始まったのは
21世紀初頭──所謂『大変容』がきっかけになる。
異世界の住民、人ならざる者はともかくとして、
この世界で最も大きな歴史の分岐点と読んでも
過言ではない『大変容』を実際に体験した人は
どの程度生き残っているのだろう。
(感覚としちゃ、歴史の教科書に載ってるよーな
話なんだよな。もう過去のコト、っつーか……)
変容という名が示す通り『大変容』の前と後では
あらゆる価値観が変わってしまった……の、だが。
どうも固定観念や先入観、偏見というものは未だ
根強く残っているらしい。
「女子供は弱い、っていつの価値観だよ。化石か?」
膨れっ面──比喩ではなく頰が赤く腫れ上がった
少女、黛薫は愚痴を溢す。まあその八つ当たりも
事実自分が弱い側だから負け惜しみ染みているが。
■黛 薫 >
落第街は混沌としているが秩序のない街ではない。
法や道徳に代わって、欲と力が無軌道を是正する。
自己利益の追求はエゴイストにさえ協力の意思を
持たせる、とはよく言ったもの。
違反に対して制裁を加えて秩序を保つのが健全な
街なら、分不相応な欲と力を振りかざせばもっと
強い者に叩き潰されるのが落第街。
とはいえその性質上、小競り合いレベルの暴力や
身の丈に合った悪事は許容されてしまうのも事実。
よく分からないままに酔っ払いに絡まれた挙句、
よく分からないままに歯が折れるまで殴られた
間の悪い者など珍しくもない……彼女のように。
(あーしが危ない異能やら魔術やら持ってたり、
擬態した怪異だったりしたらとか思わねーんだか)
まあ実際持ってないから一方的に殴られたのだが。
もちろん、異能や魔術を抜きにして考えるなら
子供よりは大人の方が強いし、女性より男性の
方が肉体的には強い傾向にある。
しかし、そんな価値観は『大変容』後の世界では
断定的なものではなくなっている。外見では歳の
判断がつかない長命種も、体躯に見合わない力を
秘めた異能者も、今や珍しくなくなった。
それでもやはり弱い者にしか暴力を振るえない者は
(そんな品定めをする時点で当人もまた弱者なのだが)
自分より弱い者として女子供に狙いを定めたがる。
■黛 薫 >
お陰で痛い目に遭いはしたが、今日に限っては
思いの外腹は立たなかった……気がする。
第一に勝てる喧嘩なんて経験したことがないから
理不尽にボコられたのは今回が初めてではないし、
何より(落第街の基準で)平和な時間をぶち壊した
加害者は遠からず己より痛い目に遭うだろうから。
一周回って憐れみすら感じられる。
幸いだったのは一時期ほど落第街を取り巻く空気が
殺伐としていなかった点だろうか。殴られはしたが
便乗して殴りに来る者はおらず、追剝ぎもなかった。
歓楽街健全化運動の一環でほんの少し街が清潔に
なったことが原因のひとつ。もっと大きい要因を
挙げるなら、近頃は風紀にも大規模違反組織にも
大きい動きがないお陰か。
「……はぁ」
とはいえ『平和とは戦争と戦争の間の準備期間』
なんて揶揄されたりもする。平和を深読みして
嵐の前の静けさを想像し、気分が落ち込むのも
仕方なかろうというものだ。
■黛 薫 >
黛薫は善人ではない。しかし不幸なことに一般人に
近しい感性、良心、社会通念という物を持っており、
それに従うべきだと考える生真面目さもある。
何せ14歳の乙女、休学さえしていなければ華のJC。
殴られれば当然腹が立つし、痛い目に遭うのは怖い。
でも。
(あーしだって、暴力沙汰起こすことあるもんな)
いつも思考はそこに行き着く。今回は偶々自分が
被害者だったけれど、加害者になることもあって、
そんな自分に相手を責める資格はあるのか、と。
別に怒りが冷めはしないが、それを思い出す度に
カッとなって振り上げた拳は振り下ろす先を失う。
自己嫌悪とか罪悪感とか、理解していてなお己を
抑えられない弱い自分への諦観とか。もやもやと
自分を苛む苦しみは増えるけれど、無駄な暴力に
訴える前に止められるのは悪いことではない筈だ。
■黛 薫 >
懐から取り出した煙草を咥えようとして、諦める。
腫れ上がった口で煙草を吸っても気が晴れるとは
到底思えなかった。
『大変容』以前は折れた歯の治療すら難しかったと
聞いたことがある。今日と同様、理不尽に殴られて
歯が折れたとき、歯科医に教えてもらった。
今日日、治らない怪我などそうは見つからない。
此処より進んだ世界から齎された医療技術と知識。
治癒魔術、神の奇跡。死者の蘇生すら絵空事では
なくなりつつあると聞く。
むしろ怖いのは病や呪いか。あまりにも多くの物が
流入したから、中には当然災いと呼ぶべき恐ろしい
病だってある。
けれど。
(治療を受けられるのも金があればこそ、ってか)
いくら技術が発達しようと、治療にはリソースが
必要で、リソースを満たすにはお金が必要になる。
経済という仕組みが生きている限り、先立つ物の
需要が無くなりはしない。
■黛 薫 >
「はぁー……」
深く、深く溜息を漏らす。口腔内の痛みと流れる
血に怯え、なけなしのお金を握って医者に縋った
あの日のような焦燥は最早ない。
むしろ、今は簡単に治療が受けられる。
何せ出資してくれる同居人がいるのだから。
(でも、あーしの金じゃねーんだよなぁ……)
返済を要求されはしないし、代わりに何か出来は
しないかと聞いたこともある。しかし、同居人が
求めるのは自分自身──正確にはあるかも不明な
己の内に眠る何らかの『素質』らしい。
つまり(相手はその存在を確信しているらしいが)
自分で到底信じられない、手に出来るかどうかも
怪しい代物のために『いてくれるだけで良い』と
いう破格の条件で扶助してもらっている。
ありがたい反面、非常に後ろめたい。
■黛 薫 >
せめて何かしてやれないか、と考えたのも今日が
初めてではない。分かりやすいのは働いてお金を
返すことだが……はっきり言って意味がない。
向こうは麻薬流通のルートを握っており、しかし
自分に出来るのはその日暮らしのバイトが精々だ。
返せるお金なんてほんの誤差のようなもの。
では生活の手助けを…….とも思ったがやはり駄目。
相手の懐事情を思えば手伝いの1人でも雇った方が
効率的だし、まず自分に家事の経験が無い。
とにかく今までの人生の大半を使えもしない魔術に
捧げてきたから、改めて考えると自分に出来る事が
本当に何もないのだ。
ではせめてその知識だけでも役に立てば……と。
残念ながらそれもダメ。同居人は魔術の天才と
呼んで差し支えない術師、実践が出来るお陰で
学習速度も自分より遥かに早い。
つまり──言い訳のしようもなく、完全にヒモ。
ご案内:「落第街大通り」にフィーナさんが現れました。
■黛 薫 >
このままでいけない、なんて殊勝な物言いをする
つもりはない。しかし養われる立場にも思う所は
あるし、何でもかんでも頼めるわけでもない。
(クスリはなー……頼みたくなぃんだよな……)
鞄の中にある重み──物理的にでは無く精神的に
重たい麻薬の塊に意識を向ける。自分が今までに
手にしてきたどんな麻薬より高価で高純度な一品。
ぶっちゃけ、怖い。キメたら戻れる自信がない。
それに今まで使っていた麻薬とは種類が異なる。
此方で気を紛らわしたとて、元々使っていた薬の
禁断症状が軽くなってくれるでもなし。
当人が流通の元になっているのとは別のクスリを
買うためにお金が欲しい、なんて頼むのは流石に
気が引けるのでやりたくない。
(働いて買うしか……ねーよなー……)
■フィーナ > 「なんですそんな痣だらけで」
ひょこり、と。マンホールから顔を出す。
どうやら何かを悩んでいるようだが…別に心を読めるわけではないので本人が話すまで気にしないでおく。
「治療、必要ですか?」
■黛 薫 >
「おっっっ、ま、お前なぁーー……」
意識の外から話しかけられ、声がひっくり返る。
考えていた相手の声だったから余計に驚いた。
「ホンット神出鬼没だよな。いぁ、そりゃあーたの
本来の……本来の?生態?とか?考えりゃ当たり前
なんだろーがよ……」
起動していたスマホの画面を消してぼやく。
そこそこ高価な品なので、普段はあまり落第街で
使いたくないが、時々衝動的に社会復帰の欲求が
湧いてきたときなどは、バイトに応募するために
使っている。今回も似たようなパターン。
「因みに今マンホールから出てきましたけぉ。
それ雨水用の下水管……だよな?生活排水用の
下水管通ってきてねーよな……?」
微妙に距離取ってる。治療より優先して確認。
■フィーナ > 「どっちがどっちなのかは知りませんけど。全部溶かして食うんですからそんな変わりはないですよ。要る成分だけ取り出して他は捨てる。人間も同じようなものでしょう。」
元の生態が生態であるため、汚物という概念がないのかもしれない。
もちろん味覚や嗅覚という感覚は備えてはいるが、不快に思えば塞げばいいので、そういう衛生観念に対する考えがものすごく薄い。
「気になるものがあるのであれば、善処はしますが。」
■黛 薫 >
「気にするからな?あーしは気にするからな?
衛生観念もそうだけど拾い食いとか……身体に
影響無くてもあんまり汚いモンは食うなよな?」
じりじりと距離を詰め、首元辺りに顔を近づけて
匂いを確認する。一応セーフ判定が出たようだ。
いくら見た目がヒトに近くても怪異は怪異。
対人想定の扱いをする必要なんてどこにも無いが、
頭で理解してもなお心に引っ張られるのが黛薫の
融通の利かなさである。
閑話休題。
「で、あーたってコレ治せる治療術式の行使とか
出来る感じです?ダメならまたお金貰って病院に
行こっかなって考えて……いぁ、貰う立場なんで
んな当然みたいな言い方するのは良くないってか、
ちゃんと頼まないとって思うんすけぉ、今回のは
流石に放置しとくと辛いってか、早めになんとか
しないとしんどいって……思うから……」
毎度毎度、必要な費用を用立ててもらうときでさえ
彼女はこうしてうじうじしている。落第街暮らしで
不労所得を手放しで喜ばないのは変人の域。
■フィーナ > 「自然治癒力の向上を目的とする法術は一応心得はありますよ。本職には流石に叶いませんが。というか…一応、なんとかする手段は渡しておいたと思うんですが。」
以前渡した投げ物類。生身の人間であれば見ただけで絶対に警戒する代物。防御系の異能や魔術を持たなければ一撃で戦闘不能にし得る代物。
それがあって何故ここまでボコボコにされているのか、理解できなかった。
「正確な治癒を望むなら病院の方が良いですね。わたしの術式だと痕が残る可能性もありますし。そういうのは専門家に見てもらうのが一番でしょう」
懐から財布を取り出す。つい最近までは持っていなかったもの。
この世から姿を消した違反部員の持ち物だ。
「変に気を使わなくても良いんですよ。私も目的を持って貴方と接してますし…まぁ、個人的な理由もありますから。」
その視線は、獲物を見る目ではない。親愛を持つ視線だ。
■黛 薫 >
「いぁ今回は酔っ払いに殴られただけなんで……
渡されたヤツ使うのはその、過剰防衛かなって」
殺らねば殺られる可能性のある街で過剰防衛など
気にする人間はごく少数、やはり変人の域である。
それで歯を折られていれば世話ないのだが。
「それはそれ、これはこれ。親しき中にも礼儀アリ。
あーたが良いっても感謝とか忘れたらおしまぃだと
思うんすよね、あーしは」
「とにかく、いつもありがとうございます」
きっちり感謝を述べて頭も深く下げる。
落第街で礼儀礼節を気にする者など(以下略)。
性根が不良に向いていないのではなかろうか。
「そいえば、研究の方。イィ感じに進んでるっぽい
ですよね。最近機嫌良さそう?っつーか、雰囲気が
柔らかい感じ?するんすよね。あーしの方も何とか
陣の暗号化は解き終わったんで、実際に起動しての
確認とかまた今度お願ぃします」
向けられる親愛の視線にはやや鈍い反応。
恐らくは『目的』を告げたとき信じなかったのと
同じ……『自分に価値があるはずがない』という
自己肯定感の低さが目を曇らせている。
『視線』を解しても、心で受け取れていない。
ともあれ治療費は受け取り、黄泉の穴や禁書庫に
侵入する研究の途中経過も伝えることができた。
予定外の邂逅だが、タイミングは良かったのかも
しれないと今更ながらに思う。
■フィーナ > 「まぁ、それが人間の価値観というのなら、それに従いますが。それでも、スタンぐらいは使ってください。非殺傷で一時的に目と耳を奪うぐらいの代物なんですから。」
懐からもう一つ、スタングレネードを取り出し、薫に渡そうとする。どうも薫が傷つくことに嫌悪感を抱いているようだ。
「研究の方はどん詰まりですよ。色々考慮しなきゃいけないことが多すぎて…。もし貴方が魔術を使えるようになったとして、それで敵を増やしてしまっては元も子もありませんし。発露するのは得意なんですが、隠蔽技術はからっきしでしてね…」
困ったように。
そう、研究は殆ど進んでいない。
自分が集められる限りで禁書庫や黄泉の穴に入る方法を模索したり、薫の『救出手段』を模索しているが、ほとんどが空振りなのだ。
「確認であれば、今やりましょう。後に回しては忘れることもありえますし、その知識からなにか発展があるかもしれませんから。」
■黛 薫 >
「ん……まあそれくらぃなら……」
受け取ったスタングレネードを手のひらの上で
しばらく転がして確認する。彼女が怪我をして
帰ってくるのは初めてではなく、どうやら命の
危機がないなら反撃するより殴られた方がマシと
考えている節がある。
とはいえ、貴方の『視線』から嫌悪を感じ取ると
少しバツが悪そうな表情で投げる動作の確認を
していた。今後は多少の抵抗くらいしてくれるか。
さておき、魔術の確認にあたって陣を敷設出来る
場所へと移動がてら報告を継続する。
「そか、機嫌良さそうだから進みが良ぃのかと
思ってましたが、そーゆー感じでもなかったか。
あ、そだ。それから……これはあーしの見立てが
甘かったっつーか、運が悪かったっつーか……
実行にあたってプロテクトに阻まれない強度の
共鳴性がある触媒を仕入れようと思ったんすけぉ、
アクシデントがあって受け取りが遅れるみたいで。
だからまあ、あーたの進捗とは関係なく実行には
まだ時間が必要そうっす。すんません」
恐らくは先日の取引の話だろう。人為的な火事と
行方不明者の発生を重く見た一時的な警戒体制が
敷かれているらしい。
■フィーナ > 「謝ることは無いですよ。こっちも何もできていないのですから。進展があるだけマシです」
くるくると、自分の体の成分から作り出した結晶を弄っている。
傍から見れば唯の結晶にしか見えない。
彼女が持っているということは、それは麻薬であり魔力であるのだが。
「そろそろ、改良するべきですかねぇ。出回りも悪いですし」
■黛 薫 >
移動を終え、テスト用の陣を敷設している最中。
同居人が転がしている結晶に目が吸い寄せられる。
色々と理由をつけて服用は拒んでいるものの……
それは麻薬であり、一時的ながら多くの苦しみを
忘れさせてくれるもの。
手が止まっていたのを自覚し、陣の敷設に戻る。
大元の陣は転移と存在証明、逆召喚を複合した
高度な代物だ。想定外の事態が発生して術式が
途切れた場合、術式の停止がトリガーとなって
転移対象が呼び戻される。コストの高さに目を
瞑れば、偵察や潜入に最適と言えるだろう。
テスト用の術式はその一部、存在証明の術式が
綴られた陣に、魔力の流れを記憶する魔法陣と
異常な動作が発生した際に術式を強制停止する
術式、起動後に陣を消し去る術式を重ねたもの。
正確に復号出来ているか、もし出来ていないなら
どこにミスがあるかを精査する手掛かりを入手し、
その上で発動後に痕跡を残さないようにしてある。
「改良、ね。それってスライムの核?なんすよね。
てことは、改良に際して変異種のスライムとかが
発生することになんのかな。怪異対策係も大変だ。
っと、陣の敷設終わりました。起動お願ぃします」
■フィーナ > 「核ではないよ。命令系統は作ってはあるけど、核とは程遠い。これには生殖能力はないからね。分体を動かすには十分な代物ってだけよ。どっちかって言うと、成分と命令系統を変えないとな―、と。」
すぅ、と。結晶が体の中に入り込む。これを改良したところで分体の性能が上がるわけではない。行動改善は見られるだろうが、それに留まる。
「…さて、これが件の陣ですか。なかなか『無駄』が多いですね。…いえ、術式を覚えきれない若輩ならこれぐらい必要なんですかね?」
こっちでも術式を解析しながら。どういうものかもわからず使うのは、無免許で飛行機を飛ばすようなものなのだから。
「さぁ、始めますよ」
解析が終わり、陣に手を置く。場所は…薫に貸している部屋でいいか。
魔力を注ぎ込み、座標を入力する。
■黛 薫 >
「ん……無駄、に見えますか。あーしにはコレで
限界なんで、ダメっぽければ改良は任せます」
小さくため息。そう、自分にはこれが限界だ。
復号した魔法陣を術者……フィーナに合わせて
調整し、魔力を流さずに確認できる範囲内で
冗長な処理を取り除く。
起動が出来ない以上、手の付けようがない領域は
どうしても存在する。それが最も端的に『非才』を
示しているとも言えるだろう。
(もしくは、フィーナなら確認用の術式を足さずに
解析できる、ってコトなのかもしんねーな)
重ねた術式を『無駄』と判断した可能性もある。
起動に伴って記録される術式の流れに目を通すと、
動作は想定の範囲内に収まっている。存在証明先は
借りている部屋。此処に転移術式の断片を重ねれば
対象は先の座標に『存在している』と定義される。
逆召喚まで組み込めば帰還も容易になるだろう。
記録を目で追いながら、雑談に興じる。
「核とは別物だったんすね、どーも魔術から離れた
分野になるとその辺りの区別もさっぱりなんだよな。
異界生物学とかなら初歩になんのかな……。
何となく話を聞いてる限りだと、本来の核ってのは
スライムの生殖能力に関わってんのかな。んで……
その結晶は核の代わり?っぽく分体を動かせるけど
生殖には使えなぃとか?アレっすよね、スライムの
生殖って……分裂?」
■フィーナ > 「原点でいえば分裂です。細胞からなる生物の原点、細胞分裂の延長が生殖に当たりますから。私はその中で人間―――いえ、あれはエルフでしたか。その卵子と融合して、今の私になった、と『記憶』しています」
快楽に溺れさせ、適度に栄養を与えつつ私以外の魔力源となっている、私の原点とも言える、『苗床』。魔力を吸収出来る、という突然変異種と交戦して敗北し、自分たちの管理下で喘ぎ、産む機械となったもの。
私という個体は、そこから『誕生』したのだ。
「ただ、私の場合は人間の特性も受け継いだようで。他のスライムが出来る『分裂』という行為ができないのですよ。出来るのは、結晶を使って千切り取った手足を動かす、という程度です。私の種を残すなら、多分…人間の生殖細胞か、スライムの核が必要になりますね」
自分が人間を模した上で、それでもなお知識は足りなかったから、この辺りはよく勉強した。人とはどういう構造で、どういう生命であるかは。
■黛 薫 >
「へぇ、んじゃあーたの姿はそのエルフのモノか」
陣に記述された魔術の実行が終了し、程なくして
付け足した術式の効果で陣が薄らいで消えていく。
念のため再度術式のログを確認して実験は終わり。
「とりあえず起動は問題なし、接続も良好っと。
無駄な部分があるとすれば、ココとココの処理は
経過を待たずに並列してもいけそう……かな?」
実際に起動できる者でなければ確認できない位置の
冗長な記述……きっと向こうにはそれが見えていた。
或いは自分では精査しないと分からない物がもっと
たくさんあるのかもしれない。
「てことは、あーたの使うスライムは従えられる
別個体じゃなくて、切り離したあーたそのものか。
で、種を残すなら別のスライムの核を利用するか、
人間の、生っ……うん、あーうん。つまり、まあ、
そういう……必要になる、んだな、理解した」
割と投げっぱなしで会話を切る。生殖細胞と聞けば
何となくそれをどう使うか、使う際にどんな手順を
踏むかは想像がつくが、口に出すのは躊躇われた。
(生娘じゃあるまいし、そもそもフィーナだって
言ったトコで気にするワケねーだろうけぉ……)
生きるため、ないし魔術の素質を得るためなら
己の身体を手札にすることだって厭わないが、
黛薫にだって一応年相応の恥じらいはある。
事実お金のために身体を売ったことはまだない。
「んじゃ、術式のログはフィーナに預けときます。
都度起動させての書き換えはあーしにゃ無理ですし。
フィーナ的に問題がなければこのまま使えますけぉ、
あーしが分かってないだけで最適化出来るトコとか
多分まだ残ってるんで」
■フィーナ > 「あくまで憶測に過ぎませんが。ただ、そうするとなると、私が産むのか、それとも産ませるのか…どっちなんでしょうかね?
まぁそれはおいといて。この術式であれば半分ぐらいは省略できますね。多分、貸してる部屋でもできそうな気はします。問題は、座標…ですかね。私の一部を持っていければ楽なんですが。そうもいかないですしねぇ。
………いや、待てよ?」
そうだ。禁書庫も、黄泉の穴も。
場所は、わかってるんじゃないのか?
モノは試しだ。
術式を、黄泉の穴――――その、『中』に、設定する。
そして、魔力を注ぎ込む。
■黛 薫 >
「その身体で産むのは倫理的な問題が……あー、
いぁ、フィーナにゃ関係ないよな、そりゃそうか」
黛薫は兎角頭と心の動きが一致しない。
頭では相手が怪異であると理解しているというのに
『人間としては』常識寄りの意見が出て来てしまう。
(一部の発育に目を瞑れば)自分より年若く見える
怪異の身体で子を産むのは何かマズい気がした。
怪異でなくてもエルフの身体なら人の常識なんて
やっぱり通用しないのだけれど。
と、悶々としているところで術式が再起動。
新しい処理経過が追加で記述されていく。
「座標設定、黄泉の穴……思い切った試しだな?」
まだ触媒が無いのだからそれは無理だろう、と。
そう思いつつも実行結果を精査して眉を顰める。
箸にも棒にもかからないと思っていたのに……
思いの外『良い線まで行っている』。
要するに触媒の必要性は封鎖を超えるための物。
封印に干渉しない共鳴を利用して転移を補助する。
つまり──共鳴に頼らなくて良い出力があれば
封印をすり抜けるのではなく破る形で転移できる。
なるほど、それが出来るだけの魔力、能力があれば
術式を半分近く省略できるというのも道理だろう。
外部術式に頼らず、自分の中で編めば良いのだから。
「……いぁ、でもダメだよな」
その方法で解決するなら陣を組み直さなければ
ならない。魔法陣が焼き切れ、霧散していく。
『現実的な範囲で』行使できるように組まれた
魔法陣では高負荷に耐えられない。
「ホントに、デタラメやってんな……ったく。
っても、そのやり方だと封印が破れるから……
封印管理してる連中の横槍が入るだろうし。
あとフィーナはともかく、あーしがその方法で
侵入したら封印を抜ける際の負荷で死にます」
少し凹む。才能の差、というシンプルで残酷な
言葉ですら足りない断絶を見せつけられた気分。
■フィーナ > 「……まぁ、そうですよね。そのために触媒が必要なんですものね」
霧散した術式を書き直す。自分が使う前提で、かなり省略しつつ。
「これで一応黄泉の穴周辺は騒がしくなるでしょう。その間に、触媒を入手して、渡る準備をする。一応、保護術式の検討もしておきますか」
魔法陣を少し書き足す。行き先は…まぁ、地面でいいか。
魔力を通して、開通させる。そして、自分の一部を突っ込んで―――――直ぐにもう一つの転移空間が出来上がり、そこから自分の一部が生えてくる。
「うん、これなら壁の中とか地面に埋まらずに済みますね」
一つ確認を終えたところで、座標を薫の部屋へと移す。
一通りの検証も終えたから、帰ろうということだ。
■黛 薫 >
「……残りの部分の検証、いらなくなったな」
遠い目。出来る範囲での努力、協力の意義なんて
結局なくて、この様子なら自分が何もしなくても
力押しでの実現すら出来ていただろう。
どうしようもない疲労と、虚脱感。
魔法陣の一部に検証用の術式を重ねに重ねて
テストするためだけに組んだ術式だったのに、
足りない部分を自力で用意して実用範囲内に
押し上げてしまった。
たかだか十年と少ししか生きていない若輩でも、
使える時間は殆ど魔術のために注ぎ込んできて。
脇に逸れれば得られるはずだった楽しみも全部
振り捨て、どうにか積み上げた知識の山の上に
立っても、才能のある者はもっと高くにいる。
その上で自分は持たざる者なのだから──
「ん……帰ろ」
気のない相槌を打ち、部屋へと帰る。
しばらくの間は話を振っても生返事ばかり。
虚な目で積み上げた本の山をじっと見ていた。
ご案内:「落第街大通り」から黛 薫さんが去りました。
ご案内:「落第街大通り」からフィーナさんが去りました。