2021/09/30 のログ
■神代理央 >
「そういう風に思っているだけでも、大分マシというのが
悲しい所ではあるな。違反せずに生きられるのならその方が
良い、と言える住民が、此処に何人いることやら」
やれやれ、と小さく肩を竦めてみせる。
実際、少年の元に報告が上がっていないという事は
つまり少女は今のところ風紀委員会が目に留める様な大きな
問題を起こしていない、という事。
…まあ、少年は風紀委員会の中でも急先鋒と呼称しても良い程の
武闘派であるので、少年に報告が上がる時というのはまあ。
――そういう事、になるのだが。
兎にも角にも、少年の知る限りでは。
復学の為に行っていた『表』でのアルバイトなどの機会が減って
いる…という懸念事項を事務的に纏めた書類の情報のみ。
それも、態々生活課だの事務方だのに名前を出したから上がって
きた情報であって。
少女の苦難も経験も、書類では何も知り得ない。
「訳有り、ね。貴様が訳有りで無い時があったのか、と問い
掛けたいところではあるが。まあ、好きにするがいいさ。
表の住民に迷惑をかけぬなら、此処に住もうが表に居ようが
約束とやらを果たそうが。
私にとってはどうでも良い事だからな」
秩序と体制を重んじるが故に。
落第街という街で少女が暮らし続ける事そのものを別に
咎める事は無い。此処に住む。此処に居続ける、という事自体は
別に何の校則にも違反していないのだから。
唯、その代わり。学園からの庇護も得られない。それだけ。
それを理解しているのなら――
という意味合いの言葉を、語りかけようとしたところで。
「…どうした。また発作か?生憎、精神安定剤の類は……」
俄かに変貌しかけた少女を見て、思わず声をかける。
それに合わせて、近付く歩幅が大きくなる。
唯単に、見知った顔の者が苦しそうだから。呼吸音に違和感を覚えたから。
それだけの理由ではあるのだが。だからこそその足音が少女に
与えるストレスに気付かない。気付かなかった。
少女が発した言葉を聞くまでは。
「……ふむ?手を出す、などと。先程も言っただろう。
余程の現行犯でも無ければ、私は早々武力を行使する事は無い。
第一、貴様程度に私の異能を――」
「………ああ、成程」
そこで、小さく溜息。
「…確かに、『そういう意味』で貴様に手を出すつもりはないさ。
とはいえ、男が近づいただけで其処まで気分を害する様なら
やはり落第街は貴様にとって暮らしにくい場所では無いかと思うが」
不安定な、崩れそうな精神。
明らかに通常では無い様子の膚と、汗。
それを見て尚、歩み寄る事を止める事は無い。
寧ろ、先程よりも大股に。少女との距離を詰めて。
震えるその手を取ってしまおうと、手を伸ばす――
■黛 薫 >
「おま、一遍デリカシーっつー言葉を……ぁー、
今のはあーしが悪い……はぁ、もう、あ゛ー……」
手を取った際、触れた肌から反射的な緊張……
触れられて驚いたとか、触れられるのが苦手とか
その程度では済まない強い忌避感の反応があった。
だがそれは理性で抑え込まれ、手を振り払うには
至らなかった。
「わーってますケドね。あーたの行動理念てか、
何を守りたくてそのために何を切り捨てられるか。
だから……そう、どーでも良ぃか。そうだろーよ。
その癖たまたま会ったくらいで声はかけてくるし、
ぁ゛ー……やっぱ、風紀ってキライ」
憎まれ口を叩きつつもその声音に嫌悪の色はなく、
疲れたような、泣きそうな響きがあるだけだった。
「……ホント、あーたって見かけによらずぐいぐい
来やがるよな。最初に会ったときもそうだっけか。
その服ぜってー高ぃだろ。あーしなんぞにあんま
近付かなぃ方がイィと思うんすけぉ。変なニオイ
残すと洗う人が困るだろーよ。言っといて何だが
あーたの場合そういうのやってくれる人って……
いなさそうか」
■神代理央 >
「デリカシーが無い、とは正直言われなくもない。
嫌悪感を持つのも呆れ返るのも勝手だ。好きにしろ。
生まれと育ちが要因だ。変えようもない」
手を振り払われる事が無ければ、其の侭少女の手首を掴んで――
脈拍を、測ったり。膚の色や発汗の状態を、確認したり。
「……別に無理して分かって貰わなくても構わぬよ。
私だって、別に理解して欲しくてしている訳では無い。
私がそうあれば。そうやって前に進めば、後に続く者達の
不安を払えるというだけの話だ。
………とはいえ、私個人なら兎も角、風紀委員会に対しては
もう少し好意的に捉えて欲しいものだが」
少女の手首に視線を向けながらぶっきらぼうに言葉を返していたのだが。
ふと、少女の声色の変化に気付けば…ゆっくりと、顔を上げる。
思っていたより近い。これでは確かに、少女だって身を強張らせたり
するだろうな、なんて。少しだけ苦笑いを浮かべた後。
「私は私の行動にも選択にも恥ずべきところはないからな。
勿論、間違えであれば謝罪する。反省もする。
だが、私は私が行おうとした事を躊躇う事は無い」
と、偉そうに告げた後。コホン、と咳払い。
「………などと、恰好をつけたところで。
気にされるのがニオイだのなんだのではな…。
そんなこと、貴様が気にする事でも無かろう。風紀委員の制服など
汚れ、傷付き、敗れてなんぼのものだ。
それと、洗う人云々は余計な御世話だ。今の時代、金を出せば
ある程度の事は解決出来る。
余計な事など謂わず、今は黙って心配されていればいい。
別に、此の侭連行などせぬ」
フン、と言わんばかりに言葉を返す。
そうして一瞬、その長い前髪に隠れた少女の瞳を覗き込もうとして――
――少女の異能に思い至り、直ぐにその視線は宙へと逸らされた。
■黛 薫 >
流れた冷や汗で下がり気味な体温、緊張で早い脈は
以前と変わらない。しかし肉の向こうの骨の感触は
少しだけ遠くなっていた。栄養状態は改善している。
今までが悪過ぎただけと言われれば否定できないが。
「あーたくらいスタンスが分かりやすくたって
嫌なモノは嫌なんだ。杓子定規に仕事で図る奴も
違反を出世のポイント扱いして喜ぶ奴もいるのに
組織そのものを嫌わずにいられるかってんだよ。
全員が全員嫌な奴じゃねーのは当たり前だけぉ、
それならそれであーしなんかにかかずらってんの
申し訳なくなるし。んならキライでいた方がまだ
……ぁーもう、なし、今のナシ。ダメだもう今日、
頭回んねーや」
落第街の濁った水で育って捻くれてしまったのに
根付いた場所は変えようもなく。身に付けた悪性で
自分の良心を傷付ける、どうしようもない不器用さ。
貴方のように実直に自分の立ち位置を貫けたなら、
或いは開き直って悪性に身を委ねられたのならば
短くなるであろう人生は心穏やかに過ごせたのかも
しれないが。
「うるへー、落第街にいると冗談の会話すら碌に
笑えねーモノばっかなんだ。真面目な風紀委員様に
嫌がらせするくらい許せ、違反じゃねーんだから。
あと気ぃ使って目ぇ逸さなくてもイィです、今は。
あーしの異能はオンオフとか出来ねーですけぉ。
ごちゃごちゃ感覚が混ざればどうせわかんねーし。
あーしの感覚なんざ、もうずっとオカシイんだ。
見られてるんだか触られてるんだか、誰もいな、
いなくても、ずっと、ずっとずっとずっと……」
前髪の奥、揺れる瞳に一瞬錯乱の色がチラつく。
■神代理央 >
未だ収まらぬ少女の脈拍。
されど、以前よりは幾分マシになった様に思える身体。
安堵の吐息は吐けないが、悲嘆する状況でも無いか、と小さく溜息。
何より、今の少女の脈が落ち着かないのはほぼ自分の所為であろう
くらいには、少年にも自覚はあったのだし。
「……それだけ聞ければ満足だ。
そうだな。組織そのものを好ましく思わずとも、貴様を救おうと
する風紀委員もいる事だけは、理解してくれている様だし。
であるなら、それ以上は私も求めないさ。それくらいには、
柔軟でいようと努力しているつもりだ」
クスリ、と小さく笑みを零してそっと少女の手を離す。
尤も、少女に投げかけた言葉は少年にも返ってくる。
落第街の全ての住民が、決して体制に刃向かおうとしている訳では、無い。
それでも少年は、システムとして。理想論を掲げる者として。
粛々と、任務に当たっているだけ。
そういう態度も行動も、少女に取っては気に喰わない。或いは
嫌悪感を持たれたとしても。それが己の在るべき姿なのだから。
「落第街の冗談は下品なものが多いから好かぬ。
罵詈雑言を叩きつけるなら、正々堂々。圧倒的な力で
正面から罵倒してやれば良いだけの事なのだがな。
それと。違反では無くても度が過ぎればしょっ引くぞ?
何事も程々にする事だ。
……なら、今は感情が入り混じった挙句。
気に喰わない風紀委員に見つかって気分は最悪。私の視線の
意味も色も、貴様には通じない、という訳か」
揺れる少女の瞳。
垣間見える錯乱の色。
こういう時…そう。主人公だと呼称出来る様な者であれば
より良い解決法が思い浮かぶのかもしれない。
暖かな善意と、少女を包み込む慈悲で物語は丸く収まるのかもしれない。
しかし生憎、自分はそうではない。少年は、自分では少女の感情を
穏やかに軟着陸させる事が難しい事は、良く理解していた。
だから――悪手だろう、と思いながら。荒療治に出る事にした。
「…………先に言っておくぞ。突き飛ばす時は、加減しろ。
悲鳴を上げるのは構わないが、出来れば助けを求める文言を入れろ。
いいな。わかったな?」
少女の真正面に立ち、子供に言い聞かせる様に言葉を紡いだ、後。
少し迷った様な、躊躇する様な素振りを見せてから。
恐る恐る、少女をそっと抱き締めようと腕を伸ばした。
■黛 薫 >
その感触は少女にとって2回目。今より寒い季節、
しかし明ければ春が来る冬の終わり際。初めて
鉄火の支配者と遭遇し、信念の形を知らない故に
怯えたあの日と同じように。
狂乱して、目の前に脅威が有っても尚可能な限り
手を上げようとしないのに、彼女の違反報告は
山と積み上がっている。理性で抑えきれない程の
衝動に何度抵抗し、内どれだけが成功したか。
声を上げ、心で抵抗を決めたときの拳とは違った
無軌道な暴力性とそれを振り切ろうとする理性が
数秒、貴方の腕の中で暴れて。
刺すような痛みが貴方の腕に走った。
それを最後に少女の身体からは力が抜ける。
突き飛ばすというにはあまりに弱く、寧ろ自分が
離れるためにそっと貴方を押して、尻餅をついた。
「ああ、クソ……二度もおんなじやり方で世話に
なるかって思ったのによ……何も変わんねー……」
黛薫の口の端からは赤い血が滴っていた。
唇を噛み切って痛みで以って正気を取り戻そうと
試みた結果うっかり貴方の腕を巻き込んだようだ。
■神代理央 >
狂乱。そして、暴走めいた暴力。
それを押さえつけようとは、しない。無理に少女が暴れるのを
止めようともしない。
ただじっと、少女が体力を使い果たすか。或いは理性を取り戻す迄。
事務的な言葉の羅列でしかない書類からでも、少女が如何に自らを
律しようとしていたか、くらいは分かる。
分かってしまう。
だから唯、緩やかに拘束するかのように腕の中に少女を捕えていた。
そんな行為も、腕に感じた痛みで力が緩むと同時に、少女が
弱々しく此方を押した事で終わりを迎える。
尻餅をついた少女を見下ろす。大丈夫か、と手を差し伸べる事も無い。
少なくとも、その資格は己には無い。
「…先ずは、正気に戻った様で何よりだ。
手荒な手段であった事は認めよう。貴様に激しい嫌悪感を
もたらすものと分かっていた事も、認めよう。
他に手段はあった。けれど私は、一番手っ取り早い方法を選んだ。
嫌いだろう?貴様は、こういうやり方」
少女を見下ろし、先ずは理性のある言葉を紡いだ事に小さく安堵の吐息を零す。
次いで、相も変わらず。何時もと変わらず。傲慢と高慢さを添えて
少女に言葉を投げかける。
少女が嫌う様。傲慢な支配者を、崩さない様に。
「御互い様ということだ。貴様は二度同じ方法で私に抱擁され、
私は以前と同じ方法しか取れなかった。
御相子、という事だ。どちらも、何も変わらぬ。
人はそうそう変わるものでは無いからな」
そうして、懐から取り出した長財布。
余り使い込まれていない――寧ろ、新品の様なソレ。
適度に札の詰まったソレを、少女の方に投げやった。
「女を抱いたのなら、金を払うべきなのだろう。この街ではな。
それはそういう金だ。別に施しでも何でもない。
お前の身体を楽しんだ金だ。使おうが使わまいがお前の自由だ。
悪辣な風紀委員に抱かれた口止め料も込みだ。返してくれるなよ」
金の詰まった財布を、受け取ろうが捨てようが構わない。
ただ、返されるのはごめんだと言わんばかりに。財布を放り投げた後、少女に背を向ける。
「………その金で良い寝床を探せ。あと、怪我の治療を受けろ。
約束、とやらを果たすのだろう?ならば、大過無いように過ごせ」
パンパン、と制服の埃を叩く。
そして、かつん、カツンと出会った時と同じ様に革靴の音を響かせて
少女に背を向けた儘、ゆっくりと歩みを進めて遠ざかっていく――
「……すまないな。いつも、助けてやれなくて」
最後に、少しだけ振り向いて困った様な笑みでそれだけ少女に言葉を紡いで。
返事を聞かぬ儘、少年は落第街の奥へ。
狩るべき獲物が。敵がいる場所へ。
少女を置いて。静かに立ち去っていくのだろう。
■黛 薫 >
「あ゛ーーもう、あーしがアレで、いやどれだ?
何でもイィけどアレだからあーたの取れる手段が
限られてるのは分かりますよ、分かりますがよ?
もしマジであーしが助けを求める悲鳴上げてたら
どーする気だったんだよもぅ。この街であーたに
恨み持ってるヤツが山ほどいんのは知ってんだろ。
尾鰭付いて広まったらあーたの立場悪くなんだよ。
分かれよ、分かってんだろーよもぅホントよぉ」
変わらない。そう簡単に人は変われない。
何処までも癪だが、他ならぬ自分がそれを示して
向こうも応えてしまった。たったそれだけのことが
無性に腹立たしくて、文句のつもりで未整理のまま
吐き出した言葉も文句の程を成さず、余計に頭が
煮え立つような感覚。
「クッソこんな言葉遊びで……あーた金はもっと
大事にしろって……あ゛ーー、マジ、マジで……」
返してくれるな、と一言添えるだけで返すという
選択肢を失うのが黛薫という人間だ。どこまでも、
どうしようもなく不器用な、ただの女の子。
今はお金にも、寝床にも困ってはいない。
強いて言うなら麻薬に手を出す元手は欲しかったが
風紀から受け取った金を汚れた用途に使いたくは
なかったし、これまでも使ったことはない。
去り際の言葉が聞こえてしまっただけに感情の
行き場が無くなった。思い浮かばないなりに
組み上げた、背中に投げつける予定だった罵声も
溶けて胸の奥で蟠ってしまって。
「だからキライなんだ、キライでいなきゃなんだ」
苦々しく呟いて、反対方向に去っていった。
ご案内:「落第街」から黛 薫さんが去りました。
ご案内:「落第街」から神代理央さんが去りました。