2021/10/15 のログ
ご案内:「落第街大通り」に藤白 真夜さんが現れました。
藤白 真夜 >  
この街を、常世学園の暗部と表現する人は多い。
私も、そうだと思っていた。
けれど、どの程度の人間がそう言い切れるのだろう。

「まだ暴れる方には鎮静剤を!酷いようなら迷わず拘束して!
 運べるようになったら意識のある無しに関わらずこちらに連れてきてください!」

落第街の通りに建てられた急増の避難所――とすら言えない野外キャンプ。
骨組みにテントをかぶせただけのもの。
開けた通りの地べたに、シーツを敷いただけの場所に、気を失った人間が何十人も並んでいた。

聞いたところによると、何か事件があったらしい。
呪いの塊めいたものが暴れ、何人も発狂しあるいは死んだとも。
だがそれでも、別に騒ぎ立てることではなかったのだ。……落第街では。
何より、こうしてわざわざ救護をすることも無いのだろう。
むしろこちらのほうが珍しいのかあたりの人間のこちらを見る目は、よくて奇異で悪くて悪意だ。
事実、私達も救護に来ているわけではないのだった。

ただの調査のおまけ。この街の人命はついでだった。

「ゆっくり、落ち着いて呼吸してくださいね。
 ……少しだけてのひらにちくりとしますよ?」

事実、私もそうだった。
新手の怪異の調査、想定された呪術痕の回収。
そのためだけに、近寄ったことも無い落第街に訪れていた。

藤白 真夜 >  
被害者の多くは、……ダメだった。
精神を癒やす回復剤や、治療魔術は全く効いていない。
一番効くのが記憶を消すもの。
きっと、何かトラウマを植え付けられたか、覚えてしまったのか。

意識を失う段階の人間に私が出来ることは、何もない。
ただ、苦しんでいるだけなら手段はあった。

「はい、大丈夫ですよ。……ゆっくり、私の手を握ってください」

未だ苦しむ男の人の手を取る。
――霊的な異常を見抜く見鬼の目をもってすれば、その原因は明らかだった。
ドス黒い呪いの痕跡が、煙のように未だ渦巻いている。

「……ちょっと、我慢してくださいね」

男の手を握り、お互いの手のひらに薄く傷をつける。
その傷口から、血液を流し込んだ。……私の、呪われた血を。
すぐさま、その呪いの比重とでもいうのか、呪いの大部分が私の血液に群がってくる。
そして、汲み上げる。
男が一瞬、苦しそうな声を上げるけれど、

「はい、終わりました!
 ……ゆっくり、おやすみしてくださいね」

汲み上げた後は、男は汗だくになりながら気を失うように眠りについた。

「……ふう……」

吸い上げた呪いが私をも蝕む前に、手早く薄っすらと青く輝くフラスコに流し込む。祭祀局の、耐霊加工のもの。
私がこんなところに呼ばれた目的は、これだった。

……私達の目的は、呪いの回収と研究。
ただそのために、ついでに人命が救えるかもしれない。
この場所では、命の価値はその程度らしい。

藤白 真夜 >  
「……はぁ。
 ……ちょっと、疲れたな……」

呪いを抜き取れるだけの人から抜き取り、一息付く。
テントの外に出て、受付の位置でペットボトルの水をあおる。

元から、救える人間はあまり残っていなかった。
ほとんどが、発狂か即死。
吸い上げた呪いも、よくわからない。
……少なくとも、この身に汲み上げた時の感覚は、妙な高揚感と異様な嫌悪でしかなく、"そういうもの"としか判断できなかった。

……やはり、この街に救護が来ることなんてあまりないらしく、珍しそうに見つめられる。

……ちょっと、気分がわるい。

なぜだろう。この場所への嫌悪というわけでは、絶対になかった。
人を助けることを珍しがるコト。
それだけ、助け合いが無いコト。
そんなことが、この街では当たり前であるコト。

その事実が、たまらなく嫌だったのかもしれない。

藤白 真夜 >  
「……はい。……無縁墓地埋葬に回します」

テントの中から報告が上がる。

また死人が出た。

錯乱する段階まで進んでしまった人間は、まず助からない。
あまりの恐怖とトラウマから、精神が壊れてしまうらしい。

"死"には慣れているつもりだった。
けれど、自らの体で感じる死の手触りと、現実として目前に突きつけられる氷のように冷たく無機質な現実は、全く違った。

(……これは、命への呪いだ)

呪いのことは、ある程度知っているつもり。
けれど、これは大分特殊だし、わからない。
それでも、見当くらいは付く。
結果として、命を捨てる呪い。過程がよくわからなかったけれど……。

(……なら、命への渇望で打ち消せる、はず)

なぜ、この街が嫌なのかがわかった。

諦めているからだ。

(私の中に、生への願いは、無い。
 ……でも。
 真っ当に生きることへの権利は、アナタ達は全員持っているはずでしょう……!)

テントの床に、薄く赤い紋様が広がる。
私の血液を、魔法陣として扱う。その上に居る全員と私は同一だという、証。

(思いっきり、生への渇望を叩き込む。
 そうすれば、ふざけた呪いなんて弾き飛ばせるはず……!)

これは、職務違反だ。結局のところ、命なんて救う意味が無いのだと言われているのと同じだ。
けれど。

「――生きたいヤツが生きて、何が悪いの……ッ!」

心の奥から、願いが湧き出てくる。回路と血液をめぐり――熱い血潮が、沸き立つように迸った。
魔法陣が赤く輝く。
血液と同調と、意味の統一。
私と、私と見做された被害者に、紅の光が煌めいた。

……。

「ふぅぅぅ~~~……」

結局、効果があるのかはわからない。
ただ、生への渇望を呼び起こしただけ。生きれるかどうかは、別の問題。

でも、私の中のわだかまる想いは、少しだけ、すっきりしていた。

ご案内:「落第街大通り」から藤白 真夜さんが去りました。