2021/10/21 のログ
『シエル』 >  
「筋の通った英雄論ですね。至極真っ当で、論理的です。
 確かに、世論が英雄を作るというのは間違いないでしょう。
 私も、その考え方は納得のいくものと考えています。
 
 ですが、貴方の行動は――自らを『壊れても良いもの』とし、
 『最大多数の者達、社会、世の在り方』。そういったものを
 救い、正そうとするもの、ですよね?
 
 その自己犠牲は――その行動は――何処までも英雄のそれ
 ではないでしょうか。知らぬ人も、多いのでしょうけれどね。
 
 そしてたとえ組織に属していようと、この瞬間にも。
 私達落第街に住む者の目は、貴方個人の方へ向いている。

 『大それた』ことをしている、と言っているのです。
 既に一個人が背負える一線を超えています」

最後には率直に、そう告げた。
少年が苛立とうが、少女の顔色は変わらない。


「『私の力は、私だけのもの』。
 そして、『私は、私だけのもの』ですか。
 立派な信念には、敬意を表します。
 
 しかし事実として、貴方が力を振るうならば。
 その結果は貴方だけのものにはなり得ない。
 力を振った分、知らぬところで――歪みが生じる。
 
 そしてその歪みは今、無視できないものになっています。
 聞けば、近頃は一部の違反部活が動きを活発化しているとか。」

そうして『シエル』は、瓦礫の山の向こうを見やった。
そこには、月明かりの下でも照らされることのない闇が、
静かに横たわっていた。

「抑止力は必要。そこに異論を唱える気はありません。
 しかし、抑止力とて力。加減を誤れば――
 思いもよらぬ大火を招くこともあります。

 そして燃え移ったその火が、
 貴方の親しい人に向けられているとしても。
 
 貴方はその力を振るい続けるのですか?
 そのように、『誓える』とでもいうのですか?」

神代理央 >  
少女の言葉に、僅かに表情が歪む。
己が力を振るう事によって、己の親しい者に災禍が及ぶ。
それは、己の望むところではない。
ならば、どうするべきなのか。

「……成程。確かに貴様の言にも一理ある。
強大な抑止力は、生み出す反発も大きくなる。
それは、歴史が証明している。
それに、その抑止力の憎悪の対象が力を振るう私個人に向けられる事も、まあ、認めよう。
個人的には、そうあれかしと思って行動していたところもあるでな」

懐から取り出した煙草。
調香師が造り出した、己だけの香り。
それを口に咥え掛けて――止める。
今、これに手を出すのは、何だか負けた気がする、から。

「……誓えるか、だと?
面白い事を言う。下らない事を言う。
私は、誰にも誓わない。私は、誰にも自分の行為を正当化して貰おうなどとは思わない。
私の選択を肯定するのは私自身であり、私の矜持を支えるのは私の選択と行動と結果。
それ以外に、在る訳もない」

こつり、と此方から少女へ一歩近づく。
それは、己に与えられた役割。人々が求め、自らが求める『支配者』としての在り方。
それを示すかの様に、堂々と。高慢に。足を動かす。

「何故、貴様如きに誓わねばならない?何故、私は私の行動の結果を怖れなければならない?
私の周囲に災禍の焔を散らそうというのなら、それもまた良い。
そうすれば良かろう。
ならば私は、向けられた災禍の焔の何倍。何十倍。何百倍、と。
その代償を払わせる。その愚かさを、思い知らせる」

静かな口調。しかし、その声には熱が灯る。
吼える様に。宣言するかの様に。

「私は『鉄火の支配者』
私は、その様な事で膝を折る事も、砲火を弱める事もせぬ。
私の焔を止めたければ、私の敵が私に跪けば良い」


「……力を振るう事による歪み。違反部活の活発化。
良いとも。幾らでも向かってくると良い。挑んでくれば良い。
その程度の事で、支配者が屈すると思うのならば」


「……その代償は、より多くの命で支払われるだけだ!」

『シエル』 >  
『シエル』は煙草を取り出す仕草を、見逃さなかった。
彼の内に迷いが生じているのは、その行動から明白だった。
しかしその迷いを払おうとしていること。
そして悩み、抗おうとする強さを持っていることもまた、
火を見るより明らかだった。

「流石の信念。そして、見上げた矜持です。
 組織の支えがあるとはいえ。
 異能の支えがあるとはいえ。
 一個人で、そこまで力強く宣言できる者はそうそう居ないでしょう」

それがたとえ、虚勢だったとしても。
この落第街で、瓦礫の山を前にしてそこまで宣言できるのならば、
その信念はもはや、本物だと言っても過言ではないだろう。

そして、彼の宣言を全て真正面から受け止める。
彼の熱を全て受け止めて、受け入れる。
ただただ、氷のような表情で。
ただただ、人形のような瞳で。

『シエル』 >  
 
 
「それでは、こうするしかありませんね」

『シエル』は、自らの懐に手を入れて―― 
 

『シエル』 >  
取り出したのは、小さな袋。
それは、あの『調香師』の店で購入した香りの一つ。

メメント・カリダ《あたたかさを忘れるな》。
その名を冠した香りは、何処までも優しい、
朝の香りと、バターの香り。

この瓦礫の山には似つかわしくないその香りを、
少女は差し出した。

そこに、言葉はなかった。
ラベルに書かれたその言葉、そして宛名。
それこそがメッセージだった。

ただ、彼女のその表情は今までの人形のようなそれとは少しばかり、
僅かばかり異なっていた。
色こそ失ってはいたが、まるで孫に語る老婆のような――
老練な柔らかさがそこには在った、と。少なくとも、少年にはそう見えたことだろう。

神代理央 >  
見覚えのある袋。
記憶に残る香り。

硝煙と肉の焼ける匂いが充満するこの落第街において、それでも。
かつての暖かさを感じさせる様な香りが、確かに己に届く。
それは、最早何時だったか忘れた記憶。忘れていた香り。
『調香師』に語った言葉。父親の休日を心待ちにしていた、幼き日々。
感情を露わにしない父親と、微笑む母親と、自分と。
使用人に囲まれながら食べた、朝食の風景が――


「…………下らないな。情で絆そうとでもいうつもりかね?
それは、私が失ったものだ。私が既に、手放したものだ。
私から、零れ落ちたものだ」

…しかしそれでも。それでも、少女から包みを受け取ってしまうのだろう。
嘗ての日々を。嘗ての暖かさを。嘗ての愛情を。
今は得られないソレを、懐かしんでしまったから。

「『メメント・カリダ』……滑稽な事だ。この私に送るに、此れほど皮肉なものもない。
まして『孤独な英雄様へ』ときたか。笑わせてくれる」

受け取った包みを、小さな溜息と共に懐へしまい込む。
そうして、言葉を紡ぐ少女へ視線を向ければ、其処に浮かぶ柔らかさに――表情を、顰める。

「……情愛で人は動く。しかし、システムや機構はそうではない。
それだけは覚えておくといい。私がどちらに立っている人間なのか、もう一度思い出しながらな」

そこで、少女に背を向ける。
かつり、こつり、と革靴の足音を共に。少女の真横を通り過ぎて。

「…興が削がれた。今宵の『任務』はこれで終いだ。
今宵、もう砲火が振るわれる事は無い。貴様の言う所の、力が振るわれる事は、今夜は、もう、無い。
それで満足することだ。今はな」

フン、と三度傲慢な吐息と共に吐き出した言葉。
少年に続いて、歪な駆動音と共に異形達が動き出す。

「……ではな、シエル。貴様が何処に立ち、何を為そうとしているのか私は知らぬ。
だが、敵対する様な事にならぬことを、祈っているよ」

何でそんな事を言ったのか。自分でも良く分からないが。
それだけ、少女に言い残して。少年の姿は、落第街から『表側』へ。
異形の群れと共に、消えていくのだろう。

『シエル』 >  
「あたたかさなしには、居られない。
 『英雄』……そして貴方の仰る『機構』ではなく
 『人間』として在ろうとするならば。
 捨てたものをまた拾うことを、まだ願うのならば」

興が削がれた、と口にするのであればそこで『シエル』は目を閉じて、
踵を返す。

「貴方は私とは違う。まだ拾うことができる筈です。

 そして、また英雄様から意外な言葉を聞けたものです。
 そうですね……貴方の願いは……
 これから貴方がどちらを選ぶのか……全ては貴方の選択次第ですよ」

『英雄《システム》』か、『人間』か。

最後にそう口にすれば。
『シエル』は、そのまま落第街の闇へと去っていくのであった。

月に瓦礫を照らし出された瓦礫の山と、数多くの異形。
そして、たった一人の『神代 理央』がそこに在るのみだ。

その少年もまた消えて――後は、爪痕が静かに残るのみ。

ご案内:「落第街大通り」から神代理央さんが去りました。
ご案内:「落第街大通り」から『シエル』さんが去りました。