2021/11/25 のログ
ノア > 口に残るコーヒーの苦味に、物足りなさを感じて煙草を一本、取り出して咥える。

その瞬間、耳に届くのは轟音。
切り結ぶような剣戟の音とは異なるモノ。

見上げれば見覚えのある看板はへし折れ、重力に従って落ちるでもなく飛んでいく。

「……あ?」

咥えたはずの煙草が、地に落ちる。
今の己は知らぬ事だが、友は正しく答えを出した。

しかし――己は間違えた。

風紀が来たならお役御免、遅れて誰かが助けるだろう。
そんな思い込みで、あの場を後にした。

――あの場にいた無力な少女の無事を、己は確かめたか?

未だ、稲妻の後に続く軍靴の音は聞こえない。

「クソッ、仮にも警察組織なら連携して動けよ!」

吐き出す言葉はかつての自分へのブーメラン。

ご案内:「落第街大通り」に羽月 柊さんが現れました。
羽月 柊 >  
落ちる看板に轟音、夜の街に響く剣戟。
ノアの焦りと今にも走り出してしまいそうな足。

そんな状況の中、カツリ、と質の良い靴音が路地に響く。
軍靴の音ではなく、ゆるりと闇の深い場所より出でるように、
黒紫髪に仮面を被った黒スーツの男が、ノアの通り道に歩み出る。

その男の傍らには、月あかりに照らされ、
白い鳥のような何かが2匹、男の周囲を飛んでいる。


道は必ずしも一本道とは限らない。

間違えた道を歩んでも、繋がっていることもある。

出逢う誰かが違っていても、遠く遠く縁は結ばれている。


「騒がしいな……。」

掠れた低い声が呟くように。

ノアがこれから何をするか知る由もない男は、
戦いが起きている方向を見やる。

ノア > 気づいた時には走り出していた。

バタバタと煩い自分の足音、耳の奥にまで響くような自分の心臓の鼓動。

そして差し掛かるのは曲がり角、未だ残る痛みを堪えて動かした足はそこで止まった。

「……っ、すまねぇ」

目の前には長身の男。深紫の髪の側には二匹の小竜の姿。
ぶつかる寸前、革靴の底を削るようにして踏んだブレーキがかろうじて間に合った。

息を切らして目の前の男越しに戦いの場を見やれば、
風紀の制服に誘導される少女の姿が見え、安堵する。

羽月 柊 >  
「おっと。」

この男も戦いの方によそ見をしていた。
キュイ、と、小さな白い竜が寸でで鳴き、ノアの存在を知らせる。

少し癖のある紫髪が揺れ、仮面の奥では桃眼が見下ろす。


「あぁ、問題ない…。
 そんなに急いでどうした?」

此処は落第街。行き詰まりの場所。
探偵故に情報は色々仕入れてはいるだろうが、
ノアは目の前の男のことを知っているだろうか。

知らなければ、この問いに安易に答えるのは危険だと判断できるだろうか?


男は闇夜の街を歩くことが出来るモノ。
それは教師になる前からそうしていて、今でも変わらない。

ノア > 「あぁ、いや。心配事があったんだが、もう片付いたらしい」

切らした息をそのままに、小さく指先で駆け付けた風紀の姿を指す。
遠く屋根を駆けていくスーツ姿と、ボロボロになった風紀の少年と。
生まれた因縁よりも、己の気が向いたのは死者の有無。

「だれも、死んでは無いか」

吹き飛ばされた中華の店や風俗店に被害はあっただろうが。
冷静さを欠いたせいか、旧知の仲にでも漏らすように、口に出してしまう。

仮面姿のスーツの男、落第街に住まう者ならその異質な様相から一度見れば記憶には残る。
無論、調べて知れる範囲で、その素性を洗う事は過去に済ませていた。

羽月 柊 >  
どうしたってこの男の見た目は目立つ。

変身の魔術を使うにしても、
どうにも向いていない所があるのか、
ならばいっそと仮面で表情だけを隠し、落第街を歩いて来た。

「…そうか、この街で死は隣り合わせだが…。
 "誰も"というのは、此処に慣れていないのか?」

落第街の雑踏の中、男は問う。

小竜を二匹連れたスーツの仮面男。
その様相が示す通り、調べれば竜に関わる場面に出て来る。
竜に関する情報を欲しているだとか、
魔術師である故にそれ関係の取引をしていただとか。

教師に成ったという話もあるにはあるが、
落第街を維持する裏切りの黒からは、
今もこの街を歩くことに制限はされていない。

鉄火の支配者のように闇を焼くでもなく、
違反部活のように直に島を蝕むでもない。

人間である故に、己の手が届く範囲のみで活動する。


この男はこの街の雑踏の一部。


大きく影響を与えるモノではないと、判断されていた。

ノア > 言われて、気づく。
この街で人の生き死に等を気に掛けた事など、
この島に馴染んで以来とんと無かったというのに。

「あー、いや。慣れ過ぎたせいかもな。
最近思い出したんだよ、命の大切さって奴」

くさい事を口にしている自覚はあった。
この街でキレイゴトがどれほど無価値かを知っているというのに。

(あの子は、死ぬようなこたぁしてねぇし)

目の前の男が竜についての情報を欲しているというのは、
人伝に聞いた事があった。

ひとまずの心配事は去った。
改めて、目の前の男を見やる。
その金の眼で、覗き込むように。

特段危険な男と言った話は聞かない。

大それた悪事をこの街にしでかすような者でも無いと。

ただ、それらは全て客観に過ぎない。
だからこそ、己の瞳が銀に染まった時に、ソレは目の前の男をどう認識するのかを、経験として知りたかった。

――悪人か否か

羽月 柊 >  
慣れていないのなら表に戻った方が良い。

慣れてしまうということは、此処の一部になるということ。


「…そうか。
 何か、大切なモノでも出来たか。」

大人同士。

大人の生徒も確かにいるが、
やはり学園という揺り籠の中に居るモノと、外に居るモノでは差がある。

率直に情報を出し合わない辺り、そうやって互いを値踏みしている。


この男には、別段特異な能力はほとんどない。
異能にしたって、発現条件が限定されすぎている不安定なもの。

生来魔力も持っていないとくれば、眼前のノアが使う異能に抗う術はない。


それはこの男に直接害があるという訳ではない故に。

ノアの鏡の瞳が映したるは、なんら普通の人間の男だ。

看破の力でもあれば男の昔の姿を伺い知れるが、
そのようなモノでなければ、ノアにとってはただただ悪人でないと判断される。

ならばこの男は、羽月柊はその銀眼にどのように映るだろう?


「………俺の顔に何かついているか?」

仮面の奥の桃眼が見返す。

ノア > この街にいる人間は二種類に大別できる。

此処にしか居場所がない人間と、そうでない者。
自分は、後者なのだろう。
それでも、仕事柄触れる内に随分と蝕まれているとは思う。

「大切なモンを、亡くしたって事実が受け入れられただけさ」

大人になると、飲み込んで生きていくしかない事が増えていく。
詰まっていた物が、ようやく喉を通ったに過ぎない。
消化できるかどうかは、これからの事だ。


目の前の男を視界に収めた銀の視界。
徐々に街の外郭が崩れるように消えていき、最後には目の前の男だけが残される。
自分と、男。己の視界にはたった二人だけの暗い空間が広がる。


<――執行対象外>

無機質に脳内に落とされた回答。

「妙な仮面が、ついてんだわ。
悪いな、最近仮面付けたやべー奴が闊歩してるせいで気になった」

言って、一度瞳を閉じればその色は元の色に戻る。
視界に映る世界も当然のように平時のままで、
極めて近くで見たなら充血した様子が見て取れるだろう。

全てが見ただけで知れるような異能を持っているわけでは無い。

「名乗っても無かったな。
俺はノア。大概は落第街とここをうろついてる、無免許の探偵業」

羽月 柊 >  
「………そうか。」

この男も今は色々所に居場所がある。
それは縁に恵まれたからだ。
時に手を差し伸べられ、時に背を押され、時に隣を歩き、共に戦ってきた故。

ノアの言葉に、少々長い沈黙が返る。


大事なモノを失った事実。
この目の前の彼はそれを受け入れて前を向いたのか。

自分とは大違いだな。

自分は今でも失ったと認められず、どこかで生きていると思い、
それをずっと想い続けて、右耳にその痕跡の金色のピアスをし続けている。


相手が何をしたかをつゆ知らず。

「…それは紛らわしいことをしたな。
 長いこと此処を歩く時に着けているモノだから、慣れてしまった。
 俺は…しゅうだ。"柊"と書く。」

調べてしまえばどうせ真名も出て来るとは思うが。


縁の化物と出逢いしものよ。

一見繋がりの無い場所で、魔除けの花はここにも咲いていた。

ノア > 言葉を交わした後の、暫くの沈黙。
彼の胸中に渦巻く思いの一端を幻視する。
意図した物では無く、沈黙と同時に彼の中に産まれた感情に触れてしまったせいだ。

お互い、多くは語らない。
ただ、ほんのわずかに垣間見た彼の葛藤に、小さく目を伏せた。

「アンタの方がよっぽど前から着けてんのは見かけてたはずなんだがね。
しゅう、ね。名前だけは知ってた。存外こっちじゃ有名人だしな」

竜を模した仮面の、長身の男。
見かけたとて騒ぎになるような事も無い。
しかし、目の前の男の漢字を告げられると思い出す事もある。
くつくつという、喉の奥で笑う声。

「……っくっ、ははっ、なんかの縁かね。こいつは。
いや、悪い。俺のダチに"ヒイラギ"って名乗ってた奴がいてね」

可笑しくて、笑ってしまった。
此処では名を偽る者も多い。それでも、名乗ればその名は身に結び付く。
縁は繋がり、絡まっていく。
いつか、目の前の男が彼と出会う事もあるかも知れない。

「っと、ようやくアイツら仕事しだしたか。面倒抱える前に退散すっかね……
アンタには今更かも知れねぇけど、此処の夜道は気をつけてな」

時間が経ったせいか、今更になって風紀が群を成し始めた空気を察して話を切り上げる。
適当にいなす事が出来ないわけでも無いが、風紀に接触する事など少ないに越した事は無い。

羽月 柊 >  
「…目立つのは好きじゃあないんだがな。」

有名、まぁ多少はそうかもしれない。
出来ればひっそりとしていたいものだが、
携わったモノ、人、事柄が、この数年濃かったせいだろう。

この落第街は数多のはみ出しモノの受け皿。
数多の外から来る最後の受け皿。

故に、歩くは自己責任。
故に、目立って島に不利益を与えなければ放置される。

「…あまり聞かないな。俺と同じモノを名乗るのは。
 まぁ、心配してくれたのには感謝しよう。

 …此処には似合わない優しさだがな。」

この島に、記録が残る魔除けの花。
それは少ないながらに同じ花の名前を持ち、遠く薄く縁は繋がっている。


男はノアが撤収しようとすれば、そう言い残して彼の横をすれ違う。
キュイキュイと別れを告げるように小竜が鳴き、
引き留めることがなければ落第街の雑踏へと混ざっていった。

ご案内:「落第街大通り」から羽月 柊さんが去りました。
ノア > 「――優しさ、ね」

小さく肩をすくめると、男は街の外へと歩き出す。
落第街を抜けて、歓楽街の方面へ。

「邪魔なもん持っちまったなぁ……」

憎らし気に漏らす声は、夜空に溶けて。
新しく一本取り出した煙草に、火を灯す。
一本取り落したせいで残りは15本――

ご案内:「落第街大通り」からノアさんが去りました。