2021/12/11 のログ
■藤白 真夜 >
「聞かせて聞かせて!」
女の――嬉々として話をせがむその様子だけは、少し幼く見えたかもしれない。元からガキにしか見えてないかもしれなかったけど。
話を聞いている間の女の表情は、ころころと変わった。
『バケモノ』と聞く度目は輝くし、親しい間で殺し合うと聞いてもやはり、おぉ~……!とか、そうよね……!とか無駄に興奮して相槌を打つ。
ただ、男が無感動に――いや、そこに感情が秘められすぎて何もわからないのかもしれなかったが――だから殺した、と告げたあたりで、……悲しそうに眉が下がった。
選択に追いやられ、勇壮に闘い、裏切られ打ち捨てられる。
……それを、英雄と呼ぶのではないの?
そう思ったけれど、言葉には出せなかった。
「……そっか。
殺しを仕事にすると、そうなるのね」
事実。私の感性はおかしくなっているらしい。
彼の話に、感じ入るモノはたしかにある。
けれど……。
敗残兵めいた誰も知らない英雄の話よりも。
彼が殺しに何も感じていないことのほうが、悲しかった。
私は、命そのものとその奪い合い。
死と、殺し。其処にある一瞬の閃きを、一番綺麗に感じていたから。
「だってー。
化け物退治なんて聞いたらときめいちゃうって!
辻斬りとかより絶対スゴいと思うんだけどなぁ」
何かから抜け出るように、腰を上げた。背筋を正して、うんと伸びをひとつ。
「やだー。私、ご飯苦手。少食なの。
ていうか、おじさん。それナンパ?
……いや、この場合私が逆ナンしてたのかな?」
話を聞いて、落ち込むというより自らを見つめていた暗い瞳は、あっという間に男をからかうように、にんまり。
……でもおじさんに興味を持って声をかけたのはむしろ私だった。
男の誘いには乗らず、ふらふらと離れるように、歩き出す。
後ろ手を組んだままのそれは、散歩に出かけるようにも、家路を行くようでもあった。
「……ねえ。
私、アナタに嫌なこと聞いちゃったのかな」
振り返って男を見る瞳には、今日初めて――好奇心以外に、気遣うような瞳の色。
■紅龍 >
――子供らしい顔しやがる。
話している間にも変わっていく表情は、どことなく心地いい。
だが――感情の移り変わりを見逃すほど、年頃の娘の相手に不慣れでもない。
「く、くっくっ」
自分が笑ってるのがわかる。
ああ、こいつはどこかズレてやがるが、ある意味ですごく『真っ当』だ。
「そうだな、こんなもんは仕事にするもんじゃねえ。
――誰かを殺す事に慣れちまったら、人間だって『バケモノ』になっちまう」
オレは慣れ過ぎて、麻痺しちまったが。
今も殺したくはないと思っちゃいるが、必要になれば躊躇なく殺せるだろう。
目の前の、この娘だとしても。
「んだよ、おじさんの優しさをナンパ扱いか?
おう、いいぞ、お前みたいな娘からナンパされんなら悪い気はしねえ」
ま、女として相手するにはまだまだ子供だが。
娘に合わせて腰を上げる。
歩き出す娘を追うつもりはなかったが――
「――お前は、いい女だよ。
ガキ、名前は?」
気がつきゃ、追いかけて頭に手を伸ばしていた。
軽く撫でてやるつもりだが、おじさんにされても嫌がられるだけかね。
しかし、ああ、なんか懐かしいと思ったが。
あの好奇心の塊みてえなところ、■■によく似てんだな。
■藤白 真夜 >
「……んもー、なにー?
私そんな当たり前のこと言われても機嫌よくなったりしないよ?
私のほうこそナイーブおじさんに気を遣ってあげたのになー」
撫でられる手を止めはしない。
嫌そうに片目を閉じてむー、と不機嫌そうに唸るけど、振り払ったりはしないのだ。
多分、自分でも気づいてはいないけど機嫌が良かった。
自分の好む殺しを生業にした人間だったから?
無常なれどだからこそ現実の意味を際立たせる話が聞けたから?
……もしくは、男の愉快そうな笑い声を聞けたからかも、しれなかった。
「私、藤白 真夜。
おじさんのいうところの、『バケモノ』だよ。
でも、いい女でべっぴんらしいから。
……おじさん、手を出したらすごい怒られちゃうよ。……だから」
おじさんを見る目が少し、複雑そうに揺らいだ。
本当は、逆のことを言いたい。
でもこの、ナイーブな男に告げるにはその言葉は過激すぎた。
「少なくとも、私は殺さなくて済むね」
その言葉に、殺しを咎めるようなものも、殺しに疲れた英雄を慰める響きはどこにもなかった。むしろ、その損失を惜しむように。
ああでも、悲しむような響きはあった。
何も感じない殺しに、意味は無い。でしょう?
そのまま女はおじさんがついてきてくれるのなら、何も言わずにすたすたと歩みを進める。……ちょくちょく、落第街が物珍しいのかあらゆるモノに気を取られて寄り道をするけど、きっとそれは“表”への帰路だ。
そのクセ、おじさんが離れるようなら、 え?こんなかよわい良い女を独りにするの? なんて嘯くけど。
■紅龍 >
「だはは、子供がいっちょ前に気を使ってるんじゃねえよ。
褒められてんだから素直に喜べよ」
娘を見た目だけ荒っぽく撫でながら、歯をむき出して気分よく笑う。
こんな気分で笑ったのは、この島に来て初めてかもしれねえな。
「マヤな。いい名前だ」
極東の名づけには詳しくないが、いい響きだ。
「――そうだな、『まだ』殺さなくてよさそうだ」
わかっちゃいる。
この娘が殺し殺されにどこか、焦がれているのは。
だからもし、本当に『バケモノ』になった時には、きっちりと始末をつけてやりたいと感じる――これも情か。
「オレは紅龍。
あー、ロンが名前だが、呼ぶならホンで呼べよ。
オレはあまり名前が好きじゃねえんだ。
それと」
頭から手を放すときに、髪の結び目に紙を挟む――ギャグじゃあねえぞ。
探偵が便利だとか言うもんだから、試しに作っておいたもんだ。
「そいつは名刺ってやつだ。
どうせお前、またこの街うろつきにくんだろ。
なんか用がありゃあ連絡しろ。
そんときゃ、面倒見てやるよ」
肩書に用心棒と書いた名刺。
連絡先は、探偵に伝えたのと同じ昔の軍用回線の一つだ。
送ってってやるよ、と言えば返事もしないくせに、当たり前のように引き留めやがる。
まったくこいつは、きっと数年もすりゃ、男を振り回す『いい女』になるだろうよ。
■藤白 真夜 >
「むー……」
……いややっぱり撫でられてるのが癪に障ってきたかも。
完全におじさんの笑い方してるし……。
「ホン。
……ホンおじさん? ホンお兄さん……?」
むーん。やっぱり何かを考え込むように唸っていた。名前の響きを確かめていたのかもしれない。
「……うん。
私、記憶力めっちゃ悪いから、またおじさん呼びになってると思うけどね」
おじさんの手が離れたあとも、髪を整えるようにくしくしと頭に触れたら、なにかにぶつかった。
「……ふ~ん。ホントに用心棒だったんだ。
大丈夫だと思うけどなぁ……。おじさん、知ってるでしょ?
バケモノって強いからバケモノなんだよ。
この島って、バケモノがいっぱいいるけど。
弱いバケモノは、バケモノって言わないんだからね!」
どこか照れ隠しをするように、説教するように、おじさんに言い聞かせた。
用心棒のおかげか、帰り道に何かが起きることは無い。……私が寄り道しまくるせいで男を引き止めまくりはするかもだけど。
明るい街と、暗い街の、その狭間。
差し込む光を、自らのカラダで遮って影が伸びた。
暗い街に、仄暗い女の黒い影。
その中で、アナタに振り向いた。
「……忘れてた。
――おじさん。生きててよかったね」
暗い中で、その女は仄かに輝く瞳で、アナタを真っ直ぐに見つめていた。
きっと、生き残るということは残酷だったはず。けど、私にそんな機微は知ったことではない。知らないし、気にもしない。
死を尊ぶ私は、なればこそ。
生きていることにも価値を見いだせるのだから。
ただ生きている。それだけで、意味は生まれるもの。
「生きてるから、私ともお喋りできたんだからね!
じゃーねー」
なんて、次の瞬間には雑に手を振って歩き出す。
昏く淀んだ心を持つ女には、明るい街並の中でも、どこか浮いていた。
■紅龍 >
「知るか、『バケモノ』か以前に、ガキの面倒を見るのは大人の仕事なの。
悔しかったら、早く大人の女になるこった」
説教されながらも、自分の表情が緩むのがわかっちまう。
ああ仕方ねえ。
なんだかんだ送り届けて、娘がオレの目をじっと見てくる。
『生きててよかったね』
その声がやたらと頭に響いた。
そういや。■■が生きててよかったとは思ったもんだが。
自分が生きていた事を、良かったなんて思った事はなかったな。
なんて思っているうちに、娘はさっさと歩き去っていってしまう。
まったく、気まぐれな猫みたいな娘だ。
「――よかった、か。
そうだな、確かに、悪くはねえ」
娘――マヤの姿が見えなくなれば、さっさと踵を返す。
今日は久々に酒でも飲むか。
きっと、それなりには美味く飲めるだろう。
――この後、当たり前のように今の『仕事』をこなして、一人の男が消息不明になるのだが。
それはまた別の話だ。
ご案内:「落第街大通り」から藤白 真夜さんが去りました。
ご案内:「落第街大通り」から紅龍さんが去りました。