2022/04/16 のログ
ご案内:「落第街 違反ホテルの一室」に紅龍さんが現れました。
紅龍 >  
 【落第街 違反ホテルの一室】

 正式な営業の届け出をしていない、裏ホテル。
 高級ホテルの格好を成してはいるが、泊まれるのは裏社会の住人のみである。
 一部の違反部活にフロアを貸し出したりもしている。
 利用には多額の金銭か、相応の見返りが必要だ。
 

紅龍 >  
【前回までの紅龍おじさん!】

 違反部活『蟠桃会』の用心棒、元軍人の紅龍は。
 退屈な日々の中、懐かしさを覚える少女、『マヤ』と知り合う。
 探偵『ノア』の調べた情報からは『知のゆびさき』という製薬会社の存在を知り、『マヤ』の血液から精製された薬を手に入れた。
 その薬を頼りに、『芥子風菖蒲』や『ガスマスクマン』と交戦した『斬奪怪盗ダスクスレイ』との決着をつける。

 落第街の都市伝説と化していた『裏切りの黒』『拷悶の霧姫』との対面を果たし。
 暇を持て余す吸血鬼『リスティ』とは、食事を切っ掛けに奇妙な縁を結ぶ事となった。
 彼女たちに、二人の『真夜』や『皐嶺冰』に続いて、『セレネ』という少女と立て続けに出会う。
 なぜか年下(外見)の少女たちにばかり縁がある龍である。

 そんななか、妹を助けるために龍は行動を起こした。
 『蟠桃会』は壊滅し、妹は『408研究室』へと保護される。
 しかし、残された龍は、龍を慕って集まった二級学生や不法者、違反者をまとめるために、新たな組織を立ち上げる事になってしまうのだった!
 
 

紅龍 >  
 
「――だぁー!
 くっそ、いつまでたってもおわりゃぁしねえ!」

 落第街で闇営業をしているホテルの一室で、オレは慣れない書類仕事をさせられて頭を抱えていた。
 網膜投影される書類データに、仮想キーボードを指先で叩き、ウィンドウをスライドし、時には電子署名のスタンプをして、いくつもいくつも送られてくる書類データを作り上げていく――のだが。

『問題ありません、明確な終わりは決まっています。
 残りの工数を表示しますか?』

「いらねえ!
 まだ折り返してもいねえ自覚があるから、見たくねえ!」

 サポートAIの台詞に、半ば泣き言を返す。
 軍に居た頃は書類仕事の大半は副官に任せっきりだったが、それで面倒くさいと言ってたオレは相当甘えてたらしい。
 

紅龍 >  
 
『大変容以前は、これら書類のほとんどが実紙でやり取りされており、手書きが多く、提出も郵送や手渡しが主だったと記録されています』

「――冗談だろ?
 大変容前ってのは、そんなに技術水準が低かったのか」

『いえ、単純に最新技術に適応できる人間が少数派だったようです。
 紙と実印が何より信頼されていたようですね。
 現代ほど電子的なセキュリティが万全でなかった事も一因ではあるようですが』

「はー、正気を疑うね。
 こんなもん、電子データですらやってらんねえのによ」

 大変容以前と以後でこれだけ違うのは、おそらく大変容を切っ掛けに様々な技術革新や、意識改革、また世界人口の年齢分布が大きく変わったのが原因なんだろう。
 とは言え、だ。
 それでもこういった、お堅い書類が苦手なオレとしては、想像もできないほど窮屈な時代には違いない。
 色々と地獄めいた経験はして来たが、それだけでこの時代に生きててよかったと思えるな。
 
 

紅龍 >  
 さて。
 それだけ書類仕事が苦手なオレが、どうしてこんな大量の書類データに埋もれているかと言うと、だ。

 先日、クソどもの穴蔵を吹っ飛ばして。
 オレに協力した落第街住まいや、違反部活に居た連中、その半数近くは、一連の騒動の解決に大きく貢献したとして、報酬として正規の学籍が与えられた。
 事前に取り交わしていた契約が、正しく履行された結果だ。

 それはいい。

 問題は、残りの半数の方。
 犯罪歴をはじめ、違反部活としての活動歴や、はたまた本人が望んだ結果として、正規学籍を得られなかった連中たちだ。
 当然だが、オレもこっち側になる。

 脱走兵で、殺人歴も犯罪歴もあるとなれば、表の社会に堂々とは帰れない。
 オレの情報が少しでも表向きに公開されてしまえば、本国の軍部が全力で干渉してくる事だろう。
 それは、当然学園側も、オレ自身も望む結果じゃない。

 というわけで、オレをはじめとして、諸々の事情でこっちに残らなくちゃいけないやつらは少なくなかったわけだ。
 
 

紅龍 >  
 
 だったら、これまで通り勝手に生きていけばいい、ともいえるんだが、そうともいかない。
 当然、落ち着く先がある奴らには相応の金銭報酬を渡して帰らせた。
 だが、それでもまとまった数の連中が、行き場もなく、金だけもらっても明日が知れないようなありさまだったんだ。

 どいつもこいつも、オレがこの島に来てからコツコツと、拾ってきた破落戸連中。
 オレが拾って、オレの事情に巻き込んだわけだ。
 それなら、オレが面倒を見るってのが筋だろう。

 てなわけで、オレは今、そいつらの居場所になる部活を立ち上げてる最中って所だ。
 もちろん、正規じゃなく違反部活だけどな。

 主な業務は『用心棒』。
 他にも『事務』だったり『清掃』だったりと雑多な業務も請け負うが、オレが仕込んだのは軍式の部隊戦闘技術だ。
 それを活かさせてやるには、『用心棒』という業務が最も需要が高い。

 ただし、殺しはご法度だ。
 相手を殺さない武装、殺さずに制圧する技術。
 それらを武器に、オレ達は『不殺の用心棒』として売り出す。

 当然だが、裏社会の抗争において、殺し殺されは珍しくない。
 だが、それは『最初の殺し』の結果、互いの面子で引き下がれなくなっちまうがための応酬だ。
 だからこそ、『殺さない』事には一定の需要がある。

 『殺さない』事で、手打ちに出来る可能性がずっと高くなる。
 それは多くの場合、利益に繋がり、利益が産まれるなら、需要がある、ってわけだな。

 だからこそ、『不殺の用心棒』という固有の価値を売りにする。
 恐らくこの落第街で、個人で不殺を決め込んでるヤツはいても、不殺を掲げた集団、それも異能を持たないヤツが大半となれば他にはいないだろう。
 オレからすれば、ここは間違いないビジネスチャンスだった。
 

紅龍 >  
 
「――くっそ、面倒な書類ばっかだな。
 これとか省略できねーのかよ」

『落第街の社会事情を鑑みると、こうした契約書類が何よりも優先され、重要とされます。
 ですから、これらの仲介、管理業務が仕事として成立しています』

「わーってるよ。
 そこも、そのうちウチでやれるようにしていきてえな」

『確実な収益の増大が見込めます。
 ですが前提として信用の構築が必要です。
 そのためにも、契約書類の作成は――』

「わかったわかった!」

 AIにいじめられながら、オレは愚痴りながらも手を動かす。

 ――オレの目的は果たした。
 だが、それでも人生が終わるわけじゃねえ。

 生きている以上、そして背負わなくちゃいけねえもんがある以上、オレは生きて――生かしていかなくちゃいけねえんだ。
 

紅龍 >  
 
『――特務准佐、手が止まっています』

「ん、おお――お前、その呼び方そろそろやめろ」

『了解(ヤー)、では、代替する呼称を入力してください』

「昔みてえに、『隊長』でいい。
 オレがやれるのは、結局軍で学んだやり方だけだ。
 かと言って、階級制度を持ち込みたくもねえからな。
 隊長と隊員、それくらいで十分だろ」

『了解。
 今後は呼称を改めます、紅隊長』

 息抜きにタバコに火をつけて、ゆっくりと息を吐く。
 書類の山は、まだまだ無くならない。
 
「――あ?
 なんだこの書類は」

『現在の落第街において、部活動設立に障害になりえる対象をリスト化しました』

「ああ――なるほどね」

 だから、オレはオレに出来る事を精一杯やるしかない。

『如何しますか、紅隊長』

「きまってんだろ」

 例えそれが、日の当たらない道であろうと。

「――ひとっ走りいくとするか」

『了解、作戦行動を開始します』

 ――引き金だけは、オレの情でもって、引き続けるのさ。

 

ご案内:「落第街 違反ホテルの一室」から紅龍さんが去りました。