2022/08/08 のログ
ご案内:「落第街大通り」にノアさんが現れました。
ノア > 「風紀の奴らも働くねぇ……」

直近で騒ぎになっていた異能力者を喰らう大蜘蛛、その残骸――あるいは残滓のようなものに触れ。
襲ったとて騒ぎにならない裏の街で人を、異能を食い荒らしていた蟲。
表の街にでも出張っていれば即刻消されていただろうに、随分と鼻の利く怪異の類だこって。

鼻が効くのは、俺も同じ。
とはいえ同時に己の眼で見て知れる事などたかが知れている。
だからこそ、そこら中にしかけたカメラのデータで全景を俯瞰する。
清水のお嬢さんが何度かこっちに出向いているか?
見える姿は遠巻きの映像のみで、音の類は聞き取れるはずも無く。
実地に向かえば多少の事は知れるかもしれないが――

「……?」

日々起こる小競り合い。倍速にして流していく過去の日常の中に、
珍しい姿を他にもいくつか見かけた。
1つはここに似つかわしくは無い服装の、いつぞやに地下施設で遭遇した月白髪の女。
もう一人は、同じく白髪ながらも短髪の女。

「なんで研究者がこんなとこまでお散歩してんのやら……」

きな臭ぇ話の予感がした。
いや、身分証の上でだけで言えば俺も植物研究員を名乗ってこの島に居るのだが。

ノア >  
まぁ、どれもこれもが他人事。
その他人事を収集して売り買いするのが仕事だったのだが――
今はそれらの殆どが人任せ。
ツテと物を貸し与えて、やり方を教えた落第街のはぐれ者達。
異能も無く、居場所も無い。
そんな違反部活の恰好の餌をいくらか引き取って小間使いにしている内に、自分で動く事も随分減った。

「――っくぁ……」

欠伸交じりに伸びをする。この通りはこの街の中では日当たりが良い。
日照権なんてのはとっくに機能してないってのに、ある程度のそれが確保された造りで整備されている。
無秩序な場所ではあるが、無規則では無いと言ったところか。

「あー……あったけぇ」

幾つかの辻を練り歩き、日当たりが良くなった場所で足を止める。
日当たり所かどこぞの戦闘の影響で風遠しも良くなった場所。
裏に流れていたタチの悪い薬の製造地、その残骸を眺めて日を受けていた。

ご案内:「落第街大通り」にソライアさんが現れました。
ソライア > 日当たりも、風当たりも良い場。
心地良い風の中に、ひやりと肌を撫でる冷気が混じる。

「――おや、此処では見ない顔だな」

革靴が地面を叩く音。
女が近づけば近づく程、今の季節に似つかわしくない冷気が強まるだろう。

「こんな所で日向ぼっこか。
…篭りがちな研究員達よりかは健康的だが、些か危険ではないかな」

先程男がデータで眺めていた人物の一人。
男と同じく”研究員”である女が、緩やかに歩きつつ声をかけた。

ノア >  
――女の声。
平坦で、冷たい。それでいてその声はこの吹き溜まりに良く通った。
靴音が聴こえて目を向ければ遅れて風が吹き抜ける。
湿気を払う程度のじっとりした先ほどまでの物とは別の、かじかむほどの冷気がそこにはあった。

「あー……気になる物があると自分で調べないと気が済まないもんで。
 ――それより、ソライア博士こそこんな所に何用で?」

端末を閉じて、彼女に向けて向き直る。
冷気の発生源。夏らしさのかけらも無いコートに身を包んだ女性は俺の知る限りは真っ当に"研究者"だ。
勿論、表向き。登録されている情報だけでしか俺は彼女の事を知らない。
その所属組織に多少裏がある事と彼女が此処に居る事、それが繋がらない程愚かではないが。

ソライア > 閉じた端末と向き直る金目。
視界にそれを収めては、女は日陰になっている所で立ち止まる。

「気になる物?
…ふむ。其方は確か植物の研究をしていたのだったな」

最近で言えば、とある組織が実験していた『種』についてだろうか。
異能についてなら一応の専門ではあるが、植物は門外漢。
深くは問うまいとその理由で納得しておく。

「私か?…私は異能のせいで長時間研究室に居ると
研究員達の体調不良やら機器の故障やらが起こってな。
度々こうして追い出されている」

己だって好きでこうなっている訳ではないのだが、と無感情に無表情に。
傍から見れば暑かろうコートも手袋も、異能を軽減するための衣服なのだが。

ノア >  
「まぁ、この島特有の植生と類似種の交配についてを専門に少々」

大嘘だった。すらすらと並べ立てるは本来常世島に降り立つべきだった『ノア』の専門。
金を握らせて口裏合わせをしているだけあって、分野が被りでもしなければ存外どいつも無関心なものだ。
入れ替わっていても弊害がなければ気にも留めない。それゆえに助かっている節はあるが。

「体調不良な、寧ろこうも暑い日だと居心地が良いぐらいだが。
 機材はともかく、冷房だなんだに慣らされすぎてんじゃねぇか?」

研究者も人間だ、運動をしろ。運動を。
軽口を叩き、くっくっと喉奥で笑い――咳き込む。
これは失礼、と口元を隠すような素振り。口の中が酷く乾いていた。否、凍てついていた。
何でもないように振舞い、合間を縫って舌で湿らせて溶かす。

「とはいえ、何度もこんな所まで出歩くのは感心しないけどな。
 異能者とはいえあんたも女だ。この街の馬鹿に絡まれても面倒だろう」

データでは無い、生身の彼女を初めて見る。
整った顔立ちに、おおよそ無感情というのが似つかわしい淡泊さ。
それでもぶっきらぼうという印象は受けなかった。

研究者ってのはどいつもこいつも狂ってやがる。
数か月前に潰れたとある組織の連中から抱いた感想はそんなもんだったが、
好きでこうなった訳では無いと零す姿は、よっぽど人間らしい。
鎧でも着ているようで、それでもロボットとは異なる。

ソライア > 男の言う専門には然して興味はない。
故にいちいち突っ込む気もない。
女が所属する組織について
目の前の男が何かしら茶々を入れない限りは深く問うつもりはない。

「そうか。そう言ってくれるのなら私も気が楽になる。
私と居ると凍え死ぬと大真面目に言う輩が多くてな」

不意に咳き込む男。大丈夫かと気にかける声は、表面上。
女の異能は居るだけで害となり得る。
だからこそ、組織も扱いを計りかねているのかもしれない。

「――何度も、とは。
まるで私が此処にいつも来ているような口振りだな」

はて。男に情報を売るような輩など居ただろうか。
それともわざわざカメラデータを確認して
誰が何をしているのかを確認しなければ気が済まない性質なのだろうか。
細める目は、警戒を滲ませる。
それと共に冷える空気は地に霜が降りる程。

ノア >  
「あー……」

口が滑った。場所と、名乗る立場。
使い分けていた二つがない交ぜになって、誤った。
何度もではなく、こんな所に顔を出す事自体を咎めれば良かったというのに。

「――あぁ、すまない。語弊があったか。
 アンタがついぞ最近も来ていたのを知っていたもんでさ。
 俺も俺でこっちの街で情報屋まがいの小銭稼ぎをしてんのさ。
 言ったろ、気になる物があるとってな」

語弊も何もない。ただの失言だ。敵意なんざ無いよと、手を挙げる。
その手の内に開いた端末に映るのは路地裏の遠景。
いつぞやに彼女が清水千里と相対したその姿。

包帯の内、水分を凍結させられた腕が悲鳴をあげているが、それはそれ。
痛みは飲み込めるが、ここで敵対して身分を失うような真似はゴメンだ。

「こん時の事が、ちょっと気になってな――」

空気を凍らせて尚無表情。僅かばかりの揺れすらも見せない彼女が、
あの瞬間に、僅かばかりにでも苛立ちのような物を滲ませた理由が。
清水千里の介入が彼女の何に触れたのかが、純粋に気になった。