2022/08/09 のログ
■ソライア > 口が滑った事に対し、案外素直に謝罪をした男。
謝罪せず嘘でも取り繕おうものなら口を凍り付かせてしまおうかと思ったが、
そうならなくて良かったものだ。
少なくともこの男にとっては、だろうが。
「小銭稼ぎでもしなければならない程、其方の組織は金払いが良くないのか」
手を挙げ敵意はないと示す男。
その手にあるのは、先程閉じた端末。
映っているのは路地裏の風景。女の姿が二つ。
「――其方が気にするような事は何一つないと思うが、ノア博士?」
願わくば、二度と会いたくはない女の姿。
そこで話した事をこの男に伝えた所で何になるというのだ。
「話した事は大したものではない。だから、気にしても仕方ない事だ」
それでも気になるというのか、この男は。
■ノア >
「悪くは無いさ。でも金は幾らあっても良いだろ?
故郷の家族に送る誕生日プレゼントが安っぽいもんだと心配させちまうしな」
これも嘘だった。支払いが悪いどころか大金積んで口裏合わせに付き合わせている程だ。
故郷に送るプレゼントなど無い。こうしてみると嘘ばかりが口から出てくる。
嘘でなければ、どんなに良かっただろうか。
「まぁ、あそこで話された内容自体については良いのさ。
あの時アンタがここに来た理由と、あの男の所在あたりは
『気になった』後、もう調べ終えたしな」
掃除屋か、あるいは始末屋。
俺のように研究員としての仕事がカバーという訳では無いだろう。
情報の流出を防ぐのが、彼女の役回り。
俺みたいな奴はそれこそ葬られてもおかしくは無い。その上で問う。
「あんたさ、情報漏らされた程度の事で表情変えるようなタチか?」
己の頬を人差し指で上に引っ張り、笑顔を作る。
この徹された無表情はその程度の事で崩れるのだろうか。
ただ、それが気になった。
失言以前の言葉から感じた違和感。
研究一筋のヤベー奴なら、追い出されるなどという事に甘んじて研究の手を止めるか?
ただ、致命的なまでに俺は見落としていた。
清水千里の振る舞いを。
現地を訪れていれば違ったのかもしれないが、彼女の投げ落とした写真の存在を――俺は知らない。
■ソライア > 「…家族。そうか、随分と家族想いな事だな」
口に出す言葉が嘘だなんて分からない。
家族、との言葉には目を細めるのみ。
そして男が調べ終えたとの言葉には、そうかとだけ告げる。
調べた上で、その情報を外部に洩らさずに居るというのは
本当に気になっただけなのかもしれない。
いずれにしても、自身の立場が揺らがないのであれば構わない、が。
「”それ”が知りたいだけでわざわざ情報を集めたのか。物好きだな…」
小さく息を吐いてから、仕方ないと言うように一度視線を逸らして。
「私には妹がいる。たった一人の、大事な家族が。
その女から脅されてな。
わざわざ私と妹の事を調べていたそうだ、一人の研究員の命を救う為に。
――男の命と妹の命を天秤にかけられたなら、妹を取るのは当たり前だ」
家族として。姉として。
妹を守るのは、彼女の幸せを守る事は。
最優先事項だ。
妹の事を語る口調や目は、若干ながら優しく温かいものだったかもしれない。
■ノア >
「――は?」
素っ頓狂で腑抜けた顔をしていた事だろう。
妹がいる、それは良いことだ。本当に、本当に。
脅された。それは――
「それはっ――……駄目だろ」
震える声でそう告げて、真っ直ぐに眼前のソライアを見据える。
感情的に肩口を掴みかかったら触れた指が低温に焼かれ、巻いていた包帯が解けて落ちる。
少しだけ柔らかく当然の理論だと語る彼女の表情とは真逆に、己は怒りに震えていた。
――なんで俺が泣きそうになるんだ。
■ソライア > 言葉を受けて、呆けた顔をした男。
何という顔をしているのだ。
「――何故貴様がそんな顔をする」
震える声、怒りが混じる表情。
己は全く感情も表情もないというに。
「貴様にとっては他人だろう。
そこまで怒る理由はないと思うが」
肩を掴んだ手の包帯が解け、植物の根が露わになる。
それを視界に映しても動じる事は無い。
■ノア >
「……妹がいた。俺のせいで巻き込まれて、もういない」
熱を持った頬が、高ぶった感情が冷やされていく。
無感情に、無感動に告げる声に呟くようにそう告げて。
「親も、妹も、もう誰も居ねぇんだ」
他人の為にしか本気にもなれやしない。
他人だからこそ、同じ未来を誰かが辿る苦痛が耐えられない。
「怒るのはそうだな、俺の自己満足みたいなもんだ。
それと――家族にプレゼントなんて嘘ついて、悪かった」
頭を下げた。
他にも色々嘘を吐いたが、これだけは嘘にしてはいけない言葉だった。
■ソライア > 「――そうか」
自身のせいで居なくなった。
それは何と、やるせない事だろうか。
親に対する感情は、女にはない。
己を居ない者として扱っていた親には、何の感情もない。
だが、ただ唯一。人として扱ってくれたのが妹だったのだ。
「なに、謝る事ではない。
…それに、まぁ。怒ってくれる者がいるというのも悪いものではないな」
小柄な男が、頭を下げた。
首を小さく横に振り気にするなと告げた。
■ノア >
「――あぁ、もう随分前の話だけどな」
多くを語るような物でも無い。
なんなら、今話した事が全てだ。
だからこそ、淡泊に返す彼女の言葉はありがたかった。
「あんたの妹さんは? 元気なのか?」
ソライアが彼女の妹に向ける感情は、熱はそれこそ己のそれと同じだろう。
情報屋としての興味とは別。
ただ、失ったものの類似品が無事である事を知って救われたかっただけかもしれない。
■ソライア > 「なら、きちんと迎えないとな。
この時期は…そう、確か盆といったか」
死者が此方に戻ってくる時期だったか。
そこまでこの国の文化に詳しい訳ではないが、確かそんな感じだった気がする。
「あぁ。時々連絡は取り合っている。
彼女も此方に来られれば良いんだが…流石に学校もあるからな」
彼女は高校生。
せめて卒業するまでは、という約束だ。
「…さて。色々と喋り過ぎたようだ。
私はそろそろ戻らねば」
■ノア >
「あぁ、ようやく向き合えそうになってきた頃合いだしな」
紙袋の中に収めたままのシロツメクサのハーバリウム。
喜ぶかどうかなど分かった物でもないが、喜んでくれたらという思いは嘘じゃない。
「そりゃ良い。
できる事なら、側にいてやりたいもんだろうしな」
連絡を取り合ってるってことは仲は良好って事だろう。
表情が目に見えて柔らかくなるような事こそないが、
妹の事を話す時、その時に限っては僅かばかりに声色が穏やかに感じる。さながら雪解けのように。
感じていた冷気は幾らか初めの頃より和らいで、氷の女帝も永久凍土では無いのかもしれない。
「あぁ、俺はどうせ住まいがこっち側なもんで。見送らせてもらうさ」
改めて、無表情な整った顔を見やって思う。
あぁ、妹が生きてりゃ調度同じくらいの年頃なのか。
そんな事を思うと、自然と頬が緩む。
去るのであればその背に向けて、下手くそな笑みを向けて手を振ろう。
■ソライア > 「それなら良かったな。
心配させないようにするのが、残された者の役目だろう」
兄として妹に不甲斐ない姿は見せられまい。
「年頃の子をずっと一人にさせておくのも心配だからな…。
それに、彼女も寂しいだろうから」
両親はおらず、家族は己だけ。
であるならやはり、心配してしまう。
感情を表に出さないだけで、感情がない訳ではない。
一応、僅かながらだが。一通りの感情はある…と思う。
「…酔狂な事だ」
わざわざ見送るとは。
まぁ、悪い男ではないという事が分かっただけでも良いとするか。
情報屋もやっているのならそう簡単に情報を売るとも思わない。
下手な笑みを浮かべる男に、女は目を細めるだけで。
冷気と共に研究区へと去っていった。
ご案内:「落第街大通り」からノアさんが去りました。
ご案内:「落第街大通り」からソライアさんが去りました。