2022/08/14 のログ
ご案内:「落第街大通り」に蘇芳那由他さんが現れました。
蘇芳那由他 > 常世島――記憶を全て喪った少年にとって、この島は広くて不可思議だ。
何時もの如く、アテも無くふらりと散歩気分で歩き回っていたら…少年が辿り着いたのは落第街。
よりにもよって、とんだ所に散歩でやって来たものだが、少年にその自覚は殆ど無い。

「……あれ、何か、街の雰囲気が変わったかな…?」

小奇麗で整った学生区に比べて、雑多でごちゃごちゃしていて統一性が無い。
歩く人たちの人相や服装も、学生区の人たちとは少々異なる気がしないでもなく。

普通なら、危険を感じて早々に抜け出そうとするものだが…。
残念な事に、少年は記憶だけではなく感情の一部もすっぽり抜け落ちている。
即ち、恐怖心、警戒心など。『危機感』…身の危険を察知する能力が極端に低い。
加えて、空間把握能力が低いのもあり…ここがどういう場所だか、いまいち分かっていない。

「……まぁ、折角だし少し散策して帰ろう…。」

良くも悪くも、茫洋とした表情と平静な態度のまま、大通りをゆっくり歩き出す。

蘇芳那由他 > どっからどう見ても街の雰囲気、建物の傾向、それ以外も含めてあちらとは全然違うのだけれど。
少年は確かに少し違う、という認識は正常に出来ていてもここが【落第街】であるという事に気付いていない。
鈍い、というのを通り越してここまで来ると危機感が無いどころではないだろう。
無論、落第街へと赴く生徒も決して少なくは無いだろう――だけれど。

「……あ、あっちで殴り合いの喧嘩してる…通報されないかな…?」

風紀の人達が来たら慌しくなりそう、と。それ以上以下でもない感想を抱きながら。
喧嘩をしている連中からちょっとだけ距離を置きながら大通りを歩き続ける。
物珍しそうに周囲を見渡すが、やっぱり何か違うような気がする…のだけど。

「…まぁ、何かとんでもない島っぽいし…こういう街区もあるんだろうね。」

表向き、存在しないとされているこの街の知識が彼には全然無かった。
それを差し引いたとして、警戒心などが全く無い…命知らずにも程がある。
だが、その命知らずな行いそのものが少年にとっては『何時もの事』。欠落とはそういうものなのだろう。

ご案内:「落第街大通り」に少年さんが現れました。
少年 > 「―――そこの、人」

喧噪にきょろきょろとしている学生に、声をかける者が一人。
見た限り同年代ほどだろうか……ボロ布で体を隠し、ロープでぐるぐる巻きにされた刀を杖替わりに、覚束ない足取りで歩いている少年は、ひどくやつれて生気がない。

「―――ここは、危ない……ですよ。
 早く……去った方がいい」

焦点の合っていない目でそう言う少年は。貴方の事を案じているようで。
しかしそのボロ布の下の衣服は…元々白いシャツだったであろうそれが真っ赤に染まっており。
そこから鉄のような、酷く不快感を感じさせる匂いが漂っていた。

蘇芳那由他 > 「はい?……あ、どうも…。」

全く緊張感の欠片も無い、おのぼりさんの如く周囲を見渡していた所で不意に掛けられる声。
茫洋とした表情のまま、そちらへと振り返る――そこには一人の少年の姿があって。

「…危険なんですか?まぁ、確かにあっちで今も乱闘騒ぎ?とかしてるみたいですけど…。」

ちらり、と先程通り過ぎて少々距離が出来た喧嘩現場…今は何故か人が増えて乱闘になっているが。
そちらを無感情に一瞥してから、再び声を掛けてきた人物へと顔を戻して。

「…むしろ、そちらの方が大丈夫ですか?何か服に血が付いているみたいですけど。」

ボロ布で体を覆い、ロープでぐるぐる巻きにして抜けないようにしていると思しき刀。
よくよく見れば、相手の目の焦点は何処か虚ろだし、ボロ布の隙間から垣間見えるシャツは真っ赤だ。
鉄錆びた臭いからして、あれは血なんだろう…怪我でもしているのでは?

よって、むしろ心配なのは彼の方だ。少年自身は、得体の知れない相手の出で立ちや空気も全く気にしていない。
と、いうより…気にはしているが『何も感じない』のだ。
仮に、目の前に居るのが化物であったとしても、少年の態度はおそらく同じだろう。

とはいえ、感情の一部がすっぽり抜け落ちてはいるが人並みの配慮や気遣いは出来る。
相手の――声や背丈からして、おそらく同年代?であろう少年を気遣う言葉に嘘は無い。

少年 > 「…ここでは、何時もの事d……げほっ、けほっ」

咳込みながらそう告げる彼は、明らかに体調も芳しくはないようで。
立っているのもやっとのように見えるだろう。

ちらりと見える腕章には、風紀委員の字が見えるが……とてもそうは見えない。

「……出口は、向こうを真っすぐ進めばあります。
 貴方のような人が……いると。……ここの住人は目をつけます、から……

 早く立ち去るのを……お薦めします。
 
 ここは落第街、なので……」

この地にいるのは浮浪者まがいの者、犯罪者、ヤクザに近い違法部活の者たちだ。
堅気の人間がうろついていれば、目を付けられた瞬間に危険に巻き込まれかねない。

今の自分は風紀委員ではない……名乗るのも烏滸がましいが、しかしこういった堅気の生徒を放っておけはしなかった。

「…気にしないでください。
 血は……服がこれしか、ないので」

蘇芳那由他 > 「…はぁ…中々に世紀末?な場所なんですね…。いや、本当に大丈夫ですか?」

ここでは何時もの事――それは正しいのだが、少年は理解が及ばないのか疑問形の言葉。
それよりも、咳き込む様子や、立っているのもやっと、といった満身相違に近い有様の彼が気になる。

「…僕みたいなただの学生に目を付けるとか、それこそ変な気もしますけど…。」

彼がこちらを忠告をしてくれているのは分かるが、矢張り危機感が欠落している少年は不思議そうで。
会話の合間、ちらりと腕章らしきものが垣間見えた…あれは、確か風紀委員の?

「落第街…あー…何か聞いた事はあります。成程、ここは落第街…通りで街並みや空気が何か違うなぁ、と。」

相変わらず、自分が置かれている状況を理解していないのか…否、理解していて『これ』なのか。
見た目からは少なくとも平凡さしか窺えなく、表情がやや淡白な以外に特筆するべきものは見受けられない。

「…いやいやいや…僕の事は兎も角、そっちの方がヤバそうなんですけど。普通に気にしますから。
…と、いうか一度家に戻って着替えたりした方がいいんじゃないですか?」

彼の立場も素性も状況すら知らぬ故、普通に思いついた事を迷い無く述べて。

少年 > 「……訳あって、帰れないので。

 気にせずに……早くしないと、”あれ”が来るかもしれない」

けほ、とせき込みながらそう言っていれば、鈍くぼんやりと貴方に”気配”を感じる。
危険が迫っている時、必然と自分が感じる気配。
”死の気配”と呼んでいる、他者の死が近づく時に感じる、直感のようなもの。

見れば……背後から走ってくる男が一人。
いや、男…だろうか?
蠢く植物のようなものが寄生されたそれは、先ほどまで喧嘩をしていた男達の近くの家屋から壁を破壊して突如現れ、男達を吹き飛ばしながら大通りへ踏み入れてきただろう。
それは錯乱しているかのように暴れまわりながら、貴方たちの方へと飛び込んでくる―――――!!

蘇芳那由他 > 「……まぁ、確かに失礼ながら普通じゃない格好や様子なので、訳ありっぽいとは感じましたけど…。」

素直にそう口にしつつも、矢張り彼の容態は気になるのは仕方ないもの。
多分、腕章が本物なら風紀の人で間違いは無いのだろうが、その人が訳あって帰れない?
何か相応の事情があるのだろうが、彼の同僚や知人友人は心配しているだろうに。

「…”あれ”?…それって一体………ん?」

彼の示すものが何なのか、状況が理解出来ていない少年は疑問を返すものの。
突如、騒がしくなった大通りの一角に自然と茫洋とした視線を向けて。
見た目、植物か何かのような物が生えた姿。それは、いきなり家屋の壁を破壊して登場する。
周囲の人達を…先程の乱闘現場の人間たちを跳ね飛ばし、猛然と向かってくるのを眺めつつ。

「…もしかしてあの男の人の事ですか?何か植物っぽいのが巻きついてますが。」

少年は何も知らない。だが、恐怖や脅威を感じる事の無い故にその言葉は平静なままだ。
無論、この少年に真っ当に戦う力なんて無い…普通の一般学生より少し上程度。

とはいえ、流石に少し身構えはするものの…逃げるのはまず無理だ。あの暴走植物男の方がおそらく足が速い。
加えて、目の前の少年の事も放っておけない…ならば。

「…そこの人、僕が死ぬ前に応援か何か呼んでくれると助かります。」

と、『風紀委員』であろう彼に告げれば、少年は平然と暴走男に向けてダッシュ。
作戦?そんなモノは無い。が、明らかに不調な様子の彼を矢面には立たせられない。

恐怖心も警戒心も、危機感も死への恐怖も無い少年は無謀無茶を、まるで日常の延長のように敢行する。

少年 > 「――――」

目の前の相手の動きに、目を丸くする。
自分すら一瞬身構えたというのに、目の前の相手は自分よりも早く駆け出しており―――

「待…っ」

このままでは、彼が危ない。
考えている暇はない。もう間もなく、彼と植物の生えた男……『闘争の種子』の寄生体の生き残りに襲われてしまう。

ならば、やる事は一つ…

「―――ッ」

ロープを外す時間はない。
なら、このままでやれる技で彼よりも速く、打ち倒してしまうしかない。

足に力を籠め、地面が弾ける音と共に、駆けだす。
弾丸のような速さで、貴方を抜き去れば……持てる力。魔力と呼ばれるそれを鞘に込めて寄生体の頭に一撃を放つ。

植物の根が張られたような男の体が、まるでバットにフルスイングで叩き飛ばされた野球ボールのように、落第街のビルの一角へと叩きつけられるだろう。

「…僕が対応しておきますので、早く―――――――逃げてください。
 今ので少しは時間稼げると思いますので……」

はぁ、はぁと浅い呼吸を何度も繰り返しながら、貴方にそう告げる。

体が弱り切っていて力が出ない。だが、やるしかない。
一瞬ふらつきながらも、貴方の前に制止させるように立ち……出口の方を指さすだろう。

蘇芳那由他 > 「……まぁ、時間稼ぎにも足止めにもならないよなぁ。」

縮まる距離、暴走列車の如く突き進んでくる植物男を平静に見据えたまま呟く。
彼の制止する声は聞こえていたが、今更だ…こうなった意地でも何とか時間稼ぎくらいはしよう。
そもそも、あの男のパンチ一発でおそらく自分みたいな雑魚など瀕死、良くても大怪我は免れない。
少年なりに、なけなしに集中して『初撃』だけでも回避しようと走る足に力を込め――…

「……え?」

瞬間、弾丸のような一陣の風影が己をあっさりと抜き去って男へと向かう。
思わず呆然と、そして奔る速度も緩めてしまいながらその人物の後姿を眺めて。

次の瞬間、まるで冗談のように彼が放ったフルスイングの一撃が男の頭部を直撃。
派手に吹っ飛んで横にあったビルの壁に叩き付けられる様子に、「うわ、凄い…」と、呟いて。

「…確かに、僕は足手纏いで逃げるのが最善なんですが…。貴方もどう見ても万全じゃ無いでしょう。」

分かっている。自分が『弱者』であるのは、誰よりも己自身が理解しているから。
彼の言葉が正解で、今ここで己がやるべき事は背中を向けて真っ先に彼が示した方へ逃げる事だ。
だが、こちらを静止する様に、庇うように立つ彼の体が一瞬ぐらついたのは見逃さない。

僅か、逡巡するような間を置いてから…一息。僕に他に出来る事は何がある?
彼のような戦闘能力は勿論無い。異能も、魔術も、当にこの体から喪われている。

だったら――…

いいや、あるではないか。あのよく分からない【戦槍】が。

「――お断りします。僕は足手纏いの弱者に過ぎませんが、少しはお手伝い出来そうなので。」

そもそも、だ――このまま逃げて彼を見捨てるのは。例え彼は乗り切るとしても。
少年の中の何かが『納得行かない』と吼え立てる。人間、死ぬ時は死ぬものだ。けれど。

「――いや、もっとシンプルにこう言うべきですね…このままま逃げるのは僕が『納得行かない』。」

――だから、ちょっと力を貸してくれ僕の中の死神の神器とやら。その力を見せてみろ。

自然と右手を彼――ではなく、壁に叩きつけられながらも、既に復帰しかけている男へと向ける。

【破邪の戦槍】 > 『――困った宿主だ。気は進まないが…いいだろう、承った。』

重く、低く、男でも女でも無い声が脳裏に響き渡り。

少年の右手が青く光り輝き、そこから一振りの大槍が生えるように出現した。

少年 > 「げほっ、ごほっ……、……大丈夫、僕な…ら…、……その、槍は……?」

見た事のない形状の槍。
そこから感じるのは―――どこか”縁”を感じるような気配。
まるで、随分過去に”大事な人”が絡んだかのような、そんな淡い、ほのかな気配。

でも、それは確かなものだ。

”彼女”と縁ある槍だと、すぐに直感した。

「……」

少し躊躇いながら考える。
彼を巻き込んでいいのだろうか。
しかし、今の自分ではいつガス欠になるかも分からない。
動けなくなれば対処も仕切れず……そして今の体では、それまでの間に相手を仕留められる確証もない。

ならば――――

「…、………あれは、再生力が高くて…根っこのようなものに、人が寄生されてる、んです。
 完全に滅しきるしか倒す方法が無くて……種を残すと、また同じように寄生される人が出るかもしれない、んです。

 ……どのくらい、戦えますか?」

蘇芳那由他 > 「…前に常世博物館で展示されていた『死神の神器』と呼ばれている物の一つ、らしいです。
他に二つ展示されていたんですが、何かこの『槍』が僕に語り掛けてきた、というか。
気が付いたら展示品から槍は消えてて、僕がよく分かりませんけど『宿主』?になったっぽいです。」

当時の状況を簡潔に、自分が理解出来ている範囲で語りながら出現した槍の柄を握り締める。
刀身が40cmはあろうかという、青く荘厳な輝きを纏うそれは尋常ではない空気を纏っていて。
死の気配を色濃く撒き散らしながら、同時にそれは浄化の気配を強く帯びてある種の神聖さも垣間見える。

「…つまり、あの男の人は『手遅れ』で、完全に殺すしかないって訳ですか…。」

まさか人殺しをする事になるとは、と内心で小さく嘆きながらも表情は乏しいまま。
彼の説明を噛み砕いて己の中で消化しつつ、両手でぎこちなく槍を構える。

「ええ――ぶっちゃけ滅茶苦茶弱いですよ僕。異能や魔術は全く使えませんし…。
何より、真っ当な戦闘訓練は学園のカリキュラムでも下から数えた方が早いですね。
喧嘩慣れしている一般学生程度と思って頂ければ。」

全く隠す事無く、堂々と己の弱さを白状する。足手纏いなのは分かり切っていた事だ。
それでも、これが選んだ選択だ。自分は『死ぬ時は死ぬ』精神なので別にいいが。

「…少なくとも、そちらの邪魔にはならない努力はしますし。隙さえあれば一発『叩き込みます』よ。」

その言葉に呼応するように、槍の刀身の輝きが僅かに増した。
視線は暴走男から逸らさぬまま、さりとて緊張も恐怖も矢張り無い自然体。

寄生された男 > 吹き飛ばされた男は土煙をあげながら、瓦礫から這い上がり貴方たちを睨みつける。
闘争の種、その亜種か何か……
どちらにせよ通常の個体とは違うそれは、先ほど打撃を受けた頭部と壁にぶつけられた衝撃で損壊したであろう背部に太く大きな蔓を急速に成長させている。

まるでビルドアップしたかのように上半身を大きくさせたそれは、もはや常人のシルエットをしてはいないだろう。

そしてそれは、一撃を食らわせた貴方たち…厳密には少年を目標としたようで。
ズシン、ズシンと地面を慣らしながら、近づいてくるだろう…

少年 > 「死神の……」

死神、という言葉に声を漏らす。
自分の直感が正しい事を、証明するかのような名称だ。

死の神に好かれた少女を――――自分は知っている。
いや、知っているというのも、烏滸がましい。
尤も大切な存在なのだから……

「……」

今は感傷に浸ってる場合ではないと、気を取り直し。
感覚を鋭くして、槍の気配を感じ取ろうとする。
”死神の槍”であるならば、”死の気配”を感じ取れる自分になら……その気配から力を感じ取れるだろうか…?

「……特殊な力が、その槍には…あると思います。
 それがあれに利くかは分からない、ですが……

 …今の僕だとあれを相手するのは…少し厳しいのと。
 貴方だと……足止めは危険、かもしれないので。

 それに…。……賭け、ましょう」

そう言うと、杖替わりにしていた刀を構えなおし。
貴方の”一発”を放てる隙を作る為、彼は大男と化した寄生体の方へと向かう。

貴方から距離を取らせ、余裕を作らせようと。

蘇芳那由他 > 「…よく分かりませんが、何か認められたか目を付けられたっぽいですね。」

本当に、何で自分が選ばれたのかさっぱり理解出来ていないのだけれど。
ただ、今はこの槍に賭ける…いや、縋るしかない。あの『刀」はとある幽世の残り火に預けている故に。

「…まぁ、ある物は何でも使うべきってやつです。僕も、流石に死にたい訳ではないので…。」

槍を一度強く握り締めて、暴走男を見据えながらゆっくりと深呼吸。
そう、別に死ぬ時はどうやっても死ぬのでその時は受け入れよう。だが、今じゃあない。
何より――刀を返して貰う前に死んでは『約束』が果たせ無いから。
少年の、そんななけなしの意志に呼応するように青く輝く槍が輝きを更に増す。

「――効くか効かないかは賭けですね。でもやるしかないでしょう。何より――」

ここから逃げるのも、あれを野放しにするのも無しだ。そう決めてこうして槍を携えている。
彼が前衛を引き受けるように動き出せば、素人なりに状況を判断して槍を構えたまま。

「――僕みたいな素人じゃ、生半可な攻撃は交わされるか受け止められる。
…かといって、力み過ぎても多分失敗するし…。」

戦況を、持ち前の平静さのままに確認する。槍は構えたまま、どうやって『当てる』か、そして『叩き込む』かをひたすら足りない頭で考えて。

「――頼むよ、死神の神器さん。色々と足りない『宿主』だけど…。」

決めた。この槍には意志があるのだから『それに任せる』。
自分はただ、槍の穂先でいいからあの男に『当てる』事だけを考えて集中する。

幸い、暴走男は彼を危険視して標的に選んだようだ…申し訳なくも都合がいい。

「一撃でいい……絶対に当てる。」

弱者の意地を見せてやろう。

少年 > 「…」

どことなく、自分に似ている。
今のではない。きっと……あの人に会って変わり始めた頃の自分に。

今の自分はこんな風になってしまって、戻れないかもしれないけれど。
でも変わりつつあった頃が確かにあった。

「…」

羨む気持ちが一瞬立ち込めるも、それを一時忘れ。
戦いに集中する事にした。

寄生された男 > 2mを軽く超える大男へと変貌した寄生体は、唸り声をあげながら近づいてくる少年へ、丸太のような腕を豪快に振り回す。
それだけで少し離れていた蘇芳にまで突風が巻き起こる程のそれは、接近していた少年の胴体を真っ二つにでもするかのような勢いだろう。

その剛腕は、並大抵の反応速度では回避する事すら難しく――――

少年 > 「―――」

しかしてそれを、”まるで予知していた”かのような挙動で少年は回避してみせる。

振りはじめよりも早く身を屈め、振りかぶった時には股下を潜り抜けていただろう。
そのまま背後を取れば、やつれた体とは思えぬほど力強い足の踏ん張りを付け……

「……ッ!!」

先ほどと同じく、鞘に魔力……”他者を傷つける事”に長けた、死者の魔力の籠った一撃を『左足』に放つ。
遠くからその様子を見ている貴方は、それらの一連の動作が恐ろしく練達した物であることを認識できるかもしれない。

鞘に込められた魔力が力場となり、鞘が足にあたるよりも先に衝撃を伝える。
その一撃は、先ほどと同じく強烈な一撃。
硬い頭ならば兎も角、足であれば一撃で粉砕せしめん一撃。


寄生された男 > 『-―――!』

背後からの足への一撃は、完全に寄生体の不意を衝く。
衝撃で左足が吹き飛び、体制を崩す……が。

しかし倒れ込むまでの瞬間で、瞬く間に足が太く再生し、踏ん張るだろう。

再生が、早い。
そう少年が認識するとほぼ同時に、背後の羽虫を払いのけるかのように巨腕が振り下ろされる…!

蘇芳那由他 > 記憶が無く、大事な感情の一部が欠けている少年に手札、と呼べるものは殆ど無い。
あるのは、この槍と…なまじ危機感が無いからこそ、どんな状況でも平静でいられる事くらい。

「……まだ…。」

乾いた唇を一度舐めながら、一人と一体の攻防をじっと見つめる。何時こちらに標的が切り替わってもおかしくない。
それでなくとも、暴走男の豪腕の一撃による風圧で、こちらにまで風が飛んでくるけれど。
それでも、目は逸らさずに。いっそ不気味なくらいに静かに暴走男の隙を逃すまいと見定める。

「…まだ…まだだ…まだ…。」

小声で呟きながら、無意識に体を半身にして右腕を前に、左腕を後ろに。
槍の柄の両端に近い位置をそれぞれの手で握り締めながら、両足に力を込める。
彼の動きは、素人目でも分かるくらいに熟練した動きで、己などより遥かに強い。

ならば、仮にこの槍の一撃で倒せなくてもおそらく彼が何とかしてくれる…他力本願?大いに結構。
僕はヒーローでも強者でもない。ただの『弱者』なんだから。
だけど、そんな奴にも意地はあるし決めている事がある。それこそが僕の武器だ。

「『風紀委員」さん!…一瞬だけでいいのでその人の動きを止めてください…!」

だから、かなり無茶な注文だとは理解しつつ、彼へとオーダーを飛ばす。
今、まさに暴走男の反撃が彼へと向かっているその刹那でもあっても、だ。
何せこっちは一撃当てる事がおそらく限界。タイミング次第ではただの役立たずで無駄死にだ。

少年 > 巨碗の振り下ろしにも再度、感知し。
刀で軌道を滑らせ直撃を避ける。

それでも衝撃で、細腕がびりびりと痺れるのを感じるだろう。

「動きを止める……」

足を弾き飛ばしたが、しかして一瞬で再生されては動きを止める時間は足りない。
もう一度……いや、左足は先ほどよりも太く頑丈に発達し、一撃を与えても動きを止めるには至らぬだろう。

ならば、どうするか……

「(狙うならもう一方の足?
  でもそれだけだと、さっきと同じですぐ再生する……)」

自分の武器は剣。
一撃で大きな範囲を損壊させる術には乏しく、さらに体は万全ではない。
故に今の一瞬で、この相手との相性的不利は痛感しただろう。

「(威力を上げなければ、威力を……)」


寄生された男 > 『-――!』

大男の攻撃は大振りで、しかし一振りごとに力が増しているのかスピードが上がっている。
少年は涼し気に回避を続けているが、しかしてその動作は少しずつギリギリになっているだろう。

――――危険だ。
傍目からもそれが分かる。
しかして、見届けるしかない……そう思っていた矢先


少年 > ――――巨腕が、少年に当たる。

「――――ッ」

蘇芳那由他 > 「――!!」

流石に目を見開く。少年がとうとう、暴走男の豪腕をまともに受けてしまった。
駄目だ、もう隙がどうのだと窺っている余裕は無い。彼は強いのは分かる、がそもそも万全ではない。

「ああ、もう…本当に…!!」

悪態を『自分に』零しながら、一気に地面を蹴り付ける様に槍を構えたまま走る。
あの暴走男の意識は彼へと向いていて、しかも攻撃の直後だ…ここしかない。

―-頼むよ、死神の神器…【破邪の戦槍】。今だけでいいから…!!

「――『もう一人』居るのを忘れないでください…よ!!」

そして、少年は真っ直ぐに槍を突き出す。狙いは男が豪腕を振った直後のがら空きの胴体…脇腹付近。
ただし、少年の平凡な筋力とぎこちない無我夢中の突きでは、男を貫くことすら無理だろう。

だが――…

瞬間、一際槍の刀身が青く眩い光を放ち――…

【破邪の戦槍】 > 『――全く、世話の焼ける。』

呆れたような声が少年の脳裏に響き渡り、槍が『勝手に』動いて暴走男の脇腹にあっさりと食い込むように突き刺さる。

瞬間、青い光が男の全身へと駆け巡り、絡み付く蔦やその体を収縮させていく。
ソレは、あたかも浄化のようで養分を吸い取っているようにも見えて。
少なくとも、決定打には届かず――されど『弱体化』に乏しき現象を引き起こす。

少年 > 「―――大丈夫」

宙を回る少年から、その声が聞こえる。
焦る事はない、というようにその回転を保ちながら寄生体の後ろへと落下し――――


蘇芳那由他 > 「焦りもしますって、こっちは素人なんで…!!すいませんが、トドメはお任せします…!!」

次の瞬間、少年の腕から枯れ木が折れるような音が響き渡り、槍が陽炎のように揺らいで消えていく。
そう、この槍も少年も『不完全』。本来の力を発揮するには足りな過ぎる。

だが、これでいい――少しは役に立った。

少年 > 回転……寄生体の振るった剛腕の”力”をそのまま体で流し。
縦の”斬撃”を寄生体に叩き込む。


それは、相手の力を利用しそのまま返す”柔の技”
相手の攻撃の威力が高ければ高いほど力を増す、対怪異用の技。


少年 > 「――――猟犬の型『鬼牙』」
寄生された男 > 激しい衝撃波が、寄生体の体を縦に一刀両断せしめる。
それは、自らの剛腕の力。
それを、弱体化させられた所に、完璧に叩きこまれる。

浄の力と自らの剛力をそのまま食らった寄生体の体は瞬く間に枯れ果て……そして塵一つ残さず消えて行くだろう…

蘇芳那由他 > 「……凄いなぁ…。」

この状況下でも、彼の見事な動きと技巧に思わずそう呟いてしまうくらいには何時も通りの平静さ。
少し焦ってしまったのは否めないが、幾ら本調子で無くとも矢張りこの人は強いのだな、と思い乍。

「……終わり…ましたかね?」

塵一つ残さずに消えていく…亡骸すら残らないそれを見送りつつ呟くように尋ねて。
そこで、ふと腕の違和感に気付いて己の右腕を見下ろす。明らかに何かおかしい。

「……うわ、折れてる…?」

左腕も変だがそちらはまだマシだ。右腕が明らかにだらんと不自然に垂れ下がっており。
しかも、遅れて激痛が走ったのか僅かにだがその茫洋とした顔を顰めて。

『不完全』な一撃とはいえ、浄化と槍の具現化の反動だろう…何せ初めての実戦だ。
むしろ、腕一本折れただけで済んだのは素人にしてはマシではなかろうか。

流石に、腰が抜けたようにその場に座り込みつつ、軽く右腕を押さえながら。
トドメは刺したとはいえ、彼の体は大丈夫だろうか?と、自分の骨折は二の次で彼の容態を確認しようと。

少年 > 「はっ、は……げほっ、ごほ・・・・・・」

一方のこちらも、ひどくせき込んでおり快勝とはいいがたい。
謎の個体ではあったが、それ以上に彼の体が大きく弱っているのが大きいだろう。
先ほどの一撃で少なからず内臓にダメージを負ったのか、せき込むものには赤いものも混じっている。

「……大丈夫、ですか?
 ……助かりました。さっきの相手……後処理が一番、大変なので……
 ……今の、浄化…ですかね」

消滅していったのは、おそらくあの力のおかげだろう。
自分の力にそこまでの効果はない。彼の持っている槍の効力が、あの寄生体の再生能力を消滅させ、生命力を奪い取ったか。

どちらにせよ、大きな助けになった事に変わりはない。

「…、大丈夫、ですか…?
 ………入口まで、運びます。すみませんが……そこからは、自力で帰宅を…

 可能なら病院に、行ってください」

鞘に収まったままの刀を杖のようにつきながら、貴方の方へと近づいて手を差し出すだろう。

蘇芳那由他 > 「…いやいや、僕よりやっぱり貴方の方がどう見ても体の状態が…。」

右腕を軽く押さえながらも、やっぱり自分の事はさて置き相手の体の状態を心配する少年。
少年からすれば、無事に事は済んだし生き残ったのだからそれで十分だ。
腕が見事に折れて凄く痛いが、それはそれ…命あっての何とやら、であろう。

「あー…僕もよく分かりませんけど、【破邪の戦槍】という名前だったみたいなので。
多分、名前からして浄化の力はやっぱり秘めていたんではないかと…。」

実際の所、宿主の癖に少年は槍の具体的な力は殆ど理解しきれていないのだ。
だから、考え込みながらそう答えつつも、浄化が果たして正しいのかは分からない。
…むしろ、浄化だけでなく相手の生命力を奪い取っていたような気がしないでもないが。

「…いや、歩けますから大丈夫ですって…むしろ、事情はあるのは分かりましたけど…。
貴方もきちんとどこかで手当てなり休息はして下さい。そっちの方が気に掛かるので。」

それでも、左手を伸ばして彼の手助けを受けて立ち上がりつつ一息。
まぁ『弱者』なりに頑張っただろう。決め手は元々彼に任せるつもりだった。
お互い、ちゃんと生き残っているのが最大の成果である。件の闘争の種子というのは気にはなるが。

「…あ、そういえば。僕は学園生徒の蘇芳那由他といいます。ナユタでいいです。
…一応、恩人でもありますしお名前を聞かせて貰ってもいいですか?」

彼はおそらく、ここから動かない――大人しく病院には行かないだろう。
自分が引き摺って連れて行くのもどう考えても不可能である訳で。
ならば、せめて名前くらいは聞いても罰は当たらないだろう、と。
共闘という形になって落ち着いたとは言え、矢張りこちらが助けられたのでいずれ礼は返したいもの。

少年 > 「…慣れていますk…けほっ、……から」

体調が悪いのは今に始まった事ではない。
だから今の状態も慣れているというのも嘘ではないのだろう。だとしても、放っておくべきものではないが…

「……分かりました。…でも、今ので分かったと思いますが、危険な場所……なので。

 これからは、なるべく近寄らない方が、いいでしょうね……

 今みたいなものがよく出てくる、という訳ではないですが……あれは数少ない撃ち漏らしか、どこかの違法部活の実験品でしょうし…。


 …名前は………



 ……レオ、と言います」

名を名乗るべきかは悩んだが、しかし聞かなければ素直に帰らないだろうと考え。
名前だけ、そう告げれば……刀を杖にしてコツ、コツと歩みをはじめ。

「…では、失礼します。
 ……お元気で、ナユタさん」

蘇芳那由他 > 「……初対面で失礼かとも思いますけど…貴方、周りから心配されたりしませんか?」

思わず目を細めてぼそり、と。ああ、この人は自分の体を省みずに無茶をしてしまう人なんだな、と。
自分の事はさて置き、かなり業が深そうな彼の事情を薄っすらとだが感じ取りつつも。
自分が何か出来る事があるか、と言われたら…悲しいくらいに何も無いのだ。

「…善処しますが、僕ってどうも地理の把握とかが苦手なので…多分、気をつけていても迷い込みそうなんですが。」

流石に、気まずいのか微妙に目を逸らしながら。一応、自覚はあるのだ。
どうやら、自分は記憶や感情の一部だけではなく、方向感覚――空間把握能力も足りないらしい。
まぁ、それはこちらの事情で落ち度だ。彼には彼の事情などがあるように。
それはそれとして、違法部活とか実験品とか…なんか不穏な単語が出てきたような?

「レオさん…えーと、多分年齢は殆ど同じっぽいからレオ君でいいかな?
…ええ、そちらも気をつけて。レオ君…。」

一足先に、刀を杖のようにして体を支えるように歩き去っていく彼を何時もの茫洋とした顔で見送るも。

「…あ、そうそう…今回助けて貰ったお礼は『必ず』させて貰いますので。
…なので、勝手に死んでしまうとかは勘弁してくださいよ。あと、栄養取ってくださいね。」

なんて、去り際に彼の背中にそう、少し大きめの声で呼び掛けてから少年も反対側に歩き出す。

「……病院かぁ…あの空気は苦手なんだけど…。」

とはいえ、骨折はそのままにしておけない。奇妙な出会いと共闘、初めての実戦と槍の力の一端。
色々、考える事や思う事はあるけれど…一先ずは、病院にまずは行こう。

ご案内:「落第街大通り」から少年さんが去りました。
ご案内:「落第街大通り」から蘇芳那由他さんが去りました。