2022/09/19 のログ
ご案内:「廃ビル 屋上」にノーフェイスさんが現れました。
ノーフェイス >  
既に廃墟ビルとなり、無許可の雑居棟となった墓標の頂上にそれはいた。
高度が上がったことで風の暴威はいよいよもって獰悪になり、
血河めいた乱れ髪は虚空にたなびいて、見えざるなにかに吸い寄せられているかのよう。

「――――――」

風向きに流れる雨粒を受け、雫が這い回る腕をもたげた。
指はその腕に持った、手頃な長さのパイプにかかる。
まるで波打つかのような濡れた床に底面を押し付けて、
肺腑にめいっぱい、湿った晩夏の空気を吸い込む。

ノーフェイス >  
そこを中心に、音は広がった。
嵐とは逆向きに荒れ狂い、響いて渡るのは激情の波。

廃材をマイクに見立てて、命を削るように歌い上げられるのは、
大昔から使い古された、湿りきった歌だ。
絶叫と苦鳴にまぎれた、情けない有り様の。
どこかの国の言葉を、わがものとして。

未練と、後悔と、鬱屈に、その身をのたうたせるように。
閉じた瞼、内なる宇宙より、魂が燃えて、吹きすさぶ。

ノーフェイス >  
涙を流せども、嵐がすべてを奪い去る。
胸裏にとじこめられた、敗北者の心を出力するたび、
玉の汗が雨粒と混じり合い、烟る霧は熱をもった。

ものの数分、熱唱はそんなものでおわって、
肩で息をしながら、呆然と空を眺めた。

「ココどこ?」

強風に吹き飛ばされて気づいたら、ココだ。
凪の合間に濡れた髪を後ろに撫で付けながら、ため息。

「締まんないなぁ、オーディエンスも居ないんじゃ――」

かたちに残らない芸術の一端をつむぎ終えたのち、
女はぽい、とパイプを投げ捨てると、踵を返した。

「絶好のロケではあるんだけど」

集客力が未だ無い。まだまだ始まったばかり。
夜に吼えるものたち、そのひとつは、ときたま昼にも営業する。

ご案内:「廃ビル 屋上」からノーフェイスさんが去りました。