2022/09/28 のログ
ご案内:「落第街大通り」にノーフェイスさんが現れました。
ノーフェイス >  
落第街大通り。
この区画はメインから少し奥まった場所にあり、人通りそのものはそこまで多くはない。
その分、雑多に軒を連ねる屋台、モグり商店、怪しい客引き、傾いた看板。
秩序立っていない左右非対称のつくりが印象的だ。

少しだけ涼しくなってきた真昼の風を受け、カーディガンの裾を揺らして。
髪とともに、咥えた煙草の煙をたなびかせ、そぞろ歩く。

「♪」

今日はどの店を冷やかそう――上機嫌に鼻歌を歌いながら。
少しだけ最近は羽振りが良くなっている。

退廃の街――そこにも賑わしい日常があった。
秩序に守られることのない、吹き溜まりを、女は征く。

ご案内:「落第街大通り」にパラドックスさんが現れました。
パラドックス >  
退廃の街と言えど平穏はある。
表と裏。秩序が違えど、何方にも違った平和があった。
だからこそ、それは突如破られる事もしばしある。
轟音と爆炎。アスファルトと鉄が炎に撒かれて、遅れて騒めきと悲鳴が平穏を切り裂いた。
それは不運としか言えないだろう。落第街に構えていた飲食店。
表と比べれば衛生面や食材の差はあれど、そこに住む者の憩いの場になっていた食堂だ。
今やそれはただの瓦礫となり、看板が吹き飛び、そこにあった生命も──────。

「……丁度良い狼煙になるだろう。風紀の連中の次は"ここ"だ」

……ただ一人、黒煙から出てきた男。
生き残りではない。その胡乱な瞳こそが、男を"破壊者"だと物語る。
表も裏も例外なくひき潰す破壊者。
逃げ惑う力なき民の背に向ける胡乱の目線は、偶然にも橙の視線と交差した。
男はそれこそ、例外なく全ての生命を無に帰す。選り好みはしない。が……。

「…………」

その妙な"異質"さに、訝しげに足を止めてしまった。

ノーフェイス >  
重たい風に裾が煽られた。
続いて訪れた熱波と瓦礫の雨を浴びる。

逃げ惑う人々の悲鳴と当惑が周囲を満たす。
怪我人も出ただろう。死人も出たかもしれない。
カーディガンに付着した砂埃と建物の破片を手で払った。

その姿は妙に落ち着き払い、いまこの場では唯一、彼と正対した。
しばらく表情は浮かべていなかったが、煙草を銜えた唇は、
数秒ののちにゆっくり、微笑の形をつくった。

「いきなり派手だね、禿頭(ボルド・ヘッド)?」

自分の細顎を撫でながら、眼の前の男を値踏みするように視線を向ける。

「見ない顔だ……風紀じゃないな。
 連中、ここまでパンクな格好のヤツそうそういない。
 そこでべちゃべちゃの不味い炒飯出されてキレたってカンジでもないよな。
 どーしたの。 虫の居所でも悪かった?」

自分から間合いは詰めない。
両手を低い位置のポケットに押し込んで。
それが自らに似合いの化粧であるかのよう、余裕を纏いつけたままで。

パラドックス >  
この島はある意味"平和ボケ"とは無縁だ。
こう言った戦火に物怖じせず、睨み返す連中など珍しくも無かった。

「生憎、此の時代の料理に興味は無い。
 何れその積み重ねさえ歴史から消える」

<クォンタムドライバー……!>

無機質な電子音声と共に、男の腰には
デジタル時計を模した"ベルト"が装着されていた。
そして、男は静かに両腕を交差させれば手首を捻った。
男の周囲には幾つものデジタル数字が出鱈目にカウントされるホログラムが展開される。

「そして、それはお前も同じだ。
 此の廃退の影と共に消えるが良い」

「──────変身」

<クォンタムタイム!>

始まりを告げる音声と共に、無数のホログラムは砂となり零れ落ち男の体を包んだ。
周囲を迸るエネルギーが突風となり瓦礫と炎を巻き上げ
それを振り払うように現れたのは、全身に黒いケーブルを巻き付けたかのような"怪人"。
無数のデジタル時計を体中に身に着け、赤い電光数字を点滅させている。
顔と思わしき「0:0」の数字が女を睨む、未来から来た怪物だった。

<クォンタムウィズパラドクス……!>

<ショット!>

無造作に握られていたケーブルをむき出しにしたライフル。
無機質な銃口が何の躊躇いも無く向けられれば
命を貫く蒼光の一閃が放たれた。全てを焼き払うレーザービームだ。
何と言う事もない。異能者でも無ければ此れで終わりだ。
怪人はそう、"タカをくくっていた"。

ノーフェイス >  
「へえ」

片方の眉毛を釣り上げた。挑発的な表情。
彼の告げた大言壮語に興をそそられた。
その興味は更には、展開される彼の装備――その文明の程に移った。
視線は一瞬、彼の周囲、あるいは自分の周囲に"何か"の気配か臭いを探し、
すぐに彼へと炎の視線を戻す。

「あ――狡ぃ。 カッコイイやつじゃんか」

笑みが消えた。フィルタを噛み、口惜しそうに変貌した姿を睨めつける。
警告もなく向けられた銃口がその虹彩に映った――のは、ほんの一刹那。

女の背後から、光が疾った。

赤色の輝きが細い帯となり、虚空に蛇の如く鋭いカーブを描く。
およそ銃が向けられる直前に放たれたその攻撃が、横合いから銃身を"殴りつける"。
銃口を反らして、その場から動かずしてやり過ごした――逸れた先に建物か、あるいは人がいたかもしれないが。

「悪いねー! いまからこの場に残るんなら自己責任で頼むよ――いつも通りね」

煙草を吐き捨てる。

魔術だ。
その光は物理的干渉を引き起こす。
人体ならば削り取れる程の力と速度を持った、"握力"のような性質を持った光の帯。
役目を果たした赤は消える。
少なくとも今の一撃は、怪人の肉体ならいざしらず、その鎧にダメージを与えるには至らない程度だろう、とは。
銃身にくれられた衝撃からでも、十二分に判断は可能だろう。

「異なる時間軸から来て、ページを破り捨てようなんて随分大きく出たもんだ。
 気に入らなかったのは表っかわの街だけじゃなかったのか、"パラドックス"?
 ――で、いいんだよな」

歓楽街を襲撃した謎の"怪人"。
この目で観るのは初めてだが、噂話で知っている者は知っている。
落第街に生きる"一般人"としては、その程度の認識だ。
だからこそ、噂の真贋を本人らしき存在に問うて確かめた。

「ボクが今からやることに、キミの名前が必要なんだ」

しかし。
その表情は一転、ぎらぎらと輝く、獰猛な色を描いている。

パラドックス >  
『!』

放った光線とほぼ同時に女の背後が赤く光った。
逸れる銃口。生命を貫く凶光はひしゃげた看板を貫き、爆散した。
粉々になった破片が虚空を舞い、怪人は訝しげに女を見やった。
確かに此方のが早かったが、それよりも早く銃身を"殴られた"。
何かの魔術か。或いは異能か。何れにせよ、感じた"異質さ"は嘘ではないらしい。

<スラッシュ!>

手に持つ異形のライフルの刀身が、蒼いレーザー光に包まれる。

『面白い……』

言葉とは裏腹に忌々し気に吐き捨てた。
簡単に殺せない相手とくれば、一切の"慢心"は捨てる。
川添春香のように遅れは取らない。全ての技術、力を以てして破壊する。
怪人の両目が赤く光り、全身のデジタル数字が出鱈目に時を刻む。

『お前が何者であろうと、私の目的を知る必要は無い。
 最後に刻まれるのは、此の時代の破壊者パラドックスの名……』

『歴史の闇へ消えるが良い……!』

その名を肯定とし、怪人は鉄の拳を強く固める。

<ファースト!>

軽快な電子音声と共に、怪人の姿が"消える"。
正確には消えたわけではない。
クォンタムドライバーには一時的に時間を操る能力を備えている。
自らの時間ごと加速させた超高速移動だ。
蒼い軌跡が陽炎のように瞬く間に消える最中、一瞬で間合い。
その鼻先に、無機質で冷酷な"ゼロ"二つが並ぶ。
間髪入れずに、胴を二つに割かんと蒼光一閃と放たれる────!

ノーフェイス >  
「楽しむ感性はあるのか。 意外だね」

青空の下、炎に照らされ、黒煙のスモークが織りなす斑の影のなかで。
刃の輝きを見ても、物怖じすることはない。
ここだよ、と言うように、自分の細い腹を指で蠱惑的に撫でてさえ見せながら。

「――いいねえ!
 大きく出たもんだ。 時代の破壊者? クールじゃないか。
 なにを壊すんだ?この街?この島?それとも、外のすべて?
 
 今なお消えていってる、"この瞬間"のなにが赦せないんだ?なあ!?

 その鎧に隠した熱いパトスで、果たしてどこまでやれるのか――
 ぜひ、ボクにも一枚噛ませてほしいもんだな」

異常によく通る、透き通った声。
アジテーションをするように、精神を高揚させるかのような。
その言葉の末尾は、彼が消えた瞬間まで続いた。
突進の勢いが生んだ突風に髪の毛が煽られる中、既に体は浮いている。

地面を踏み、高く跳躍していたのは彼が動き出すその直前。
更に、身体強化した魔術で、その鎧の胸部分につま先をかけ、跳躍する。
いくら強化したとて、蹴撃でダメージは通らない。



「 Hey! 」

ガツン、と。
爆風で軽く曲げられた、長らく光源の替えられていない街灯の上に着地すると同時。
両手をポケットから出して大きく広げ、叫ぶ。
その声はパラドックスに向けられたもの――では、ない。

「このボク、ノーフェイスと――
 "此の時代の破壊者" Mr.パラドックス!
 ルール無用だ! このお昼時に、血と臓物が見られるかもな!
 そこの店の奴みたいにくたばっちまうかも!」

拡声器も魔術も使っていないのに、広範囲に鳴りわたるのはまるで歌声だ。
芝居がかった大仰な所作で、呼びかけるのは――
さっきから、物陰に、建物のなかに引きこもって、まだ此の場に残っている者たち。
落第街の住人。


「さあ、ケンカだ! 賭けろよ! 命知らずのろくでなしども!
 いまこの場すら生き残れる保障もないこのショウを――全力で楽しんでいってくれ!」

落第街の住人 > 一瞬の静寂の後に。

「――どう見てもパラドックスのが強え。こいつに5口だ」

どこかから響いた胴間声に続いて。

「俺もだ!固いところを張って今夜はいい酒飲むぜ!10口!」
「いいや私は"穴"にベットする!ノーフェイスに20――」

「まあまあ落ち着け! ここはこの僕、"カリキュレイター"の数寄屋勇次が胴元を務めよう!」

「てめえ!中抜きしたいだけだろうが!出しゃばんな!俺はあのハゲに50だ!」

周囲から。口々に。
ベットの意思表示が、姿を見せぬままに行われる。
女に。怪人に。
寄せられるのは――恐怖、不安――そして、"期待"、"遊興"、"興奮"。

いますぐ殺されてもおかしくはないこの鉄火場で。
無数の"熱狂"の視線が注がれる。
女を中心に、狂気が、混沌が――渦を巻く。

ノーフェイス >  
「――この街はねえ、いつ風紀のお坊ちゃんに大砲ぶちこまれてもおかしかないのさ。
 そんな日々を過ごしてたせいで、どっかしら壊れちゃってるとこも多くてね。
 建物も、人の心もね。
 これ以上、ここの何を壊したいのか、興味が尽きないケド――」

見下ろす女はさも愉快げに、自分の用事をひとつ終えた。

「まずはキミの予定に付き合おう。
 安心してくれ、ジャム・セッションもそこそこやれるんだぜ?
 随分待たせた。 始めようか」

街灯を蹴る。太陽を背に、翼のような裾がはためき。
男の頭上より、女から放たれた光の帯が降り注ぐ。
極彩色、ストリート・ペイントのような下品な輝きが、それぞれ違う色を放って、
派手な虹の七色、七本の攻撃が同時に注ぐ。

一本一本のダメージは大したことはない。
束ねたところで、男を殺す致命打にはなり得ないだろうが。
それが威力の低さを判らずに行っている無駄な足掻きか、
その裏に何かを秘めているか、アルカイックスマイルは正解をモザイクの裏に隠す。

「余所見するなよ――Let's rock!」

パラドックス >  
放たれた蒼刃は空を切り、手先を足蹴に避けられた。
身のこなし、得体の知れなさ。感じる"違和感"。
今まで対峙してきた異能者とは違う、妙な"異質さ"を感じる。
心が騒めくこの感じはまるで、そう。精神が"それ"を警告しているようだ。
鉄仮面の奥底で、男の表情が苦いものに変わり、鼻で笑った。

『愚問だな。文字通り"全て"だ。この時間軸は、不要の結果が出たに過ぎない』

それ以上でもそれ以下でも無い。
此処にいるのは歴史の"破壊者"。
その役割を担っている以上、獲物に自らの事を必要以上に話すなどナンセンスだ。
情熱的に、感情的に話す女とは対照的に
冷鉄を身に纏う人間<オトコ>は何処までも冷酷なマシンのようだ。

そんな中、隠れていたはずの連中が現れた。
暴力と恐怖から逃れるためだったはずだというのに
まるで、女の放つ熱に当てられたかのように呑気な"賭け事"を始めたではないか。
この鉄火場の前で渦巻く熱狂に、男は失笑せざるを得なかった。

『愚かな連中だ』

<ショット!>

それ以外に言葉が出ない。
別にターゲットは女ばかりではない。
言葉に嘘偽りはなく、此の島全てが"ターゲット"なのだ。
蒼刃の消えた銃口を振り払えば、むき出しのコードをベルトの接合部に装着される。

<クォンタムバースト!シュートブラスト!!>

無限のエネルギーが即座にブラスターに転換され、銃口に蒼い光が溜まっていく。

『付き合う必要は無い。その騒音ごと、お前達の生命を消す─────!』

放たれた極彩色とほぼ同時に放たれる巨大な光弾。
神々しい蒼い光はまさに破壊のエネルギーが凝縮されており
その七色の帯を相殺するかの如く放たれたが、その実態は"観客ごと"消す心算だ。
着弾すれば辺り一面を強烈な爆炎が覆うだろう。
イカれた音楽家に付き合う義理など毛頭ない。お望みなら奏でてやろう。

慟哭と爆音が奏でる地獄の旋律を───────!

ノーフェイス >   
「悪役(ヒール)らしい素敵なお答えだ。
 神のお告げでも聞いた? それとも自分で決意した?
 やろうとすることのデカさに対して、ソロってのがまたクールで良い」

畏れることはない。
男の言葉に対して、女はどこまでも――真摯に向き合っていた。
そもそも、常世島を護ろう、という意識など、この女には存在していなかった。

「やれよ」

単独で壊されるようなら、そこまでだ。
女はヒーローの"役柄"まで羽織るつもりはなかった。
削る。冷えた鎧に光の帯が触れれば、輝く火花を散らす――見栄えに反して、全く痛痒もないことだろうが。


「おおっと」

しかしその笑みは、少しばかり引きつったものになった。

「それは、ちょっと訊いてないぜ……ッ!」

剣と、銃。そして蹴撃。噂に聞いていた怪人の攻撃形態までは把握していた。
先の二回を凌げたのは、ひとえに"情報"を先んじて掴んでいたから、ということが大きい。

「―――」

飲まれる。
灼光に包まれた女を中心に広がる爆炎が、まるで薙ぎ払うかのような惨状を描きだす。
砕けた建物、ずれ落ちた看板。

しかし。

好奇は止むことはなかった。
怪我人は出ただろう。
死人も出たかもしれない。


しかし。
それが何だというのか。

死はいつもすぐそこにあった。一方的な破壊など――落第街の日常だ。
鉄火の支配者という少年が。過激な違反部活が。
大小関わらず、悪意が、暴力が、それに類する者が行った破壊行為が、
若干の感性の麻痺を産む。痛みと恐怖を正常に受容するための大事な場所に傷をつける。
女の扇動で、少し箍が外れてしまえば、……逃げるより、保身するより。
隣人が傷つこうが、他人が死のうが。
眼の前のショウにかじりつきたいという狂った行動を優先することには、
論理的な正当性すら生まれてしまうのが、いま、この場所。

――そもそも最初の爆発の時点で。
それを厭う者は、さっさと逃げてしまったのだ。
女がそのための時間を、意図してかせずか、稼いでいた。
もちろん、女に"落第街の住人を護ろう"なんて意思は、ない。

「全部が自己責任だからな。キミに恨み言を吐く奴はもういないだろうぜ。
 壊される痛み。 奪われる恐怖。
 キミはそれを、よく知っているんだな。
 やられる側に立たされたこともあるんだろ?」

女の声が響く。
宙空で一撃を喰らい、殺虫剤を食らった虫よろしく落下したその地点に、女の姿はなかった。

瓦礫の山の中心に佇立していたのは、巨大な棺桶――のような匣。
何処かから現れて、盾代わりに攻撃を防いだ、重厚な厚みを備えたオブジェ。
その棺桶は表面が硝子質のもので造られていて、圧でもかけられたように、現在進行系でひびが広がっていた。

「――素敵な隠し玉をどうも、すっごく好かったぜ?
 あやうく……Wooops! …逝っちゃうところだったな。
 あー……お披露目はもうちょっと先の予定だったんだが……ボクもお返ししたほうがいいよな?」

棺桶の背後から、ひょいと顔を覗かせて、笑う。
爆風が起こした破片に傷をつけられたか、流れる血に片目を封じられてはいるが、
その余裕に陰りはない。

硝子の罅は広がっていく――何かがそこから、誕まれようとしている。

「とっておきのやつを」

パラドックス >  
未来の防御技術をふんだんに使った鋼鉄の鎧。
受ける光帯の打撃力で決定打にならず、火花はを散らして身を揺らす程度だった。
軽微な損傷率だ。それすらを超えるような灼熱が、爆発が目の前で起きたのだ。
確かな手ごたえはあった。直撃だ。滅びの光がデジタル数字に乱反射する様を見ながら
ベルトのケーブルを引き抜けば残りの住民を始末しようと一歩踏み出した。が……。

『……何?』

その一歩で怪人の歩みは止まってしまった。
瓦礫の山に建てられた重厚な棺。
それを野次るかのような住民達。
恐怖さえ押しのける"狂気"と言うべき代物に、男は驚愕を隠せなかった。
此処が表の秩序とは違う場所だと理解していても
"死"を目の当たりしても尚、熱気を優先する。


……これは一体なんだ────?


冷鉄に身を包んだ怪人でさえ、その疑問を抱かずにはいられない。
裏側の街であろうと、破壊者の恐怖は絶対だったはずだ。
その愚かさには、呆れを通り越して気味の悪ささえ感じる。
は、と正気に戻った要因は、吹き飛んだはずの女の声だ。

『……戯言を。自己責任と言えど、死を前にして悔恨を、恐怖を感じない人間などあり得ない』

ましてや、それを上回る感情などあり得ない。
その言葉が何より"的を得ていた"からこそ、低い怒声を怪人は吐き捨てた。

『よく回る舌だ。だが、此れで終わりだ。
 ……下品な口を此処で黙らせてやる……!』

<ファースト!>

ぎり、と強く握った拳と共に再び怪人が加速した。
握り拳に青白いエネルギーを集中させ、棺桶ごと貫かんとストレートを繰り出すが────?

ノーフェイス >  
「人を支配するために、恐怖と暴力、そして死は非常に便利な首輪だよな。
 キミの生きる未来はそういう――冷たい時空だったのかい、パラドックス?」

女の笑みは、崩れない。
むしろ深くなった。
機械のような鎧に押し込めた男の声に、怒り――"感情"がにじむたびに、
女の機嫌は跳ねるように良くなった。顎を引いて、ただでさえ巨きい男を見上げるようなアングルで。

「キミの言ってることは、間違ってないぜ」

そう、言っていることは。

「死《キミ》がいるからこそ、生を実感し――いまここに、熱が生まれてるんだ。
 アリガトウ、ボクの期待どおりだ。
 パラドックス――キミという存在はめっちゃキレてる……エンタメしてるよ!
 最高のショウにしよう、キミという存在を、いまここに歴史として刻む手伝いをさせてくれ!」

男の拳を受け、匣はついに砕け散った。
頑強さゆえ、破壊はされたが、勢いをわずかに殺し――
棺桶の破片に頬を切られながら、女は手を伸ばす。
そのなかに納められていたものを手に取った。

「キミのいる世界で、このお約束は残っているかい?」

女が左手で掴んだものは。
左右非対称の形をした、木材を切り出して、組み合わせて造り出されたもの。
"首"にあたる部分に張り巡らされた六本の弦が、陽光と炎を浴びて怪しくきらめく。
"体"にあたる部分を自分の腹に抱き、右手が添えられた。
未だ色が塗られていない、木目丸出しの――エレキギターだ。

「"魔法使いは杖を使うものだ"――ってさ!」

ピックを持った右手が振り下ろされる。魔術で増幅され、歪んだ和音が鳴りわたる。
それと同時に、女の背後から先程と同じ"光の帯"が生じた。
先程と同じ精密なコントロール、段違いの疾さ。七本同時――"杖(ギター)"から放たれる魔術の攻撃は、
束ねれば、あるいは――致命打にも。

「お楽しみはこっからだ。 順番間違えんなよ?
 もう、余所見したら一瞬で逝けるぜ――他のものをブッ壊したいなら、まずボクからだ!
 ブチかましてくれよ、なぁッ!」