2022/10/06 のログ
ご案内:「違法バー「Restless Heart」」にノーフェイスさんが現れました。
ノーフェイス >   
四角い間取りの中央をくり抜いたステージで、モグリのジャズバンドが演奏する。
明かりの頼りない店内ではその顔をはっきりうかがい知ることは難しいが、
演奏者は不法入島者だったり、表舞台を追われた犯罪者だったりもする。

二階部分はVIP席にあたる。
広々としたブースには優雅に寛げるソファセット。
透明な仕切り越しに演奏を見下ろせる特等席だ。
ツテと金があれば誰でもなれるVIP用の空間では、
それなりに美味しい酒と料理が出る。


そんな空間に響くのは、なんとも他愛ない複数人の会話だ。
女は、これまた訳あり、雇われの女を侍らせては、
バリトン・サックス唸るソロに耳をそば立て、一時の酒精と享楽に酔っている。

薄明かりにぼんやりと浮かぶ、艶めくシルエット。
誰を待つわけでもなく時間を潰すのが嗜みだ、とでも言うかのよう。
誘われるままに新たな酒に口をつけて、退廃的な時間は過ぎていく。

ご案内:「違法バー「Restless Heart」」に紅龍さんが現れました。
紅龍 >  
 
「――よお、嬢ちゃん」

 違法バーのVIP席に上がると、随分と態度のでかい娘が女を侍らせている。
 幸いにも取引がある店なのもあって、武装したまま通されたのはありがたい話だが――。

「随分といい趣味してるな?
 なにかいい事でもあったか?」

 得体のしれない――そんな感覚を抱かせる娘の隣に遠慮なく腰を下ろす。
 別に文句を言われる筋合いもない。
 元々、細かいルールなんてもんがない店だ。
 侍らされていた女が嫌そうな顔をしたが、同でもいい。
 今日の目的はこの――異質な娘の方だ。
 

ノーフェイス >  
扉が開いた。
ボーイでも通されたかと思ったが、それは有り得ないことだ。
料理も酒も、誰もここに入らないままに転送されてくるのだから。
不思議そうに女は入室者を目で追って、最終的な成り行きを見守る。

「だれ?」

問うたのは男ではなかった。
侍らせていた店の女に、指さしながら問うと、
少しだけ言い淀んだあと、『紅龍さんだよ』とだけ返し、立ち上がった。

「あ、ちょっと――」

VIPのゲストが現れたということは、退出せよとの合図であるということは、
店側の暗黙の了解でもあるのだろう。
居心地の悪い会話の予感を察知して、さっきまでの睦言は夢のように、
再会の約束も軽々しく、男が入ってきた扉をくぐって去っていった。

「ふぅ……お仕事~、って感じ。 残念」

名残惜しげに伸ばした腕に応えるものもいないので。
残っていたショットグラスの中身を干して、脚を組む。
隣の男のことを、何も知らない、とでも言いたげの振る舞いだが、
そこに恐れや不安というものは一切ない。

「最近ちょっと羽振りがよくてね。 どうも、"紅龍さん"……?
 そこ、話しづらいかもだけど、いいの?
 ボクと飲みたいってだけなら、そこでいいのカナ」

にやりと口端を吊り上げ、隣合う男に視線を送る。
何の話を持ってきたのだろう、という好奇と興味がそこにはあった。

紅龍 >  
 
「おう、悪いな、遊びの邪魔しちまったか」

 悪いとは微塵も思っていねえが、まあ言うだけはタダだ。
 というか、あの女、オレの事知ってたのか。
 『会』に居た時と違って、名前が知られてきたってのは悪くない。

「羽振りがいいのは良い事だ。
 そんで、ため込まずに使うのは猶更いい」

 落第街の経済が回れば、うちの部活も仕事が増える。
 金は使わなくちゃ景気が悪くなるだけだ。

「ああ、隣で構わねえよ、『顔無し』。
 視線を合わせねえほうが良い事もある」

 隣り合えば、相手の顔を見る必要がない。
 どころか視界にも入れずに済む。
 軍に居た頃からの癖だ。
 敵か味方が判断できねえなら、向き合うべきじゃない。

「わりーな、別に飲みに来たわけでもねえんだ。
 ちょいと幾つか聞きたい事があって、いや、あったんだがな。
 その前にどうも、これを聞かないと気分がわるぃ」

 ホルスターから徐に、武骨な70口径のハンドキャノンを左手に持つ。
 使うつもりはない――が。

「――お前、『なん』だ?」

 敵か味方の判断――それ以前の問いかけだ。
 

ノーフェイス >  
「かおなし……」

澄んだ声が、なんとなく言われた言葉を反芻する。
女は相変わらず男のほうに顔を向けたまま、
薄闇のなかでも見紛いようのないシルエットに視線を動かす。
否、常なら見紛えてしまうだろう。およそ拳銃の機構で撃っていいサイズではない。
人間を複数人重ねても破砕できそうなそれを視て、

「アラアラ」

赤い唇を、舌先が舐めた。
ソファの背もたれに頬杖をつく姿勢になり、煽情的に目を細める。

「そんなデカいものぶらさげて、露骨なお誘いだこと。
 枯れるにはまだ早い――って感じ?」

指は無遠慮にその冷たい銃身に這う。
バレルを伝い、照星に反って指先が駆け上がる。

「でも、ここは揉め事はご法度。知ってるだろ?
 このまえのショウを観て声かけたんにせよ、ああいうのには段取りってもんが――あン?」

手を離してホールドアップの姿勢を見せてから、質問には怪訝な顔をする。

「どゆコト?」

もしかして、お決まりの質問なのか?
比較的新参な身からすると、少しばかりドレスコードを失したような居心地の悪さを覚えて。

「ボクのなまえくらいは、知ってると思ってたケド。
 ……それじゃ不十分?」

まあ、いいか――と切り替えて、不敵な笑みが戻ってくる。

紅龍 >  
 
「誰が枯れたおっさんだコラ」

 け、と笑って愛銃を触れる手から逃がす。

「気にすんな、使うつもりなら――部屋に入った瞬間に撃ってる」

 揉め事はご法度――それはあくまで客のルール。
 オレは今、ここの客ではない。
 ハナから完全武装の上に金も払ってねえしな。

「――『ノ―フェイス』、自称だろ。
 どういう事もなにも、言葉通りだ。
 さっきからな、気分が悪くて仕方ねえんだ」

 この感覚は、よく知っている。
 認識が狂う。
 軌跡が狂う。
 精神が狂う。

「オレは、てめえと会ったことがねえ。
 だってのに、オレの意識は、お前を知っていると訴えてくる。
 ――散々味わった精神干渉の類だ。
 お前に自覚があるかは知らねえがな」

 程度は軽い。
 だが、『バケモノ』を殺し続けてきた人間として――経験が警鐘を鳴らすのは避けられない。
 徹底して顔は視ない。
 顔を向けない。
 顔を見せない。

「だから――ナニモノだ、って聞いている。
 こう聞かれるのは不満か?」

 全身が、全神経が、経験が、記憶が。
 こいつを『異質』だと判断している。
 オレが軍人のままだったら――間違いなく、この部屋に入った瞬間、『鎮静剤』をぶち込んでいた。
 

ノーフェイス >  
しばらく怪訝な顔をしたまま、男の言葉を聞いている。
此の場の空気など素知らぬ風に、あるいは知っていたとしても続くであろう演奏は、
アドリブのよく効いたスイングで、文字通り場違いにご機嫌な曲を奏でている。

「………」

白い歯を、まるで牙を剥くような笑みで晒す。

「ビビんなよ。そのためにそんなゴツいものニギってんだから」

吐息まじりに告げて、首を傾いだ。
血の色が、まるで頬杖をついた白い肌を舐めるように流れる。

「さっきから、べつに名前をきいてるワケじゃないよな……?
 とはいえ、何にしたって質問が、ホラ。
 そこのクラゲみたいにフワフワしてるぜ?」
 
飾り付けの水槽を指さして、愉快そうに笑ってみせる。

「不満じゃないけど、それ訊いて、キミが安心できるのかってのはボクには自信がないし?
 それを、たとえば武装で――その持ってるやつだけじゃないよな?
 ボクを威圧して、ボクだけに喋らせようとしてる、フフフ。
 そういうのは、そうだね……」

手を伸ばす。テーブルに乗せられた無数の品のなかからひとつ。
キャラメリゼされたナッツを口に運んで、ガリ、と小気味いい音を立てて奥歯で噛み砕く。

「気に入らないかなぁ」

咀嚼して、嚥下して、にやついた笑みのまま。

「ま、それでも目の前でオドオドしてる子に対して、
 堂々とするのがスタァってもんだよな。
 だから、ボクなりにこたえさせてもらうと~……」

空中に指を走らせる。
光の文字盤が現れた――この店の注文様式だ。
いくつかの追加注文をしたあと、顔を向けた。乗り出して、覗き込む。

「ボクが何かというこたえは――"どこにでもいるようなヤツ"、かな!
 キミだけじゃない、会う人会う人に、どこかで会ったか、って顔をされるもの。
 ……これじゃ不満かな? オールド・ボーイ?」

紅龍 >  
 
「――ハッ」

 失笑が漏れる。
 ハンドキャノンをホルスターに収めて、ソファに持たれた。

「吸わせてもらうぜ」

 懐から『タバコ』を取り出して火をつける。
 慣れ親しんだ香草の香りが、鬱陶しい精神干渉を拭い去っていった。

「どこにでもいるようなヤツ、まあいい、いいとしといてやる。
 別に戦争に来たわけでもねえ」

 『異質』だろうと関係ない。
 今は、まだ。

「『病原狩人《アンチボディ》』、部長、紅龍だ。
 よろしくはしなくていいぜ、カオナシ」

 隣を見ないまま、テーブルの上に名刺を滑らせた。
 

ノーフェイス >  
「どーぞ。 ボクも吸う方だから」

変わらぬ様子で新しいナッツに手をつける。
少なくとも、対話の様子を見せた彼の姿は、
彼の緊張(ある程度)を解く、というこちらの当座の目的が達せられたことを意味している。

「くらげって可愛いよね、小さいやつは特に」

細い指をそっとテーブルに突いた。 
名刺を取り上げて、天井のほんのあえかな照明に透かしながら確認する。

「防疫にはノーガード過ぎるし、オフェンシブ過ぎるよな。
 具体的にどんなもの狩ってるんだい?」

こっちは依然、話を振る際には彼の横顔に視線を注ぐのをやめはしない。
覗き込む。たとえ相手が、こちらを覗いて来なくとも。

「……ああ~! さっきのも、ボクがこの"病原"なのかどうかって確かめてたんだな?
 まっ……たく心外だな、性感染症だって多様化してるとは聞いてるけどサ。
 でも、それにしたって回りくどすぎるぜ。 相手によっちゃ先に撃たれても文句は言えない」

大仰に嘆息してみせながらの、少しばかりの批難の声。
二本の指で、器用にぱたり、と名刺をおりたたむ。

紅龍 >  
 
「くらげねえ。
 海洋生物にゃ、あんまりいい思い出がねえなぁ」

 海は、陸地以上に『バケモノ』だらけだ。
 こんな時代になっても未だ、未開の世界なんだからな。

「お前が『病原』かどうか、ってなら最初から違うのはわかってたさ。
 今のはクセ見たいなもんだ、昔のな」

 『病原』じゃなく、『バケモノ』を狩り続けていた軍時代。
 その時に身に沁みついたものは、なかなか抜けてはくれない。

「一応、今のも誠意だったんだぜ?
 このライフルと、拳銃と。
 オレがどんな凶器を持っているか、わざわざ見せたんだからな」

 言ってしまえば、何かあったらこれを使いますよ、っつぅ意思表示であり。
 不意打ちするような真似はしない、という証明だ。
 見えてるものになら、誰だって注意を払える――もちろん、それを利用した技もあるが。
 ミスディレクション、とか言ったか。

「具体的に狩ってるもの、ねえ。
 今のとこ、目下の『病原』は。
 どこぞの『特撮ヒーロー』気どりだな」

 なにが変身だクソったれ。

 

ノーフェイス >  
「そりゃあもう、バッチリ陰性(ネガ)だからね」

手を振って、ポケットに名刺をしまい込んだ。
新たに、いつの間にか出現したチョコレートコートのアーモンドを口に運ぶ。

「アドリブが効かないヤツって思われるのはちょっと業腹だけれど。
 手の内を晒すのは多大なリスク、だからそれに応えてあげなくもない」

銃を前にしても、何を前にしても、
その余裕は今のところ、柳のように崩れない。
甘ったるい菓子に舌鼓を打つ。
プースカフェ・スタイルの、コーヒーベースのカクテルも一緒に届いている。

「ああ、アイツか。
 なるほど、"病原"ねぇ。 なんっとも、思い上がった比喩表現だな」

グラスにふれようとした指を引いて、柔らかい背もたれに体重をかける。
にやついた笑みは剥がれることはなく、ようやく彼の素性に興味を持ったように。

「それで、"軍隊気取り"の皆様がたがボクに接触を取ってきた、と。
 ずいぶん防疫には難儀してるようだけど、いやまさか……
 用心棒としてボクを使おうなんて、血迷ったサムいことは言い出さないだろうな」

紅龍 >  
 
「なかなか、よく回る舌を持ってるじゃねえか。
 オウムよりも好く鳴きそうだ」

 煙を吐きながら、自嘲する。
 確かに思いあがった言い分だ。
 だが――。

「アレは、『腫瘍』みてえなもんだ。
 切除しねえと、どこまでも壊していく」

 転移、汚染、感染――行きつく果ては崩壊だ。
 この、曲がりなりにも秩序を作っている島の――あるいは外も含んだ世界の。

「用心棒?
 お前を?
 冗談だろ」

 こんなやつを用心棒にした日にゃ、一日も立たずにどいつもこいつもスカルヘッドだ。
 骨が残れば上出来か?
 冗談がキツイ。

「うちの部員には、軍隊式で仕込んであるからな。
 無礼があったなら詫びておくぜ」

 肩を竦める。
 軍隊気取り、なんて言われてるようじゃ、まだまだだな。
 暇が出来たら鍛えなおすか――。

「ま、そういう事だから、お前に会いに来た理由もわかんだろ。
 ちょっとしたインタビューだよ。
 街を賑わしてくれた、イカレたバンドマンへのな」

 「おっと、イカしたバンドマン、だった」とわざとらしく訂正。
 こいつからあの『特撮野郎』の情報が特別出てくるとは思っていない。
 だが、対峙したやつにしかわからない感覚ってもんがある。
 それを知りたいんだが――この調子じゃ、マジで遊んでただけなのかもしれねえな。
 

ノーフェイス >  
「キミは」

その言葉とともに、曲が止んだ。
単なる曲の切れ間だった。

「いま、自分にまったくアドヴァンテージがないことを自覚すべきだね。
 キミが欲しがるようなニュースを、ボクがキミに教えてあげるメリットがない」

彼の言葉に対して、ふいに軽い調子を捨てて、毅然として言い放つ。
視線を外し、正面に向けば、退屈そうに脚をふらつかせた。

「まるで自らが秩序と保全を預かるかのような物言いも。
 アレと相対したことがないから言える、"病原"とだけ判断する浅はかさと性急さも。
 必死に内側を探られまいと余裕の仮面を被る軽忽さも――すべては等しく思い上がりで、
 ひらたく言うとつまんないんだ、悪いね」

摘んだキャラメリゼをさらにひと粒。くちのなかで噛み割った。
不機嫌というわけではないが、言葉から軽妙さは消えている。

「思い上がるだけだったらまだいい。
 そのうえでリターンを攫おうという根性が気に入らない。
 ひとつだけ言っておくなら、"アレ"は――極大のリスクを払ってなお、届かないだろうリターンを追いかけてる。
 命を賭けてね」

嚥下する。

「現段階だと、アレのほうが面白い。
 どっちにつくか選ぶんだったら、ボクはパラドックスにつくぜ。
 ま、彼は嫌がるだろうし、破壊と暴力という手段はボクとしてもノーサンキューだ。
 あえて選ぶならの話だけど、ジャム・セッションはいくらでもやりようがある」

そこでようやく、再び、顔を向けた。

「ボクから質問をしようか、スケアディー・ドラゴン。
 キミはどんな面白いことをしようとしてるんだ?」

それは、目の前に存在する極大のリスクを、
パラドックスに対するためのリターンに変えるためのチャンスだ。

紅龍 >  
 
「そこまでおりこうさんのつもりはねえんだけどな。
 ま、確かにお前さんにメリットはねえし、こっちから渡せるもんもねえ。
 さらにもう一つ残念なお知らせを言うと、余裕もない」

 『タバコ』を吸いながら笑った。
 つまらないと言われてしまえばそれまでだ。
 楽しませるつもりも、面白おかしく踊る趣味もねえ。

「――オレがやる事は、どこまでも『つまらねえ』事だよ。
 売られた喧嘩を買う、それだけだ。
 ま、まともにやったら、オレが死ぬだけなんだけどな」

 つまらなそうにするカオナシと反対に、オレは面白くなったように笑う。
 昔から続けてきた、勝てない戦、それをまたしようってだけの話だ。
 ほんとうに、つまらない。

「オレはどこまでも『前座』にすぎねえ。
 主役にはなれねえし、わき役にしたって面白みがない。
 できる事といやぁ、この面白くもねえ命をベットして、いずれ現れるだろう『ヒーロー』にバトンを残す事だけだ」

 だから、徹頭徹尾に面白さなんてもんとは無縁だ。
 戦争屋に出来る事は、戦争だけ。
 オレに着いてきた連中のためにも、つまらねえ戦を繰り返すだけだ。

「別にお前に何かしてもらおうってつもりもねえよ。
 言ったろ、インタビュー、ただ聞きに来ただけだ。
 お前がその『パラドックス』を面白いと思った。
 オレに取っちゃそれだけで十分すぎる収穫だ」

 それは、『パラドックス』がどこまでもデカい驚異だという裏付けになる。

「セッションするなら自由にやりな。
 オレが死ぬ確率が上がるだけだしよ。
 九割九分九厘から十割になるだけだ。
 ガキはそれだけ奔放なほうが、気分がいい」

 オレにはコイツみてえな生き方は逆立ちしても出来やしない。
 愉快な方に付く、大いに結構。
 オレはその上で、オレの役割を全うするだけの事。

「ほんとに呆れたガキだよ。
 ああ、これ、誉め言葉だぜ?
 それに、案外、公平だ。
 わざわざ、つまらないと思った相手にチャンスをやろうってんだからな」

 そしてオレはそのチャンスを一蹴するんだから、つくづく面白みがない。

「オレにあるのは、信念だけ。
 人間は家畜だ。
 家畜を殺す家畜のオレは、畜生にも劣る。
 人殺しは等しくクズだ。
 だからこそ、オレはオレの信じるモノにしたがう。
 『パラドックス』という存在を放置する事は、オレの信義に悖る――ただそれだけの事だ」

 要するに、相いれない信念がぶつかるだけの事。
 そこに、面白いもつまらないもありゃしねえ。
 あるのは、ただ、クズとクズがぶつかってどっちがスクラップになるか。
 それだけの事なんだ。
 

ノーフェイス >  
「人間は家畜じゃないよ」

すべてを聞き終えた時、まず、静かにそう言った。
途中からどこか退屈そうに聞き流すばかりだった言葉のなかで、まず相容れない思想がそれだ。

「家畜に甘んじることを望んだヤツだけがそうなる。
 ……キミの負け犬根性が、この街に伝播してなきゃあいいけど。
 "家畜であれ"なんていう"人助け"と"親切"で、ここを負け犬の街にしようとするなよ。
 そんな邪悪な存在は、ボクの敵だ」

言葉の刃を振ってのち、少しだけ思案するように視線を外した。
自分のなかで咀嚼するように顎を撫でてから、
少しだけ凪いでいた表情に笑みが戻った。

「でも、そうだね……無茶を背負って戦おうっていうのは、いい。
 いいや、思ったより悪くはないよ。いいプランだ。
 キミがただ死ぬってだけじゃ、とんでもなく面白くないってだけなのと――
 ズレていることがふたつほどある」

拳を見せる。まずは、と人差し指を立てた。

「アイツはキミに対して喧嘩を売っているんじゃない。
 大方、キミの身内、病源狩人って組織があいつになにかされたのかもしれないケド。
 そもそも個人という単位にはそこまで興味がないように思える。
 彼が元いた"枝"は、そうとう冷たい世界になっしまっているようだからね。
 ――"魔法使い"がいないんだってさ?」

ひとつめの問題。
指をひらひらと動かしながら、教師のようになめらかに言葉を紡ぐ。

「アイツとの喧嘩で得たものはほら、ボクはすこしだけの知名度と、ここで遊ぶ金だ。
 ボクはそれでいいんだが、アイツはどうだろう。
 たまに考えるよ。"ニンゲンはどうして時間に指をかけようとするのだろう"って。
 ……そこまで踏まえて、アイツが壊そうとしているのは、
 いま、この常世学園《せかい》だけだと思う?」

人差し指でとんとん、とテーブルを叩いてから、
放置されていたカクテルを、マドラーでようやくかき混ぜる。
コーヒーリキュールとクリーム、黒と白がくるくると混ざる。

紅龍 >  
 
「言うねえ。
 まあ、どっちが正しいかなんて議論をしたいわけじゃねえ。
 オレとお前じゃ生きて来た場所も時間も違う。
 思想も信念も交わらなくて当然だろ」

 むしろそれでいい。
 だからこそいい。
 オレの言葉を、コイツがどう受け取ったとしてもだ。
 負け犬根性、ね。
 間違っちゃいねえな。
 ま、負け犬には負け犬なりの矜持ってもんがあるが。

「――ほう」

 本当にこのガキは公平だ。
 公平に――クソガキだ。

「まさか、その口からユニークなクソ以外が出てくるとはな。
 ありがたく聞かせてもらおう」

 個人に興味がない――それはそうだろう。
 そして特別に組織《ウチ》に興味があったわけでもない。
 結局は――大方、火種になるなら何でもよかったんだろう。

「あの野郎は、時代を破壊する、って言ってるそうだ。
 とはいえ、それがどういう意味かを考えるのはオレの仕事じゃねえ。
 あいつが一連の暴力と破壊で何を手に入れたのか。
 それを推理するのも、オレがやる事じゃねえ」

 それは、コイツみてえなのがやればいい。
 理解し、共感し、想像し、時には愛して――情で殺す。
 それがオレの殺しのルールだった。
 だがオレはもう殺しはしないからな。

「オレの今の役割は、次に繋ぐことだ。
 オレだって死ぬつもりはねえ。
 だが、死を念頭に置いてもオレはあいつに勝てない」

 だから繋ぐ。
 あの『破壊者』を止められる誰かに届くまで。

「殺すんなら別だけどな――だが殺すなら、オレはあいつをとことんまで理解しなくちゃならん。
 今のオレは、それを善しとはしないんだな、これが」

 重い『約束』がある。
 それを抜きにしても――もう殺しはたくさんだ。
 誰が死ぬのも、死なせるのも――泣いてしまいそうなくらいに。

「ま、勝てはしないが死なねえようにやる。
 オレはもう無責任に死ぬわけにゃぁいかねえからな」

 背負うもんが増えた。
 それを下ろす日はいずれ来るんだろうが、それは今じゃない。

「――で、どうするよ?
 お前の思想からするとオレは敵なんだろ?
 ここで終わらせるってんなら、抵抗はしない。
 死ぬわけにゃいかねえが――殺される理由ならいくらでもある」

 両手をあげる。
 『パラドックス』と渡り合ったこの『ノ―フェイス』なら。
 オレの生き死になんて、どうとでもできるだろう。
 

ノーフェイス >  
「平凡と退屈を押し付け、ニンゲンを大衆たらしめる悪しき秩序、体制がボクの敵。
 とはいえ、それを打ち倒したいなんて考えちゃいないケドね。
 ああ、殺さない、殺さない。 いらないし、意味がない。
 キミが死んで何かが変わるワケでもない、そうだろ?」

ひらひらと手を振って、ホールドアップはやめて、と催促する。

「キミの眼の前で、たいせつなものをめちゃくちゃにするほうがよほど効きそうだ。
 そうだろ? 組織を背負ってるのに、自分が喧嘩を売られたからひとりでいくなんて、詭弁だよ。
 なぁ――キミ、ほんとうに"一番大事なもの"を賭けてる?」

命なんて、言うほど高いチップじゃないんだぜ。
そう言いたげに笑ってから、甘いカクテルを干した。
白と黒が無秩序に交わるはざまの味が一番心地よい。
喉に通る体に悪い糖分とアルコールの気配に心地よく酔った。

「アイツに抗うっていうなら、いま、この世界が大好きなヤツが必要だよ。
 否定に対しては結局、そういうやつをぶつけないといけない。
 もしアイツの真意がボクの思う通りなら、なおのこと――だ。
 自分が傷ついて満足するなんて心持ちじゃあ、ホントに殺されちゃうぜ」

結果の見えた勝負はつまらないし。
薄っすら浮かんだ笑みは、結局のところそこに帰結して。

「それに――キミ、さっきからヒーローにバトンを託すとか、
 勝つつもりはないとか、自分がやることじゃないとか言ってるけど、
 そもそも、いまやろうとしていることだって、誰かがキミに頼んだことなのか?
 押し付けられるヒーローのこと、ぶっちゃけちゃんと考えてないだろ?
 悲劇的な死で激しいアクメをキメたいってだけなら、なおさらよろしくないぜ」

グラスは進む。
ロックな生き様は、狂気とは。
進んで分の悪い賭けにツッパることだ――"自分のために"。

「まずはヒーローをみつけないとね……じっくりメンバー募集して。
 ひとりじゃ足りないなら、ふたりでもさんにんでも。
 アイツが壊すたびに、ヒーローは生まれる。そういうもんだろ。
 "悪役は良かったけど、ヒーローは物足りなかったね"なんて、消化不良もいいとこだし?」

紅龍 >  
 
「くく、そうだな。
 オレが死んだところで、世界は何一つ変わらん」

 手を下ろして、短くなった『タバコ』を指に挟む。

「お前がその口で答えを言ってるだろ」

 『一番大事なモノ』ソレを賭け賃にしていいのは――勝って守り抜ける奴だけだ。
 だからこそ――ヤツにオレは勝てない。
 オレがヒーローをする時代は、とっくに終わっている。

「まったくお下品な口だな、お嬢ちゃんよ。
 こんなこと、頼まれたってやらねえよ。
 頼まれもしてねえからやるんだ」

 まったく、このガキは若い。
 若い上に、極上にイカれてる。

「ヒーローなんてもんには、なりたくてもなれねえよ。
 ――ヒーローに押し付けるんじゃねえ、押し付けられたからヒーローになるんだ」

 押し付けられるヤツが誰になるか、そんなのは心底どうでもいい。
 誰がヒーローだったか、なんてのは。
 終わってみてから初めてわかる事だ。

「オレがやらなくても、いずれは誰かが何かを押し付けて、ヒーローと後世で呼ばれるヤツが産まれる。
 その誰かが誰でもいいのなら、オレがやるのさ」

 灰皿に燻った『タバコ』を押し付けた。
 オレからすりゃ、ヒーローになんざ、死んでもなりたくねえ。
 だが、ヒーローは必ず必要とされる。
 勝手な期待を責任を押し付けられて、ヒーローになる。
 本人の意思は関係ない――そういうふうに世界の仕組みは出来ている。

 だというのなら――その無責任さは、背負える奴が背負うべきだ。

「――なかなか愉快な話だったぜ、クソガキ。
 その汚ねえ口、大人になっても減らすんじゃねえぞ。
 それこそ――面白くない」

 ソファから立ち上がる。
 それでも、ガキの顔をオレは視ない。

「じゃあな、生きていたらまた会う事もあるだろう。
 一応、お前がヒーローになんざならねえようにだけは祈っといてやるぜ。
 ――再也不見」

 ドアに向かう――振り返らない。
 部屋を出る――最後まで顔は見ない。
 ドアを閉める――交わらない色は、交わらないままでいい。
 浮かぶのは、どこまでも呆れ切った、自嘲だった。
 

ノーフェイス >  
「……どの時代でも、"大人気取り"は『無知の識者』になりがちだねえ。
 その傷、誰に舐めてもらったの? カワイイ彼氏?」

頬杖をついて、せせら笑う。
どこまでも、虚しく、空疎で、中身を伴わない『大人の都合』に、
――憐れみなんて感情が浮かぶとは、みずからとしても意外だった。

「ふたつめだけど。
 "前座(オープニング・アクト)"は、ボクがもう、やった。
 キミはキミの役柄を探すといいぜ、オールド・ボーイ。
 ……だれかがどこかでやったような、二番煎じはNGだ。
 ボクから大切なものを守りたいんだったら、なおさら……間違えるなよ?
 大人ぶるなら、無い頭しぼって、しっかり最後まで考えろよな」

一番ほしくない時に、一番キツい一撃を、その横腹にくれてやる前に。
それでも身の程を知らずにステージに上がろうというなら、
相応の振る舞いは求められる――そこに一切の言い訳も斟酌もない。

その言葉を背に投げて、ため息を吐いた。

「あんなになっても、まだヒーローに期待してるなんて。
 ……たぶん、近くに甘やかしてるヤツがいるな」

ここは負け犬の街ではない。
弱いならばこそむしろ、表舞台に行くべきだ、と思う。
女は、弱者の優しさが、さらなる負け犬を生む悪循環を、良しとしない。

「さて、と」

端末を取り出して、フリックで何かを入力する。
短いメールを認めたあと、しまい込んだ。
今日のことは、心の宮殿の、隅に押しやって。


「……や、おかえり。
 それじゃ、また楽しもう?」

入れ替わりに現れた店の女に懐っこい笑顔を見せる。
みずからの道を、ただ征くのみだ。
渦となるべく。

ご案内:「違法バー「Restless Heart」」から紅龍さんが去りました。
ご案内:「違法バー「Restless Heart」」からノーフェイスさんが去りました。
ご案内:「違法バー「Restless Heart」」にノーフェイスさんが現れました。
ご案内:「違法バー「Restless Heart」」からノーフェイスさんが去りました。
ご案内:「落第街大通り」に清錬堂 古 白水さんが現れました。
清錬堂 古 白水 > 落第街に絶妙に馴染まない、小奇麗な風貌の男が物珍しそうに周囲を見渡しながら大通りの中心を闊歩する。
散見される死んだ目の住民とそう変わらない印象を受ける目の男は、その視線を縦横無尽にめぐらせる。
見た目に反して好奇を感じさせるその視線を感じた住民達は目を逸らすか威嚇するか、それぞれ様々な反応を返したが攻撃的に相対する余力がある者は居無かった。

「こういうところもこっちも同じか。文明とか技術が発展してても差は生まれるんだなぁ
人間、というより知的生命は哀れだなあ」

かつて居た世界から唐突にゲートを巻き込まれこちらに来たのが先週の話。
運よく異邦人支援とやらを受けこちら向けの衣服と金銭の取得方法を得る事が出来た。
生活基盤を整える段取りが出来たことだからと折角だから島そのものに興味を向けた時に落第街の存在を知り、訪れることにした。
本来一般人がそう気軽に遊び気分で来る場所ではないのだろうが、幸い自衛手段を豊富に携えている身だ、スラムツーリズムとやらに興じてみることにした。
と言っても、かつて居た世界にもこういったところはあった。
しかし文明が発展しているこちらとの違いはあまり感じられないように思えた。

「いや、こっちの方が少しだけ物騒かな…?格差っていうのは醜いね」

ありとあらゆるところに戦闘痕のようなものが見受けられる。
斬撃、刺突、爆破、貫通などなど。
恐ろしい。
眉をひそめてそんなことを考えながら、歩を進めていく。
スラムツーリズムは始まったばかりだ。

清錬堂 古 白水 > 「散歩気分で来るところじゃないんだろうねやっぱり」

少々奥に入ると、人が増えてきた。
と言っても表の人どおりには遠く及ばないが、多少目に生気が宿っている。
といってもその生気の大半は殺意やら悪意やら、攻撃的な物が多くこちらに向いている視線も多く感じる。
警戒、詮索、憎悪、拒絶、殺意、好奇等などなど…実に多岐にわたる。
しかし、好意的な感情は殆ど無いように感じる。
感じるのは、生への執着。大半が日暮やいつ死んでもおかしくない環境で暮らしている事で生に縋りつき続ける為に周囲へ視線をめぐらせる者が多いように感じた。

時折見受けられる露店も実に興味深い。
「あれは見た目通りのものなのかな?少し買ってみたいな…いやちょっと無理そうだな」

露店と言ってもボロボロの敷物とわずかな品物…今男の見据えている露店には、本が売られていた。
タイトルは、この街には到底合わない物が殆どだ。「常世島の歴史」「いかにして現代魔術が成立したか」「異能は異世界からやってきた」などなど、差しさわりの無いタイトルが殆どだった。
それに反して価格が異様に高い。ここが法外な街とはいえ、そんなに本が高額な事はそうそうないだろう。
露店の主らしき男も、他の住民と比べて雰囲気が違う。
妖力…こちらだと魔力だろうか、そういったものを感じる。
興味はあるが、今の私には必要がない、諦めることにしてさらに奥へ…