2022/10/18 のログ
ご案内:「落第街大通り」にアリシアさんが現れました。
■アリシア >
私は。
どうにも。
大きい犬という奴が苦手だ。
夕暮れ。寒風吹き荒ぶ管理が行き届いていない街。
落第街と呼ばれている歓楽街の一部地域。
そこで私は“彼女”と出会った。
メスのグレートピレニーズだ。恐らく野良犬。
かなりの大型犬。体高は85センチ程度だろうか。
あまり体高が高くなると比例して評価が下がるとも聞いた。
そして最も評価の高い体高はメスで最大体高75cm程度。
育ちすぎだな。
背が伸びるのは羨ましいが。
■犬 >
「ヒャン! ヒャンヒャン!」
自分をじっと見る少女へ一風変わった鳴き声を上げた。
■アリシア >
う……鳴いた。変な声だが。
私は動物が何を考えているのか察するのが苦手だ。
これが私への攻撃意思の表明だったらどうする。
やはり大きい犬は苦手だ。
噛みついてくる動きは無さそうだ。
そして、私はコイツがどうして鳴き声が変なのかを理解した。
首輪がこの犬の喉に食い込んでいる。
子犬用の首輪だ、どうして誰も取ってやらない。
「おい、お前……首輪が絞まっているぞ」
手を伸ばして外そうとする。
■犬 >
唸り声を上げて差し伸べる手を拒否した。
それはこの首輪に触れることを許さないかのように。
■アリシア >
「な、なんだ!?」
「お前……それ以上首が絞まると死ぬかもしれないんだぞ」
理解に苦しむ。
この小さな子犬用の首輪がそんなに大事なのか?
やはり大きい犬は苦手だ!!
「お前………もしかして、それは前の飼い主にもらったものなのか?」
「だとしたらしがみつく意味はない、お前はここでどれだけ生きている?」
■犬 >
まるで人間の言葉を理解するかのように。
アリシアの言葉に項垂れた。
■アリシア >
「お、おい……」
悪いことを言ってしまった。
大きい犬は苦手だが、嫌いなわけではない。
とりあえず脇に退いて路上に座り込む。
「なぁ、お前……」
「そんなに前の飼い主が忘れられないのか……?」
コイツとも対話が必要か。
つくづく、人の形を取る以上会話からは逃れられないらしい。
「顔が汚れているぞ」
ハンカチを錬成して“彼女”の目元を拭う。
レディーは身奇麗にしなくてはならない。
■犬 >
前の飼い主の話をされると。
項垂れたまま無反応を貫いて。
目元を拭われると、人から受ける優しさに。
「ヒャン!」
と、また変わった鳴き声で応えた。
■アリシア >
「素直になれるじゃないか」
苦笑いして彼女の顔を拭い終わった手元のハンカチを消滅させた。
「きっとお前は前の飼い主に………」
私にその言葉を口にする資格があるのか。
クローンとして造られ、家族もいない私に。
「なぁ、犬よ。孤独なるグレートピレニーズよ。不思議な言葉が一つあるのを知っているか?」
「それは誰もが大好きで、誰もが振り向く、誰もが求めて、誰もが欲しがる言葉だ」
空を見上げる。
藍色は見上げる広大を塗り潰そうとしていた。
「でも、その言葉は時に陳腐になる」
「時に薄汚れた使い方をされるし、エゴイスティックに汚されることもある」
「怒る人もいる、恥じらう人もいる、憎む人だっているかもな……」
右の手のひらを空を覆わんとする夜に向けて広げて。
「でもその言葉自体にそんなに多くの意味はない」
「きっと使う人の心を映す鏡のような言葉なんだろうな……」
そして───私には似合わない言葉だ。
■犬 >
彼女の言葉をじっと聞くように隣りに座ってアリシアを見ていた。
「ヒャン!」
また一声鳴くと、甘えるように彼女の脇から頭を突き出した。
■アリシア >
甘えてくる“彼女”に困惑した。
「おい、急になんだ」
「これだから大きい犬は苦手なんだ……」
観念して頭を撫でていると。
「おい、今なら私はお前の首輪に手が届くぞ」
「長い毛に埋まっているが……私の手ならあっという間だぞ」
大きな犬の鼻の頭をくすぐるように撫でて目を細める。
「……いいのか?」
■犬 >
肯定とも否定とも取れない。
ただ、好意的に。
「ヒャンっ」
とだけ鳴いた。
■アリシア >
「バカだな……」
“彼女”の小さな首輪をゆっくり外して。
「どうして私に……」
その汚れた首輪を見た。
そこにはこの犬の名前が刻まれてあった。
アデライード。
「そうか、お前」
それはアリスを源流に持つ。
私と同じ名前だったのか、お前。
■犬 >
そして。アリシアの表情を一部始終見ていた犬は。
「ワンッ!!」
と、短く……しかりはっきりとした声で鳴いた。
■アリシア >
「なんだ、お前良い声で鳴けるんじゃないか」
アデライードの喉を撫でて笑う。
「アデラ」
「いや、違う……お前は誰でもない」
私の願いと祈りを編んだ言葉をそっと犬に渡す。
「お前は誰にでもなれるんだ」
「だから……生きるんだ、思うがままに」
自分の代わりに、とは。
この街の片隅では到底言えるはずもなかった。
■アリシア >
その日は創造能力を駆使して“彼女”をブラッシングし、
ノミを取る薬を首の裏に使った。
ただそれだけのことだったけど。
後日、見かけた“彼女”は。
街の住人に随分と可愛がられているようだった。
全く、生きると決めたらどこまでも真っ直ぐ。
これだから大きな犬は苦手だ。
ご案内:「落第街大通り」からアリシアさんが去りました。