2022/10/21 のログ
ご案内:「廃ライブハウス」にノーフェイスさんが現れました。
ノーフェイス >  
 
看板は削れて読めない。
かろうじて最初の文字がCであることは判読可能。
 
 

ノーフェイス >  
諸々と忙しい日時を送るものだが、ショウは近い。
生活リズムはそこそこ良くて、混沌を求める者としてはなんとも皮肉だ。
テーブルには楽譜が大量に並んでいる――『Thorny Roads』は書き上がったばかり。
良い出来だ。自分以外のだれかにインスピレーションをもらうとよく捗る。

「ダビングはライオットのみんなに手伝ってもらうかなぁ……」

縁もできたもんだなんて、大きくあくびをしながら自分の体温が残るベッドを抜け出す。
スリッパを足にひっかけると、ぽすぽすと音を立ててキッチンへ。

「えーとぉ」

朝食を準備する傍ら、据え置きと携帯の双方からニュースをチェック。
なんでも常世渋谷でひともんちゃく起こったらしい。
ヘリコプターの追撃と……風紀委員のうちわ揉め。これはのちに訂正されていた。

「ふぅーん……?」

ノーフェイス >  
そんなとき、顔の横に何かが跳ねた。
こんがりとよく焼けた食パンだ。移動販売車で奮発して買ってきた。
その発射台となったのは――レトロな差し込み式のトースター。
廃品墓場にあったものをクリーニングし整備、強化したと標榜したギークから買ったものだ。

「強化したのって……射出力?」

苦笑いしながら皿で落下するトーストをキャッチ。

「死霊魔術、投影魔術……。
 じゃ、ないんだろうな。
 あいつのいた"枝"は、魔術や異能を科学でここまで再現できるようになってたってワケ」

中毒性のあるいちごジャムを、かりかりのトーストに垂らしながら、
件の街を騒がせる"パラドックス"のニュースに思いを馳せて。

「つまりそれは……、魔術や異能に科学が大きく遅れを取ってたってコト」

頑張って追いつこうとしていた。
"再現"であり、"凌駕"ではない、という冷たい事実。
神秘の開拓者がぶち当たる、ニンゲンのイマジネーションの限界を、
まるで憐れむように……その努力を愛しむようにか、あるいはそれに纏わる写真を見下ろして。

ノーフェイス >  
「それで……このコ! カワゾエハルカちゃん」

携帯端末を取り上げた。
ちょうど出歯亀の写真が流れているところ。
彼女は兼ねてより噂が囁かれていた――パラドックスと最初に遭遇した人。
それが小さい女の子だというものだから、確認するまで半信半疑だったが。

新たな異形となったパラドックスと接敵する川添春香のショットは、
ともすれば男の子心を色んな意味でくすぐりそうな出来栄えで。

「イーねぇ。風紀でもないんだって?
 ……ぁんだよ、いるじゃんか、ヒーロー」

トーストにかぶり付きながら、どこぞの男が嘯いていたことを思い出す。
一方で、さらなる進化をしたパラドックスを見れば、

(止めないとほんとに死ぬかもな)

などと考えたりもする。彼と自分が接触した記録は残っている筈――

「ま、相変わらずコッチを視ないだろうから、狙うなら――ん?」

エスプレッソと牛乳を3と7。濃いめのカフェオレを口に運ぼうとして――
画面をフリック。静止画――ではなかった。動画だ。爆発が――
スローモーションに鈍っていく。
紐なしバンジーをキメて見事生還してみせた川添春香の能力ではない。

ノーフェイス >  
フリック。掲載されている写真や動画のアングルが切り替わっていく。
逃げ惑う人々、蒲公英の綿毛のような落下傘、そして、

「…………」

大仰な笑みではなく、赤い唇が自然に綻んだ。
一瞬をこの世界に切り取られた、指鉄砲を構えた隻眼の白黒の有り様を認めて。

「フフ」

滑らかだった確認作業をすこしの間だけ停止した後、再開する。
カフェオレで渇きを訴えた喉を潤す。
うずうずするけど、今じゃない。欲しがる身体をどうにか抑えて。

「にしても、ライヴ前に派手にやってくれるよな。
 お祭りを楽しもうって気概が削げちゃったらどうするのさ」

なんて言うが、女の口ぶりは更に上機嫌にころころと弾み、
パラドックスへの糾弾も、むしろ気が入る、とも言いたげで。

「でも――」

ノーフェイス >  
「……集ったヒーローは、全員この"枝"の住人じゃない」

表情がわずかに醒めた。
時間軸、あるいは世界そのもののズレがある。
――自分もそうだ。いま、この時代のうまれではない。

「そういう催し?」

首を傾いだ。
いまこの世界が大好きな存在が、未だ現れていない点。
どこか物足りなさを感じてしまうが、そういうことなら配役は。
手に取ったのは、少し日付の古い新聞。

そこには、信仰の名残が痛ましく破壊され、尊い命が喪われた事件が記録されていた。
実名は掲載されていないが、一般の生徒の身で、
あの魔人に立ち向かった者が――いるという。

ノーフェイス >  
「………」

赤い舌が、ぬる……、と唇を舐めた。

「イイね」

新聞を置いて、やることを決めたとばかりに朝食を楽しむ。
どう転ぶにせよ、興味深いニンゲンばかり。

「ところでさ――ああいうやつが現れると。
 生き残るためにヒーローが生まれて、増殖してくんだよな。
 …………ねぇ?紅龍サン、まるで――」

ご案内:「廃ライブハウス」からノーフェイスさんが去りました。