2022/10/31 のログ
ご案内:「廃ライブハウス」にノーフェイスさんが現れました。
■ノーフェイス >
上機嫌な鼻歌は、祭りと、狂騒と、甘い熱の名残か。
退廃の街を臨む窓からもお祭り本番の馬鹿騒ぎが聞こえてくる中、
女はただ静かに、元は業務のために設えられていたキッチンをさまよう。
すこし前まで、テーブルの中央に鎮座していた巨大な南瓜が不在になっていた。
炊き出しや野菜の卸にこちらにも顔を出す学生たちから仕入れたものだ。
今日この日のために今か今かと待っていたそれは、
調理され、レトロな電子オーブンで焼成され、今は平たいスポンジ生地に姿を変えていた。
派手で洒落を好む女からすればジャンクも飾りも足りない無地に、
今なおボールでかき混ぜられているクリームが添えられていく。
■ノーフェイス >
落ち着いた深い甘さで作られたパンプキン・ロールケーキ。
ハロウィンの時期、ホーンテッド・ハプニングの時にはよく食べていた。
この島に来て一年。
記念すべき日に、ひとりで過ごすなんてらしくはない。
単純な話だ。はしゃぎ過ぎたし、水を差すのもまた無粋だ。
次のお祭りまで、舞台を降り、ただの一人、どこにでもいるような女だ。
そんな日常も、少しばかりの刺激で、美しく彩ることが"生きる"ことだ。
皿にケーキを持って、安物の量販品で淹れられた紅茶の上にロワイヤルスプーンを翳す。
■ノーフェイス >
「いっつもドキドキするんだよな、これ……」
火は苦手だ。この程度なら悲鳴をあげるほどのものではないが。
顔をそらしてできる限りに遠ざけながら、
スプーンの上の、角砂糖が沈むブランデーの湖にライターを着火する。
「わぉ」
青い灯火がキャンドルのように。
流石に間近に覗くことはできないが、
すぐにも砂糖とブランデーの芳香が鼻孔を愛撫する。
いろいろと追想するには短すぎる時間で、
アルコールが飛び去るとともに、火は消えてしまう。
それを紅茶に溶かして、リビング代わりの元バーに戻る。
■ノーフェイス >
待つ者がいるのか、それとも一人なのか。
この場にいたものしかわからない。
ハッピー・ハロウィンを祝す意味を、誰がどれほど覚えているのか。
さしたる意味も、ないように思えた。
たのしく遊べれば、それでよい。
祝い事に流れる歌や催しが、"本来の目的"とはずれていても。
結局のところ、こころが騒ぐかどうかがすべてだ。
明日にも、今夜にも死ぬかもしれないこの街で。
どうにか一年生き延びた。
次の一年もたのしくなるといい。
「ハッピーバースデイ、トゥーミー。 ……次は何をしてやろうかな」
安物だって、ティーロワイヤルは美味しいものだ。
懐かしい味のお供に、一年に一度、一生に一度の一瞬を、今宵ばかりは穏やかに。
ご案内:「廃ライブハウス」からノーフェイスさんが去りました。