2022/11/12 のログ
ご案内:「廢ライブハウス」にノーフェイスさんが現れました。
■ノーフェイス >
ひっそりと乗っ取られた元ライブハウス。
いつしか女が住み着いて、いろんな曲が生み出されている。
運びこまれた生活用品は数知れず、電気も通っていて快適。
特に古めかしいアナログレコードやCD、
そして洋服のコレクションはちょっとした店だ。
この場所は、少なくとも風紀や公安、違反部活らの情報網には、
表向きには捕捉されていない。
■ノーフェイス >
秋の青空は澄み渡り、ゆっくりと動く雲が地面にまだら模様を映し出す。
時折陰る太陽が、ふたたび姿をあらわすとき、
ライブハウスの屋上にひらめく刃が光を吸い込んで、ぎらりと危うい輝きを返した。
踊っていた。
幅広の布地の奥で躍動する脚、スニーカーがタイルの上を滑り、血の色の髪が踊る。
引き締まった白腕が鞭のようにしなれば、女の周囲の風切り音が更に激しく鳴り響いた。
一本の槍とともに踊っていた。
ひらいた掌、伸ばされた腕、肩から背中に、振り上げられた脚に。
体中のあらゆるところを軸にして回転し、旋回し続け、
勢いを衰えさせずに殺意の神速を保つ、黄金の長槍。
手を離れても回転を続け、死角などないかのように鳴き続ける風車。
手繰る腕の左右を問わず、再びその柄に指がかかれば、回転の向きを変え、
リズムを変え、0から100に、100から0にも、止まっては動き、動いては止まるを不随意に繰り返す。
見栄えが派手で、無駄しかないような、美しさばかり重視したような槍舞が。
黒い布で眼を隠した女の居城の屋上にて、無音の練習曲に乗っている。
こん、こん、こん、と、軽く小気味いい音が追随していた。
女が刃を振るうたびに、それに跳ね上げられて、空中を踊っているのは、
これまた美しい白亜の楕円――ひとつの鶏卵だった。
■ノーフェイス >
槍撃の勢いたるや、人骨などたやすく切り飛ばす程に超逸に。
かたやその制動の程、儚い薄殻を砕かぬように繊細に。
雲の天蓋の機嫌次第、陽を浴びては陰に隠れて、
たかだか数分の舞いにて繰り出された殺戮の一芸は一体何発。
終幕、顔の高さに水平に掲げ持たれた槍の穂先に――こつん。
卵が底面をそっと休めて静止した。
小鳥がそうなるより幾分か風情に欠ける光景である。
「――ふぅ。 ……うん、だいぶ調子戻ってきたかな」
目隠しを外して、腹部を撫でる。
どこかの誰かさんにめためたにされた身体の内側も復調してきた。
治癒に回す魔力が諸事情で乏しくなっていたのも事実。
無駄遣いしたくない現状、自然治癒に大いに頼らざるを得なかったが、
どうにか元通り動ける程度には回復しているようだ。
腕をほぼ動かさぬままぴょん、と空中に鶏卵が飛んだ。
掌を軸に時計針のように槍が回転し、落下してきたその白い楕円を真横から叩く。
衝撃で割れた卵の中身が斜め下に飛び出すと、
レトロなガスコンロの上で温められていたスキレットの上に落下した。
「あー、おなか空いた!
……前から試してみたかったんだよな、学校のほうで卸してるこのベーコン……」
■ノーフェイス >
相変わらず射出力の高いトースターから飛び上がった食パンを、拭った手でキャッチ。
スキレットを同様にスイングして飛び上がったベーコンエッグ。
隙間にパンを差し込めば、ご機嫌な昼食の出来上がりというわけ。
その場にラフに座り込んで。槍を腕に抱いた。
ざくりとかぶりついて、強めの塩味に思わずぎゅっと眼を瞑って唸る。
運動のあとにこれは良く効く。まさに悪魔的。
「あー」
ふわりと流れた風に、深い赤の髪と、タンクトップの裾が揺らめく。
島の位置する場所ゆえか、時節からしても未だ陽光も風も暖かく、
こんな軽装でも心地よく過ごせている。
「――」
スニーカーの靴裏が、リズムを刻んで。
上機嫌な鼻歌は、現在からすればずぅっと昔の懐メロだ。
今はもう、ほとんど知っている人がいなくなった歌。
穏やかすぎるほどに、穏やかな時間が。
雲と同じはやさで、緩やかに――。
■ノーフェイス >
「さて、と――」
腹ごしらえもすんだ。
身体も治った。
立ち上がる。槍の石突きが床を叩いて、甲高い声とともにその身を打ち震わせる。
これからシャワーを浴びて、身だしなみを整えて、それから。
「旅に出るかぁ」
じっとしてなどいられない。
探さねばならないものがたくさんある。
それは、あまりにコントラストの極端な闇の中にも。
すぐ背中に近づいている自由が、追いついてしまう前に。
ご案内:「廢ライブハウス」からノーフェイスさんが去りました。