2023/06/19 のログ
ご案内:「落第街大通り」にノーフェイスさんが現れました。
■ノーフェイス > 「暑っつ…………暑っつーい………」
何度めだ、と鈍く向けられる店主の横目もなんのその。
赤道近くの湿気は凄まじく、去年も味わったもののげんなりした様子の女。
「イイから早く作ってよー。それ楽しみに来たんだからさーぁ…」
急かす言葉に店主は器具を使って、アルミ製のコップに柑橘類が絞られる。
黄金色の新鮮な果汁で見る間に満たされていくなかに、
体に悪そうなシロップも混ぜられて甘味が増していく。
さて、ここは落第街、屋台通りにあるジューススタンド。
表から入荷してきた果実のしぼりたてがいただける憩いのスポットだ。
味は雑だがそれがいい。
■ジューススタンド > 果たしてその店主が引っ張り出した器具はといえば、
黒い板状の電子機器である。
天板に白く描かれた円に、なみなみと満たされた杯を置く。
スイッチを入れると、ぱきぱきと何かがひび割れる音が鳴り出した。
急激に内容液の温度が下げられ、氷結。凝固しているのだった。
その合間にさっとプラスチックの棒を入れてしまえば、
円筒状のアイスキャンディが出来上がる――という寸法である。
新メニューがある、と呼びつけられた女は、まんまとそれに今どき珍しい物理貨幣を渡した。
落第街はこちらのほうが主流だ。
■ノーフェイス > 「イイねイイね!ちょー便利じゃん。
これ欲しいな……でもこれ古い型?やっぱり?
最新式は高いかなあ。まだちょっと表に出張るのはなあ……」
どこかの異世界、あるいは別の時間軸から来た女は、そんな便利アイテムに興味津々。
玩具程度の用途しか思いつかないが、欲しくなっちゃうのがこの女。
「それじゃあいただきま……冷たぁ!?なにこれ!?」
コップの取っ手も急冷されていたため、指が張り付くような冷たさだ。
声をあげてもどうにか引っ剥がさずに、外気温と体温で温められていくのを待つ。
うらめしげな視線にも店主はどこ吹く風で、『注意書きを用意しないとな』と嘯いていた。ファック。
「……まーイイや、それじゃあいっただっきま……」
そして、アイスの棒をつまみ、コップから引き出そうとして―――
■ノーフェイス > 取れない。
■ノーフェイス > 「…………」
棒を摘んで腕を曲げると、コップごと持ち上がる。
当然だ。いっぱいに満たされた液体が凝固しているのだ。
「………………」
じっとりとした眼を向けても、店主はもう知らん顔。
接着されているせいで、想像していた「つるん」という感覚がない。
「これどれくらいで取れるの?」
そのうち取れるだろう、という返事が帰ってきた。肩を落とす。
サーヴィスが悪くても、それを咎めるようなのはここでは無粋だ。
金品で美味しいものが飲めるだけめっけもん。
そして店やってる奴も、たいてい荒事慣れしてる物好きだ。
■ノーフェイス > 「ったくもー……」
賑わしくも最悪な日常は今日も続いている。
数分後、奇妙な円筒状のアイスキャンディを上機嫌に舐める女が、通りを歩く。
常世島。常世学園。あるいは異界。奇怪なる特異点。
遠い成り立ちの上に立つこの遊び場の盤上に女はいた。
どこまでもプレイヤー。その名はノーフェイス。
ロックミュージシャン。
ご案内:「落第街大通り」からノーフェイスさんが去りました。