2020/06/14 のログ
ご案内:「違反部活群/違反組織群」にエルヴェーラ・ネーヴェさんが現れました。
エルヴェーラ・ネーヴェ > ここは、違反部活が数多く存在する区域。
そこに佇む廃ビルの地下で、今一人の男と少女が対面していた。

男は焦げ茶色のジャケットにジーンズといった服装で、
髪はオールバックに整えている。
無精髭が生えており、全体的に、少し薄汚い印象の男であった。
齢、20そこそこといったところだろうか。筋力に恵まれているようで、非常にがっしりとした体格を見せつけている。

少女はといえば、黒のドレスに白く腰ほどまである艶ややかな髪を靡かせている。
この廃ビルの地下にあっても清廉な空気を纏うその姿は、男とは対照的であった。
表情も、いや顔すらも、黒の仮面に覆い隠されて全く見ることはできない。
仮面は、狐の顔を模した漆黒の仮面である。齢にして、12,3といったところだろうか。

肩をごきごき、と数度鳴らした後に男は口を開いた。

「で、この俺をわざわざ呼び出して何のつもりだ? 拷悶の霧姫《ミストメイデン》さんよォ……」

エルヴェーラ・ネーヴェ > 男は、少女を見下ろしながら隠すことなく鼻で笑う。
この女が自分を呼んだ理由など、分かりきったことだ。
男は、組織の掟を破ったのだ。学園都市の人間を無差別に拉致し、
人体実験を行う違法部活の掃討任務。

無論、正義感から依頼を受けた訳ではなかった。
金さえ貰えれば、それで良かったのだ。
立ち向かってくる者も居れば、命乞いしている者も居た。
男は、その全てを平等に殺した。彼なりにとても、楽しい時間を過ごした。

男にとってそれは、実に簡単な仕事だった。
事態を察知して男を止めに入って来た風紀委員の少女も居たが、
男は異能を使い、それを簡単に捻り殺した。そう、これこそが掟破りだった。
だが、そんなことは彼にとってどうでもいい。楽しいか、楽しくないか。
それが重要なのだ。
自らの異能で苦しんでいた未熟な風紀委員の顔を思い出し、
男は小さく舌なめずりをした。
そうしてポケットの中に入れたスマートフォンを取り出せば、弄りだす。
写真アプリを起動し、沢山の写真をスワイプしながら眺めていく。

「へへっ、見てみるかよ? どいつの死に顔も最高だぜ」

スマートフォンの中には、男に殺された犠牲者たちの写真が入っていた。
命を踏み躙る度に胸の奥底から感じていた痺れる快感を、未だ男は反芻していた。
写真の中から1枚を選ぶと、下卑た笑いを浮かべながら、
目の前の少女の顔にそれを乱暴に投げつける。

特に驚く素振りもなく、そのスマートフォンを右手の中にぱし、と収める仮面の少女。
そこに映っていたのはぐったりとしている風紀委員の姿だった。表情は、恐怖に歪んだまま固まっている。
空中で、『見えない何か』に吊り上げられているような形であった。

エルヴェーラ・ネーヴェ > 「空の絞殺《エアバイト》……虚無の拳《ヴォイドフィスト》のヴィランコードを持つ
貴方のお得意の異能でしたね」

凜と静かな声が、暗闇を切り裂くように響き渡る。
その声からは、何の感情も感じられない。その言葉には、色が無かった。
少女はスマートフォンを操作してざっと何枚かの写真を見た。
映っていたのは、どれも無惨な死体であった。


「とても、良い趣味をしていますね」

少女はそう口にした後、スマートフォンを後方へ放り投げた。
その行動からもやはり、感情の色が感じられない。
ロボットがプログラムに従い、『投げる』という動作を行ったかのような、
どこまでも無機質な動作であった。

「なっ、てめぇ……! 何しやがるッ! 何のつもりだッ!?」

どこまでも霧のように不確かで、感情を見せない少女。
対し、男は感情剥き出しである。
放り投げられたスマートフォンが弾けるように床の上を滑っていくのを
目で追った後、すぐに少女の方を睨みつけた。
今にも喉元に噛みつきそうな、猟犬の如き険しい表情である。


「行動の目的など、最初から知れたこと。――悪には、悪の矜持を」

少女は男の前に立つと、彼の方を見上げてそう口にした。
それは、彼女と男が属す組織――裏切りの黒《ネロ・ディ・トラディメント》の誓いの言葉であった。
毒を以て毒を制す、悪《ヴィラン》狩りの悪《ヴィラン》が集う組織、それが裏切りの黒である。

エルヴェーラ・ネーヴェ > 「あァん?」

男の怒りに対し、淡々と語りを続ける少女の態度。
火に油を注がれた彼の怒りは、既にぼこぼこと心の奥底で煮え立ち始めていた。
満足のいく殺人で満たされていた男の心は、
何としてでも目の前の少女の顔を歪めてやりたいという衝動に塗り潰されていく。
組織の御高説を垂れる目の前の少女の態度を、崩してやりたい。
そう、強く感じ始めていた。ポケットに入れていた男の右拳が、強く握りしめられる。

「――悪には、悪の救済を」

男の怒気に構う様子もなく、少女は次の誓いの言葉を述べる。
それは、この組織の創立者である男が取り決めた誓いの言葉であった。
組織の創立者が任務中に死亡してから2年。この言葉は、揺るがぬ悪の掟と共に
裏切りの黒という組織を取り留める、唯一絶対の誓いであった。

「――悪には、悪の……」

「言ってろッ!! 空の絞殺《エアバイト》!」

ポケットから抜き放たれる筋肉質な男の腕。
男の掌は、空中で『何かを握りしめるかのような』形を作っていた。
瞬間、目の前の少女の首に、男の指と同じ形の、
くっきりとした窪みが浮き上がり始める。

そのままぐぐぐ、と少女の身体は空中へと持ち上がるように浮遊し始める。
少女は恐怖する様子も激昂する様子も見せず、
ただ、ふう、と。小さく息を吐くのみであった。

手も足も、立っていた時と同じ様子で、藻掻いたりする様子も見せない。
その余裕にも見える態度が、更に男の頭に血を上らせる。男の眉間に更に皺が寄り、今にも全身の血管が浮き出る様相で、獣の顔つきになっていく。

エルヴェーラ・ネーヴェ > 「余裕ぶりやがって。息1つ、できてねぇ癖によぉ……!
 このまま首、へし折ってやってもいいんだが……」

男は仮初の余裕をたっぷりと見せつけながら、
空中に浮かぶ少女の周りをぐるりと歩き始める。
左手で落ちていたスマートフォンを拾えば、
右手の握りしめる形はそのままに、少女へと近づいていく。


「むかつくてめぇの無様な姿をしっかり撮っておいてやるぜ! 
まずはその仮面を外してやるか……どんな顔してるんだ? 
ん? 死ぬ前のてめぇはよ」

男は少女の仮面に左手を伸ばすと、勢いよく床へ叩きつけた。
意趣返しのつもりであるようだった。
仮面は叩きつけられた後、カラカラと音を立てて部屋の隅へと消えていく。

そうして。仮面の下の素顔を男は、見た。
その瞬間、男の顔から、血の気が引いていく。
彼は、思わずぞっとしたのだ。
まず何より少女の顔は、ぞっとするほどに美しかった。
十分に幼さを残したその顔立ちは、
『幻想』をそのまま写し取ったかのような神秘的を纏っていながら、
堕落した妖艶さを備えている。
そして今、首を絞められているというのに、
その表情は何の色も映していなかったのである。
どこまでも凍てついた表情であった。

「……悪の、断罪……断罪、は――」

幼さを感じさせる柔らかみを帯びつつも、
繊細な少女の唇が動き、言葉が紡がれた。
息ができないために、今にも消え入りそうな声である。
それがまた、儚げな美を感じさせる。
こんな表情を見せる獲物は初めてだ。
男の恐怖は一時的なものでなく、既に彼の心を侵蝕し始めていた。

エルヴェーラ・ネーヴェ > 「くどいぜ、そのまま死ねっ!!」

さっさとこの存在を消し去ってしまいたい。
怒りよりも恐怖に駆られ、男は少女の白く細い首を無理やりへし折らんと、
思い切り拳に力を入れた。

「おらァァァ!!! 死ねッ!!!」

力なく手足を伸ばしている少女を勢いよく宙へと放り投げれば、
そのまま背中を蹴り飛ばす。

少女の身体は床に激しく叩きつけられ、転がった後、そのまま動かなくなった。
その表情は、変わらず何も映し出していない無色だった。
生きていても死んでいても、変わらない、無色だった。

「へっ、気味が良いぜ……ここは落第街、正義ぶった奴なんざいらねェ!
 殺しだろうが何だろうが、自分の欲望のまま、好き勝手やりゃいい! 
 そいつが落第街だッ!」
男は吐き捨てるように叫びながら、
ずっと力を込めていた右の手を何度かぶらぶらと振った。


「と、さて……しっかり撮っておかねぇとな……」

男は転がっている自分のスマートフォンを拾う。
画面が少々ひび割れているようだが、まだ使えるようだ。
男は安堵の息を漏らした。
撮影をすべく少女にスマートフォンを向ける。
より良いアングルで、素晴らしい一枚を。
そう考える男は、様々な立ち位置を確かめながら、
画面をじっと見つつ少女の周りを歩き回っていた。

刹那。空気が変わった。男は、足元から上ってくる確かな寒気を感じた。
そうして。

「断罪は――」

再び、場に響き渡る凜とした音色。同時に男は見た。
画面の中の少女の口が、動いたのを。

エルヴェーラ・ネーヴェ > 「なっ、てめぇ……!?」

男はすぐさま少女から距離を取る。
距離を取るのは、きっかり5m。距離はしっかり掴んでいる。
そう、空の絞殺《エアバイト》の射程範囲ぎりぎりの距離である。

どうやら死んだと思っていたのが生きていたらしいが、もう一度殺してしまえばいい。
寧ろ、もう一度楽しめるだなんて最高ではないか、と。
恐怖を感じながらも、男は口の端を吊り上げていた。
対して、少女は動かない。ただ、口だけを動かしていた。
天井を見上げて、言葉を紡ぎ続ける。

「――断罪は既に完了している、と。私はそう言いたかったんです。
虚無の拳《ヴォイドフィスト》」

そこまで口にすれば、少女はすっと立ち上がる。
ふらつくこともなく立ち上がる少女を見て動揺しながらも、
男は右拳に力を込める。

「約束を、した筈です。組織に入る時に、私と、確かに」

その瞬間であった。少女の足元から霧が噴き出すと、
一瞬にして一室を白で覆い尽くしたのだ。
霧はまるで、氷のように冷たかった。肌に当たれば、痛みすら感じる。


「な、何だこれ……何なんだよ!? おいッ!? 」

男は恐怖していた。視界を奪われ、少女の位置を掴むこともできない。
少女を捕らえようと無我夢中で、獣のようにめちゃくちゃに、腕を振り回す。

エルヴェーラ・ネーヴェ > 「裏切りの黒の掟を守ると。貴方はそれを破った。悪の矜持《ルール》を――」

少女がそう口にした瞬間、男から少女の立っている地点までの霧が、
荒れ狂う風に払われるように晴れた。
消え去った霧の向こうで、少女は変わらず冷たい表情を男に向けている。
距離にして、10mといったところだ。

何が起きているかは男には分からなかった。
しかし、たった一つはっきりしていることがあった。
5mまで近づいて空の絞殺《エアバイト》をもう一度叩き込み、
この女の息の根を今度こそ止めねばならないということだ。

「お、おおおおおおおッ!!! 死にさらせ、クソがァァァァッ!!!」

叫ぶ男は走り出す。鍛えられた脚力は、一瞬にして距離を詰めた。
その、筈だった。

「――踏み越えた」

しかし、男の身体は動かない。
彼の足に、腕に走る激痛。
見れば、いつの間にか天井から放たれていた鎖が男の四肢を縛り上げていた。
ただ動きを止めるだけの拘束ではない。
四肢の骨が一斉にあらぬ方向へ力を加えられている。
激痛に悶える男の悲鳴を聞きながら、少女はコツコツと靴音を立て、
男の前へと近づいていく。

男の瞳は、恐怖に震えていた。絶望が、男の心を支配した。
それを確認するようにじっと見つめた後。
少女は小さな握りこぶしを、男の額の前に翳した。
そうして、静かに口にする。

「――廃忘の霧《ホワイトアウト》」

一帯の霧が、男の身体の中へ吸い込まれるように入り込んでいく。
そして少女が掌をすっと開いた瞬間、男の胸の中から霧が現出する。
腕のような形をしたそれは、掌に輝くエネルギー体のようなものを握っている。
少女がぐっと拳を握ると、輝くエネルギー帯は弾け、空中で霧と化して消えていった。

エルヴェーラ・ネーヴェ > 「……力には、責任が伴うものです。
それは、正義を掲げようが悪を背負おうが、変わらぬこと」

男は状況を飲み込めず、ただそれを呆然と眺めているのみであった。
しかし、少女の言葉を聞けば、ハッとして右拳に力を込める。

「な、何をしたのかしらねーが、俺には効いてねぇぜ!
 そして、馬鹿だなてめぇ! そこは俺の射程だッ! 死ねッ! 空の絞殺《エアバイト》!」

男は拳を開き、少女の首に視線を合わせる。
楽しもうなどとは思わない。
一瞬で、彼女の命を終わらせる為に、全力で力を込める。

込めている。その、筈なのだ。
しかし、少女は小さく首を横に振るのみである。
彼女の首には指の跡が浮き上がることもなく、
また彼女の身体が浮き上がることもない。

「空の絞殺《エアバイト》! くそ、どうした! 
 空の絞殺《エアバイト》ォ!」

滝のような汗をだらだらと流しながら、男は自らの異能の名を叫ぶ。
しかしながら、一向に能力は発動しない。

「……貴方の異能は、既にこの世から消滅したのです、
 虚無の拳《ヴォイドフィスト》……いえ、蛇崎 公司。
 新しい人生を前向きに楽しんでください。これからは落第街で
 怯えながら生きることになるでしょうが……。
 貴方のような『力を持たぬ者』を大きな災いから護るのは、私達の務めですから、
 安心して、無理せずに、闇の中で萎縮しながら生きていくといいでしょう」

エルヴェーラ・ネーヴェ > 少女は落ちていた仮面を拾えば、背を向けたまま男にそう告げた。
男を拘束していた鎖は解け、彼の身体は床に放り出された。
それ以上男に何かするつもりは無いようで、少女は服の埃を払っている。

「てめぇ、こ、ここ殺してやるゥゥッッ!! 返せ、俺の力だ!! 俺の力!!
 てめぇを殺して、取り戻させてもらうぜェェェッ!!!」

ポケットからナイフを取り出し、男は少女の背へ向けて駆け出す。
怒りを抑えられず、めちゃくちゃに喚きながら、思い切りナイフを振りかぶる。
少女の背中にナイフを突き立てるその瞬間。

「貴方の悪は、あまりにも果敢ない……」

少女のその言葉が、男が最期に聞いた声だった。
飛来する数多の鎖。それはまるで飢えた獣のように、男の身体を貪り始める。

「死に急ぐことは、ないのに」

少女はそれだけ口にすると、仮面をかぶり直す。
彼女が部屋の奥を見れば、暗がりから多くの人影がその様子を見守っていた。
瘴気がざわめき、冷たい空気が震えて笑う。
少女は仮面をすっとずらし、顔の右半分だけを出して、人影に向けて宣言した。
どこまでも無色の、氷のようなその声で。




「さぁ、今宵も始めましょう、裏切り《トラディメント》を――」

悪による、悪の裏切りを。戦いの、幕開けを。

ご案内:「違反部活群/違反組織群」からエルヴェーラ・ネーヴェさんが去りました。