2020/07/18 のログ
水無月 沙羅 > 「……ふぅ。」

水無月沙羅は所謂『不死身』と評される、異能を持ち合わせている。
それ故に暗い過去を持ち合わせているが、幸運にも現在は環境に恵まれ、人にも恵まれていた。
少し前までならば、このような違反部活の取り締まりにも必ずと言っていいほど一人で行かされたものだ。
時々、報告書や監視要員と言った形で人数が増えることもよくあったが、それでも共に任務を行うというわけではない。
見ているだけ、それが彼らの仕事だった。
取り分けそうではなくなったのは、とある風紀委員の大御所?と言えるような人物の下についてからであり、それが全く零になったかと言えば、そういうわけでもなかった。
時々こうして、上司に漏れないように秘密の指令が下る事がある。
それは往々にして外部に漏れると厄介な組織を取り潰したいとき、特に風紀の内部の腐敗が原因で増長した組織等が対象になりやすい。

そういう時に人員を裂くのは厳しい、口に戸は立てられないという言葉があるのだから、人間の箝口令などと言うものは当てにならない。
であるならば、知っている人物を減らせばいい。極力そういった極秘の情報を外部に漏らさないような手駒。
それが水無月沙羅という存在だ。

死なず、壊れず、外部に情報を漏らす必要のない便利な人形。
おそらく委員会の上層部はそういう風に彼女を捉えている。彼女は組織に恩があり、また、彼女自身の居場所を守るためには、それが大切だということも自覚しているから。

故に、いま彼女はこうして一人で立っていた。

目標とされているのは、所謂異能を違法な薬物で強化することを目的とし、薬物をばらまいている組織の一端である。
おそらくはその末端も末端、取り潰していてはきりの無い場所。
しかし、異能の研究においては人道的な事柄は横に置かれることもある。
それを黙認しつつも、表沙汰になりそうならば口を塞がなければならない。
今回はそういった任務だ。

「反吐が出ますね。」

以前はそういった感想は持ってはいなかったが、誰かの守りたいシステムにそういったものが含まれているのであるとしたら、これ以上に不快な物もない。
沙羅は怒りの感情というものを覚えつつあった。

違反部活生徒 > 「なんだぁお前、薬でも貰いに来たのか嬢ちゃん。
 金ぇ持ってきてるんだろうなぁ? 見返りはよぉ。
 ねぇって言うなら、へへ。 代わりを考えてやらねぇでもないけどよ。」

水無月 沙羅 > 下卑た目線を沙羅に送る違反生、こいうことも少なくはない。 今日の自分は風紀委員の腕章をつけてはいない、それが風紀委員の仕業だとばれるといろいろと面倒だからだ。
沙羅の個人的な目論見としては、このような些末なことで彼らの顔に泥を塗るようなことは避けたい、ということも含まれてはいるが。
結局のところ、違反部活同士の抗争による自然消滅、それがこの任務のシナリオだ。
そう振る舞えというならばそう振る舞うしかない。

沙羅の肩に触れようとする違反生の手を、予め己に付与していた『肉体強化』の魔術によって掴み、引き寄せ、首を絞める。
殺しをするまでもない、意識を奪って放置しておけば、事前にばらまいておいた餌に喰いついて薬目当ての馬鹿共が寄ってくるだろう。
万が一生き残るようなことがあればそれはそれ専門の人物に任せておけばいい。

本来ならば始末までが沙羅の任務ではあるのだが、今の沙羅にはそれができる状況ではなかった。
感情を覚え死を学んだ人形は、性能が落ちる。それを証明してしまった故に。

「ごめんなさい。」

もがき苦しむ姿を見ながら、何処か無感情にソレを眺めていた。
己に投与しているのは感情を麻痺させる特殊な薬物。
沙羅の異能を有用に活用するには必要なものであり、沙羅を人形に作り替えてきた代物の一つだ。
それに、頼りたくはなかったが。

違反部活生徒 > 「ぐげ、なに、なんだ……お、おま……ぇ。」
水無月 沙羅 > ジタバタと暫くもがいていた違反生は沈黙する。
大丈夫だ、首の骨を折った訳ではない。 窒息による一時的な意識障害を引き起こしただけ。
呼吸と脈拍を速やかに確認し、転がしておく。
そんな動作も、結局のところ偽善でしかない。この先彼がどうなるのか、知らないわけではなかった。
彼がしてきたように薬物の実験に使われるのか、それとも。
『自分と同じように実験施設でモルモットになるか』
その何方かだろうということは、沙羅にでもわかる明確な事だった。
わずかに残っている、幼い少女の感情にチクリと飛来するモノ。
それはきっと、後ろめたさというものだろう。

「……ごめんなさい。」

結局自分も、『彼』の唾棄すべき腐敗の一部に過ぎない。
存在しない人間と何ら変わりは無い、存在しないはずの、『闇』。
そんな自分が、あの暖かな場所に居てもよかったのかという、後ろ暗さ。
首を振る。今はそんなことにかまけている場合ではない。
兎に角、一刻もこんな仕事は終わらせて彼の待つ場所に、自分の家に帰りたい。

唯それだけの為に、危険な現場へ足を踏み入れようとしていた。

ご案内:「違反部活群/違反組織群」に神代理央さんが現れました。
神代理央 > その邂逅は、全くの偶然であった。
歓楽街で出会った少女を送り届け、此方も帰宅しようとした矢先。
落第街にて風紀委員と小競り合いを起こした違反生が逃亡中であり、至急の増援を請う旨の連絡が入ったのが運の尽き。
己の想い人が待っている筈の自宅への道筋を一度離れ、高速道路をサイレン音と共に疾走して、現場へと急行していた。

結局、入り組んだ落第街では途中で下車せざるを得ず、異能を発動させて護衛を召喚しながら街の奥へ。暗闇の奥へと、歩み続けて――

「………こんなところで、何をしている?」

違反生の首を締め上げ、沈黙させた少女の姿が目に映る。
己の自宅にいる筈の少女が、人を殺して無感情にソレを眺めている。
その現場を。その様を。視界に映した少年は、驚愕と、地の底を這う様な怒りを滲ませた声色で彼女に声を投げかけた。

水無月 沙羅 > 「……理央……さん、どうしてここに?」

幸いにも、いや、この場合には不幸にもと言うべきかもしれない。
沙羅は感情を抑止されていた、目の前のことは正確に理解できている。
表れてはいけない人物が目の前にいる、知られたくない最大の人物が目の前にいる。
動揺は零ではない、しかし、任務を捨ておくわけにも行かない。
かといって目の前の少年を無視しておくわけにも行かない。

あぁ、また自分は居場所を失うのか。

その程度の感慨しか沸いては来なかった。
そも、あのような場所に自分の居場所がある方がおかしかったのだと思えば、諦めもついた。
とりあえず今は当たり障りのない、風紀委員として振る舞えば、彼も納得するかもしれない。
最悪の中の最善を探るべく、沙羅は言葉を紡ぐ。

おそらく、目の前の少年には失望されるのだろうが。

「見てのとおり、違反部活の摘発、及び処分ですが。どうしましたか? 先輩は、別のご用事があるものと伺っていましたが。」

あくまでも、風紀委員の仕事であると白を切る。
後に自分が消えれば済むこと、唯それだけのことだ。
知らず、拳に力が入る。

神代理央 > 「……此の区域に、逃亡中の違反生が逃げ込んでいるとの連絡があったからな。そいつらを炙り出す為の増援だよ。まさか、お前と会うとは思っていなかったが」

淡々と言葉を紡ぎながら、一歩一歩彼女の元へ。
主に続いて、召喚したばかりの多脚の異形も後に続く。鈍い金属音と、周囲を揺らす重厚な足音が、騒音として暫しの間二人を包む。
その間にも、彼女を見つめる瞳は逸らされる事は無い。静かに、しかし烈火の様な怒りを僅かに灯しながら、彼女の傍へ。

「…風紀委員の腕章も付けず、上司である俺への連絡もなく、正式な任務表にも無い違反部活の摘発、か。
どうやら、随分とお前を買っている連中がいる様だな?」

彼女の元迄あと3歩、くらいの距離で立ち止まると、淡々と。静かな口調と声色で言葉を投げかける。
しかし、彼女ならば容易に気付くであろう。その紡いだ言葉の節々に、怒りの感情が滲んでいる事を。

水無月 沙羅 > 「……そうですね、先輩にはできない任務というのもあるでしょうから。
 何をそんなに怒っているのですか、先輩。
 貴方の望む、『居ないはずの人間の淘汰』の任務でしょう?」

怒っている理由が本当に分からないわけではない、予想程度ならできる。
彼は、沙羅が現場に出ることを嫌っていた、怖がっていた。故に書類に埋もらせる事でその心の平穏を保っていた。
もしそれが、まったく意味がなかったのだとしたら。彼女が自分の認知の外で、おおよそ危険な目にあっているのだとしたら。
その怒りの矛先は、その命令を下した場所へ、それを黙っていた己の想い人へと。

「……随分な険悪で、囲んでくるのですね。 邪魔をするおつもりでしょうか、先輩。 任務の妨害ですよ?」

名前で呼んでいたはずの彼を、『先輩』と他人行儀に呼ぶことで、自己を遠ざけ俯瞰することで平静を保つ。
彼に、この場所に手を下させるわけにはいかない、そういった闇を彼に背負わせる訳にはいかない。

最悪、彼を沈黙させる必要すらある。

水無月沙羅という人格を殺していく。

神代理央 > 「……任務の内容に憤っている訳では無い。お前が派遣される事の利点も、まあ分からなくはない。上層部が、一々私に御伺いを立てる理由も無い。
……そうだな、何故私は怒っているのだろうな。何故こうも、腹立たしいのだろうな」

案外、己自身の事というのは見えないものである。
寧ろ、荒れ狂う様な怒りを押し殺す様を視界に捉える彼女の方が。
己の内面を詳らかにした彼女の方が、己が怒りを宿す理由を理解しているのかもしれない。

「邪魔?する訳なかろう。寧ろ、同じ風紀委員として協力してやるさ。滅ぼすべきは、焼き払うべきはどれだ?其処で倒れている男か。この建物か。この区域か。なあ、沙羅。俺は誰を、何を焼き払い、業火に沈めれば良いのだ?」

異形達の砲身が軋む。針鼠の様に無数に生えた砲塔が、周囲全ての建物に向けられる。
後は、主である己の命令一つで――この区域は、灰塵と帰すだろう。

「お前と。お前と家に帰るには、俺は何を殺せば良いんだ、沙羅?」

夜の帳の中で、彼女を見つめる紅い瞳だけが、煌々と輝いているだろうか。背後に無数の化け物を従えて。

水無月 沙羅 > 「……。」

砲身が軋む、怒りの儘に全てを灰燼に帰そうとする相手に向けて、沙羅は跳ぶ。
彼の怒りは正当であり、自分に其れを咎める権利もなく、しかし其れを止めなくてはならないと、己の役割と、殺している感情が叫ぶ。

強化された肉体は理央に掴みかかろうと肉薄し、衣服を掴んで拘束しようと試みる。
薬物で抑制している筈の感情が、心が身体を蝕んでいく。
声帯を支配していく。

「いけません、先輩。 それは貴方の任務ではない。 それは貴方のしたいことではない。
 私の望むことではない。 退いてください先輩。」

罪のない人間まで殺してしまえば、きっと彼は『神代理央』でも、『鉄火の支配者』でもなくなってしまうだろう。
それは、正義の味方ではない、風紀を守るものではない。
そこに残るのは、ただの『悪鬼』だ。
そうなる前に止めなくてはならない。

神代理央 > 肉薄する彼女に、自立防御が組み込まれた異形達の砲身は――火を噴く事は無い。悲しい程に、己は彼女を敵だと認識していない。
だから、彼女が己の衣服を掴み、己を拘束しようとしても、それを止める事は無い。
そもそも――

「……俺の異能は、俺自身の肉体を拘束した所で止められぬぞ。本来、声や動作で命じる必要も無いのだ。
俺がそうしろ、と念じるだけで、こいつらは忠実に命令を果たすのだぞ?」

己を拘束する彼女に、淡々と。無機質な言葉を投げかける。
ただ事実を伝える様に。ただ、己が為せる事を伝える様に。

「任務では無い?風紀委員として、違反部活を討伐するのは当然の義務だ。したいことではない?馬鹿を言うな。したいからこうして、命令を下そうとしているのだ。
――お前の望む事では無い?ああ、そうだな。お前が此処に居る事だって、俺は望んではいなかったさ」

そして再び、紡ぐ言葉には怒りの感情が滲む。先程よりも大きく、激しく、荒々しく。向ける矛先を未だ自覚しない怒りが、吹き荒れる。
しかし、次第に理性は理解の色を灯し始めてはいるのだ。此の怒りが向かうべき場所は、彼女が此処に訪れる理由となった全て。
それは落第街であり、違反部活であり――風紀委員会、そのものであると。

水無月 沙羅 > 「……それは、わかっています。 ならば、こうすればいいんですか。」

胸倉をつかみ、押し倒し、馬乗りになって尚異形は止まることを知らず。
彼の激情は止まることを知らず、それを打開する方法を、彼女は己の知る限り一つしか知り得ず。
それは余りにも、余りにも愚かな選択で。

「私が人質になれば治まりますか。」

自分の蟀谷に当たる、冷たい鉄の感触。
理央の為と思い、研鑽し、携帯していた代物、武力の代名詞。
『自動拳銃』
任務のためにすでにセーフティを外されているそれを、沙羅は自分に向けた。
『彼』を守るために。

「……神代理央、何故私が貴方にこうも近づいたのか。 本当は分かっているんじゃないですか?
 聡い貴方なら、聡明な貴方なら、本当は勘づいているのではないですか。」

水無月沙羅が此処にいる理由。

いつかの制圧任務の折。
理央は気が付いていたはずだ、沙羅がそう振る舞えば、自分は保護するだろうと。
それすらも上側の策略であることを。
では沙羅が近づいてきた理由とは何か?
結論を視れば、それはきっと明らかだ。
鋭利がすぎて手に負えないような刃に必要な物、管理しやすいように牙を折る者。

『神代理央』には鞘が必要だった。
『水無月沙羅』がそう望むことで、彼の牙を多少也とでも抑えることができるのだとしたら、それはとても都合が良い。
少年ならば尚更、手駒にしやすいというもの。
沙羅はそうして少年に近づいた。
本当に、彼に心を奪われるとは思っていなかったが。
こうまで本気になるとは思わなかった、愛するとは思っていなかった、ここまで悪い方向に転がるとは思っていなかった。

幸せなどと言うものが訪れると思っていなかった。

「……そんな女に、その感情は必要ですか。」

少女は、自分を犠牲にすることにあまりに慣れ過ぎていた。
抑えていた感情が、涙になって零れ出る。
衣服に隠していた、予備の抑制剤が転がり落ちた。

神代理央 > 「……無意味な行動だ。お前が自分を撃つのなら、私は此の区域を焼き尽くしてから、再生したお前を連れ帰る。
お前が異能を俺に使うというのなら――それは、どうしようもないな。俺に、お前は撃てないよ」

彼女が自らを人質にしたとして。それでも、彼女の"力"を知る己には、抑制足り得ない事を告げる。彼女が傷付くのは嫌だ。それは絶対に否定したい結果である。しかし、彼女が一時的に行動不能になれば、その後の行動において己が優位に立つ事は明らかであり、彼女が自傷という道を選んだ時に、それを活かそうと思案する程度には――己は、怒っているのだ。

では、彼女が己を止める為に彼女自身の異能を利用すれば。
これはもう、チェックメイト。王手、である。
その異能を、己はどうやっても止められない。彼女を撃つ事など、出来ないのだから。

「……凡そは、何となくは、な。しかし、お前が病室を訪れた時は、俺の予想は外れていたのだと思っていたよ。思っていたかった、と言うべきかな」

「だが、まあ。例えそうであっても構わなかったのさ。お前が傍にいてくれるのなら。幸せになってくれるのなら。俺は別に風紀の狗だろうが、構わなかったのさ」

上層部の思惑は、結果として大いなる成功を収めていたと言えるのだろう。
幌川最中を派遣し、二級学生を"人間"として認識させる。
そして、水無月沙羅という鞘を与える事で、彼女と過ごす幸福が、今迄少年が殺害してきた者達にも与えられるべきだったのだと、理解させる。
結果として、委員会好みの番犬の出来上がりだ。二級学生や落第街の住民に配慮しながら、砲火を振るう風紀委員。
上層部にとって唯一の誤算は図らずも彼女の想いと同じもの。
精々、都合の良い女程度に【鉄火の支配者】が思えば良いとの画策もあったのだろうが――少年の方もまた、本気で彼女を愛してしまったのだと。

だから、彼女は鞘では無く封印となってしまったのだ。
それを土足で踏み躙ったのは――

「……何が必要で、何が不要かは俺が決める事だ。俺が、選択する事だ。俺の決定に、何人たりとも介入はさせないさ。
だから、お前に向けるこの感情は。お前を、手放したくないと思う心は。決して不要などではない。お前にだってくれてやるものか」

彼女を想う気持ちを決して譲る事はしない、と。
馬乗りになって此方を見下ろす彼女を、ただじっと見上げる。
彼女の衣服から零れ落ちた抑制剤の予備。それを手に取れば、徐に後方に控える異形の元へと放り投げようと。それが叶えば、金属の異形のうちの一体が徐に足を振り上げると、抑制剤を踏み潰した。

水無月 沙羅 > 「……理央、お願いです。 退いてください。 退かないというのであれば。」

退かないというのであれば、なんだというのだ。
自分は知ったではないか、死の恐怖を、相手を殺すことの恐怖を。
『死を畏れる』という事を、死を想えと言われたではないか。
最愛の相手に、『死』を向けられるというのか?
自分の異能を向けられるのか?
否だ。 それは、沙羅にはできない。
勝手な話だ、日ノ岡あかねにはして見せたというのに。自分の理不尽に腹が立つ。

「……えぇ、私も、飛び込んでいくとは思っていませんでした。 あんなに必死になるなんて、思っていませんでした。
 本当に愛してしまうなんて、思ってませんでした。
 こんな厄介な男。」

「バカですね、こんな女いくらでもあなたの近くにいるでしょうに。 貴方が手に入れようと思えば、いくらでも手に入るでしょうに。
 そんな女に入れ込んで、バカな男。」

愛おしそうに、皮肉を送る。
其れはせめてもの反抗、己への抵抗。
自分を蔑むことで、自分を慰めている憐れな女。
相手を蔑むことで、自分を墜とす。

「……手放したくないというなら、私を失いたくないというのであれば、その砲火を収めてください。
 理央、あなたはそっちに行ってはいけない。
 貴方は、弱い者の味方の筈でしょう……? そう成ったはずでしょう?
 弱く、理不尽を押し付けられるものの味方に成ったはずでしょう!?」

鉄火の支配者を、そう墜としたのは自分だ。
それは上にそう言われたからではなく、傲慢に見せる彼の奥に、自分と同じ姿が見えたから。 
あの日、命を消し飛ばしたあの日の、怒りに満ちた自分を垣間見たから。
その裏にある涙を幻視したが故に、そうは成ってほしくなかった。

「私はそんなこと望んではいない!! 怒りに満ちた悪鬼など、そんなあなたを視たかったわけじゃない……。」

抑制剤はもはや仕事を放棄する様に、感情は溢れて怒声となる。
零れた予備も砕かれた。

水無月 沙羅 > セーブ!
ご案内:「違反部活群/違反組織群」から水無月 沙羅さんが去りました。
ご案内:「違反部活群/違反組織群」から神代理央さんが去りました。
ご案内:「違反部活群/違反組織群」に水無月 沙羅さんが現れました。
ご案内:「違反部活群/違反組織群」に神代理央さんが現れました。
神代理央 > 「退かなければ、どうするつもりなんだ?私を撃つか。それとも、その異能で死を体感させてくれるのか。
何方でも構わない。それが俺の終わりであるなら…まあ、そういう事もあるだろう。後悔はせぬよ。"選べ"沙羅。」

ゆっくりと、手を伸ばす。
その手が伸びる先は彼女の頬――ではない。
彼女の手に握られた拳銃。彼女が、自分に向けた冷たい金属。それにそっと手を伸ばし、叶うなら、その銃口を己に向けようとする。

「では、御互いに想定外だったというわけか。難儀なものだな。御互い、上の思惑通りになっていれば楽だったというのに」

「…馬鹿はお前の方だろう。こんな、覇道を突き進むしか能の無い男に入れ込んで。苦しんで。お前ならもっと、温かな幸せを得る事が出来ただろうに」

そんな彼女の自傷めいた言葉を、大きく否定もせず、大きく肯定もしない。己とて、思わなくもないのだ。
彼女は己と出会わなければ。もっと暖かな、陽だまりの様な者と出会っていれば、或いは、こんなに苦しまずに済んだのではないかと。
彼女が此の場に立つ事の怒りを、こうして力を振るう事で解決しようとする男に入れ込むなど、彼女は本当に――

「砲火を収めて。怒りを堪えて。結局、此処の処理をお前に任せろというのか。お前が傷付く様を、俺に黙ってみていろというのか。
……侮られたものだ。弱い者の味方、踏み躙られる者の味方。そうだな、そうだとも。だが、お前を傷付けてまで、俺に他者の幸福を求めろと言うのなら――最初から、全部焼き尽くした方が早い」

結果論から言えば、上層部は彼女を此処に送るべきでは無かった。
機械的な思想と理想。それを叶えるだけの異能。人を、書類の数だけで判断する冷酷な合理性。
かの会議で【統治者の理論】だと迄否定された少年の苛烈な思想を押し止めていたのは、少女の存在在りきだったというのに。
そして、弱者の救済という"歪んだ"儘の理想が踏み躙られれば、その力を振るう先は――

「………もう、話は終わりだ。お前は帰れ。帰って、温かいミルクを飲んで、ゆっくり休め。後は全部、俺が始末する。俺が、全て殺して壊して焼き尽くして、終わりにしてやるから」

激昂し、感情を昂らせる少女を見上げながら、穏やかに。静かに嗤う。大切なモノを踏みにじられた少年は、薬物の呪縛を超えてまで感情を昂らせる少女とは真逆。
湧き上がる怒りが、激憤が、氷河の様な理性を固めていく。此の場を滅ぼす為の手段を、全て計算し、実行する。
少女を傷付ける全てを、冷たい理性と獣の暴虐さで、踏み潰そうとしている。

水無月 沙羅 > 「っ……卑怯ですよ、理央さん。 そんなのは卑怯です。 できないとわかっててそんなこと、脅迫と同じじゃないですか。」

自分も同じことをしているのに、身勝手なことを言う。
既に論理も理論も破綻して、感情の儘に訴えるしか術を知らず。
しかし、銃口の向く先を変える事も出来はせず、涙の流れるまま首を振ることしかできない。

「私には、暖かな生活なんて望めません。 もともと、こうするために委員会が引き取ったようなものです。 貴方がもし見捨てていたのなら、私はいまだ闇の中を彷徨っていたでしょう。」

少しでも、あの陽だまりの中に入れたのは、理央という太陽の存在があってこそであり、自分はいうなれば理央にとっての月の様なものだ。
太陽の光がなければ月は輝けない、永遠に闇の中に浮かんだまま。

「私はっ……傷つきたいといった筈です! 護りたいと言ったんです!! 隣に唯立っているだけではダメなんです! そんなのは、そんなのは一緒にいるって言えない、唯甘えているだけ、安穏な幸せを、無知なまま享受しているだけ!私はそんなのはごめんです!! 理央、愛って何ですか、恋って何なんですか!! それは相手にすべての責任を擦り付ける事なんですか!? 違うでしょう!?」

少女は否定する。傷つくことは間違いばかりではない、誰かと共に歩むなら、共に背負うものがあるべきだと。
一人に背負わせるのは、辛いのだと。愛する者ならば、隣に立たせてほしいと。

「終わりになんてさせません……絶対に還りません、理央に無駄な人殺しだってさせません。 もしも、もしも貴方がまだあなたの意志を貫くというのなら。 私も私の意地を通します。」

涙を拭い、少女は泣くだけの自分を脱ぎ捨てる。
願うだけの自分を、助けられるのをただ待っているだけの弱い自分と決別する。
迷わぬように、利用されないように、させないように、自分の道を、彼の道を、己で切り開かんとするために。

神代理央 > 「…そうだとも。私は卑怯で、ずる賢くて、汚い男だ。それはきっと、お前だって良く知っている筈だ」

銃口を己に向ければ、その先を胸元へと向けつつも、視線だけは彼女に向けた儘。涙を流す彼女を、静かに、静かに見つめた儘。

「……ならば、尚の事。お前を再び闇の中に反す訳にはいかぬ。お前は、陽だまりの中で幸せにならねばならない。その権利が、お前にはある。お前だけは、俺が――」

そうして、紡いでいた言葉は。彼女の叫びによって中断される事になる。
感情の儘、昂る儘に、自身の想いを吐き出す少女。
その様を、驚いた様に見つめる己の瞳は、少女から逸らす事が出来ぬ儘、茫然と見上げるばかり。
怒りに支配されていた感情が、揺らぐ。軋みながら現れようとしていた支配者が、動きを止める。

「……そ、れは。でも、俺は、お前にそうしてやることしか、出来ない。お前に安寧を。幸せを。微睡む様な日々を、与えてやることしか、できない。仄暗い場所に、もう、お前を立たせたくは、ない、のに」

責任を。重圧を。敵意と悪意を。全てを彼女から引き剥がし、己が背負うことが己にとっての愛であり、それしか分からなかった。
少女の方が、きっと己よりも理解している。愛という感情を。恋という言葉を。
だから、怒りは困惑に。困惑は躊躇に。氷河の様に固まっていた殺戮への決意が、揺らぐ。

「……どうやって、意地を通すというのだ。どう足掻こうと、俺の従僕は止まらぬ。此処で俺を撃たぬ限りは、止まらぬのだぞ…!」

それでも、未だ聳える砲身を頼りに叫ぶ。揺らぎかける決意を固めようと、己が信じて来た力に頼って、少女に叫ぶ。
――少女が、新たな一歩を。自らの道を切り開こうとしている今、それが何の意味を為すのか、己にも分かりはしなかったが。

水無月 沙羅 > 「卑怯で、ずる賢くて、汚くて、それでも優しくて、他人の為に自分をなげうつことのできる強い人です。 でも、私はそれを、間違いだと教わったんです。」

それは、だれの言葉だったか。傷つくだけではいけない。守るというものは難しく、殺すのよりもずっと難しい。

「私が幸せになるなら、貴方も一緒です、愛するというのなら、共に居ろというべきです! 一方的な押し付けなんて間違ってる!!
幸せな日々? そんなものいらない、安寧の日々? そんなモノを望んでるわけじゃない、私は、貴方と共に居たいだけなんだ!!」

真紅の瞳を見つめ返す。視線は交差して、お互いの意思をぶつけあう。
少年の決意の揺れを感じて、畳みかけるように叫ぶ、人は誰だって平等に幸せになる権利があるのだと。
誰かに其れを押し付けることは、きっと許されない。
幸せは自分で決めるものだ、誰かに決められるものではない。

「……アヴェスター・ザラスシュトラ。 第二ステージ。」

少女は紡ぐ、己の忌み嫌う異能の名を。痛みを与える事しかできぬはずの異能の名を。
然し彼女の瞳は、それを畏れてはいない。
そもそも痛みは伝播していないはずだ、では何が。

今は何も、起こらない。

神代理央 > 「……そうか。共に居る事が、お前の幸せか。俺はお前に、俺がいなくても幸せになれる様な、そんな陽だまりの中に居て欲しいと思っていたのに。それは、終えの我儘だったというわけか」

少女の幸せを、己が押し込めていたのだと気付く。
"世界"と共に少女が幸せになる事を望んだ己と、"恋人"と共に在る幸せを望んだ少女。
その優しい擦れ違いがあるからこそ、こうして意志をぶつけ合うことになるのだろう。
互いの瞳を見つめながら、叫び、紡ぎ、言葉を交わし合う。しかし現状では、戦線は少女に有利と言えるだろう。
それくらいには、己の決意は、殺戮の意志は揺らぎ始めているのだから。

「……ほう?異能を発動したか。だが、お前の異能は他者を救わぬ。他者を焼き尽くす俺の異能を止めるには、俺自身を殺すしかあるまい」

それでも。異能の名を少女が唱えれば、悲しい程に合理化された理性は目まぐるしく対応策を検討し始める。
少女の異能は、自らに与えられた痛みを他者に伝播させるもの。であれば、そもそも少女を傷付けなければ、此方に影響は及ばない。

「………お前に、幸せになって欲しい。その為なら、悪鬼羅刹にでも。業火の修羅にでも。何だってなってみせるさ。決して、お前の傍には居られなくてもな」

穏やかに。しかし諦めた様に微笑んで。
一体の異形の砲身が軋み――轟音と共に、火を噴いた。
少女の背後。違反部活の根城たる古びたビルへと、無数の砲弾が放たれる――

水無月 沙羅 > 「……理央さん、ゾロアスター教における、ガーサーと呼ばれる聖呪をご存知ですか?」

少女の祈りは、願いは少年に届かず、無情にも異形は砲火を放つ。
弾頭は真っすぐにビルへ……。
否、弾頭は静止する、時間が静止したかのように、静止する。 それはゆっくりと沙羅の方へ向き直る。

「その物語には、ザラシスシュトラという人物が出てくるんです。 彼は、悪を憎んでいました。
 弱者が虐げられることを、暴力が、暴行が世界にはびこっていることを。
 何度も何度も言葉を変えて非難するんです。
 この世の不条理を神へ呼びかけて。」

ゾロアスター教、古代ペルシアの時代にあったとされる古い宗教を文学化した代物。
依然判らない事も多いその宗教観は、然し未だに根強く信奉者が居るという。
彼女は、自分の異能の元になったそれを緩やかに説明して。
一歩、二歩、三歩、理央のもとからゆっくりと離れた。

「絶え間なく繰り返される嘆きや、不安、そんな義憤にあふれる内容ばかりの中に、確かに優しさがあるんです。 それは、人間に向けられたものではなかったけれど。」

「それは、悪への報復、力ないものから、力在る者への反逆の呪い。
 でもそこに、無力な物への優しさが、確かにあったんです。
 それは、誰かを守るための呪いだったんです。」

時間は動く、砲火は、弾丸は、沙羅を貫いた。
悪はのさばらせてはならないのなら、一挙に集めてしまえばいい。
それが、沙羅の到達点。
共に傷つくための力。 その一端。

神代理央 > 「……何?下らぬ、こんな時に何を――」

何を言うのか、と言いかけた唇が止まる。
確か、資料にて読み込んだ少女の異能は。その根源となる力は。
気付いた時には遅い。既に、放った砲弾は――ゆっくりと方向を変え、少女へその凶悪な弾頭を向けている。

「…待て、何をしようとしている。止めろ。止めるんだ。止めてくれ、俺に、お前を撃たせないでくれ」

己の元から離れる彼女に茫然と視線を向ける。
そして、漸く理性を取り戻したかの様に跳ね起きる。

「そんな呪いが、優しさが。お前に必要なものか。力ある者への呪いと言うのなら、呪われるべきは俺だ。お前ではない」

「だから、止めろ。俺はもう、お前を傷付けたくはないんだ。俺がお前を撃つ、なんて――」

言葉も空しく、願いも虚しく。時は動き出し己が放った砲弾は――少女を、貫いた。
容易に建造物をも貫き、打ち砕く砲弾が、華奢な少女の躰を貫く。
その瞬間を、大きく見開いた紅い瞳が映し出している。
少女は、不死である。それを理解していても。それを分かっていても。少女が貫かれ、その弾頭が己が放ったものであると言うのなら。
――立ち上がった己は、再び膝をつく。茫然と。理解出来ないという様な色を湛えて。

水無月 沙羅 > 血飛沫が上がる……身体が跳ねる、地面に落ちて……。
この痛みは広げない、何度もショックによる死と再生を繰り返しながら、呆然とする少年を眼に焼き付ける。
死ねない身体は、痛みを終わらせてはくれない肉体は、意識を無理やりに引き戻す。
これで終わっては、意味がない、彼を傷つけるだけで終わってしまう。
其れでは守りではない、罰は必要だが、それで終わってはいけない。

「……げほっ……、あはは、やっぱり、理央さんの異能、痛いですね……知ってましたけど。」

苦笑いを浮かべる様に強がりな台詞を吐きながら、理央に一歩、また一歩、飛びそうになる意識を捕まえながら、

「先輩、何て、顔をしてるんですか……? なぜ、そんな顔をしてるんですか。」

呆然としている少年の胸倉をつかむ。

「それが、痛みです。 それが苦しみです、それが悲しみです、それが嘆きです。 わかりますか理央。」

「それが貴方のやろうとしたことだ!!!」

優しい口調は一転、激しい怒声に変わって。

「傷つけたくない? 撃ちたくない? 甘えるんじゃない!!!
 貴方は選んだんでしょう? その道を、誰かを救うために、多くを救うために一を切り捨てる覚悟をしたんじゃないのか!!
 答えなさい、神代理央!! 貴方はそんな中途半端な覚悟で、『正義の味方』をするつもりだったんですか!?」

いつか、彼の前で少年が死んだと聞いた。 落ち込んだはずだ、辛かったはずだ。
涙は流さなかったが、怒りに燃えたはずだ。
もしそれが最愛のものだったとしたら、絶望は大きいだろう、心に傷も負うだろう。
もしも、それが自分の砲火によってだとしたならば尚更。

それでも、それでもと少女は告げる。

「私は、軟弱な貴方とは違う、視てのとおり、死なない、生きてる。 死んでなんかやらない、犠牲になんてなってやらない、思い出になんてなってやらない!
 刻みなさい、神代理央! それが貴方の罪、侵してきた物!
 私が貴方の罪を、悲しみを、背負うから、折れてるんじゃないわよ!!!」

血反吐を吐きながら、少年に叫ぶ。
己が何を言っているのか、再生したばかりの脳は、上手く言葉にできない。
伝えられているだろうか、この想いは。

「『死を畏れ、死を想え。安寧の揺り籠は死と共にある』、私の、大好きなもう一人の先輩の言葉です。」

疲労から、膝から崩れ落ちる。

「必死に、あがきなさいよ……。 軽々しく、死を扱わないで。 あなたは、それになっちゃいけない。」

真紅の瞳で、少年の瞳を見据えた。

神代理央 > 貫かれ、真っ赤な血飛沫が周囲に散らばり、紅い華びらとなって咲き誇る。ああ、それでも少女は死なない。苦しんで、苦しんで、それでも再生を繰り返す。

こんな事になったのは誰の所為だ?落第街に生きる者か。違反部活か。此の街そのものか。或いは――システムそのものか。
昏い感情が、怒りが、呼び起こすのは呪われた様な感情と囁き。
植え付けられた理想を叶える為の"支配者"が、その身を擡げようとして――

一歩、また一歩と己に歩み寄る少女に、胸倉を掴まれる。
揺さ振られる視界の中に映るのは――初めて見る少女の姿。怒声を上げる、心優しい少女の姿。

「…そう、だ。俺は選んだ。選択、した。多数の為に、少数を犠牲にする事を。切り捨てる事を、選んだ。多くの人が幸せになる為に、犠牲になる者がいる道理を、選んだ……」

――少年の父親は、この点において完璧であった。
多数派を助け、少数派を切り捨てる。100人の人間がいれば、先ず51人の多数派を率いる。51人の中の26人を率いる。26人の14人を率いる。それを繰り返し、繰り返し、唯一人孤高の支配者となるべきだと、植え付けた。最後に己一人となっても、それが"多数派"である為に、少年に呪いの様に教育し、植え付けた。
一つだけ。一つだけ誤算があったとすれば。神代の家も、彼の父親も。その余りに強大な力と立場故に、少年に教え損ねた事だ。
自らが愛する者を切り捨てる強さを、仕込み損ねた事だ。

「……俺の、罪。俺の、悲しみ。それを、それをお前が背負うというのか。死なないお前が、死ねないお前が、傷付いてきたお前が、背負うと、言うのか」

彼女が吐き出した血が、己の衣服を紅く染める。
ヒトの血とは温かいものだ、と混乱する思考がぼんやりと走る。
己が築き上げてきた屍の山からも、同じ様に血が流れていたのだと、理解する。
それでも、決して折れるなと彼女は告げる。築き上げた死者は、決して蘇らない。ならば、ならば。

「…『死を畏れ、死を想え。安寧の揺り籠は死と共にある』…か。メメント・モリの様な言葉だな。良い、言葉だ」

「……俺に、死神にはなるなと言う事か。目的の為の手段として、死を振るうなと言うか。実に、実に難しい事をいうものだ。そうあれかしと、望まれてきたというのに」

崩れ落ちる様に膝をつく少女と瞳を合わせる。そして、恐る恐ると云う様に腕を伸ばす。そっと、抱き締める。

「……ならば、俺が死神の鎌を。命を刈り取る砲火を振るわぬ様に、傍にいてくれ。俺が、俺で無くならぬ様に。死神では無い何かに、なれる様に。俺の、傍で」

――それは、少年の甘えだ。自らの罪と罰を、少女に明け渡す様な愚行だ。告げるべきではない、愚かな想いだ。
それでも、少年は少女に懺悔する様に囁く。共に歩んで欲しいと。共に、罪を背負って欲しいのだと。
偽りの死神が。強引に捻じ込まれたアルカナが。本来のモノに変わる様に、少女へ願うのだ。

水無月 沙羅 > 「……言ったでしょう。 傍に居るって、一人では傷つけさせないって。
 一人で全部を受け止めていたら、きっと心は死んでしまう。
 それこそ、死神に成ることしか出来なくなる。
 でも理央、それはダメなんです。それは、人間が成っていいものじゃない。」

それは、もはや人間ではなく、システムであり、機械であり、文字通りの死神だ。
愛する者を、そんな物にくれてやるつもりは、塵ほどにもなかった。
だから少しでも、私がそれを背負おう、共に罪を受けよう、貴方が人であるために。

伸ばされた手を受け入れて抱きしめ、子供をあやすように背中を撫でる。
一人ではないと、その温かさは伝えることができるだろうか。

「お互い傷だらけなんですから、今更気にすることもないでしょう。」

傷ついてきたからこそ、わかる事がある。
傷つける痛みと、傷つけられる痛み、二人は正反対だったけれど、だからこそ分かち合えるはずで。

「あなたの砲火で焼かれるのは、罪だけでいい。 死神に成る必要なんてないんです。
 貴方が罪に苦しむのなら、私も一緒に苦しもう。
 貴方が傷つくのならば、私も一緒に傷つこう。
 私は貴方を守る盾なのだから。
 えぇ、それこそ、『死が二人を別つ迄』、私が貴方を死神になんてさせはしない。」

もう、一人で傷つく事は無いと、少女は優しく諭す。
最愛の想い人が、ようやく人であることを、自分を許したことに安堵しながら。

神代理央 > 「……全部受け止められねばならなかった筈なのにな。俺は、弱くなってしまったんだろうか。それとも、心とやらが、死に損ねてしまったのか」

或いは殺し損ねたのだと、"誰か"が歯噛みするのだろうか。
正しく、ヒトである事を止める様な理想と野望。絶対不変の支配者としての理論は。呪いは。
ひとまずは、彼女の抱擁と共に再び沈殿する事に成る。心の深淵で忌々し気な舌打ちと共に。

「…傷だらけなのは、お前の方だろう。馬鹿者。こんな無茶をして、何度も何度も死んでは生き返って。本当に……本当にばかだよ、お前は」

抱かれる暖かさと、撫でられる背中から感じる優しさは、己が知らないものだったが故に、焦がれていたものかもしれない。
弱々しく、掻き消える様な声ではあったが、それでも。それでも少年は、人である事を取り戻した。

「…何とも、情けない話だ。こうして守られなければ、こんなにも己が脆弱だと、お前に出逢う迄は気付かなかった。
だから、お前と共に居るなら、居られるなら。俺は決して、死神などにはならない。此れからも築く屍の山から、決して目を背けない。無意味な死を、安価な死を、振りまく事はしない。
…それが、お前と共に在る事を望んだ、俺の選択なのだから」

そうして彼女に返す言葉には、再び意志の強さが灯っているのだろう。尊大でも傲慢でも無い、強い意志の籠った言葉が、彼女に紡がれる。

「……でも先ずは。お前を此処に送った連中と、少しばかり"話し合い"をしなければなるまいな。お灸を据えてやらねばなるまいな。
だから、先ずは家に帰ろう。俺達の家に。俺達の、場所に」

ゆっくりと立ち上がると、上着を脱いで彼女にそっとかけながら、何時もの様に。不敵で、それでいて穏やかに彼女に笑いかける。笑いかけて、彼女に腕を差し出して、共に帰ろうと告げるのだろう。
――初めて出会った夜の様に、彼女を置いて先に進む事は無い。立ち止まって、手を繋いで、彼女と共に往こうと。

水無月 沙羅 > 「弱くなったと、誰かが言うかもしれません。 死に損ないと、誰かが言うかもしれません。
 でも、弱くていいんです。 かっこ悪くていい、だってあなたは人間でしょう?
 神代理央は人間なんです、完璧なんかじゃない。
 そうなったら私用済みになっちゃいますから。」

それは困る、という風におどけて見せながら、少女は笑う。
未だ残る痛みに少しだけ笑みを歪ませて、それでも心から。

「またバカバカ言って……私だって傷つくんですよ?」

偶にはその口を封じてやろうかと、頬を抓ってみる。
痛くない程度に、窘める様に。

「……そうですね、これからも、きっと苦難は続くんでしょう。
 人は死ぬし、誰かが傷つくことだってある。
 でも、それを当然だと受け取るのは、あまりに悲しいから。
 そんな悲しすぎる言い分は、もうやめにしましょう。
 死を畏れて、死を想え、死があるからこそ生は輝くから。
 蔑ろにはしてはいけない。 そういう事なんだと、私は思います。」

もう、彼はきっと大丈夫だ、迷うことはあっても挫けることがあっても、折れる事は無い。
もう、大丈夫だ。

「あー……話し合いで済めばいいんですけどね。 話し合いでお願いしますよ? できれば穏便に。」

「はい……。帰りましょう。私たちの家に。」

かけられた上着と、彼の手をそっと握り、隣に立って歩み出す。
やっと隣に立てる、その誇らしさを胸にしながら。
―――くすりと笑いながら、件の施設を見やる。 
きっとその中には、苦悶に苦しみ、泡を吹いた違反生たちが転がっているだろう。

理央は知らぬことであろうが。

神代理央 > 「…完璧な人間など、存在しないのさ。それを目指す事は良い事ではあろうが、それでも、人は完璧にはなれない。有限で不完全だからこそ、人はヒト足り得る。一人で完結しないから、人は強く成れる。
……と、分かっているつもりではあったのだがな」

結局は、己自身もまた完璧な存在になろうとした。個として完全なモノを目指した。それがどれ程無謀な事かを知りながら。
だからこそ、小さく溜息を吐き出して、彼女に向けて苦笑い。

「…馬鹿に馬鹿と言って何が…いひゃい…こら、いひゃいじゃないか」

頬を抓られれば、幾分呂律を乱しながら抗議の声。
それでも、彼女に向ける表情は。小さく笑みを浮かべているのだろうか。

「……無限に続くものなど、決して有り得ない。どんなものにも、神にだって、何れ終わりは、死は訪れる。
だから、有限である生を。何時か訪れる終わりを。精々、大事に想い、過ごしていくしかあるまいな。
俺は、死を与える者としてそこから逃げ続けていたのかも知れない。でも、此れからは。直視するには厳しいものであっても、其処から逃げはしないさ」

他者を傷付ける者。法を犯す者。それらに死を振りまく事は、これからもあるのだろう。己が他者を傷付ける事も、きっと多々あるのだろう。
それでも、それをシステムだと俯瞰せず。己が歯車だと心を閉ざさず。死神として嗤わず。彼女と二人で、向き合っていく事になるのだろう。

「当然だ。まあ、多少"白熱した"話し合いになるとは思うが…流石に、暴力に訴えるつもりなどないよ」

「……帰ったら、温かいココアでも入れようか。砂糖は取り敢えず10個くらいで足りるだろうか?」

少女の強さ。知った事と、知らぬ事。
全てを知り得る事が幸福ではない。
今は唯、互いに傷付き、ボロボロになった躰を引き摺る様に。暖かな場所へと、共に歩んでいくのだろう。

――後日、風紀委員会本庁某所にて。
かの監査役との話し合いの場を持った者達が、尽く休職したという噂が流れたりするのだが。それはまた、別の御話。

ご案内:「違反部活群/違反組織群」から神代理央さんが去りました。
ご案内:「違反部活群/違反組織群」から水無月 沙羅さんが去りました。