2020/08/16 のログ
■神代理央 >
此の場には不釣り合いな程の、涼やかな氷の音色。
崩れ落ちる瓦礫の音ですら、その音を掻き消す事が出来ない様な気さえする。
「ほう。友人の味方、か。
私と龍が友人であるかどうか、という所から話を進めたいところではあるが――まあ、何方でも構わぬ」
「下らんな。他人の思春期など、ゴシップに過ぎん。そういった話題を悦ぶ面々が居る事は理解するが、私の事を知ったところで、喜ぶ者はそうおるまいよ」
彼女に合わせる様に、此方も缶コーヒーを飲み干した。
灼熱の大地に、コトリ、と空き缶が置かれる。
まるで、己と彼女の境界線だとでも言わんばかりに。
「いいや?しかし『人を殺す事もある仕事』ではあるさ。
街のお巡りさんとして牧歌的に任務をこなすには、此の島は不穏当が過ぎる故な。
――ほう?あの時の私を顧みて、何だと言うのかね」
愉快そうな声色の儘、彼女の言葉を待つ。
そして、投げかけられた言葉には――暫しの沈黙。
肯定か否定か、というよりも。果たしてそうなのだろうか、と自問する様な、沈黙。
そんな沈黙の末、静かに唇を開いて――
「……まあ、そうさな。その側面が含まれている事も、否定はしない。色々と、私事がごたついている故な。
とはいえ、こういうやり方は"元々"私が好むやり方だ。今に始まった事では無い。私は"以前から"こういうやり方で、仕事に当たっているよ」
■龍 >
「"好む"、か……物騒だなぁ」
ほんの少しだけ、寂しそうな顔をした。
それが何を意味するかは龍本人しか分からない。
徐に振り上げた右足、天まで伸ばしたそれが高速で床へと叩きつけられた。
周囲の地面を隆起させ、瓦礫が崩れ火を覆いつくす。
いい加減、少し周りが熱いと思っていた。ちょっとした消火活動
即ち此れは、"力の誇示"。
カランカラン、と氷の音色を奏でていく。
「─────さて」
改めて、と出した声音は何処となく嬉々としたもの。
緩やかに口角を吊り上げたまま、理央をずっと見下ろしている。
「理央君。例えばの話だ」
「『目の前にいる女が、君が仕留め損ねた"違反生徒"だとして
まさに、今君へと牙を剥こうとしている。』」
「……"力"を示せば、"力"が再び君を襲い掛からんとするわけだ。
理央、理央君。君ならばどうする?」
シンプルな問いかけだ。
■神代理央 >
それは、普段であれば一蹴する様な言葉だ。
現に、主の周囲で敵対行動に近い行動を取った彼女に、10を超える異形が、百を超える砲門を向ける。
主を守る為の、唯一の自立行動。自我を持たぬ異形が、唯一命令無くして行える行動。
しかし、それを制する。
彼女に砲身は向けられるが、それだけ。
己よりも遥かに背丈の高い彼女を見上げて。舞い上がる瓦礫と粉塵の中で。
静かに、嗤った。
「迎え撃つとも。私が従える異形は、最早弾幕等という言葉では表せない程の鉄火を貴様に注ぐだろう」
「力に力で立ち向かおうというのなら、喜んでへし折る迄だ。
『鉄火の支配者』が伊達の二つ名では無い事を、示してやるとも」
そこで終わりだ。
己が言うべき言葉は。唱えるべき覇は。
それで終わるべき、なのだ。
「……だが、もしそうだな。貴様が私の敵で、私に牙を剥く、と言うのなら。私の異形の砲火を、潜り抜けられるというのなら」
己が従える異形達は、『己の指示によって』今のところ沈黙を保っている。
しかし、一度彼女が此方へ敵対の意志を示せば。異形達は、主を守る為、主の指示を待つ事無く、その砲火を彼女に向けるだろう。
それだけの火力を、ただ一人に向けておきながら。
儚げな程に弱々しく、少年は笑う。
「――それが出来るなら、龍。私を、殺してくれ」
■龍 >
「──────……」
儚い笑顔を、ただ女は笑ってみていた。
まるで龍のように鋭い金が、細い瞳孔が、瞬くことなく見下ろしている。
さながら人を嘲笑う、龍が如く。
「……阿呆」
正しくその懇願は、泣き言だった。
だからこそ、一蹴してやった。
女は静かな気配を纏い、不動のままだ。
吹き抜ける夜風が、深緑の髪を揺らす。
そこにいるかが自然のように、女の体は微動だにしない。
「朝な夕な程度の女に頼む事では無いよ、"理央"。
力で立ち向かうと言いながら、たった今命を踏みにじっておいて
『何だその泣き言』は。"儂"に泣き言なぞ言っても、無縁仏に嘆いた方が幾何かマシと言うもの」
静かな声音が、落第街に響く。
透き通るような、凛とした声音。
風と共に流れ、風と共に消えていく。
まさに一体となるような綺麗な声音。
「そも、"八つ当たり"を否定しなかった時点で
自分から"無理"をしていると言ったようなものだぞ、理央」
その一言同時に、"女の姿は消えた"。
そこには気配も何もない。
声もしない、音もしない。誰もいない。
まさに、"溶けてしまった"。
■龍 >
「──────理央」
程なくして、女の声が聞こえた。
瞬きもしないうちに、いつの間にかその姿は目の前にある。
自らの内に巡る氣を外へ巡らせ、天地と合一し、文字通り自然に"溶け込んだ"のだ。
有体に言えば、気配も姿も一時消し去って見せた。
見えないものを、流石にその鉄の兵隊たちも感知は出来まい。
一足、消えてるうちに間合いを詰めたのだ。
既にその拳が、理央の腹に添えられている。
「儂から言えるのは精々、『止めたければ止めろ』程度だ。
停滞は悪では無い。自棄で前に進むのも時には必要だ。
儂はお前の行いを否定はせん。だが、些か"やりすぎだ"。」
砲塔が火を噴くよりも早く、拳が牙を剥く。
寸勁。密着状態から強い痛みと衝撃がその柔い体へと駆け抜ける事になるだろう。
当たり慣れさえしてなければ、人一人の意識を吹き飛ばすには十分すぎる程度の衝撃だ。
「……後は起きてから、自分で考えよ。"止める"のは、今回だけだぞ?友よ」
■神代理央 >
「………っ、ぐ、かはっ………!」
添えられた拳。
普段の己であれば或いは、下腹部周りだけでも、肉体強化の魔術なり、異形への指示を出せていたのかもしれない。
"闘争を続ける"為の手を、取っていたのかもしれない。
しかし、少年はあっさりと敗北を受け入れる。
寧ろ、添えられた拳に、何処か安心した様な。
一方、一足遅れて、鋼鉄の異形達が動き出す。
しかし、既に手遅れ。今砲弾を放っては、主諸共吹き飛ばしてしまう。
故に、異形達は動けない。その砲身は、火を噴かない。
尤も、主の命があれば――
――だが、その命は下されない。
「――……ほん、とうに、止めるなら。ころす、べきだよ」
「わたしは、止まらぬさ。てっか、のしはいしゃは、皆がのぞむ、こと」
「――……友、などと。いまさら、わたしに、そんなぜいたく――は――」
其処で、少年の意識は途絶える。
くたり、と彼女に倒れ込む様に。
苦痛によるものではない。解放されぬ苦悶に囚われた様な表情の儘、意識を手放した。
■龍 >
「───────……」
さて、呆気なく入ってしまった。
自爆覚悟で撃たれると思ったが、"そこまで"疲れていたか。
女は眉間に皺をよせ、溜息を吐いた。
「儂が言えた立場では無いが、儂等のような世代が吐くべき台詞では無いな」
"死ぬ"だの"殺す"だの、武を修める立場からすれば陳腐なまでに聞く言葉だが
それこそ、年頃の子どもが言うべき台詞では無いとしみじみ思う。
何が彼をここまで追い詰めたのか。
恋愛か、立場か、或いはもっと別の事か……。
「何にせよ、不器用な男だな」
倒れ込む少年の体を抱きとめ、溜息を吐いた。
そのままよっこいせ、と持ち上げる。
肩にかけて、さながら米俵のような担ぎ方だ。
「……儂は拳法家だ。手合わせもすれば、死合いもする。
もし、お前が本当に殺してほしいなら、何時でも来るが良い。
儂は理の無い殺しは好かぬが、"死合い"においては一戦一殺を心掛けておる」
「どうしようもない時は、何時でも受けてやろう。理央」
これが拳法家としての龍の在り方、考えだ。
だからこそ、止めるのは一度切り。
最早意識を手放した少年には聞こえない言葉だろうが
せめて、耳朶にしみ込んでいればいいと独り言ちた。
「……やれ、友が贅沢なら、恋こそ贅沢ではないか。
そのままでは、お前は人間ですらなくなってしまうよ」
……わかっているのか、理央。
悩むことの多い多感な時期なのは理解するが
それにしたって悩み過ぎだ。
彼の人間関係は一体どうなっているのやら。
呆れを表情に浮かべ、ゆったりと歩き出した。
向かう先は、待機中の風紀委員たちの下だ。
後は理央を手土産と手渡し、ドラゴニックはぐらかしでさよならだ。
……はたして、消火はしてやったがあの場に生存者がいたかどうかは……、
まぁ、私には関係のない事だ。
■神代理央 >
――少年が目覚めたのは、現場に設けられた風紀委員の天幕。
仮説のベッドに横たえられた儘目が覚めれば、心配そうに此方を見遣る風紀委員達と目が合うだろうか。
「……私を気遣う余裕があるなら、仕事に戻れ。馬鹿者共」
しっし、と手を振れば、蜘蛛の子を散らす様に去っていく風紀委員達。
全く、大袈裟な。
「――……殺しはしなかったか」
未だ鈍痛の響く腹部に手を添えて、ポツリと呟く。
遠くに見えるのは、未だ燃え上がる蜂球の拠点。
「……生き永らえたのなら。私の選択は未だ違えていないという事だ」
「私はまだ生きている。私はまだ、理想を追い掛けられる」
「私はまだ『神代理央』だ」
そうして、疲れた様にベッドに横たわれば。
恐々と風紀委員が様子を見に来た頃には既に寝息を立てている少年の姿。
結局、今宵一晩は。検査入院として病院に搬送され。
其処で一夜を過ごす事になるのだろう――
ご案内:「違反組織『粗雑なる蜂球』」から龍さんが去りました。
ご案内:「違反組織『粗雑なる蜂球』」から神代理央さんが去りました。