2020/11/12 のログ
ご案内:「裏切りの黒 地下拠点」に『拷悶の霧姫』さんが現れました。
■『拷悶の霧姫』 >
違反部活群の一角。
そこを、灰色の密林に喩える者が居る。
誰も省みることがないままに忘れられた廃ビル群は、
表の世界を出歩かぬ影の獣達が潜む、打ち捨てられた樹海だ。
その薄汚れた灰色は生暖かい風と共に陽光を包み込むように
覆い隠し、その深部まで光が射し込むことはない。
誰も知らぬ廃ビルの地下に、その拠点は在った。
『裏切りの黒』。
その噂を知る者は数あれど、その名を知る者はほんの一握り。
未だ落第街に住まう者達でも、その存在を疑う者は多い。
ある者は言う。
そのような組織は嘘っぱちだと。
ベッドの上で母が子に聞かせるお伽噺の中の怪物に過ぎないのだと。
またある者は言う。
そのような組織は裏の人間立ちが面白半分で作り上げた影だと。
幻想に過ぎないのだと。
それでも、曖昧模糊とした霧の幻想に浮足立つ者は少なくない。
故に、湿り気と仄かな戦慄、或いは嘲笑を帯びたその噂が
立ち消えることはないのである。
『法で裁けぬ者を裁く悪』の噂が、
たち消えることはないのである。
ソファに腰掛けた幻想人形は、その細い人差し指で宙空を突いた。
指先を小さく、右回りにくるりと泳がせる。それをニ、三度。
紫色が、瞬時に青みがかる。
人形の眼前に映し出されるのは、青白い魔力光によって編まれた
落第街の様子である。光届かぬ最奥部までは届かずとも、
表の様子であれば監視網で見てとれる。
「特務広報部」
ぽつり、と紡がれるのは抑揚のない音。
ミストメイデンの名がついた人形は、青白い光の中で動かぬ骸を、
一切の色を見せぬその双眸に映していた。
その輝きは氷の如く透明で、正面に立てば底冷えのするような、
ある種の暴力とまで言える鋭さを備えている。
■『拷悶の霧姫』 >
破壊。略奪。殺戮。堕落。退廃。
それらは、落第街の日常に過ぎない。
しかし一見見慣れたその光景も、
因果を辿れば全く別の光景として広がりを見せる。
「神代理央」
ふと投げられるように再び紡がれた無色は、
ぼんやりとした青に照らされるコンクリート製の壁に、
染みこむように消えていった。そこには、小さな残響すらも残らない。
霧の姫は細指を横へ、数度小さく振る。
空間に現出するのは、数多の人間の顔。
彼女自身が魔術式の中に刻み込んだ人物の像。
振ること更に、数度。
青白い光が描き出したのは、『鉄火の支配者』を名乗る少年の姿である。
並ぶのは、神宮寺蒼太朗や水無月沙羅をはじめとした者達の幻影だ。
指を走らせ目まぐるしい速度で情報を書き加えていく。
そうして、そこに羅列されている情報に目を通した後、
人形は静かにその瞳を閉じた。
ただただ静かに、閉じた。
「今の貴方は――」
その胸中に去来する『モノ』は果たして何か。
少なくとも、感情でないことは確かである。
人形は感情を持たぬ。
胸に刻むのは、ただ炎の記憶と矜持のみ。
「――この街のピースとなるには」
机の上に置かれたグラスを掴む為に伸ばした左手。
じゃらりと金属音が、静寂の雄叫びを上げた。
■『拷悶の霧姫』 >
続く言葉は虚に霧散する。
そうして、次の瞬間。
そこには何も無かったかのように、黒と静寂が訪れる。
そこには、闇の最中で。
少女の姿をした人形が、ソファから静かに立ち上がったという事実が残されたのみである。
霧の行く先は――。
ご案内:「裏切りの黒 地下拠点」から『拷悶の霧姫』さんが去りました。