2022/09/19 のログ
ご案内:「違反部活群/違反組織群」にノーフェイスさんが現れました。
ご案内:「違反部活群/違反組織群」にスティールバイソンさんが現れました。
ノーフェイス > つい先日無人となったバー跡地。
どこかの違反部活が、違反部活らしく"なくなって"、主を喪ったその場所は、
内密という言葉を知らないように、割れた窓から、ひびわれた壁から、騒音を外部に漏出させている。

闇をぼんやりと照らす、鼈甲色の電灯が、その正体を浮かび上がらせていた。

手作りのオケの音質も、それを増幅させるスピーカーの質も良いとは言い難いが、
体を揺るがす重低音の響きだけは特筆するものがあり、
盛り上がるにはそれで十分だった。

女が囲まれていた。
囲まれた女は、まるで結界でも張っているかのよう、その間近までは近寄らせず。
まるでその周囲の者たちも、暗黙の了解とばかりにそのスタンスを守っていた。
客席と舞台を隔てるものはなにもないのに。

「フフフ」

既に一戦交えたかのように汗だくの十数人。
中心の女は、ゆっくりと腕をもたげて、そろそろ腐食がはじまりそうな天井を指さした。

「……………―――――」

マイクに吹き込まれた透き通った声が、次第に十秒……二十秒、三十秒。
超人的な肺活量が織りなすロングトーンでもって、女は期待を煽ってみせた。
柄の悪い"落第生"たちが呼応し、熱狂の雄叫びをあげる。


何かの儀式のようだった。
精神を高揚させ、高い次元に届こうとする試みは、そう言えたかもしれない。

そこで、何の予告もなく、不意に始まって。
周囲にいたものが、なんとなくそぞろ集まって、この儀式は始まったのだ。

スティールバイソン >  
違反部活『夜に吼えるもの(ハウラー・イン・ザ・ナイト)』。
その素性を知る者、噂をする者、知らずに憶測をする者。
気に食わねぇ、アイツの話で今の落第街は染まっている。

それを見極めてやる。

バー跡地に入ると、圧倒される。
音。
魂を震わす、原初の芸術があった。

しかし何故だ?
予告もなくこれだけの落第生が集まる?
おかしいだろ。

リズム、それと熱狂。耳朶を打つクリアボイス。

確かに並じゃない。だがこいつらの目的はなんだ……?

バー跡地の壁に背を預け、音楽に耳を傾けた。
まずは見極めるため……聴いてやるか。

ノーフェイス >  
「――――、 フフフ」

シャウトの終わり際に、マイクに笑い声が乗った。
ぴたり、壁に男の背が据えられたときと時を同じくして。

「次の曲は――」

告げた瞬間に、打ち込みドラムのチープなスネアが空気を砕いた。
そのオケは、ギターの演奏だけが突き抜け、他はありもののデジタルで彩られている。
イントロの終わりは一瞬の空白(ブレイク)、唯一生のボーカルが再度の沈黙を貫いた。

日本語で意思を伝えた後、発声は英語のそれにスイッチする。
長調で朗々と歌い上げられながらも、歌詞に綴られているのは恋に参った男の情けない弱音だ。
凡そ百年ほど前から数十年前、「大変容」前の、今や古典、歴史そのもののようなナンバーを。
いまこの時代、この瞬間に、鮮やかに再誕させる。
録音する者のない、この場に居たものしか知り得ないその瞬間。

――それはふいに1コーラスで途切れた。
演奏の再生は続いたまま、スピーカーの上に乗っていた安酒の瓶を軽く煽る。
嚥下の音もスピーカーに増幅されて、やけにはっきりと響いた。

「――ふう。 それじゃあ」

瓶を空にすると、それを放った。
鋭い蹴りでベクトルを変えられたその瓶が、訪客の顔のすぐ横の窓ガラスを、
けたたましい音とともに突き破った。

「――スペシャルゲストのご登場だ。 入っておいでよ!」

手の甲を向け、立てた指をクイ、と動かす。
創られた輪のなかに。
熱狂の儀式の、その中央に。

オーディエンスの視線が、そこで気づいたように男に向けられた。
その正体を見て、熱狂に僅かな理性が灯る――その瞳に直前まで理性の輝きは失せていたかのよう。
畏怖、困惑、疑問――それを言葉ではないもので表現しながら、
まるで大昔の軌跡のように群衆はふたつに割れ、男のための花道をあけた。

スティールバイソン >  
ギターだけが生きている。
そんな印象を受けた。
だが何もかもが鋭く、何もかもが万全な健康すぎる音楽に。

この街の住民は酔ったりはしない。

女は弱音の歌を高らかに響かせる。
大変容より前の、カビの生えたような楽曲が。
───今や。今や………

 
歌に集中していた。
すぐ顔の横を通り過ぎたガラス瓶は。
即座に異能を発動させ、硬化させた皮膚に掠りもせず窓を叩き割った。

「フ、フフ…………」

一歩、一歩と割れたオーディエンスの中央を厳つい足並みで歩く。
テルミナスセブン。スティールバイソン。怪力の。
お前らの顔にそう書いてあるぜ……俺様を知っていやがる。

ステージに上がると、大仰に肩を竦めた。

「俺様を知っているのか、女」

緊張が張り詰めた。
鉄火場に等しい熱が沈黙の中に生まれる。

ノーフェイス >  
自信に満ち溢れた足取りを、この場のプリマは出迎えた。
胸の下で腕を組み、こちらも一歩を踏み出して、
間近に踏み込んでにらみ合う。
すぐ真下から、岩を削り出したような曲を不敵な眼差しを見上げている。

「…………」

その笑みが鋭く深まった。
片方の眉毛が釣り上がり、問われた言葉には答えないまま。
組んだ腕をほどいた。マイクを口元に運ぶ。

「Hey! ――知ってるんだよねえ?」

腕を振り上げて、沈黙の水面に火炎瓶を投げる心地で。

群衆 >  
「そいつの全力を知ってる奴は誰もいねえ……」

「言うまでもねえ、見たやつは黙らされちまってるんだ、永遠にな!」

「廃棄場で四角く固められたスクラップみてえにされちまったんだ……」

僅かに一歩、群衆が引いた。
取り囲む円が広がった。

「四って数字が不吉なのは、故事に由来したってだけじゃない……」

「木っ端な奴じゃ傷一つもつけられない……」

「この場を仕切りに……いやぶっ潰しに来やがったのか!?」

「破壊者!」



「終端の七人の……スティールバイソンだ!」



ざわめく。
――どこか、歓声のように。
おそれを口にするのに、誰も逃げない。
ショー・マンに対して、逃げろとも言わない。
鉄火場の張り詰めた糸を、その双眸を輝かせながら、
狂乱の期待を宿して、オーディエンスの視線が注がれる。

ノーフェイス >  
「Thank you.  ……有名人なんだね、キミ?」

首を傾ぐ。
少なくとも、顔と名前を一致させてはいなかったと、傲岸不遜に女は笑った。

「そんな素敵なゲストが、せっかくお越しくださったんだ。
 全力でお持て成ししなくっちゃあな――看板掲げたばっかりなんだ、このショーは成功させたい」

女はその場から飛び退いた。間合いを取ったのだ。
そして彼我の間に投げ入れられたのは――隅に片付けられたバーテーブルだ。

「ミスター・コリーダ、お酒のめる?」

スティールバイソン >  
両手を広げた。
それだけでオーディエンスを手で制する。
少なくともこいつらは俺様のことを知っているな。
なら話は早ぇ。

「ああ、ちったぁ顔が利くつもりでいるよォ……この街ではな」
「酒は飲めるが、冷えてないものは飲まない主義だ」

バーテーブルの前へ。
女へ視線を巡らせる。
ドレスシャツにレギンスの……
……ん?

こいつ、前にも会ったか? 知り合い…だったか。
首を左右に振る。

「そこに季節は関係ねぇんだ……」
「ワカるか? 俺様はルーティンの話をしている」

「お前らはなんだ? 無軌道に歌ってルーティンを乱す存在か?」

口の端を持ち上げて笑う。
会話は紳士的に、戦闘は暴力的に。
そう言ったのは、テルミナスセブンのメンバーの誰だったか。

「返答と酒をもらおう」

ノーフェイス >  
「おあつらえむきに冷蔵庫は生きてる。
 汗をかいたらキンキンのをキメたくなるよね~……
 在庫を全部飲み切るまでは、ここを使おう思ってたトコさ」

重低音が響き続ける。
さっきの曲は終わって、パワーコードが切り刻むかのように連打されるリフが窓を揺るがすようだ。
バーテーブルに頬杖をついて、余裕綽々のまま、問われた言葉を受けた。
わざとらしく大きく見開いた目を動かして、考えています、のポーズ。

「乱れちゃった? エッチ」 

赤い唇を、舌が舐める。
少なくとも、予定を崩すに値した演奏だったかと、挑発的な物言いをした。

二人の前に群衆のひとりが主役の二人に配したのは、ショット・グラスではない。
遥かに容量の大きいオールド・ファッション。
ロックアイスの代わりに、恐らく違反学生にぼったくり値で売りつけられていた安いテキーラが注がれる。

「ボクのことを。ボクらのことが知りたい、がキミの求める賞品でOK?
 アドレス?住所?スリーサイズとか。 ……いいよ、なんでも答えてあげる。
 あらゆるモノがタダじゃ手に入らない街だって、売れっ子のキミなら――わかるだろ?」

あらゆる対価が必要だ。
暴力を"支払う"ことで、手に入れられるものがあるように。
簡単にその手で崩れてしまいそうな細身の体は、全く物怖じしない。

「――そして、"ボクたち"は動き出したばっかりだ。
 草の根活動、営業中。
 キミみたいな売れっ子に勝ったら……名前が売れるよなぁ?」

グラスに炭酸の効いた、冷え冷えのジンジャーエールがぎりぎりまで満たされた瞬間、
てのひらをかぶせてグラスを持ち上げ、底面をテーブルに叩きつけた。
テキーラとジンジャーエールが半々の強烈なショットガンを、泡から一気に飲み干して。

群衆が燃えあがる。

「―――っくぅ、……そゆコト」

強烈な刺激に頭を揺らし、片目を瞑って耐えながら。
さあ、つぎはキミの番。

スティールバイソン >  
「冷えているなら何よりだ……」

厳つい笑みを浮かべて、椅子には座らない。
別に警戒しているわけじゃない。
ここは“ステージ”だからだ。

ゲストがリラックスしていい場所ではない。

「俺様は女に色目を使わん」
「俺様が女を口説いて、優しい言葉をかけて誰が靡くよ?」

「誰も俺に惚れたりはしねェ」

テキーラが注がれるのを鋭い視線で見ている。

「女に対する俺の礼儀は暴力だ」
「いや、女に限らん……俺の手にあるのは、暴力なんだよ」

なみなみと注がれたテキーラ・カクテルを飲み干す女。

「勝つ? 勝つってぇ?」
「俺様はな………」

グラスを持ち上げると、確かに冷えていた。
一気に飲み干す。強烈な酒精が脳を焼く。

「ぶぅ………」
「俺様は負けるのとタダ働きが大っ嫌ぇなんだ」

破顔して見せた。
湧き上がる客。これは既に戦闘行為だ。

そして戦いは────見る者にとって娯楽。

ノーフェイス >  
「フフフ」

互いにグラスが空になり、ほんの僅かなインターバル。
角と角が絡み合うブルファイトの睨み合いは、歓声で彩られている。

「いやあ、見てたら惚れちゃう勇姿かもよ、それは。
 でも本日のオーディエンスは男だけ。嫌いなものの中にそれは入ってる?」

饒舌なのはそれが優位と余裕を誇示するための姿勢だ。
新たなカクテルが継ぎ足される。心なしか酒の割合が増えている事に。
少なくとも女は物言いをつけないまま、グラスをテーブルに叩きつけた。

「これは――殴り合いだ。 そうだろ?
 先に足腰立たなくなったほうが―――ンッ!
 ……はぁ、負け犬になんだよ。 ホラ」

二杯目――強引に干したせいか口端から伝う酒を手の甲で拭って。

「礼儀って言ったよね、コリーダ。
 残念ながら、ロックミュージシャンてのは反骨心の塊でね。
 キミに敬意も払わない無礼者の新参だ。
 だけど、そう、払える礼儀があるとすれば」

トントン、と指でテーブルを叩いて、囃し立てる。

「決着まで逃げないぜ。 今宵のショウはそういう趣向だ。
 ラストナンバーまで付き合ってもらうよ」

スティールバイソン >  
響く歓声、少し鈍く感じる。
この強さの酒を一気なんてなかなかしたことがない。
だが、負けらんねェ。

ここまで調子に乗ってるヤツに。負けられねェ。

「囀りやがって、俺様を酒で潰すなんざ十万年早いんだよ」
「男も女も……仲間ならそう接する」

「敵ならぶっ倒すだけだ、なぁ?」

余裕を見せつける。
ビビって戦うなんざ風紀の犬が言う“慎重”に他ならない。
デストロイヤーズ・フォウとその部下は。

豪快に戦うんだよ!!
二杯目の酒を一気に呷る。
キリリと冷えた、さっきより強い酒が喉を焼く。

ぐ……この女、正気かよ…

「おお、よく冷えてらぁ」

べろりと舌を出して見せる。
相手の心を折れ、観客に俺様の勝ちを刻み込め!!

「そりゃあ何よりだ、だが俺様は尻尾を巻いて逃げることを勧めるぜ」

両手を広げてオーディエンスに歌うように言い聞かせる。

「急性アルコール中毒は苦しいからなぁ……そうだよなぁ!!」

耳を劈く歓声が響いた。

ノーフェイス > 煽られたオーディエンスは打てば響くかのよう、嵐のような歓声で応えた。
どちらともなく彼我の名を呼ばわるオーディエンスも喉を枯らす。
スティールバイソン、そしてノーフェイス。
ノーフェイス――それが女の名前。

「ボクのこたえは……コレ!」

握り拳を彼に突き出し、その中指を天井に向けて立てた。
電波に乗せられないイケナイ形のその手を解けば、観客の酒瓶をひったくった。

「主催が舞台から降りちゃあ、しらけるだろ?
 勝つにしろ負けるにしろ、ボクにはショウを完遂する責任がある。
 ――逃げるってんなら、フフ、風紀委員会の連中と追いかけっこって演目をするくらいだ。
 暴力には暴力で応える、それが一番カッコイイだろ」

互いのグラスに、半量のテキーラを注ぐ。
そこでちょうど瓶が空になった。
やおら背後の観客に腕を伸ばし、持っていたものをひったくる。

「何よりさぁ―――――ステージ上でアル中で死んだとするじゃん?」

凍る寸前まで冷えた安い缶ビールだ。
親指を跳ね上げてプルトップをあけると、グラスの残りをそれで満たす。
掌をかぶせて叩きつけ、一息でそれをカクテルすれば、

「ロックだろ。 逃げるなんてとんでもない。
 こんなオイシイ状況なら、もう行くしかないんだよ。
 キミも来なよ――きっと最高に気持ちイイぜ?」

獰猛に笑ってみせるとともに、それを一息で干した。

スティールバイソン >  
「ノーフェイスよぉ……」

呻く、自分の意識が酒精で朦朧としているのがはっきりわかる。
いくらなんでも飲んでいる酒が強い。
それを一気飲みとくれば、既に足がふらつくのも仕方のないこと。

だが!!
この女は!!
笑っている!!

「お前……マジかよ…」

この女が振るってくるものは紛れもない暴力。
俺様とタイマンで殴り合うに値する暴力ッ!!

「ロックなら死んだっていいのかァ……」
「正直の頭に神宿るたぁ限らねェんだぜぇぇぇ!!」

手でよく冷えたグラスに触れた。
指が冷えていることに、そしてそれ以上に指先の感覚が薄れていることに気付いた。

これを飲んだら死ぬかもな……

「う………」

周りから聞こえるスティールバイソンコール。
こいつら……後で………覚えて、やが……

「うおおおおおおおおおおおおおぉぉぉ!!!」

叫んでグラスの中の酒を一息に飲み干し……飲み干せない。
半分で止まったグラスを、気合だけで傾けて。

飲み干した瞬間、俺様の顔には当然、勝ち誇った顔が……ふにゃりと歪んだ。

「……ギブアップだ…」
「もう、飲めねェ………」

もうカウンターに手を置いてなけりゃ真っ直ぐ立つこともできない。
こいつは……ロックだぜ…