2022/11/05 のログ
ご案内:「『灰の劇場』」にノーフェイスさんが現れました。
ノーフェイス >  
そこには長らく、訪う者がなかった。

まるで何かの墓碑のように。
或いは巨きな亡骸のように。

そこに横たわるばかりだった場所に、
何の因果か、女が踏み込んだ。

廃れた場所。
忘れられた栄華。
夢の跡。

そこに眠るものの名も、忘れられてゆくばかり――

ノーフェイス >  
ここを貸してくれという申し出は、
相手の憤激を買っても宜なるかなと思っていた。

彼女が自分に――少なくとも女の目線では――ある程度の同調を示してくれたことは、
望外の幸運ではあったが、未だに彼女という人間に対して判断がつきかねているところはある。

仲間、同志、どんな言葉でもどこかおさまりのつかない、
あの油断ならない彼女が残していたこの場所。

支配人のみが座ることを許された席に、
王のようにゆったりと腰掛け、目を閉じていたが――しかし、女はすぐにそこを立った。

ノーフェイス >  
巨大なすり鉢には、多くの観客が入っている。
割れんばかりの歓声は、その中央に堂々と立つ主役のコールに応えたものだ。

席があるのに軒並みスタンディングだが、
その気持ちもわかろうというもの――静かに傾聴せよ、という類の催しではない。

数日前。
ハロウィンの前夜祭に華々しく復活してみせた『ライオット』のフルコンサートが、
ここで行われていた――知る者は知る、辿り着けるものは辿り着ける。

『夜に吼えるもの』の本拠、巨大劇場で。

ノーフェイス >  
追われたもの。
禁じられしもの。
喪ったもの。
死したもの。

――現れる演者は様々だ。
ただ、観客席と舞台という仕切られた境界があるばかりで、
なんの制限もなく、そこには熱が爆発するかのような演奏が響き続ける。

今日は、ライオットの。明日は、また別の。
そこで行われるのは演奏だけならずに。
演劇の類も行われるし、演目は本当に様々だ。

そこで行われるのは、そういうことだけだ。
ブラック・マーケットのような犯罪行為は、また別の場所で。
認知されていない落第街のいずこかで、
表の世界には認知されない狂宴が行われる。

どうすれば辿り着けるかもわからないまま、
渇望するものだけが辿り着ける、陽炎のように曖昧なるコロッセオ。

しかし、そこには熱がある。
そこに眠る何かに、"見よ"と、捧げるように。

あるいは――挑むかのように。

ノーフェイス >  
そこで演ずる者の資格を、
そこで興ずる者の資格を、
『夜に吼えるもの』は、明文化することはない。

ただ至上の栄誉であるかのように敬意を払い、
さあ、舞台の上へ――そう、導くのみだ。

融けた砂糖のように甘く、熱く、とろけるように――。

ノーフェイス >  
なぜ、この劇場は、そうした名を負うのか。

疑問に思うものがいたとしても、
理解を示すものもいれば、なにか由来があると理解するほかない。

果たして、女が秩序と混沌の境目を曖昧にしてみせたことから、
その名がつけられたのか、といってみれば。

本来の言語で読ませてみると、
それが的外れであると知れるのだ。

その熱狂そのものが、何かの敬意であるように。

ノーフェイス >  
 
 
『灰の劇場』には、禁じられた熱が胎動する。
 
 
 

ご案内:「『灰の劇場』」からノーフェイスさんが去りました。