2022/11/14 のログ
ご案内:「灰の劇場」に真詠 響歌さんが現れました。
■真詠 響歌 >
ジリリリ、と。厳かに開幕を告げるベルが鳴り、重たい舞台の幕が上がる。
灯り一つ無い檀上の上で、骨の内側まで響くその音が私の心の導火線に火を灯した。
溢れる熱の潮流の中。私は結局そこでしか息が出来ないんだから。
この渇きを、情動を手放してしまえばきっとそれはもう私じゃない。
それはこの心を揺らすもの。
それは心のままに奏でるもの。
歌━━それは私の心そのもの。
照明の落ちた檀上の上、オペラさながらに口を開いた私にスポットライトが向けられる。
閉じた瞼のその奥。薄い皮膚を貫いて視界に刺さる白の光線。
緩やかにその眼を開けばその向こうには人、人、人。
「目を離さないで」
バチンと音を立てて照らされる光線が一つ増える。
その内側にはユニセックスな長耳の妖精の姿。
「耳を傾けて」ベースが照らされた。
「鼓動を感じて」次いでドラムが。
「心を━━━━」そして、檀上に向けられた照明が一斉に照射される。
「━━━━曝け出して!」
力強く打ち鳴らされたドラムの走り出しに合わせて短いジングルをかき鳴らす。
甲高く鳴いたエレキギターの叫びが、反響に反響を重ねてゆっくりと染み込むように消えていく。
10秒ちょっとのパフォーマンス、ウォーミングアップ代わりのご挨拶。
それだけで体の奥から熱くなる。身体の内側で心が早鐘を打っている。
緊張なんかじゃない、走り出したくてうずうずしてるのに待たされて我慢できないんだ。
行儀良く並んだクラシカルな座席を抱えるコロッセオさながらのすり鉢の内側。
「あの日の続き、約束通り歌いに来たよ。
だから、全部受け止めてね?」
芝居がかったような甘い声で、マイクに向けて切なく誘う。
違反部活『ライオット』は数日前にフルコンサートを果たした。
そしてあの日最後まで歌い損ねた私も今、ここにいる。
灰の劇場のその熱の中心、そこに私”達”はいた。
■真詠 響歌 >
(用意は?)
僅かに口角をつり上げて、壇上にだけ聴こえるようにEVが目くばせをする。
メンバーの違いの視線が自然と交わって。
取り決めなんか無くても、不思議と意識は1つになる。
準備は万端、最後にEVと視線がぶつかって、二人で大きく息を吸う。
「「Are you ready━━!?」」
私とEVの声が重なって、劇場いっぱいに満ちていく。
数瞬の後に返って来たのは劇場を揺らすほどの歓声。
そしてメンバー全員のクラップが鳴り響く。
初めて世に出す曲だけど誰もがノれる、追い立てるようなアップテンポの8ビート。
それを追うようにベースのスラップフレーズが、ドラムが、キーボードが加わり徐々に厚みを増していく。
そして強く打ち鳴らされたシンバルを合図に動くのは私とEV。
マイクを握りなおして、大きく息を吸う。
■とある長耳のミュージシャン >
いつから真詠をライオットに? そう問われると答えに困る。
いつからっていうよりも、いつの間にかって感じ。
始まりは……そう。ハロウィンのバカ騒ぎのまさにその直後。
自分たちの縄張りを歩く桃色髪の背中を見つけたメンバーが言い出したのが最初だ。
『なぁ。あの子……真詠さ、暫くの間だけでもうちで面倒見てやらないか?』
誰とも無く飛び出したその言葉に強く反対する奴はいなかった。
見かけた無防備な姿そのままなら、二日も待たずに食い物にされるのが目に見えていた。
自分たちがそうしなかったのはミュージシャンとしてのリスペクトみたいなものと、
身内にもいるファンの強い要望があってのこと。
ただ連れて帰った後どう扱うかに悩んで、結局女連中に世話は丸投げした。
この街での生き方や特別危険な場所なんかを教えてやれと、たったそれだけを指示をして。
面倒事を押しつけたのは時折癇癪を起こしたり気難しくなる事もあるような奴だったが、
姉貴分みたいに振舞えた事が楽しかったのか、存外上機嫌だった。
だから任せても問題も無いだろうと判断して、
自分は目前に迫っていた『灰の劇場』でのフルコンサートに目を向けていた。
復活ライブと違って風紀のガサ入れが入ってお釈迦になるようなハコじゃない。
あの仕掛け人に付けられた情動の火を、その強さを裏の街に見せつける機会。
顔見せ程度のコトはあの日に既に済んだ。
今回が違反部活『ライオット』の歌を見せつける為の大切な通過点だ。
真詠を使わないかという意見も出たが、それは即座に却下した。
『ライオット』のライブに客寄せパンダは要らない。
飽くまでも数日の間匿ってやるのを認めただけ。
だから、自分がまともに話をしたのは劇場でのコンサートを終えた後だった。
■とある長耳のミュージシャン >
たった数日、真詠を人に任せてコンサートに集中するために眼を離していた。
スタジオに籠って狂ったように音楽と向き合って。
そうして勝ち取った熱狂と歓声を受けてアジトに帰ったあの日、
『あ、おかえりーEV』
「あ、あぁ?」
真っ先にアジトで自分たちを出迎えたのが真詠だった。
旗揚げメンバーと見紛う程の自然さでそこにいた。
数日の間に何があった? そんな疑問に駆られてドアの前で暫く呆ける程に。
『外めっちゃ寒くなってきたっしょ。早くドア閉めて閉めて。
マッキー! 皆帰ってきたからそろそろお鍋に火かけよー』
違反部活になる前からのマネージャーやスタッフをあだ名で呼び、
勝手知ったると言わん言わんばかりの気軽さで空調のリモコンをいじる姿。
それに違和感を感じない程に、その数日で『ライオット』の内側に馴染んでいた。
隣で笑いながら脱いだ外套を預けるバンドメンバーを見て恐れすらした。
暫くの間のゲスト扱い、そんな認識はとうに崩れているのだと。
あれは人見知りしないとか、物怖じしないとかそういう次元じゃない。
グループやコミュニティのマジョリティにするりと入り込んでいく。
誰も彼もから100%好意的に見てもらえるヒトはなんていなくとも、
それでも真詠は大多数に対してそれをして見せる。
人好きのする明るい性格と、人を惹き付ける存在感でそれをやってのける。
なんとなく気に食わない、そんなぼんやりした反発心は平然と飲み込んでしまう。
唐突な変化に漠然とした危機感を覚えこそしたが、排斥するような事はできない。
主要なメンバーの反感を買いたくないし、何よりもそうする確固たる理由が無い。
それなら受け入れよう。元より変化を怖がっているような繊細なタチじゃない。
しょうがない、そう溜息を一つ付いたらどうしたの? と上目遣いの甘い声が返ってきた。
「いや、言ってなかったなって」
それに予感があった。
「ようこそ、『ライオット』へ」
初めてこっちの世界の音楽に触れたあの日のような。
眩暈のするような刺激を、変化を寄こしてくれるんじゃないかって。
結果? そんなの歌を聴けば分かるさ。
歌っている時の真詠は眼が違う、歌って踊れるオンナノコじゃない。
■真詠 響歌 >
「have a craving for the song
let me freeeee!!」
EVのユニセックスな歌声と、高く響く自分の声。
あらん限りの声で叫ぶ。全四曲の〆、その最後に息も思いも全部を乗せて。
前のめりに、新しい音楽への高揚感も情熱もつぎ込んだフルスロットル。
タイムテーブルめいいっぱい、30分間の全力疾走。
その結果は、年季の入った劇場を揺らすほどの歓声が答えだと思う。
息も絶え絶え、笑顔でマイクを振り上げて、幕が閉じるその背後に消える。
時間ごとの入れ替わり制、持ち時間40分の枠に我儘を言ってねじ込んだステージだから、
アンコールなんかもちろんない。
スゥっと落ちる照明に従って壇上からはけたら、立ち眩みがした。
肩で息をして、ベースの女の子に支えられてよろよろと歩き出す。
冷えたドリンクの入ったペットボトルを押し当てても、身体の内に残る熱が消えていかない。
「気持ち、良かったぁぁ……」
あの人が言った通り。
私は歌うのが好き、だけど一度知ってしまったステージの熱と視線を受ける感覚を、
忘れられるはずが無い。
ご案内:「灰の劇場」に真詠 響歌さんが現れました。
ご案内:「灰の劇場」に真詠 響歌さんが現れました。
■真詠 響歌 >
街頭もまばらな道を連れ立って歩く。
12人、スタッフやマネージャーも連れ立って貸しスタジオ跡地のアジトに向けて。
不揃いな足取り。
興奮冷めやらぬ熱を、もっとこうしたかったという後悔を。
思い思いに語りながら気怠く道を行く。
そんな時だった。
『━━━━』
小さく、軽薄そうな声が聞こえた気がした。
聞き取れなくて振り返った目の前には、ヒラヒラと落ちてくる黒い封筒。
封はされていない。
不思議に思って手に取ると内側から一枚のチケットが滑り出す。
まるでそうなるように仕組まれていたかのように。
「……クレスニク?」
それはチケット。
同封されたフライヤーには『#迷走中』の文字。
表の世界、日の当たる場所のライブハウス。
「あはー、いじわるぅ……」
これは、自分宛ての物なのだろう。
誰がどういう経緯でもたらしたものなんて分からないけれど。
あの時出会った北上ちゃんの姿がチラつく。
指先で摘んだチケットは強い風にあおられてバタバタと暴れる。
一瞬でもその力を緩めれば、きっとどこかへ飛んでいってしまうんだろう。
あっちとこっち。境界線の向こう側。
舞い込んだチケットを私はただただ、強く握りしめていた。
ご案内:「灰の劇場」から真詠 響歌さんが去りました。