2020/06/24 のログ
ヨキ > 長い足を抱えた緩い体育座りで、少女の隣に座り込む。
少女の初めての経験を、まるでまばゆいものを見るように眺めている。

ペンはこう握るものとか、もっと勢いよく描いてみてだとか――
そんな不躾なことは、何も言わない。

きらきらと輝く少女の横顔と、何やら動くペン先を、交互に見る。
路地裏の喧騒も、今はどこか遠く。無言のまま、静かな時間が流れる。

227番 > ペンを動かせば線が引かれることに感動して
最初こそぐちゃぐちゃに線を描いていたが、
少しずつ、何かを象っているような感じの線を描き始める。

さっき、先生はわたし?をかいた。
227。自分を指し示す唯一の記号。

その文字を書いてみようとする。
もちろん力加減はまだ掴めてないので、線はガタガタだ。

ヨキ > 「おっ」

何を書こうとしているのか気付いた様子で、目を瞠る。
わくわく、そわそわ。静かにしつつも、期待を込めた眼差し。

「合ってる合ってる。その調子」

内緒話のような声で、隣から囁き掛ける。
見守る表情は柔らかく、優しい。

227番 > 「かけてる?よかった」

ちらりと顔色を伺ってみたり、
合ってると言われればにこりと目を細めたり。

「できた」

先に描いていた関係ないと線と重なったり、サイズも安定していなかったりする文字が書かれた。
不格好だが、読めなくもない。本人は満足そうだ。

ペンを握りしめるように持っていたためか、手が疲れてしまい、ペンをゆるく持つ。

「……楽しい」

ヨキ > 書き上がった“はじめて”に、ぱちぱちと控えめな拍手。

「よくやった。初めてでこれだけ書けたら、頑張ればもっと上手くなれるよ」

楽しい、という感想に、満足そうに笑う。

「その紙とペンは、君にあげるよ。
楽しかったことや、覚えておきたいことを書けるようになると、毎日がもっと楽しくなる。

そうでなくとも、誰かに『何か書いて』ってお願いしてごらん。
ヨキが君を描いたみたいに、びっくりするようなものを書いてもらえるかも」

そこまで言って、少女の顔を覗き込んで問い掛ける。

「頑張った君を褒めたいな。
頭を撫でてもらうとか、抱っこしてもらうとか、君が好きなことは何かあるかい?」

227番 > 「もっと、上手く……」

練習という概念も理解していない。
いつも出来ることだけをやって、今日まで生き延びてきた。

「……くれるの?どうして……?」

いつもの疑問だ。ただでものを貰うことに抵抗がある。
納得できる理由か、対価の要求を欲しがる。

「好きなこと……?」

人に甘えたことなどなかった。考えたことさえない。
あ、でも……最近を振り返ってみれば。

「撫でられるの、嫌いじゃない、かも」

ヨキ > 少女の疑問に、快活に笑って。

「ヨキはね、それと同じものをたくさん持っているんだ。
だから、君にも分けてあげたいと思った。
楽しいことは、みんなみんな一つでも多い方がいいんだよ」

撫でることについての返答に、よし来た、と頷く。

「嫌いじゃない、それもいい。
君が『好きだな』と思ったことがあったら、ヨキにたくさん教えて欲しい。
ヨキはそれを、いっぱいいっぱい君にあげられるようにするから」

そうして、少女の頭を撫でる。
誰の頭にナニが生えているか判らない世の中だから、ぽんぽん、すりすり、と控えめに。
大きな手のひらで、頭を包み込むように。長い腕で、小さな肩を抱き込むように。

227番 > 「……分ける」

また馴染みのない概念だ。落第街ではどちらかと言うと、取り合うのが日常。
227は取り合いに勝つ力がないので、ゴミを漁ることを選択していた。

しかし、相手の言葉には不思議と説得力が有るような気がして。
「ありがとう」と言ってペンをきゅっと握りしめた。


それから、特に抵抗も無く撫でられ、小さく体を揺する。
……なんだか、落ち着くような気がする。不思議な感覚だ。

「わかった、でも……もらって、ばっかりじゃ、わるい、かも」

しかし、素直に受け取れない。

ヨキ > 「そう、分ける。この街では、難しいやも知れんな。
でも、ヨキはこの街と、“表”の街を両方知っているから。
君が知らないことも、いろいろ知っているんだ」

頭に手を添えたまま、相手にだけ聞こえるほどの声量でぽつぽつと囁き掛ける。

「悪い、なんて思うことはないんだよ。
ヨキは君の、素敵な顔を見せてもらったしね」

だが、と言葉を続ける。

「もらってばかりじゃ悪い、という君の気持ちも、大事にしたいな。
君は人から何かをしてもらったとき、もらったとき。
どうやって『お返し』をしてきたの?」

227番 > 「おもて……外……」

自分の知らない世界。今気になっているもの。

「おかえし……。
 なにかきかれて、こたえる、とか、頼み事、とか」

少しずつ、思い出すように、上げていく。
実のところ対価に見合っているかどうかは、よくわかっていない。
価値の勘定ができるほどの教養は持っていないのである。

ヨキ > 「ああ、ここの“外”だ。
ここよりもっと広くて、もっと明るくて、もっと人が多い。
『もっと楽しい』かどうかは判らないけれどね」

少女がひとつずつ挙げていく答えに、うんうん、と相槌を打って。

「大丈夫そうだね。
もしも“お返し”だからと言って、いやなことを言わされたり、させられたりしそうになったら、断ってもいいんだよ。
君はもっと、さっきみたいに『楽しい』ことを選んでいいんだ」

それじゃあ、と少し考えてから。

「……ヨキと一緒に、少しだけ“外”の通りを歩いてみるかい?
ちょっとお散歩するくらいなら、人に見つかるようなこともなかろう」

227番 > 「いやなこと……うん」

今までそういうのはなかっただけで、もし言われたらどうしていたのだろう。
これをきっかけに、今後は回避ができそうだ。

「外で…わたしを知りたい」

外の世界。ひとりでは怖くて行けない場所。
誰かが付いててくれるなら……行ってみたい。
でも、なぜか行ってはいけない気がする。
お前は外に行ってはいけない。
お前は外に行ってはいけない。
お前は外に行ってはいけない。
お前は外に行ってはいけない。
お前は外に行ってはいけない。

「わたしは……行ってみたい」

ヨキ > 「それなら、少しだけ行ってみよう。
君が今まで忘れてしまっていることもあるかも知れない。何か思い出せるやもしれんしな」

一足先に立ち上がる。

「“外”を少しだけぐるっと回ってすぐに帰るけれど――
もしも気持ちが悪くなったりしたら、すぐに言っておくれ。
急に広いところへ出ると、心がびっくりしてしまうからね」

手を差し伸べる。
少女がその手を取ったなら、確と繋いだままに歩き出そうと。

少女の中で渦巻く逡巡には、無論与り知る由もなく。

227番 > 「そうだと、いいな」

差し伸べられた手を、小さな手でしっかりと握って、立ち上がる。
ついさっき自分の中で絡まっていた何かは、意思を口にしたときに息を潜めた。

「……うん。すぐに、言う」

歩き出せば小さい歩幅で追いかけていくだろう。

ヨキ > 少女の歩幅に合わせて、ゆっくりと歩いてゆく。

「ここから見ると、“外”の街は空が随分と明るいね。
夜なのか朝なのか、判らなくなってしまう」

隣の少女の様子を見守りながら、一歩一歩着実に歩く。

道が少しずつ広くなっていく。
道が少しずつ真っ直ぐになっていく。
道が少しずつ綺麗になっていく。

建物が少しずつ大きくなっていく。
建物が少しずつ高くなっていく。
建物が少しずつ綺麗になっていく。

空が少しずつ明るくなっていく。
明るくなっていく。
明るくなっていく。

落第街から“外”の街へ、グラデーションのように街並みが変化していく。

路地の先に見えるのは――歓楽街の、猥雑なネオンの光。

「――大丈夫か? 眩しいだろう?」

未だ距離があるというのに、歓楽街の明るさは路地裏の闇に慣れた目を眩く貫く。

227番 > 数年落第街にいて何度かだけ、街の景色が変わるここを見に来たことが有る。
落第街でも表の通りに顔を出せない227にとって、あまりにも人が多いここは、
遠くからちらりと見るぐらいしか、出来なかった。

だが、今はその道を歩いている。

変わっていく景色。歩みを進めるたびに、
見慣れたものが初めて見るものに変わっていく。
少しずつ気持ちも高ぶっていく。

「うん……まぶしい」

……青い瞳の瞳孔が、猫のそれのように細くなっている。

ご案内:「落第街 路地裏」に群千鳥 睡蓮さんが現れました。
ご案内:「落第街 路地裏」に群千鳥 睡蓮さんが現れました。
ヨキ > 少女の瞳が、獣のように瞳孔のかたちを変えてゆく。

穏やかなようでいて、その眼差しには油断がない。
少女の様子を、外部からの感傷を警戒するように、少しの変化をも余さず見逃すまいとする。

――やがて、歓楽街の通りへ一歩先に踏み出して。

「さあ、おいで」

少女へ振り返る。
“外”の世界へ、連れ出そうとする。
その最初の一歩を、待つ。

227番 > 瞳以外は何も変わらない。
興味津々に町並みに目線を向ける、普通の少女のものだ。

「うん」

なんだか耳鳴りがするが、きっと眩しいからだろう。
気にせず、緊張しながらもそっと一歩を踏み出す。

──そして少女は街の"外"に出た。


それを認識した刹那。
背筋が凍りつく感覚を覚え、表情が固まった。

ヨキ > ただ一歩、踏み出すだけ。
それだけだった。
それだけのはずだった。

あんなに輝いていたはずの少女の表情が、凍り付く。

「!」

目を見開き――咄嗟に。
ヨキは少女の背に素早く腕を回し、跪いて自分よりも小さな身体を掻き抱こうとする。
まるで、魂をこの世に繋ぎ止めんとするかのように。

「――君ッ! どうした? 大丈夫か?」

間近の顔へ、問い掛ける。

227番 > 「……こ、こわい……」

どうしたと問われて、絞り出すようにか細い声を出す。

眩しいぐらいに明るい場所なのに、何故か影を感じる。
何かに見られている気がする。おぞましい何か。
それは227にしか分からず、足りない言葉では説明することが出来ない。
体が震える。思うように動かすことも出来ない。
目の焦点も合わない、助けてくれた先生が、ぼんやりと見える。

ヨキ > こわい。少女が絞り出した言葉。
それを聞いて、ヨキの表情が険しくなった。

「……判った。今日はここまでにして、一旦戻ろう」

立ち上がる。そして――

「――失敬」

そう口にするなり、少女の身体を掬い上げるように抱き抱える。
少女の身体の震えを抑えようとするように、しっかりと抱き締めて。

踵を返す。一歩歩くごと、光が遠ざかっていく。
街並みが徐々に暗く、狭く、小さくなっていく。

「……そうか、怖かったか」

少女の耳元へ、囁き掛ける。

「済まなかった」

227番 > 答える間もなく軽々と持ち上がる。227はとても軽い。
そして落第街に戻ってくれば、謎の感覚からは開放される。

されど収まらない震え。これについては休息が必要だろう。

「ちが、ちがう、の……なにか、わたしを、見てて」

謝られて、しかし先生のせいではないと伝えたくて。
あの場では言えなかったことを、泣きの混ざった声で説明しようとする。

ヨキ > 「君を見ていた?」

振り返る。
歓楽街の通りを。
落第街の路地を。

確かに、いくつかの人通りはあった。
けれども、ヨキには特異な視線を察知することは出来なかった。
だからこそ、“外”への一歩を踏み出したのだから。

けれども。

「……そうか。君は誰かに“見られて”いるのか。
それはきっと……君を『227番』と名付けた者や、それに近い者やも知れんな」

何もない路地を、碧眼がじろりと睨め回す。
子を守る父のように。子弟を守る師のように。

「少し休もうか。どこか、寝床はあるかい?
今夜はヨキが一緒に居よう。たとえ怖いものが君を見ていても、君を守ってあげるから」

227番 > 「……名前を」

怖い思いをした。
でも、言う通り自分の過去に関わっている可能性は高い。
いつか向き合わなければいけない、そんな気もした。


寝床を問われる。
前に教えた人に、自分で最後にしてくれと言われたが……
どうやら自力で動けそうにもない。仕方がない。
あの人には、今度謝ろう……きっと許してくる。

「……ある、あっち」

震える指で方向を指差す。それを数回すれば、目的地にたどり着く。

「あの壁に、コンコンを、2かい、1かい」

ヨキ > 「そうだ。
君に怖い思いをさせないような人は、君に“ニイニイナナ”なんて名前を付けないんだよ。
……君が“ニイニイナナ”である限りは、きっと……こわい思いは、ずっとついて来る」

歩きながら、ゆっくりと語り掛ける。
少女の道案内に従いながら、毅然と路地を進む。

「――ここか?」

辿り着いた先。
周囲を窺うように見渡したのち――少女の教えに従って、壁を叩く。

227番 > 「でも、わたしには、これしかなくて」

しかし今日の出来事で本当の名前もあるのではないか……と少しだけ思った。
思い出した時、それを自分の名前だと思えるのだろうか……?


ノックが済めば、ガラスの割れるような音がして、穴が開く。
227にはよく分からなかったが、元の持ち主によると、魔術による偽装がなされているらしい。

電気も水道もないため、中は真っ暗。
何らかの方法で配置がわかるのであれば、
簡易ベッドと保存の効く食料が置かれているのがわかる。

ヨキ > 「『これしかない』のなら、自分で名前を作ってもいいんだよ。
名前の作り方がわからなくても、君と一緒に考えていく。
それがヨキのやっている、せんせいというお仕事なんだ」

少女の求めの通りにノックをして、寝床の入口が開く。
おお、と小さく感嘆の声を上げ――中へ足を踏み入れる。

暗い室内に入ると、スマートフォンを取り出す。
懐中電灯の機能を頼りに周囲を照らしながら、寝台の上へゆっくりと少女を横たえる。

「……さあ、今日は大変なことになったな。
犬に追い掛けられただけでも怖かったろうに」

床に直接腰を下ろし、少女を見遣る。

「今日あげたメモ帳の中に、ヨキが描いた君の絵も入ってる。
もしもまた怖くなったら、それを見てヨキを思い出して。
ヨキはいつでも、君を助けに行きたい」

227番 > 「……自分で……」

それも良いのかも知れないけど。自分の過去を知る手がかりを、
227は物事を覚えておくのが苦手だ。不要なこと忘れるようにしているためだ。
もし227というキーワードを忘れてしまったら、と恐れているのかもしれない。


ベッドに横たえられ、自分の場所に戻ってきたことで少しずつ震えが引いてくる。

「せんせいの、絵……」

もぞもぞと体を動かして、メモ帳の方をちらりと見る。
なんだか心強い。

「せんせい?……ありが、とう」

犬からの逃走、初めてのお絵かき、"外"と、色々あった。
かなり疲れてしまったのだろう。意識がぼんやりとしてくる。

ヨキ > 「無理はしなくていい。
君の楽しいように。君がいいと思えるように。
君が何を選んでも、どんな名前を選んでも――ヨキは君を応援しているから」

寝台に緩く肩を預けた格好で、少女へと語り掛ける。

「――どういたしまして、ニイニイナナ君。ヨキの大事な君。
ゆっくり眠るといい。次に君が起きるまで、ヨキはここに居るから。
安心して、おやすみ」

言って、再び少女の頭を撫でる。
スマートフォンの照明を最小限にまで落とし、優しく微笑み掛けた。

227番 > 無理はしなくていい。そのとおりだろう。
だから、今日は休まなければ。

「……おやす、み」

撫でられ、頭を軽く揺する。
フードが捲れて……猫耳が顕になったが、気にするほどの意識レベルがない。
不思議な安心感に身をまかせて、意識をフェードアウトさせていく。

ヨキ > 露わになった猫の耳に、しばし目を瞬かせる。
けれども獣人を見慣れていることもあって、すぐに意識を逸らした。

少女の呼吸が寝息に変わる頃、自分もまた穏やかに目を閉じる。
いつでも飛び起きられるように、肌に纏わり付いた緊張を緩めることはしなかったけれど。

朝になって、少女が目を醒ますまで――朝までの短いひととき、ここを寝床とする。

「…………、」

二つの寝息が揃う頃、スマートフォンの光もまたそっと消えた。

ご案内:「落第街 路地裏」からヨキさんが去りました。
ご案内:「落第街 路地裏」から227番さんが去りました。