2020/07/24 のログ
ご案内:「落第街 路地裏」に紫陽花 剱菊さんが現れました。
■紫陽花 剱菊 >
薄暗い裏路地に紫紺の光が乱反射する。
治まる頃に其の中央に居たのは、刀を携えた男が一人。
其の手には数々の器材、有体の言えば『兵共が夢の跡』
静かな足取りで、其処にいる少女に何時もの様に、近づいていく。
「……未だ、無事なようだな。あかね。」
■日ノ岡 あかね > 「まぁねー、25日の夜に『挑める』みたいだから、それまでは無事だと思うわ」
気安く笑う。
まぁ、誰かに阻まれる事がなければ……だが。
「細かく私を見に来てる暇があったら、他の人の相手したほうが多分いいわよ? さっきもジェド君が死んだみたいだし」
そう、構成員の一人の名前を出す。
異邦人のリザードマン。
■紫陽花 剱菊 >
「……いよいよ以て、明日か。」
一刻の猶予も無く、最後の時が迫っている。
未だ救えた命も無く、手元の器材…『デバイス』達を一瞥した。
静かに少女へと近づいて、其の顔に視線を合わせた。
「まさに、激動だな。……嗚呼、分かっているとも……。」
其れでもやはり、より一層彼女の事が気になってしまった。
其れはきっと、己の人としての我儘か。
異邦人の名を出させると、表情に憂いが帯びる。
「……嗚呼、道中最中、見えた。……"強者の顔"をしていたよ……。」
島を駆け抜ける最中捉えた、"戦士の死に顔"。
其れは、武に生きる剱菊だから理解出来た死に顔。
其れは、己の世界で"よく見かけた"からかも知れない。
……彼と言葉を交わした記憶は一切ない。
だが、あの顔を見ていると、彼を"止める"事は出来なかったかもしれない。
死に場所を違えた戦士程、見るに堪えないものは無い。
『デバイス』を握る手に、力が入る。
「……時計塔の方も、"一歩及ばず"……確かに"斬った"手応えは在れど、救えはしなかった……。」
あの数字の名を持つ少女が来る直前、確かにあの生徒は存在した。
名も知らぬ、顔も知らぬ、事情も知らぬ男子生徒。
此の目で"流れ"を捉えて、確かに一刀、『死』へと届いた。
しかし、断ち切るに至らぬ鈍ら。
……脳裏に未だ、覚えている。ジェドと同じように、満足げに『跡形も無く消えてしまった』男子生徒の、顔が。
後悔、無念。未だ此の胸に残り続けている。
きっと、あの時227番が来なければ、唸る程度はしたかも知れない。
■日ノ岡 あかね > 「まぁ、相手が相手だからね。『トゥルーサイト』時代は構成員に不死を謳う異能者もいたけど……あっさり死んだわ。人の世界の理屈でどうこうなる相手じゃないのよ」
だからこその、『真理』……だからこそ、あかねたちはそれに縋る。
理内の法則の悉くが、あかねたちを救わなかった。
故に理外の法則に頼る。
これは……それだけの話でしかない。
簡単な消去法なのだ。
それが、どんなに絶望的な賭けだとしても。
「時計塔……コウタロウ君かしらね? まぁ、誰かを救おうと思うなら、片手間じゃ無理ってことよ」
あかねは笑う。
どこか、疲れたように。
あかねからしても……知人が大勢死んでいる事に違いはない。
思うところは当然ある。
「リスクと責任を負わなきゃ……誰も救えたりはしないわ。命を助けるって立派な事だけど、助けたあとのケアとか多分考えてる人……この島少ないでしょ?」
肩を竦めて、あかねは微笑んだ。
柔らかく、優しく。
■紫陽花 剱菊 >
「……心得ている心算だ。だからと言って、今更止める事はしない。
然れど、"通った"。一手、追いついている。」
理外の怪物。
刃を通して、あの時感じた"悍ましさ"。
『理外』とはあれ程のものか。
あれを、自らの体で受け入れようとするので在れば、自明の理と言わざるを得ない。
本当にどうしようもない絶望だが、剱菊は同時に"希望"を捨てた訳ではなかった。
第弐之刃。己の異能は、真理には通った。
即ち、"一手"近づいた。成らば後は、詰めるのみ。
其れが見えない道だとしても、既に退路は無く、活路は先にしかない。
「……、……コウタロウ……。」
脳裏にあの生徒の顔が蘇る。
辿り着いた時、己を見なかった、否、あの胡乱な白は……。
「……彼は、"見えなかった"のだな……。」
目が、見えなかった。
故に、此方さえ上手く視認できなかったのだ、と。
そして、あの時、消える瞬間に見せた満足げな顔は……己を見ていた。
「……だが、届きは、した。したはずだ……。」
其の一歩が、届かなかった。
強く奥歯を噛み締めた。己の無力さ。
そして、其れを振り切るように頭を振った。
無念なのは、己だけでは無い。
きっと、彼女はもっと、以前と同じくして……だから、思わず。
「……済まなかった。」
謝って、しまった。
コウタロウだけではない。
救えなかった命に、其れに辛い思いをしている彼女に。
「…………無責任に見えるか?私は……、少なくとも、私は助けた後の希望になり得る心算は在った、が……。」
「島全体の話をされるので在れば……一言、気軽に返事はしかねるな……。」
そうだ、と言い切れるほど全てを知り得る訳では無い。
だが、彼女が言う程冷たき世間体なのか、此処は。
■日ノ岡 あかね > 「通ったとは思わないけどね、私は」
事実として、コウタロウは死んだ。
今も構成員は死に続けている。
あかねは素直にいえば、剱菊の行いは無為と思っていた。
全く同じといえずとも、『死』を打ち消す形で、宛ら毒抜きのように旨味だけ享受しようという考えは当然『トゥルーサイト』の頃からあった。
だが、悉く失敗した。故に……剱菊も近づき過ぎればその二の舞になるとあかねは思っている。
ただ、自分も無為同然、自殺同然の賭け事をしているのでいちいち言わないだけだ。
それで剱菊が死んだり、無茶苦茶な負傷をしたならいくらでも小言を言うだろうが……現状ちゃんと五体満足である以上、彼の『趣味』を止める理由はない。
男の趣味は女には理解し辛いとよく言われるが、これもその一つなのだろう、程度にあかねは思っていた。
「まぁ、コウタロウ君は目が見えない事ばっかりは中々隠すのが難しいから……苦労してたわね。サングラスもあんまり意味なかったみたいだし」
光を失った男。それを取り戻す手段が彼には無かった。
あらゆる異能も科学も魔術も、彼の光にはならなかった。
無論、代用手段はいくらでもあった。
だが、その全てが『不自然な代用』でしかなかった。
それで満足できなければ……もう、頼る先は多くない。
「助けた後の希望って……具体的に何? 助けるって今回の場合、だいたいは『願いを諦めろ』になるわよ? そうしないと死ぬんだから」
剱菊が願いだけ叶えさせて死だけ遠ざけさせようとしていることはわかる。
だが、現実的にほぼ不可能だ。
そうなると、命を助けたあとは……『願い』は諦めてもらう事になるのが普通になる。
そうやって命を救われた人員は既に何人か今回はいる。
彼等は『願い』を捨てても良いと思えるほどの『救い』を提供されたか……『諦め』が『願い』を上回ったのだろう。
いずれにせよ、それは重い選択だ。
「私からすれば……命だけ助けようって考えは無責任に思うわ。まぁ、コンギクさんはちょっと考えが違うみたいだけど……とりあえず命があればなんとかなるって思ってる人は……多そうに思えない?」
あかねは笑って、小首を傾げた。
■紫陽花 剱菊 >
「…………。」
「進まぬよりは、充分手応えは在った。」
其れが無為と思われていようが、構わない。
所詮此方の理屈と言われても其の通りだ。
『無理を通せば道理が引っ込む』
其れを地で行かなければ通じない程に強大な相手。
現に、『死』に刃は通った。
毒抜きは可能だと、己の異能は一歩入ったと思いたい。
────だが、あかねの言うように生命は救えなかった。
其の限りない遠い一手を詰めない限り、無為な行為に過ぎず
同時に、実証無き言葉は強がりにしかならない。
「…………。」
「君達は、『始まってすらいない』……。」
「命が在れば、人は生きられるが、志無く、導も無く、徒然のまま生き続けるは、死と同義……。」
「…………。」
あかねの言葉を借りるので在れば、きっと其の欠落は『穴』だ。
如何様に何かを詰め込もうと、通り抜けていく。
人として満たされぬが故に、生きて居ようと唯人生を"浪費"するだけの生ける屍。
あの時、死ぬと分かっていた彼が、コウタロウが『満足』したのは、死の間際に漸くその『穴』を埋めれたから、なのか。
そして、『願い』を諦めて生きる事は、其の『穴』を一生……。
もしかしたら、塞がるかもしれないだろう。
だが、生涯を賭けねばならない程の欠落を、人一人の生涯を賭けて埋めれるかどうか。
剱菊には、皆目見当も付かない。
「……然れど、人に『生きててほしい』と思うのは
……誰しも言を俟たない事だと私は思うよ。」
そうしなきゃいけないと分かっていても、其れは人が持つ当たり前。
彼女にとってきっと其れは無責任なのかもしれないが
剱菊は、其れを無責任、と吐き捨てる事は出来なかった。
現に自分は、彼らに、あかねに『生きて欲しい』と願っているから、愚行を繰り返す。
だから
「……もし」
これはもしもの話。あの時、陽光の下で話した事の延長線。
「……もしも、明けぬ夜に、本物の日天子の日差しと変わらぬ明るみを持ったものが、君の前に現れたとして……。」
「泣き疲れ、明けぬ夜に辟易とした頃に、やってきて。きっと生涯、其の生に何かしら変革を齎す。」
「……然れど、本物に非ず。飽く迄、"同じ"と言うだけ……其の時君は……。」
「……"君"は、『諦めて』其の者と共に、生を歩めるか?」
静かに、言問うた。
ただ、剱菊自身は愚問だと思っている。
自分の知っている、"日ノ岡 あかね"成れば……恐らくは……
予想通りの、答えが返ってくると思っている。
■日ノ岡 あかね > 「『願い』を諦めても良いと思えるくらいにそれが魅力的だったら……きっと私もそうするわ」
あかねは、笑った。
実際、『願い』といったところで……それはその当人にとっての一大事というだけのこと。
傍から見れば何でもない事もある。
気付かれもしない事もある。
だから、あかねは……もし、そうなったら素敵とは思っている。
実際、そうして『助けられ、救われた』という『トゥルーバイツ』の人員も……恐らくは何人かいるのだ。
彼等は恐らく……『真理』や『願い』よりも、大事な何かを見つけたのだろう。
なら、それは……心から祝福できること、喜べること。
あかねは……だから、『デバイス』という形にした。
土壇場でも引き下がれるようにした。
『トゥルーサイト』の時に出来なかったことを……そうする形で、やろうとしたのだ。
「『生きてて欲しい』と思われる事も、思う事も……きっと、尊いこと。だけど、誰かにそう言うなら……責任を負わないとダメよ。その人の生に」
あかねは笑う。
今回、それはあかねにとっても『嬉しいこと』だった、『楽しいこと』だった。
だから、あかねは呟く。
切なる願いを持って。
「関わらなきゃ、嘘よ」
柔らかく、目を細めながら。
「人を救う事は……重いこと。時に罪深い事。それを……一人でも多くが知った上で、誰かに手を伸ばす勇気を持てるのなら」
あかねは、笑った。
「きっと、世界はいつまでもどこまでも……素晴らしいままで居られるわ」
■紫陽花 剱菊 >
「───────……。」
ばっさりと切り捨てられると思ったが、彼女は笑顔で言ってのけた。
腑に落ちる答えだ。嗚呼、そうか、そうだな。
夜も更け、長く、星空は爛々と月と煌めいている。
……嗚呼、本当に静かな夜だ。
誰かの『願い』、『罪深さ』
「……そう、だな……。」
多くを救おうとした。
命を賭す者たちに『願い』だけを与えるために駆け抜けた。
其れでも尚、多くが手から抜け落ちていく。
人を斬る事は出来ても、救えぬ男だ、と自嘲する。
……────否、違う。
決意<わがまま>はそうだ。
けど、紫陽花 剱菊<こじん>としての我儘は、違う。
青白い月輪を一瞥し、微笑んだ。
……嗚呼、そうだな。
あの時と同じ、初めて出会った時と同じ、夜の様に深い瞳に、目を合わせた。
「……あかね……。」
彼女の手を、取ろうとした。
何時もの様に、鉄の様に冷たい手で。
「……私は大概、欠かれた男だ。未だ至るか如何か、分からない。」
「……あの屋上で"話してくれた"時からずっと
君の事を知ってしまった時、宵闇にずっと手を伸ばして……
……私は君を護りたいと、強く惹かれた。見捨ててはおけぬ、と。」
「"泣いてる少女"の涙を知った。一人、誰とも関われぬ夜に居る事を……。
唯の庇護欲だったかもしれないが、今は確かに、私は『日ノ岡 あかね』を愛している。」
「此れは、私の我儘だ。自覚し、敢えて申し上げれば……
だからこそ、君にだけは『生きていて欲しい』」
「君の不足を知り尚、私は生きて欲しいと願う
……其の不足を、補って余りある男に必ず成る。」
「……君の生涯の全ての責任を背負う、必ず。私は、君と共にいたい。」
あの時迫った時とは違う、もっと純粋で、そして、我儘で……だから……。
「……私が君の『願い』になる。だから、共に行こう。何処までも二人で……君と一緒なら、私は何処までも行ける。」
「……来てはくれまいか?いっそ、二人で島の外へ……。」
今の己の言った言葉が、どれ程罪深いものか理解した上で、彼女の今の『願い』を諦めさせようとしている。
如何なる生涯だろうと、背負いきって見せると、言ってのける。
『日ノ岡 あかね』だからこそ、何処までも……嗚呼、其れに……。
■紫陽花 剱菊 >
「明けない夜の世界でも、君を"ちゃんと笑顔"にする。
だから、もう……無理して笑わないでくれ。
……泣くべき時に泣いて呉れ……私が傍にいる……。」
どうせ、明けない夜でも、二人ならきっと退屈しない、させない。
二人で共に、夜を駆けよう。其れはきっと、素晴らしいままの世界だと思うから。
■日ノ岡 あかね >
「……」
■日ノ岡 あかね >
「一回は我慢したけど、今回は二度目よ。だから、ちゃんと聞くわね?」
■日ノ岡 あかね > そう、一拍おいてから……あかねは剱菊の目をみた。顔をみた。
目を逸らさず、それでいて……笑みを浮かべず。
覚悟を問うように、尋ねた。
■日ノ岡 あかね >
「それは私に『日ノ岡あかね』を辞めさせるってことだけど……それがわかっていってるのよね?」
■日ノ岡 あかね >
あかねは……静かに問うた。
答えを待つ。
ただ、静かに。
■紫陽花 剱菊 >
「…………。」
そう、『日ノ岡 あかね』は、『始まってすらいない』
彼女が如何に全てを投げ打って、罪を背負って、何時も笑って、どんな気持ちでこの場にいるのか。
わからないはずもない。彼女が、"如何して此処迄している"のか。
己は全て、知っている。
だからこそ、其れでも尚……多くの約束を、違えることになっても……。
剱菊は静かに、真剣に、唯、真っ直ぐに、夜の瞳を見据えた。
■紫陽花 剱菊 > 「──────……嗚呼。」
■紫陽花 剱菊 > 「"君"だから、そう言った。二言は無く、理解した上で、申し上げた通りだ……。」
■紫陽花 剱菊 >
其れが、一個人の決意。
如何なる意味を持っているか理解しているからこそ
其の全ての罪させ背負い、彼女と共に、歩んでいく決意。
■日ノ岡 あかね > 「……」
あかねは、笑みを浮かべなかった。
目を細めもしなかった。
虚無そのもののような顔。
生気はなく、死もない顔。
笑わなくて良いと剱菊は言った。
無理はしなくて良いと剱菊は言った。
だからかもしれない、そこにあったのは。
「そう」
まさに……生きた屍だった。
何もかもを諦めた少女だった。
何もかもに絶望した少女だった。
『楽しみ』すらも擲った誰かだった。
そう、好きでこんな事するわけがない。
本当ならもっと違う形で、もっと楽に、もっとスマートに『願い』を叶えたいに決まってる。
でも、それは叶わない。
だから、あかねは、日ノ岡あかねは。
『みっともなくめそめそ泣いて生きる』なんて『ダサい真似』をしないために。
『生を掛けてでも挑み続ける日ノ岡あかね』を『楽しむ努力』をしてきた。
でも、そんなことはしなくていいと……この男は言った。
だが、それは……結局のところ。
■日ノ岡 あかね >
「じゃあ、わたし じゃなくても いいでしょ」
■日ノ岡 あかね > 淡々と呟いた。
あかねではない誰かかもしれない。
それは、『日ノ岡あかね』の内側だった。
後ろ向きでも無理にでも前を向く誰かの内側だった。
それしか道はないのだ。
笑うしかない。進むしかない。なぁなぁで済まさないためには。
『見て見ぬ振り』が出来ないのなら、『笑って前を向き続ける』しか道はない。
それを……実行し続けてきた。
それを……実践し続けてきた。
行動し続けた。動き続けた。前に進み続けた。
その先にあったのが『真理』だったというだけ。
あかねは、たどたどしい言葉で続ける。拙い言葉で続ける。
発音が揺れて、聞き取りづらい言葉。
それを遠慮もせずに、剱菊に投げつける。
「わたし、いったじゃん。ひのおかあかね と また であってくれますか って」
笑いもせず、淡々と。
「それ、うそ なんだ」
■紫陽花 剱菊 >
「…………。」
知っていたとも。
日ノ岡あかねが、無理をしていた事も。
そうでもしないと生きられないような世界だったという事も。
全部知った上で、そう言った。
そして今、其の内面を知った。
……嗚呼、此れほどまでに虚構が渦巻いていたのか……。
仮面の裏に隠されていた、彼女の絶望を、紐解いた。
酷く後悔に苛まれている。
今、彼女の『希望』を全て奪い去った罪が、肩の伸し掛かる。
……何て重い。押しつぶされて楽になった方が良いとさえ思える。
だからこそ……
其の目を、見据える。
顔を背けない。ただ、じっと少女の顔を見つめる。
握った手を、離さないようにじっと、夜の瞳に己の顔を映し続ける。
<彼女と大喧嘩する覚悟で盤面をひっくり返してやるしかないじゃん>
ああ、そうだよ十架。今、手をかけてしまった。
だからこそ、此の罪を背負って……────今こそ本当に、向き合う。
「"日ノ岡 あかね"」
始まってすらない少女の名を呼んだ。
其れしか知らないのも在る。
だが、剱菊にとって目の前の彼女も紛れもない"あかね"だと信じている。
「私を見ろ、"日ノ岡 あかね"。」
「……嗚呼、言った。約束した。全て、約束した。"あの言葉"も……偽りは無い。」
言葉自体に、偽りは無い。
「其の上で、言った。私が其方の『希望』になると。」
「……此れが出会いとは言わない。約束を果たしたとも思わない。
夜に惑い、今も尚絶望に打ちひしがれた夜の少女……。
涙も枯れ果てた、と承知の上で、敢えて問う。」
「此の一面もまた、"日ノ岡あかね"ではないのか……?」
「綺麗事だと、戯言だと誹られても、東雲を夢見て笑っていた『日ノ岡 あかね』も」
「此処にいる『日ノ岡 あかね』も、同じでは無いのか……?」
「私は、君だからこそ此処にいると言った。君だからこそ、今迄無茶も出来たやも知れぬ。
……其れは今でも変わらない。君の絶望を理解した上で、だ。」
此の深い夜に、手を伸ばす。
"そこ"にいる少女に、今度こそ手を伸ばし始める。
■日ノ岡 あかね >
「じゃあ いますぐ わたしのねがい かなえてよ」
あかねは多くを語らなかった。
相手を責める様にそういった。
「『きぼう』なんでしょ? 『しんり』より、いいこたえ あるの?」
酷く短くそう区切った。
本来、口を開くのも難しいのかもしれない。
あかねに半ば脅迫して事実を聞き出した剱菊なら分かる事と、あかねも甘えているともいえる。
いや、もう恐らく、単純に取り繕っていない。
気遣いは普通はある程度して当然のこと。
それもしないでいいなら、こうなる。
「なんか すくう とか たすける とかいうひとたちって そこのこと むしするわよね」
かつて、そう言う手合いはよく見てきた。
『トゥルーサイト』時代にもいた。
その前にもいた。
地下教室から出てきてからもいた。
「おなじこと いうんだ」
だから、あかねは……『頼るの』をやめた。
みんな、そうやって『憐れむ』から。
みんな、そうやって『ヒーロー』に『なりたがる』から。
「からだめあてなら べつに いっかいくらい、いいけど?」
平手をくれた理由。
ようは、そういうこと。
つまらなそうに、制服のボタンに手を掛ける。
顔は見たまま。
■紫陽花 剱菊 >
そう、彼女ならそう言うだろう。
其処迄して頼る先が其処しかない事も知っている。
だからこそ、其れを奪った。奪おうとしてる己の罪を
責められて然るべきだと思っている。
口を開くのも難しい理由も、自ずと理解している。
「…………。」
制服のボタンに手を掛ける手を止めた。
強く、握ろうとした。
震える手でしかと、止めようとした。
「──────……見損なうな、と言うには余りにも私の"一言"が罪深いのは理解している。」
充分過ぎる程、彼女を失望させる一言だ。
其れでも尚、"顔は見てくれている"。
なら、其のまま見て居ろ。
朗らかな陽の光もなく、真剣に、険しい表情で、絶望と向き合う。
「そうだ、"あかね"。初めて出会った時から、君の事はまるで、得体の知れない何かだと思っていた。
……毒婦と誹られても、君は笑って死地と知りながら、目的へと走っていたのだと、後に知った。
その裏に"君"がいた事も知り得た。そうとも、あれは脅しだ。……事実、"物の怪"で在れば殺すつもりだった。」
得体が分からぬからとった強行策。
開けた先に見えた夜が、此れ。
ああ、そうだ。脅しておいて"なんて酷い男だ"。
「…………!」
だから、目を、見開いた。
「……君がどれだけ苦節を重ね、己に"嘘"を突き続け、耐え忍び此処迄来たかは想像絶するのだろう……。
何くれとどれ程の苦渋を舐めさせられて此処にいたのか……私如きには、語る事さえおこがましい……!」
英雄に等、なろうとは思わない。
嗚呼、でもこの少女を憐れんだのは間違いない。
其れが優しさから来ているとしても、彼女は其れが嫌だった。
だとしても。
響かない声を、張り上げる。
其れでも必死に、彼女へと訴えかける。
「ただ、『願い』を叶えるだけなら其れこそ"準備"をし、一人で終わったはずだ……!
何故、今更になって縁を求めた。『帰る場所』を用意した……!?
君こそ、余り己の縁を舐めない方が良い……例え、今の君でさえ彼等は"普通"に接したろうに……!」
憶測と言われればそれまでだ。
だが、人は其処迄捨てたものでは無いと知っている。
誰しもが持つ、陽の温もりを持っている。
きっと、彼女が紡いだ縁だって、そのはずだ。
「……己の欠落を埋まらぬから、集まった同志だと君は言った。
だが、『思いとどまる』可能性は残したはず……。
それは、君とて同じでは無いのか……?」
「それとも、『死にたくもない少女』に『生きろ』と願う事が、そんなに罪か……!?」
感情的にもなる。
我儘だから。そう、全部己の我儘だ。
彼女に『生きて欲しい』と願う我儘。
悲痛ともとれる。だが、憤りも混じるのは、"本気"で彼女を思っているからだ。
「嗚呼……憐れまれるのが嫌だから"強がる"等と選んで……!
そこまでして、君は……君の周りにいる人が信じられなかったか……?」
「そこまでして、『死にたかった』のか……?」
それとも。嗚呼、それとも……。
「──────あの時見せた涙さえ、強がりの"嘘"なのか……?私の、思い違いか……?」
あの時、あの廃墟で、陽光の光に薄らと輝いていた目端の雫。
あれは確かに、涙だった。
希望を持っても良いと、退路を用意していたのは、自分だってそうじゃないのか。
必死に、深い深い夜の底へ、彼女の下へと飛び込む。
如何に深い沼か見当も付かない。
其れでも尚、諦めずに訴えかける。
陳腐だろうか、そう見えるだろうか。
所詮我儘だから、そう見えても仕方ない。
これは、日ノ岡あかねを死なせたくない願い<わがまま>なのだから。
■紫陽花 剱菊 >
だからこそ、多分これはきっと使い古された言葉。
彼女にとっては、何度も何度も、飽き飽きするくらい聞かされた言葉なのかも知れない。
陳腐で、ありきたりで、月並み程度の言葉。
敢えて、敢えて言う。
「──────其の穴を埋めると言った。君の"事実"を知った上で、だ。例え、明けぬ夜であれど、其処に"希望"が、『日ノ岡あかね』が、皆と『常しえに暮らせる明日』を必ず用意する。」
■日ノ岡 あかね > 「しにたいわけなんて!! ないでしょ!!」
あかねは、叫ぶ。
叫んだ。泣きながら、涙を流しながら。
思いきり、思いきり叫んだ。
「しんじられるわけないでしょ! しんじて しゃべったら!! アナタは わたしに なにをしたの!?」
泣きながら、あかねは笑った。
普段のような笑みではない。
本当に、泣き崩れた笑み。
子供の泣き顔。
そう、あかねだってたったの18歳。
まだ、成人してもいない。
それでも、それじゃあ足りないから。
『頑張った』だけで。
「なんども! なんども!! そうやって、『みんな』! てのひらかえして!! たすけるとか、すくうとか、てつだうとか!! くちだけで、ぜんぜん! なんにも、してくれないで!!!」
だから、あかねは一人でやった。一人で計画を進めた。
あくまで利益で人を釣った。信用だの信頼だのなんてものには頼らなかった。
いつも、利益で取引した。
その利益を元に得た背景や相互理解で、障害は言葉と理屈で排除してきた。
そして、その必要がない人達にはなるべく……『親切』にしようとした。
出来ていたかどうかはわからない。
でも、あかねも別に他人が嫌いなわけじゃない。むしろ好きだ。
一人はいつだって寂しい、哀しい、辛い。
だから……『戻れた時』の為に、積み上げてきた。
土壇場で『邪魔』をされない為に、なるべく盤面を整えてきた。
でもそれは。
そこまでしなくても『誰かやってくれるだろう』と一切『期待』も『信用』もしていないからに他ならない。
座っているだけで、そこにいるだけで、餌が貰えるならあかねもきっとそうしたろう。
だが、現実はそんなに甘くない。現実にそんな好都合はありえない。
わかっている、だから、あかねは。
自分からそうした、行動し続けた、語り掛け続けた、手を伸ばし続けた。
いつか、誰もがそうして。
いつか……自分にも届くことを願って。
「あげく、なにそれ? それってつまり」
あかねは、笑う。
泣きながら、笑う。
「『あきらめろ』ってことじゃん、わたしが『ほしいもの』はあきらめなって、いってんじゃん」
みっともなく、泣きながら。
「せんしがしんだ とか なら しなせるくせに わたしのほこり とか わたしのねがい とか にのつぎなんだ」
あかねは、立ち上がる。
背を向けて、涙を袖で乱暴に拭って。
■日ノ岡 あかね >
「ほんと、みんな ぜんぶしゃべると おなじこと いうよね」
■日ノ岡 あかね > その言葉を最後に、あかねは走り出す。
音もなく、廃墟の闇の奥に消えていく。
あっと言う間にその背は見えなくなり……残されたのは剱菊だけ。
月明りだけが、男を照らしていた。
ご案内:「落第街 路地裏」から日ノ岡 あかねさんが去りました。
■紫陽花 剱菊 >
ああ、そうだ。そうだとも。
彼女はまだ"少女"なんだ。
誰も彼も、彼女を畏れた物言いをする。
でも、此れが彼女の本音に他成らない。
嗚呼、知ってるよ。知っているとも……そうだな。
「─────……。」
甘んじて、其の叫びを受け止めた。
嘆きを、憤りを、本音を全て、一身に受け止めた。
受け止めねば、"此処迄した意味がない"。
……そうだろうな、今までやってきたことを省みれば、彼女にとって"余計な事"だったんだろう。
「…………。」
一人残された暗闇で、少女の背中を見送るしか、出来なかった。
「……ふ。」
嗤った。自嘲した。
あの平手を受けた時よりも、内出血をしたかのように、痛みが胸に広がっていく。
「『掌返し』……か。」
『真理』にしか希望を見出せなければその他不安要素は一切そうだ。
今更代わり何て、在りはしないと思ってるからこその言葉。
「……思ったより効いたぞ、十架……。」
何せ、紫陽花剱菊でさえ『個人とちゃんと向き合った』のは初めてなのだ。
今迄の一切合切、刃として握られるか前に立つか、其の程度でしかない。
そして、己は全てを知り得乍ら、敢えて彼女の奥へと踏み込んだ。
人と向き合う事が、此処まで難しく、そして、痛いものか。
……だが……。
「……『希望』は在る。」
もう、其れしか見えない……否、きっと見たくないんだろう。
半端な希望はただの絶望だ。毒だ。
彼女は其れを、嫌でも知っている。
其れでも尚、知っている。
『今の願いを諦めて、日常へ戻った者たちがいる』
つまり、其れこそ別の希望を見出せたからに他ならない。
其れは、彼女だって同じはず。
「…………。」
月光を乱反射し、刃の様に鋭い光が"宵闇の奥"を見据える。
「─────止める。」
「『真理』如きに、他の誰にも渡さない。死なせはしない。」
猶予は無い。
だからこそ、"次"が勝負。
全身全霊を以て、彼女を止める。
幼い少女が、其れを"全て"と語らせはしない。
例え、明けない夜だろうと、其れを切り裂き
『希望』となって現れる。
稲光が爆ぜると、夜を追いかける様に稲妻は駆け抜けていった。
ご案内:「落第街 路地裏」から紫陽花 剱菊さんが去りました。