2020/07/25 のログ
ご案内:「落第街 路地裏」に羽月 柊さんが現れました。
羽月 柊 >  
カツンと音が鳴る。

ヨキと別れ、"向こう側"の道を通り、なんてことない路地に一旦姿を現す。
もう夜も遅いが、『トゥルーバイツ』に対して
己の出来ることを探す為、少しの間ぐらいは寝る間を惜しもう。

最悪、この街に潜む古い知り合いを頼ってでも。

しかし闇雲に人気の居ない場所を探し回るにしても、アテは無い。
多少の範囲の生体感知ぐらいは出来るが、ただそれだけだ。

羽月 柊 >  
「……『真理』か。」

そう呟き、仮面を被った男は僅かに視線を走らせ、
懐から"デバイス"を取り出してくる。

出村 秀敏のデバイス。

不躾ながら、空間格納の魔具に死体を入れる前に、身分を検めた。
傍らの小竜たちが聞き取る限り、『妹を取り戻す為』に『真理』に手を出した。

デバイスの構造は分からない。

自分は『トゥルーバイツ』の求める『真理』とやらに興味は…無い。


だからこそ風紀委員に提出してそこで終わりだと思っていた。
けれど、終わりにはならず、まだ手元にデバイスを持ったままであった。
死体もまた、空間収納の魔具に入れっぱなしで、鞄の中だ。

無言で柊はデバイスを見つめる。

確かあれは、こんな風に――起動していた。


そう思い返しながら、男はそれの表面を撫でる。

『写し鏡、宿り木の水滴、水面に映る世界』

そう言霊を紡ぐと、自分の記憶から、
デバイスが起動していた状態を"外側だけ"再現した。

デバイスは、怪しく光る。

ご案内:「落第街 路地裏」に紫陽花 剱菊さんが現れました。
紫陽花 剱菊 >  
裏路地の暗闇を、静かな足取りで男が歩く。
共に歩いた少女と一度別れ、風紀と公安の追手を撒く事にした。
合流先は決めている。
今日の夜で、身を休める場所。
故に、男は無音で、音を立てずに動いてた。
だからこそ、柊の前に、其れは暗闇から突如這い出たように見えるだろう。
青白い月明りを浴びた、穏やかな顔をした男が、一人。

「……どうも。」

如何にも、追手と言う雰囲気ではない。
故に、剱菊は柊に会釈した。
手元に在るのは、あかねの同志が持っていた『デバイス』

「……其方は、あかねの同志……か?」

羽月 柊 >  
"起動していた"ように見えたそれが、剱菊の登場により、静かになる。

黒いスーツに竜を模した仮面。
差し込む月明りに照らされ僅かにその髪が紫色に。
傍らには、白い小さな鳥のようなモノ、使い魔か何かか。
魔術のあった世界に居た剱菊には、馴染み深いかもしれない…魔術師に近い雰囲気。

だが、彼には腕章は無かった。

林檎に噛みつく蛇はその腕に持っていなかった。


「……こんばんは。」

男は静かに、淡々と言葉を返した。


――あかね。

確か自分が最初に出逢った『トゥルーバイツ』の1人は、そう名乗っていた。

――日ノ岡 あかね、と。


だが、柊は彼女が此度の首謀者であることはまだ、知らない。


「……同志に見えるか?」

男はそう問うた。剱菊の出方を見るように。

紫陽花 剱菊 >  
仮面で表情は見えないが、雰囲気は妙な懐かしさを感じる。
自分の世界で繁栄した理外の術。
此れは、陰陽道……平たく言う魔術に近しい気配。
ともすれば彼は、術師か。傍らの物の怪は、彼のもので相違なさそうだ。

「…………人は見かけによらぬもの。
 然るに、斯様申し上げるので在れば、けだし違う、とは。」

確かにあの腕章は無い。
全ての『トゥルーバイツ』が其れを持っているとも限らない。
ただ、直感的に言えばそうではなさそうだ。
……"渇望"とも言うべきか。
そうでもしないと得られないという『願い』、熱意を用いて居るには
柊は、些か冷静過ぎる。剱菊はそう感じ取った。

「……では、其の『デバイス』は……拾い物か。
 公安や風紀の者々の様には見えない……其方は何者だ?」

羽月 柊 >  
仮面の奥で覗く桃眼は真っすぐに剱菊を見ている。
相手を見極めようとしている。
傍らの小竜たちも警戒を解いておらず、男の周りを飛んでいる。

妙に古い言い回しだ。
こういう時自分が学者の徒であることを感謝する。

「……人に正体を問う時は、まず己が名乗るべきではないか?」

矢継ぎ早に来る質問に、どこか相手に焦りのようなモノを感じる。
自分が止める為に対峙する相手側ではないのは確実だ。
なんの意図を持って話しているのか。

だからまず、問いに問いを返した。

「このような場所では何を明言しようと確証には薄いかもしれんが、
 君が"あかね"と言う相手が何なのか。
 
 ――俺が知っている"あかね"と同じなのか。」

同志、と言ったのだ。
だから、問うた。

紫陽花 剱菊 >  
ある程度其の目に自身が在れば、男と佇まいは凛然としていた。
行住坐臥を武に置く男は、常に其処が呵責無き戦場。
故に、好きは無く、静かな眼差しが仮面を見据えていた。

「……失礼。」

其れとは裏腹に、実に穏やかで静かな声音だった。
そう言われれば謝罪と共に一礼し

「……紫陽花 剱菊(あじばな こんぎく)。如くは無き男……。」

静かに、名乗った。

「渦中の少女、『日ノ岡あかね』他成らねば、恐らくは其方の思うあかねと同じ……。」

「私は、彼女の"共犯者"。故に、共に『真理』へ向かう……日ノ岡 あかねを生かす為に」

「私が、彼女の『願い』を叶えるために。」

静かに、ただ静かに全てを、在りのままを答えた。
嘘を吐く程のものでなく、男に表裏も無い。
とにもかくにも、"急いでいる"のが大きいだろう。

羽月 柊 >  
「……共に『真理』へ向かうというに、生かすというのか。」

仮面の男の語調は、"計画"の一端を知っていると語る。


例え剱菊の佇まいは静であったとしても。

言葉が急いているように感じた、ただそれだけだ。
だから、焦りを感じるように思えた。

「――俺は羽月 柊(はづき しゅう)。しがない研究者だ。
 君が"共犯者"というなら、俺はその対岸に位置するモノだろう。

 "日ノ岡あかね"とは一度逢った限りだが、
 その思惑で死ぬ命を一つでも"拾い上げる"為に……動いている。」

場合によっては戦闘になる可能性も考慮する。
もし剱菊が魔力を感知できるなら、男の魔力は仮面とその両手に集中している。

デバイスを持っていない方の片手は、いつでも鳴らせるように構えている。

――男は、"音"で魔術を構築するタイプだからだ。

紫陽花 剱菊 >  
柊の言葉に、剱菊ははにかんだ。
寂しげで、儚げな男の笑顔。

「……『生かす』だけなら、力尽くでも止めるべきだったんだろう。」

事実、無理にでも止める事は可能だっただろう。
如何なる術を修めていようが、百戦錬磨の戦人。
真正面と言わずとも、不意打ち、寝首を抑える事は幾らでも出来た。
けど、"出来なかった"。"出来るはずも無かった"。

「……私には、出来ない。『斬れない』……彼女は、ただの女子に過ぎず……
 ……静寂の夜で、夜明けを待ち続けて泣いている……。
 やりたくもない事を、やらなければ、夜明けは訪れず……私は、彼女に『何もしてやれなかった』」

全てが、遅すぎた。
後悔を口にしても始まらない。
初対面でいきなり、と思うやも知れない。
然れど、真摯に彼女を思うからこそ、自ら真摯に、思いの丈を口にする。
柊に向き合い、そして何より、"同じ考えを持っていたから"。

「……何も聞こえなんだ。あかねは、自分の声も、世界の響鳴も……。」

「成らば、せめて……私が出向き、彼女の『願い』を拾い上げるのみ……。」

彼女を生かす為の、最後の手段。
己のみが、死地へと向かう。

「……私も一時、其の様に同じ事を考えていた。
 一人でも多く、あかねの同胞を救わんと、駆け抜けた。」

「……結局、其れさえ、叶わなんだ……。」

無力さに、頭を振った。
黒糸のような髪が、僅かに揺れる。
其れでも、尚、"譲れない生命"が其処に在る。

「……せめて、あかねは。彼女だけは生かしたい……。」

「私が、愛した女性故に……。」

紫陽花剱菊、個人の我儘。
多くの命を零して尚、其れだけは落としたくない、傲慢さ。

羽月 柊 >  
「――……ある意味、いや、……我々の方が、同志か。」

柊は逡巡の後、そう言葉を吐き出した。

この男も結局"力"で解決することは望まなかった。
強引にこの手の中にあるモノを破壊しようとは思えなかった。

男に"渇望"は無い。"願い"も無い。

だが、彼ら『トゥルーバイツ』の面々が欲した"失った"モノを、自分も持っている。

だからこそ遠回りを繰り返した。
ヨキに出逢い、言葉を確かめる最中でさえ、男は『語る』と口にした。

構えていた手を握る。

「……そうだな、『彼ら』は、『助けてくれ』と言っているだけなんだろう。」

デバイスに視線を落とした。


「…………愛する女性の為、か。」

そう話す男の右耳で、月明りを金色が反射した。


「しかし、何も聞こえないとは…どういうことだ…。
 君は生かしたいのに共犯になると謳う……その真意は何だ。」

紫陽花 剱菊 >  
「……嗚呼。」

そうだ。彼女等は『救い』が欲しいだけ、叶えられる『願い』がたまたま其処にしかなかった。
『諦めきれる』程の事じゃない。簡単に『諦めれる』程の喪失では無かった。
だから、其処にしかない『願い』を拾いに行く。
たった、それだけ。誰もが持ち得る、些細な事。

「……異能。あかねの異能だ……。」

如何なる技術を以てしても、其の異能を解除する事は能わず。
彼女は其れほどまでに、試した。
きっと時間が許せれば、まだ他に方法はあったのかもしれない。
だが、あの無音の世界で長い時を過ごすこと等
ましてや、唯の少女にそんな酷な事、出来はしまい。

「……語るに及ばず。私の"我儘"だ。」

真意など、大それたことじゃない。
ただ、もう彼女は止まれない場所に来ていた。
だから、其の一歩を体を張って止めるしか、方法が無かった。
帰ってこれれば、其れで良い。
失敗すれば、己が死ぬだけ。
そう、今迄の『トゥルーバイツ』の面々と同じように
しゃれこうべに花が咲く。

そして、その後はあかねも────……。

故に、共犯。
故に、彼女を生かす。


"こうする事しか出来なかった、弱い男の我儘だ"。
路地裏を照らす月輪を一瞥し、思わず頭を振ってしまった。


「……月輪も、私を嗤っている……。」

滑稽、と。

羽月 柊 >  
「………いいや。」

自嘲する相手を遮った。
握っていた手を仮面にやり、外す。

男は、剱菊よりも確かに年月を経た顔で、
その桃眼に消えた蛍火を灯し、見やる。

「語らねば分からん。」

そう男は、残酷に。

「それが"日ノ岡"の異能で、『真理』に問うほどの絶望の意味を、
 その上で君が通したい我儘も……。」


そうだ、自分は周回遅れも甚だしい。
だから聞くしかないのだ。

「何故今そう言いながら、日ノ岡の隣に君が居ない訳を。」

言葉で、音で、"対話"するしか、自分には無い。

「何故"まだ"手が届くのに、ここにいる意味を。」

紫陽花 剱菊 >  
「……はは。」

力なく、乾いた笑いが零れた。
言わねばわかるまい、其の通りだ。
嘘を吐く事を剱菊はしない。
ただ、本当に語るほどの事じゃない。

「……いみじくも、唯の女子だ……あかねは……。
 唯、如何なる手段を用いても、"音"だけは聞こえない。
 自分の声も、足音も、他人の声も……何も、かも……。
 今の技術では、治せないと聞く。」

「"其処に己がいるかさえ分からない、明けない静寂の夜"……。」

何も聞こえない。
彼女のいる世界を体験したからこそ言える、永遠と明けぬ夜の世界。

「……あかねは、歌手になりたかったそうな……。
 斯様に、世界は彼女を愛さなかった……其れだけの、事……。」

欠如だけで言えば、きっとそれは"何処にでもありふれた不幸な話"なんだろう。
だから、世界は残酷なんだ。平等に死ぬ、己の世界のがまだまだ和やかに見える位


────……此の幽世は、残酷だ。


「……既に彼女は違反者。公安、風紀に追われる身……
 一度散会し、追手を撒き次第……、……其の道すがら……。」

「『真理』へのきっかけ探しだ……。彼等の持つ『デバイス』の拝借……。」

剱菊は『デバイス』を持っていない。
だが、トゥルーバイツの位置は大よそ把握している。
直ぐにでも合流する予定だったが、其れが今に至っただけに過ぎない。

羽月 柊 >  
「……………、そう、か。」

突き付けられた現実。
彼女が『真理』に頼らねばならぬほど抱えた空白。

――いつか出逢った彼女は、自分の隣で無邪気に小竜たちを撫でながら、泣いていたというのか。

ああ、本当に現実というのは残酷だ。
少し足を踏み外せば、底の見えない穴が口を開けて待っている。

そこに落ちたモノの苦しみは、理解出来たとて、
誰一人として同じではないのだ。

「異能だから音が聞こえない…? 異能の代償という訳ではないのか。
 音の聞こえない異能……。"異能疾患"……異能を"病"とすること…。
 "音を操る異能"という訳では、無いのだな? 悪いが俺は正直異能が専門の研究者じゃあない。」

"全ての異能は治療されるべき"。
いつかの学会で騒ぎが起きた時の言葉が、頭を過った。

言葉を拾ってくることは出来るのだが、専門でないことは発展しづらい。


「…デバイスを拝借……これか。」

手に持ったモノの存在を示すかのように、軽く振る。

紫陽花 剱菊 >  
「……然り……。」

病と捉えるので在れば、其れが正解だ。
但し、病と呼ぶには余りにも巧妙で
異能で在るが故に『其れが正常』に作用しているが故に
治す事もままならない、変える事も出来ない
不治の病。

「……左様。其方がご入用で無ければの話だが……
 ……恥を忍んで、お頼みすれば、其れを譲っては頂けないだろうか?」

羽月 柊 >  

 
「―――……嫌だ、と言ったら?」


 

紫陽花 剱菊 >  
「…………。」

紫陽花 剱菊 >  
「私は、追剥では無い。故に、他を当たる。其れだけ……。」

猶予は無い。
其れでも尚、彼から奪おうとは考えない。
ただ、成すべきを成す為に、己のやり方を貫き通す。

羽月 柊 >   
 
「………、君は諦めが良すぎる。」

別に和ませようと冗談を言ったんじゃあない。
コツン、カツンと男は剱菊に歩み近づく。
自分より少し低い相手の眼を見る。

「冗談という訳でもないんだが、
 俺はさっきも言ったように、以前の君と同じく"拾い上げる"側の人間だ。
 
 君が"死ぬ"為にこれを君に渡す訳にはいかない。それにだ。」

顔と同じ位置にそれを掲げる。
柊は口を開く。


『写し鏡、宿り木の水滴、水面に映る世界』


再び言霊を紡げば、剱菊の前でそれは"起動したように見えた"

「……これは、誰でも使える訳じゃあない。」

なのに柊は、真逆の事をいうのだ。

紫陽花 剱菊 >  
「…………。」

「本当に通すべきで在れば、一切合切を気にせず、唯駆けるべきなんだろう。」

「……私には、出来ない。」

諦め、自嘲にも似た嘲笑が漏れた。
"其れが出来ているなら、力ずくであかねを止めている"。
紫陽花剱菊と言う、戦人で在りながら穏やかな男は
例え我儘と言おうと、道理を重んじてしまうのだ。
意志薄弱ともとれるかもしれない。
其れでも尚、迷い、抗い続ける。
本当に"弱い男"だ。

「…………。」

光始めたデバイス。
だが、柊の言葉を聞くのであれば……"此れは己には使えない"。
其れでも、其れでも道が在れば一歩前進だ。
此れ一つで、真理へ飛び込もうなんて思っちゃいない。

「……こう見えて私も、相応に術を修めている。
 誰かが使った、繋がった事実が在れば……充分……。」

「……其れに、死にに行くために行くのではない……。」


「共に明日(つぎ)へと繋ぐために、"生きて帰る"。」

はっきりと其の目を見て、力強く答えた。
例え片道切符かもしれなくても、毛頭死ぬ気は無い。
此れは、生きる為の戦いだ。

羽月 柊 >   
「……俺にはこれ以上君の意志にモノは言えん。
 ただ、俺は……同じように"そうして取り零した"。

 君のように、愛するヒトを、"骸すら無く失った"。」

肩入れなのは分かっている。
ただの己のエゴなのも分かっている。

それでも、自分のような思いをするのは自分だけでたくさんだ。

骸は残るかもしれない。ただそれでもだ。


「正直な所、今やって見せたこれは、俺の記憶から写し取った偽物だ。
 起動したようにガワだけ見せているだけだ。

 『真理』はこの状態では聞けんし、異界に繋がってもいない。

 俺も魔術をある程度は扱えても、これの構造は理解できたとしても起動は出来ん。
 どれほど魔力を込めたとてうんともすんとも言わん。
 ここまで反応が無いなら、他のデバイスも同じだろう。」

実際起動しているように見えるそれからは『何も聞こえない』。
柊は聞いていないのだから当たり前だ。

「それでも、君はこれを持って"生きて帰る"というのか。」

紫陽花 剱菊 >  
「……二言無く。」

即答とも言える速さで、男は返した。
死中に活。其処にしか道無くば、越えるのみ。

「……器材の方は、問題無く……当ては、ある……。」

羽月 柊 >   
「……、……。」

はぁ、と溜息を吐いた。
そこまで言うのなら思いは本物だろう。

「…………貸してやるから生きて帰って来い。」

そう言うと、柊はデバイスを素直に渡――すのではなく。
片腕にある装具の一つを外した。

『還れ、汝は意味を失う』

その言霊で装具は柊の手の平の上で形を失い、金属のキューブといくつかの魔石になる。
それらをぽんと空中に放り出せば、ふわりと浮く。

『世界の種、白き紫陽花、宿りて芽吹け』

魔石の一つがデバイスに近付き、
裏側へ吸い付くように。

『茜色の夜明けを見上げ、我は願おう』

言霊は続く。
キューブ状になっていた金属が再び液体のように形を変え、輪を作る。

『廻り合わせが、彼らを地の果てへ追いやらぬよう』

『我の眼の鏡よ、夢を見せよ』

そうして、別の装飾を創り上げた。
柊はその装飾とデバイスを同時に剱菊に突き出す。

紫陽花 剱菊 >  
「……忝い。」

自分は縁に恵まれている。
此処でもまた、人に助けられた。
本来ならばそんな義理も無い。
だからこそ、深く頭を下げた。
生真面目な男なのだ。

静かに頭を上げた先では、デバイス何かしらの装飾が付けたされている。
此れは恐らく、彼の術か。
水銀の如く伸び縮むする不思議な光景だ。
デバイスを受け取れば、これらを一瞥し、柊を見た。

「……此れは……?」

羽月 柊 >   
「……俺が先程やって見せたことを、任意に出来るようになるモノだ。
 君は術の心得があるのだろう?」

装飾はブレスレットだ。
剱菊の服装ならば、装着して上の方まであげれば隠しておける。

「君の腕を疑う訳ではないが、きっちりと再現が出来るか分からん。
 それに土壇場だと尚更な。

 これに使っていた魔石は元々、ひとつの魔石だった。
 だからこっちの腕輪の方に魔力を込めれば、遠隔でデバイスが起動したように"見せかける"。」

本来ならば様々な要素を使ってもっと大掛かりに行う術だが、
そんな悠長なことは言っていられない。だからこそ元々あるモノを崩した。

いくつかあった魔石だが、デバイスに引っ付いたモノと、
ブレスレットに装飾されたモノ以外は、空中で星屑のように消えてゆく。

「……俺の使うような言葉や音は起動に必要ない。」

紫陽花 剱菊 >  
「……少々……。」

己のいた世界独自の、陰陽道。
先ずは真理へと続く一歩が、此処にある。
見せかけるだけでも、充分。
過去に通った道が在れば、自ずと道は開けるもの。
其の装飾を腕につけて、一礼。

「……手間を取らせた。ありがたく、借りさせて頂く。」

そう、飽く迄借りただけ。
返すために、生きて帰らなければなるまい。
だからこそ

「……"また"……。」

また、あおうと踵を返した。
勝負の時間まで、己のやれることを全うする……。


紫陽花剱菊の、最後の勝負へと向かう為に、暗闇の奥、静寂の奥へと進み始めた。

ご案内:「落第街 路地裏」から紫陽花 剱菊さんが去りました。
羽月 柊 >   
「ああ、"またどこかで"。」

あかねに言われた言葉を、剱菊に託す。


そうだ、これは貸しただけ。
返してもらわねば大損も良いところである。

……ただ、そんな損得を抜きにして、自然と身体が動いていたのが事実。


「――まだ、手は届くはずだ。」

そう信じて、再び仮面を被り、柊もまた、この場を去る。
僅かにでも命を拾い上げるために。

ご案内:「落第街 路地裏」から羽月 柊さんが去りました。
ご案内:「落第街 路地裏」に園刃 華霧さんが現れました。
園刃 華霧 >  
――どうしてそんな簡単なことをわかってくれねぇんだよ…園刃先輩……
――どうして……どうして諦めちまえるんだよォ!!

脳裏に響く声

――ま、飽きたら真理挑んじゃおっかなってさ!! かぎりんもそんな感じじゃね?
――つまんないまま死ねないでしょ

脳裏に残る声
二人の男の声

まったく違う性質の男の
まったく違う言葉

それが響いた

「…………ハァ」

ため息を一つ

なんとはなしに、手にデバイスを呼び出す。
簡単な操作をして生体反応を見る。
まだ、生きているメンバーが居る。
捕まったり、止めたりした連中もいるから実際に活動している人間の数はわからないが
それでも、生きている奴らは居る

あかねちんも、まだ生きてる
なら当然――

園刃 華霧 >  
 
「……は?」
 
 

園刃 華霧 >  
消えていた。
新島省吾、という男の反応が。

「ウッソだろ……なン……おマ……
 だっテ……」

――まぁ、全部俺が見て覚えてからで、俺はいいかなってさ

「なん……で……ッ
 アタシも、あかねちんも……まだ、生キてる、ダろ……!?」

手が震える
妙な汗が吹き出してくる

省吾は自分に似ていた
『楽しい』ことを探していたところとか
なにが欲しいか『わからない』ところとか
それに……

「なん、で……先に、くたバって……ッ」

園刃 華霧 >  
デバイスを落としそうになる
慌てて飲み込んで回収した

――ズキリ

何処かが痛んだ
膝が折れる
立っていられなくなった

その場に、膝をつく

ご案内:「落第街 路地裏」にヨキさんが現れました。
園刃 華霧 >  
「……省吾クン、おま……どうし、テ……」

自分が生きていて、どうしてあの男が死んでいる?
あの自分に生き写しの、アイツが、死んで……

震えが収まらない
汗が止まらない

死ぬ……?
アタシも、死ぬ、か……?
省吾クンと同じように


視界が――曇る

ヨキ > 『トゥルーバイツ』の面々を捜しての街歩き。
時間が空くごと、ヨキは落第街へ足を運んできていた。

己と付き合いのあった者、なかった者。
それらを等しく見つけ出す探索行――

その足取りの中で、新島省吾という少年とはついに交わることがなかった。
顔も知らず。言葉を交わす機会もなく。死んだことさえ知らぬまま。

そんな、ある日の話。

「――どうした? 君は『トゥルーバイツ』だな? 大丈夫か?」

見知った腕章の少女が、地面に膝を突いている光景を目の当たりにして。
長身の男が、華霧へ迷わず駆け寄ってゆく。

園刃 華霧 >  
「……ァ?」

落第街、こんなところで
路地裏、こんな場所で
『トゥルーバイツ』と知って

『大丈夫か』、と駆け寄ってくる

それだけで異質な存在

視界が曇って、見えづらい
背が高い、ことはわかる

「誰、ダ……?」

呆然と口にする
間の抜けた言葉だ
こんな時、こんな場所で
突然現れた相手に
使うような言い方ではなかった

ヨキ > 「ヨキだ。君の敵ではない」

朦朧とする華霧の傍らへ跪き、簡潔に答える。

「『接続』はしていないようだな。
……落ち着いて、ゆっくり呼吸を」

手は触れない。言葉だけで、穏やかに話す。
紺碧の瞳が、真っ直ぐに華霧を見ている。

少し間をおいてから。

「…………。

教師をやっている。
『日ノ岡あかね』は、ヨキの教え子の一人だ。
彼女のことを、島に来た当時から知っておる。

『トゥルーバイツ』の皆を、見届けるために来た」

“見届ける”。阻むではなく、見届ける、と。
教師を名乗った男は、そう表現した。

園刃 華霧 >  
「ヨキ……教師……
 あかねちんの……」

すぅー
はぁー

素直に言葉を受け入れた
こんなことは久しぶりかもしれない
受け入れて呼吸をすれば……だいぶ、落ち着いてくる

落ち着いてみれば――

「……“見届ける”?
 そりゃ、マた、どうシて。」

教師、と言った相手でも態度は変わらず
いつもの調子で尋ねる
……いや、まだ少し視界も声量も覚束ない、が。

「その様子ダと、『トゥルーバイツ』のコトは知ってルんだロ?
 "止める"か"放置"ってノが大体じゃナい。」

好奇心に勝てなかった

ヨキ > 華霧が徐々に落ち着きを取り戻す様子に、安堵の笑みを浮かべる。

「『トゥルーバイツ』のことを、知っているからこそだ。
みな命を懸けるほど切実な願いを持っていると、痛いほどに知っているから」

教師然とした柔らかな語調は、この場ではいっそ不似合いなほどだ。

「『あの』日ノ岡君の下に集まった者たちを、どうして止められようか。
どんなに手を尽くしても叶わなかった願いに、『一パーセント』でも可能性があるのなら。

ヨキは君らを止めはせん。
『真理』と接続するのも覚悟。『真理』から手を引くのも覚悟。
そのいずれの選択をも、ヨキは歓迎する。

だが、迷いを残したまま『真理』に触れようとしたり、生半可な気持ちで邪魔をするような者が居れば、ヨキはそれらを止める」

華霧の顔を見遣る顔は、憐れみも侮りもない。

「だから、君のことも放っておけなかった。
君の『選択』を、見届けたかったから。

……先ほどは何があったのか、訊いてもいいかね?」

園刃 華霧 >  
「……ハ。
 そウか、そう、来たカ……」

かけられた言葉を、飲み込む
『選択』を"歓迎"する
しかし、迷いがあるなら、"止める"

こんな相手は、初めてだ

――ただ、止める
――ただ、送り出す

それしか、会ったことはなかった

「……変わり者、ダな。アンタ。
 いいヨ、話す。」

大穴に言葉を投げる話が何処かにあった気がした。
いわば、この相手はその穴。
その程度でも良い。
返事が返ってくるなら上々じゃないか。

「……『トゥルーバイツ』に新島省吾って男が居た。
 そいつは、異能で吸血鬼同然になって、何もかも無くしちまった。
 ……親も、友だちも、なにも、かも……
 だから、『楽しい』ことを必死で、探して……
 でも、何が、『楽しい』ことか、わからなく、て……
 なにもかもが『つまらなく』て……
 最後に、『選んだ』のは『腹いっぱいオムライスを食う』だった。」

昨日、会った自分の写し身
もうひとりの自分の姿


「そいつは、昨日、アタシと会った時に、言っタんだ。
 『まぁ、全部俺が見て覚えてからで、俺はいいかなってさ』って。
 そう、言ったんだ。全員の結果を見てからって……
 でも、省吾は! まだ、終わってもいないのに……
 もう、死んで……っ」

初めて会った相手に、心情を吐露する
ああ、なんだ
なんて、弱っちいんだ

「アイツは……アイツは、アタシに似てたんだ。
 アタシは、この落第街で生まれて。
 何も持ってなくて。だから、何もかも自分で手に入れてきて。
 でも、手に入れたはずなのに、『空っぽ』で……
 そんな、アイツが……アタシより、先に……」

ヨキ > 華霧の話を、じっと聞く。
ごく小さな相槌を返すのみで、口を挟むこともなく。

「新島、省吾……。
そうか。それほどの苦しみを持つ者が……。

ああ。ヨキもその新島君と、言葉を交わしてみたかった。
何も変わらなくていい。ただ……君と今こうして話しているように、話してみたかったよ」

目を伏せる。首を小さく振る。

「……『真理』と接続した新島君の心情を、我々は想像する他にない。
異能者が集まるこの島では、どんな想像も彼の苦しみには手が届かない。

『一パーセント』に手が届くという直感かもしれない。
『九十九パーセント』に諦めを覚えたのかもしれない。

でも。それでも。
ひとりひとりにチャンスが与えられている以上、彼の選択は彼の選択でしかないのだ。

そんな彼に心を揺さぶられている君は――

きっと、真に『空っぽ』ではない。
……はっきりとしないものの輪郭を、掴みあぐねているだけではないかと、ヨキは思う。

これもまた……君の苦しみには及ぶべくもない、ヨキの『想像』だがね」

園刃 華霧 >  
「そうダよ! 見届けル、なンて言うなラ
 アタシよか、アイツに……
 あの、食えもシない飯と、ヤりもしナいゲームに囲まレてタ、
 アイツに……っ
 会ってヤれば、良かったンだ……っ」

また、視界が曇る
そこまで言い切って……
我に返る

「…………いヤ、うン……
 アンタに言うことじゃ、なかった、ナ。」

はあ、と溜息をつく
ああ、まったく……みっともない

「『どんな想像も彼の苦しみには手が届かない』……か。
 そう、だナ……
 アイツ、にハ……アイツの、選択が、アッた。
 似てる、とかデ一緒にシちゃ、悪いナ……」

まったくだ、と思う。
自分だって、勝手な押しつけを嫌ってたくせに。

なにをやっているんだか

そして

「……はっきりとしないものの輪郭を、掴みあぐねている?」

クラっと、した
まるで、めまいだ

「あァ……そう、そう……ダ、よ。
 アタシは、『わからない』。
 『わからない』から、『真理』に全部、貰おう、と思っテ……」

ヨキ > 「ああ。会いたかった。……会いたかったよ。
この入り組んだ街を、毎日隅々まで巡って……。
それでも、会い損ねてしまった。

君よりは、だなんて言わない。
新島君と会えずじまいに終わったことも、こうして君の話に耳を傾けることも。
ヨキには同じほどに、重くて、大事で、苦しいんだ」

華霧の物言いに、ゆったりと首を振る。

「人と似ている、と思うことは、決して悪いことではないよ。
彼の身の上に共感することと、彼の選択を尊重してやることは、両立できる。

簡単なことだよ。それだけでいい。
それだけで――君と新島君は『友達』だった。

友達、とは、特定の行為を指すものではない。単なる『居心地の良さ』の名前だ」

相手から垣間見える戸惑い。それを受け止めるような眼差し。
語り掛ける声は、変わらずに低く緩やか。
それはさながら、ひとつひとつの言葉を丁寧に、相手へと届けんとするように。

「……異世界の存在は、恐らく君の知りたいことを知りはしない。

それよりも……君が過ごしてきたこれまでの日々。
分からなくて、はっきりしなくて、曖昧でも。

それらの中にこそ、『君にとっての真理』は眠っているのではないかな。
君が生徒として過ごしてきた時間に。君が会った人々の中に。
眠っているからこそ、すぐには見つからない答えが。

……君には、『接続』すべきものが他にあると思う。

君が懸けるべき『一パーセント』を、見誤ってはいけないよ」

園刃 華霧 >  
「……」

教師、なんて人種。
今までは胡散臭いとしか思ったことはなかった。
まあそれでも学生という身分を手に入れてしまった以上は、
ほどほどに関わっていけばいい、と思っていた。

「ナー、る、ほド……あかねちんの、『センセー』ね。
 はハ、こりゃ……はは……」

力ない笑い
弱気、無気力ではない
ただただ、相手に感服する種類の

「『友だち』……そっか……アタシ、省吾クンとも『友だち』ダッたんダ……」

少しだけスッキリした声
活力が少しだけ戻る

「『居心地の良さ』……
 なに、『友達』っテ、そんな……そンな、もん、なの……?」

きょとん、と……
年相応か……いや、不相応に子供のような顔をする

そんな、シンプルな
そんな、わかりやすい
そのくせ、いままで、よくわかっていなかった
そんな、単純なことで、いいのか

「これまでの日々……
 でモ、でモさ……
 でも、アタシは、それヲ、捨てて、きた、ンだ……
 捨てテ……此処まで……それを、今更……」

今更、どの顔下げて振り返るのか
戻ってしまって、いいのか

ヨキ > 「そうだよ。『友達』なんて、そんなものだ。
何かをするとか、してもらうとか。そんなことは、必要ないんだ。

『居心地の良さ』は、初めは自分だけのものだから。
だからこそ、自分から『友達』を名乗ることは照れ臭く、気恥ずかしい。

積み重ねて、分かち合って、たまに喧嘩して、仲直りして。

自信を持って友達を名乗ることは、それからだって遅くはない。
けれど――君が『既に』誰かの友達であることは、揺るぎのない事実なのだよ」

華霧の声に、いくらかの張りが戻る。
それを聞いて、笑みを深める。

「君はまだ、捨ててはないだろう?
『今更』と言えるうちは、まだチャンスがある。

君はそれに蓋をして、見ないようにしているだけだ。
もし本当に捨てたのなら、それを顧みることはしないのだから。

……言葉になんてできなくてもいい。
何を言おうかなんて、考えなくてもいい。

君がいちばん『居心地の良さ』を感じた人のところへ、戻ってごらんよ。
つらくて、痛くて、死ぬほど苦しくても。

少なくとも、君は死なない。死んだような思いを経て、生まれ変わる。
新しい『友達』を、もう一度やり直すのだよ」

園刃 華霧 >  
「い、ヤ……でモ、だッテ……
 アタシ、だけ、じゃ……ない……
 アイツ、だっテ……アイツら、だって……
 アタシ、を捨て、テ……切っテ……

 だか、ら……いマ、さら……
 もウ……
 もう、おわって……
 だから……おしまい、で……

 あいつら、の、いばしょ、なん、て……
 ほか、いっぱ、い……

 やりなお、し、なんて……
 むり……」

震える
声が、震える
もう、自分でも
何を言っているのか
わからない

「む、り……
 あたし、は……すて、られ……て……
 あた、しは……いら、ない……
 あ、たし……あた、し……」

わからない
わからない
わからない

ヨキ > 「本当のおしまいは、君が死んだときだけだ」

静かな声に、不意に力強さが宿る。

「……君の言う『あいつら』と別れたときのことを、思い出してみたまえ。

君が『トゥルーバイツ』に参加することを、生返事で了承したか?
君が危険な賭けに出ることに、見向きもしなかったか?

違うのではないか。
言葉を尽くして止めてくれたり、言葉を尽くして君を送り出したり――
あるいは無言のうちに、言葉よりも多弁な気持ちがあったのではないのか。

君と『あいつら』は、居心地のよい友達だったのではないのか?
だからこそ――君の『選択』を尊重し、この場へ送り出したのではないのか」

身を乗り出すことはない。
声が上擦ることもない。
ただ、ただ、語り掛けるだけ。

「『あいつら』は、確かに居場所がいっぱいあるのだろうさ。
だがそれと同じく――『あいつら』は、『君』という居場所をひとつ、失いもしたのだ。

……もう一度、考えてみたまえ。

君は『真理』に接続しようと、『あいつら』の元へ戻ろうと、痛い思いをする。

対話には、痛みが伴う。腹を割る痛みが伴わねば、それは対話ではない。
痛みを乗り越えた先にこそ、『真理』があるのだよ」

園刃 華霧 >  
「しん、だ……とき、だけ……」



死など、怖くなかった
死など、ありふれていた
死など、あたりまえだった

でも、いまは……

「うん……あいつら、は……
 はな、し……きい、て……
 わらった、り……おこっ…た、り……
 あきれ、たり……」

それぞれが、それぞれの反応をした
それぞれが、それぞれの答えを出した

「でも、あた、し……
 あ、たし、のきも、ち……
 あた、し、の、かんが、え……
 わかって、もら、えた、か……
 わか、ん、なく、て……
 しん、じ、られ、なく、て……
 だ、から……おわ、かれ……
 すて、られ、るの……や……」

切ったのは、自分
捨てられたくなくて、捨てたのは自分
自分 自分 自分
 
「い、いの……?
 ……もどって……いい、の……?
 あたし、は……いらない、こ、じゃ……ない……?
 また、すてら、れ……ない……?」

なきじゃくる、こどものように
ヨキにうったえる

ヨキ > 「……何度でも、何度でも『あいつら』と話してごらんよ。

日ノ岡君が、己のためにあらゆる手を尽くしたように。
新島君が、君に本心を明かさずに逝ってしまった後悔を繰り返さないために」

手を伸ばす。
華霧の肩に片腕を回し、抱き寄せる。
大きな手が、華霧の肩を優しく叩く。

「大丈夫。ヨキが保証する。
君は戻っていい。何度だって、やり直せる。

『真理』には、失敗など許されない。

だけど人間は、何度だって失敗を繰り返せる――生きている限りな」

華霧に向かって、頷く。
大丈夫、大丈夫だと――何度でも、伝えるために。

「今、もう一度会えるなら。
いちばん会いたい人は、誰だい。

その人が――君を受け入れてくれた時のことを、思い出してみて。
その人の表情を、言葉を、立ち居振る舞いを。

今度もきっとまた、そんな風にして。
君はもう一度、受け入れてもらえるだろうさ。

少しくらい、言い合いになったっていい。
それもまた、『真理』に繋がる取っ掛かりなのだから」

園刃 華霧 >  
「なん、ど……でも……」

考えたこともなかった
だって一度終わったものは、終わりだと思っていたから
だから、終わらせたくなかった
だから、終わらせた

「ぁ……」

抱き寄せられる。
普段なら、よほどのことでもなければ抗うであろう、その行為
でも、今は素直に受け入れて

「もどって……いい……
 やりなお、せる……」

呆然と、鸚鵡のように繰り返す

「たかこ、ちゃん……は、もう、いない……
 あと、は……」

素直に、口にする

「―-――ぇ――、ちゃ、ん」

しかし、その声はか細くて

ヨキ > 「………………、」

聞き取れなかったその名前を、聞き返すことはしない。

「よくやった。
そこまで言えたら、もう十分だ」

するりと、間もなくして腕を解く。

「『真理』に接続するには、タイムリミットがある。
それは『トゥルーバイツ』の話でもあるし、『君が会いたい人』の話でもある。

人間は、いつ命を落とすか、いつ話が出来なくなるとも分からない。
ある日突然、異能に目覚めてしまうようにね。

――ヨキは君の『選択』を応援する。
どんなに格好がつかなくても、それは紛れもなく君の岐路だから。

……後悔だけは、するな。絶対に。
試せる手段があるのなら、余さずそこへ踏み込みたまえ。

臆してもいい。ヨキがついてる」

園刃 華霧 >  
「……ぅ、く」

腕を離され
言葉をかけられ

何かが、こみ上げる
それだけは、それだけは……

――それだけは、こらえる
それだけは、だめ

のこして、おかないと……

「たいむ、りみっと……
 うん……そう、か。
 うん……わかった」

震える足で立ち上がる
まだ足元は覚束ない

「うん……後悔、は……もう、したくない……」

こくり、と素直にうなずく
曇った視界が晴れてくる

「はは、アンタがついてるなら……心強い、ナ……
 ヨキ……いヤ……ヨキせんせー。
 ……いや、うん。ガラじゃ、ない、な。
 ヨッキー、とか、で、いい……?」

まだ力ないけれど、笑顔を浮かべ

「……でも、こンなこと、して回ってンの……?
 教師って大変ダな」

しみじみと……口にした

ヨキ > 「よかった。あとはもう、大丈夫そうだな。
ふふ、そうだよ。『こんなこと』に毎日掛かりきりだ。

何故なら、皆の悲願と命が懸かっているのだからね。
生きている限り、ヨキはこの島の皆の『先生』で居たいのさ」

華霧の弱々しい笑顔に、ふっと笑う。

「ああ、ヨッキーでいいよ。大歓迎だ。
呼びやすいように呼んでもらえるのが、いちばんいい。
名前も呼べないなんて、そんなの寂しいだろ?」

だから、と彼女の後に立ち上がる。

「君の名前も呼ばせてほしい。
ずっとずっと、覚えておくから。

ヨキはこれから、君の『新しい居場所』のひとつになるのだから」

君の名前は? と、小首を傾ぐ。

園刃 華霧 >  
「……」

ああ、そうだ。
名前も教えていないような、目の前のこの男に
アタシは全部、みっともなくさらけ出しちまった

まったく、今更だけど恥ずかしい……
そして、もう一つ

「ァー……名前……名前、な。
 いヤ、アタシ、名前も、なカった、からサ。
 ……『そのば かぎり』。
 えット……必要になっテ、そこで……作った、から、サ……」

思わず、頬を掻く
『新しい居場所』といわれて改まると、なんだか気恥ずかしかった。
こんな気持は、初めてだ。

ヨキ > 「ソノバ君」

ヨキは改めて名前を呼んだ。

「君の大事な友達は、その名前で呼んでくれるんだろう?
だったら、君はそれを大事にしてもいいし、新しく名前を作ったっていい。

この街には、決まった名前もなく生きている者も少なくない。
君は名前も身分も、自分で決めてきたんだ。
自分から行動できることは、間違いなく君の誇りだよ」

名前で相手を呼べたことで、嬉しそうに微笑む。

「ヨキは学園で、美術を教えている。
訪ねてきてくれれば、いつでも話をしよう」

鞄から、名刺を一枚取り出す。
名前や連絡先の書かれたそれを、華霧へ差し出して。

「何かあれば、いつでも頼ってくれ。
ヨキは部活や委員会からも距離を置いている。
中立の立場であればこそ、乗れる相談もあろうから。

『友達』とはどうなったか――後で、教えてくれよな」

園刃 華霧 >  
「誇り……か。
 考えたこトも、なかッタな……」

生きることに必死過ぎて
失わないことに
手に入れることに
必死過ぎて……
そんな意識は欠片もなかった。
しかし、これが誇り、だというのなら……
そう、捨てたもんじゃないのかもしれない。

「び、美術、かー……
 そッチはからッキしだかラ、話、だけデいい……?」

そもそも興味もないから見てもいないし、
当然自分で何かをしたこともない

文字ですら金釘流……を、報告書に必要でどうにかしてきた始末だ

「ン、そだネ。
 ヨッキーには世話になったシ……
 報告に、いくヨ。」

誇り、といえば……
こちらにでてきてからは、義理は果たす、ことはしてきた。
であれば、この恩も勿論、返すつもりだ。

ヨキ > 「ああ。誇りなんてものは、生きていく上で必要ないからな。
それに、美術も。腹は膨れないし、ひたすら金食い虫だ。

だがどちらも、人生をただ生きるよりも豊かにするものだ。
君は必要な分だけ、拾えるだけ拾えばそれでいい。

だから、ヨキともおしゃべりするだけでいいさ。
気兼ねすることはない。何となく話したくなったら、いつでもおいで」

わはは、とばかりに、あっけらかんとして笑う。

「待っておるよ、ソノバ君。
――上手くいくように、とわざわざヨキが願うこともない。
君が誓うんだ。どうにかしてみせる、ってね。

……さて。
ヨキはそろそろ、行かなくてはならんな。
まだまだ見届けたい人が、たくさん居るんだ」

園刃 華霧 >  
「ン……まタ、お節介、焼きニ行くンだろ?
 アタシは、もう大丈夫。
 行ってくレ。
 アタシのせいで間に合ワなかった、なンてなったら寝覚め悪イ。
 必要なら、遊びに行くしナ?」

からり、と笑って手をふる

ヨキ > 「そうだ。
『接続』する者の、背中を押して。
迷いの残る者を、日常へと引き戻して。

そうやって――ヨキは君ら『トゥルーバイツ』を見守るのさ」

軽く手を挙げて、踵を返す。

「ありがとう、ソノバ君。ヨキと話をしてくれて。
君の『選択』……、確かに見届けたよ」

歩き出す。
今日もまた、『トゥルーバイツ』の消息を求めて。

「――頑張れよ!」

最後にそう一言――明るい声を、残して。

ご案内:「落第街 路地裏」からヨキさんが去りました。
園刃 華霧 >  
「……さ、テ。」

改めて、デバイスを取り出す。
生命反応を見る。

数は、減ってる。

でも、あかねちんはまだ生きている。

「……ごめん、あかねちん。
 やっぱ、そっちは無理だった……
 あかねちんは……どうなるんだろう、な……」

再びデバイスを飲み込む

――まぁ、全部俺が見て覚えてからで、俺はいいかなってさ

「……せめて、アタシが全部見て、覚えておくよ」

ぼそり、とつぶやいて
その場を後にした

ご案内:「落第街 路地裏」から園刃 華霧さんが去りました。