2020/09/27 のログ
殺音 > なにいってんだ。
そんな言葉で誰が止まるか!
二級学生だろうが一般学生だろうがそんな言葉をかけられて納得できるやつなんていない。
しかも楽しそうに追っかけてくるし。
きもちわりー。

このあたりのことは熟知している。
とはいえ、追いすがってくる女も相当なものだ。
しかし、スラム方面まで抜けてしまえばこっちのもの…ではあるのだが…
ふとひらめく。

「そーかよぅ!」

曲がり角の目の前まで来たところで
再び廻々《ワンダー・アスポーツ》

入れ替えるのは…自分の位置と、あの女の位置。
二度目だ。
すぐさま身を翻して、きた方向に逆走する。
狭く代わり映えのない路地だ。空間把握がよほどうまくない限りは壁に激突してしまうだろう。

日下 葵 > 「い”ッ”」

ようやく距離が縮んできたという時、再び彼女が異能を使った。
全力で走っていたのだ。急には止まれない。
彼女の目論見通り壁に鼻っぱしをぶつければ、その衝撃で間抜けな声が漏れる。
しかしその衝撃に対する反応はひどく希薄で、
すぐに身体の向きを変えて彼女を追いかける。

しかしこのままでは埒が開かない。

「止まらないと、ひどい目にあわせちゃいますよ?」

そういって、拳銃を腰のホルスターから抜き取れば、
上空に向かって二発発砲する。
これで止まってくれればいいけれど、あの走り方、態度、
恐らく相応に慣れている可能性もあった>

殺音 > 変な声が聞こえた。
目論見は成功したようだ。
このまま一気に巻いてしまおう……などと思っていたが
思った以上に反応が早い。
何だあいつ、神経鈍いのか?

「ほんっとしつっこいな…」

走りながら空への発砲。
何だあいつ、漫画かよ。
つまり撃ってくるってことか?
冗談じゃない。当たれば死ぬんだぞ、あんなもんでも。
任意の職務質問を断っただけで殺されたんじゃわりに合わないどころじゃない。

「…何だよ、風紀って…気が狂ってんじゃねーの?」

正直な感想だ。
もちろん、止まる気はない。

日下 葵 > 「しっかり聞こえていますよ!
 しつこくて気が狂っているって意味ではあながち間違いではないですねえ!」

すっかり楽しくなってしまって、声に感情が乗ってくる。
落第街で追いかけっこなんて久しぶりだった。
こんな風にわかりやすく逃げてくれる存在は本当に久しい。

発砲による威嚇でも止まらない彼女、ぜひ捕まえて虐めてやりたい。
そんな気持ちが湧いてきた。

このまま追いかけていたのではキリがない。
路地裏の廃ビルに生える非常階段に飛び乗ると、
今度はまるで忍者の様に非常階段から非常階段へと飛び移って、
彼女が向かう先へ先へと移動していく。

「――逃げる人間が行きそうなところは、何となくわかりますから」

口許にニタニタと笑みを浮かべて、じりじりと距離を詰めていこう>

殺音 > 自身の狂気を認めるような発言…の後
背後からの声は消えた。
巻いたか?
とはいえ、足を止めるわけにもいかない。
さっさと路地からぬけてしまおう。

だが…

「上!?」

獣の耳が声を拾った。
明らかに上方向から声がする。
ホント頭おかしいんじゃないか?この追っかけっこになんの意味があるってんだ。
少しずつ距離は詰まっていく。

日下 葵 > カン、カンっという手すりに身体が接触する音が路地裏に響く。
パルクールの要領で距離を詰めて、彼女の目の前に飛び降りると――

「さて、そろそろ貴女のこともわかってきましたよ。
 随分と愉快な力をお持ちのようで」

受け身をとる訳でもなく、ビルの上から両足で飛び降りた。
水の中で木を折ったような音が両足から響くと、
顔を上げて少女と目線を合わせる。

「さて、私のしつこさは理解してもらえたかと思いますが、
 鬼を交代しますか?」

そこにはさっきまでの作った笑顔ではなく、心の底から楽しそうな笑顔があった>

殺音 > 目の前へ飛び降りてくる風紀女
いま間違いなく骨が折れた音がしたぞ。
なのに平然としてる。むしろ楽しそうだ。

先程の復帰の早さといい痛みを感じない…?
それだけでは両足が折れてなお平然と立っている理由がわからない。
おそらくは…再生異能かなんかか。
対してこちらの入れ替えは…まだ相手に対してしか使ってはいない。
完全にタネが割れた…というわけではないだろう。
予測はされたかもしれないが。

「風紀ってな狂人の集まりかよ…
気狂い組織のイカレ女、狂人(くるいんちゅ)どもめ」

対してこちらは呆れ顔。
さて、どうしたものか…。これ以上異能のタネ明かしはしたくないのだが…。

日下 葵 > 「他の風紀委員が狂っているかはわかりませんが、
 曲者がそろっているのは間違いないですねえ」

特にこういう場所に単機で乗り込めるような委員は。
そういって、制服の埃を払って改めて向き直る。

「学生証なんてものはハナっから期待はしてませんから、
 ひとまずはお名前を伺っても?
 私は風紀委員の日下といいます」

一度鬼ごっこが一区切りついたと判断すれば、ひとまず名前を聞いておこう。
学生証の提示は求めなかった。
この区域で学生証を持っている人間なんてごく少数だろう。
それを知ったうえで、まずは名前をきく>

殺音 > 「認めるってワケ?
狂人なんかに取り締まられるなんてゴメンなんですけどー」

その気になればさっさと逃げることはできる。
そこらのビルの中にある何かと入れ替わってしまえばいいだけだ。
だが、自分の確認していないものと入れ替わるのは大きなリスクがある。
たとえば小さな戸棚の中のものと入れ替わればこっちの体がひどいことになるのだ。

相手が学生証の提示をもとめないのであればしかたない。
一旦逃亡は置いとこう。

「へーへー…ったく…スッポンかよ。
しつこいったらない…
あーしは殺音。これでいい?
じゃ、かえるから」

名乗った上でさろうとする。
追いかけっこはともかく、まともに付き合う気なんてサラサラ無いのだ。

日下 葵 > 「普通の人間にこの手の仕事が務まる訳ないじゃないですか」

少なくとも一般人と呼ぶには程遠い面々だろう。
前線に出ている者たちは特に。

「コロネ……?なるほど?
 ああ、あともう一つ随分と風紀委員を毛嫌いしている様に見えますが――

 ――何かありました?」

例えば私みたいなのに追いかけられるとか。
帰ろうと足を勧める彼女を止めるように立ちふさがって、
最も気になっていたことを質問した>

殺音 > 「ウケる」

なにいってんだこいつ。
落第街やスラムの住人で風紀が好きなやつなんているか?
いないどころか死んでほしいと思ってるやつのほうが多いだろうに。

「このへんで風紀委員好きですかーってアンケート取ってみなよ。
十割NOでうまるからさ
風紀嫌いの理由なんてすぐわかるんじゃね?」

わからないようならそれこそアホと狂人の集まりだ。
道を塞ぐ彼女から距離を取るように少し後ろへ。

日下 葵 > 「あら、そんなに嫌われているんですねえ。
 私がいつも見回る区域の人は、
 そこまではっきり敵意を向けてくる人は”そんなに”いないんですけどねえ」

というのも、自分は他の風紀委員に比べて相当ゆるく警邏をしている。
いつもと違う動きをしたりしなければなにも言わない。
だから仲良く、とまでは言わずとも、敵意はそこまでなかった。
なるほど、違う区域や風紀委員はそうではないらしい。

「なるほどなるほど。
 いやあ、その辺疎いんですよね。
 他の人の区域に行くこともまぁまぁ珍しいですし」

じり、じり、と距離をとる小柄な彼女。
後ろへ後ずさった分、前へ、前へ>

殺音 > 「お仲間に聞いてみなよ。
今まで何人このあたりで殺したかさー
それに取り締まられる覚えなんて無いっての。
見回りするなら一般生徒のいるところでやれよ。へーわ守るべきはそのへんだろーが
見誤ってんだよ、あんたら」

こんなところを見回る理由なんてない。はっきりと言えば。
渋谷あたりで取締してりゃいいのに、一般生徒がほぼいないところでこんなことを見回る理由。
そんなもんきまってる。

『正義』を振りかざして合法的な暴力をふるいたいだけだ。
精神的なマウントを取ってネチネチとなぶりたいだけだ。
そんな奴らが好きになるやつなんてのはよほどのドMだ。

「じゃあその区域にでも行ってろよ。
あーしにかまってないでさ」

更に下がる。

日下 葵 > 「一般的な生徒が多い場所は、
 前線勤務じゃない風紀委員が担当していることが多いですからねえ」
 ……さぁ、他の風紀委員が何人殺したかは興味がないですし、
 殺したら殺したで面倒ですからねえ。
 私に限った話をすれば、殺そうと思って殺した人はゼロですし」

大量破壊兵器的な異能を持つ委員がどうなのかは知らない。
自分はそんな必殺技じみたいのうを持ち合わせていないので、
想像の域を出ないといってもいい。
兎角、同僚が何人殺したのかに興味がないというのは本当だった。

「なにか勘違いしているようですが、
 ここでの警邏は表の世界を守るための警邏ですよ?
 こういう場所は”マジでやばい組織”が隠れるのにちょうどいいですからね」

だから事前に芽を摘んでおくんです。
そういって、また一歩詰め寄る。
お互いの距離は――ずっと一定のままだ>

殺音 > 「わるいんだけど、他人がやったことだから知りませんで納得できると思ってんの?
本気でイカれてんのかな?
自分はやってないから大丈夫?鉄砲持ってバンバン撃ってひどい目に合わせちゃいますよーって?
冗談はよそでやってくんねー?」

こいつは殺してないから問題ない。
とはならない。
どうせ風紀だ。
捕まったあと何をするかなんてしれたことじゃないし
こいつは殺してないから風紀は安全ですーなんて思えるわけがない。

とてもじゃないが信じられない。

「毎日毎日うろうろされて
怪しいからって殴られたり殺されたりストレス与えられてちゃやってらんねーっての
確証得てからうろつけ間抜け」

まだ下がる。キョロキョロと周りを伺って。

日下 葵 > 「その様子だと随分と風紀委員に酷いことをされた様ですねえ?
 そんなことを言ったら、
 ここの人たちだって犯罪者と大して変わりがないですよ。
 『まともに生活していないんだから悪い人に違いない』
 そんなことを言われたら困るでしょう?
 偏見は良くないなぁと思うんですよ」

私に限って言えば、殺していないだけで相応のことをしているので
貴女の偏見は別に気にしませんけど。

なんていう顔には、わざとらしい笑顔がずーっと張り付いている。

「こんな場所でもそれなりの手入れは必要です。
 抑圧に屈して愚痴るだけでは、
 また違う風紀委員に同じことをやられて日が暮れてしまいますよ?
 うろうろされてストレスがたまるなら、
 そのわかりやすい敵意を包み隠す工夫くらいはしてみてくださいよ」

そう、ここは体裁的に存在しない街。
健全であるとされる街の一部である。
やや放置気味とはいえ、完全に管理外というわけでは決してない。
さっきからキョロキョロと周囲を気にする彼女に、また一歩近づく>

殺音 > 「は?困るでしょう?
現にそういうふうに見てんじゃねぇの?
だから何人殺してもあの鉄火巻野郎が咎められることなんざ無いし
怪しいからって職質断っただけでこんな追っかけ回されるんだろ?
だったらこっちがあんたらどう見ようがどうだっていいだろ」

詭弁を弄する女。
こういうやつほど信用ならない。
そもそも、風紀なんて言うもんに与えられた特権がでかすぎて
狂いに狂ってるコイツラの倫理観なんて到底理解に及ぶものではない。

「だったら、こんなところ無くす努力でもしてみせろよ
体の良いストレス解消の遊び場で遊んでねーでさ」

キョロキョロと見回す、さらにもう一歩下がる。

「あんた、さっき骨折ったみたいだけど」

日下 葵 > 「風紀全体がどう見ているか、という意味でなら、それはわかりかねますねえ。 私個人ではそんな風に見ているつもりはありませんが。
 相手が風紀だろうと、二級学生だろうと、同じ人間ですから」

痛めつければ同じ反応をもらえますし?
そんな言葉が続く。

「逃げられたら追いかけますとも。
 相手が誰だろうと怪しい人間は地の果てまで追いかけて問い詰めますよ。
 質問して、怪しくないならそこまでです。
 コロネさんがどんな立場で、私をどんな風に見ていようが、
 私のやることは変わりません」

ここが落第街だろうと、歓楽街だろうと、商店街だろうと、
やることに変わりはない。

「ええ、なくす努力の結果としての職質です。
 ストレス解消でこんな場所を選んでいる?
 面白いことを言いますねえ。
 私にとってはどこでも、誰でも遊び相手です。
 そういう意味で、倫理観がぶっ飛んでいると言われればその通りかもしれません」

自分は風紀が正義だとか、ルールだと思ったことはない。
この組織に所属している理由もそんな大義名分なんかじゃない。
自分の欲求と、かつての師の教えに忠実なだけ。
そこに場所も、身分も大した意味はない。

そういう身勝手さが、彼女の、コロネの風紀への憎悪の原因なのかもしれないが。

「ええ、折りました。ご覧の通り、もう五体満足ですけど」

さらに下がる彼女。
また詰める風紀。
もうそろそろ背後も行き止まりだろうに、どうするつもりだろうか>

殺音 > なるほど、理解できた。
目の前のやつがどれだけクソ野郎か。
鉄火巻野郎も相当なイカレ野郎だけど、こいつもどっこいどっこいだ。
殺して楽しむか痛めつけて愉しむかの違いなだけ。

こいつにとってはどこの人間であろうが誰であろうが
玩具ということだ。
本気でいかれてる。

「治るってなら…まぁ、もっかい折れてもいいか」

くるりとその場で背を向けて小石を拾って壁向こうの空へ投擲する
そして範囲ギリギリ…高さ15mってところか。

廻々《ワンダー・アスポーツ》

小石と女の位置を入れ替える。

「じゃ、そういうことで」

彼女の落下を確認することなく走り出す。
落ちて無事だったとして壁の向こう。
そうかんたんには追いつけないだろう。

日下 葵 > 「ああ、その顔、警戒していますねえ?
 いやぁ、仕方ないです。無理もないです。
 ただ一点、訂正させてもらうなら――

 ――神代君は楽しんでなんかいないと思いますよ。
   彼はもっと数字で見るタイプの人ですから」

果たしてこれはフォローなのか、どうなのか。
特別私が彼に肩入れする理由もないので、フォローではないのかもしれない。

「おやおや、治るなら折れてもいいかときましたか。
 それはまた随分なものいいです」

そういった瞬間、彼女が身体を屈めると――石を投げた。
まさかと思い、屈んだ彼女を手でつかもうとしたとき、
すでに身体は宙を舞い、手は空をつかんでしまった。

「本当に愉快な能力ですねえ!
 次にあったときにはもっと楽しませてくださ――」

言葉が終わる前に、壁の向こうから米の入った袋を落としたような音が響く。
その音が、すでに走り始めた彼女の耳に届くかどうか定かではないが>

殺音 > 数字だろうが愉しみだろうが
ここの人間殺し回って、痛めつけて、それを満たすっていうのならば
『敵』でしかない。

この女も厄介なタイプ。
今後はマークしたほうがいいだろう。
日下といったか。
異能はバレたが、バレたところで対応に困るのが
あーしの異能、廻々《ワンダー・アスポーツ》だ。
幸い、逃げ回るのには適してる

「変態が…もう二度と顔もみたくねーし」

吐き捨てれば振り返ることもなくスラムへと走り去るのであった。

日下 葵 > 地面にたたきつけられて数秒。
落ちた場所には血だまりが広がっていた。
まるで水風船でも落としたかのように広がる赤。
その中心に、あらぬ方向に手足を向ける身体が一つ。

「……はー、ひどくやられてしまいました。
 なるほど、対象の2物体の位置を入れ替える能力ですか。
 いや、2物体とも限らないですかね」

愉快な能力ですねえ。
そういって、落下ですり切れてしまった制服の埃を払う。
曲がりに曲がった四肢はいつの間にか元に戻り、
華を咲かせていた地だまりはきれいさっぱり消えていた。

周囲を確認して、彼女の姿がないことを確認すると、
少し残念そうにして警邏を終えるのであった>

ご案内:「落第街 路地裏」から日下 葵さんが去りました。
ご案内:「落第街 路地裏」から殺音さんが去りました。
ご案内:「落第街 路地裏」に羽月 柊さんが現れました。
羽月 柊 >  
紫の髪が薄暗い路地に揺れる。
コツン、カツンと質の良い革靴が音を鳴らし、
小さな白を二つ引き連れて、裏の道を過ぎてゆく。

顔の半面を覆う竜の仮面の下、桜が瞬いている。

この眼から見える世界はたった一つなれど、
どれほど大きなことが起きたとて、生きている限り、世界は続いていく。


この世から落ち逝くモノに手を伸ばす機会が増えた。
増えたとて、全てに手を伸ばしてはやれない。

『取りこぼしたくない』とはいえ、この闇の全てを救う事は出来ないし、
闇は闇のままで良いと言うモノもいる。

闇でしか生きられぬモノもいる。


──そう、これから逢うモノも、また。


男は煙草を取り出して口に咥え、
パチリと指を鳴らせば先端に火が付く。

羽月 柊 >  
呼吸を一つ零し、煙を取り込んで、吐く。
煙草の匂いはしない。もし分かるならば、それは僅かな魔力の匂い。
《大変容》の起きた後のこの世界には、ありふれた匂い。

一度蒸かすことでそれに魔力を通す。それだけでいい。
それだけで、この煙草は、"魔法の品"として機能するのだ。
口から煙草を離し、唇を細めてふぅと息を吐けば、白い煙が消えないまま、路地を這う。


仮面から覗く桃眼を煙の行く先に走らせ、この歩く路を一部分…切り取る。

とはいえ決して強いモノじゃあない。
気配に敏感ならば気づいてしまう、魔力が扱えるならば、簡単に超えられる。

それでも、ここは裏の雑踏の中。
男に興味を示さなければ、それは成される事はないだろう。


カツン、ともう一歩踏み出せば、
音は煙の這う先で反響するように跳ね返った。

ロア >  
『すっカり、美味ソうな匂イになったナぁ、羽月。』

この黒スーツの男から発せられるには、
到底似合わないしわがれた声が、薄暗い路地に響く。

切り取られ、小さな"結界"状態になっている中で、反響する。


あらゆる影を落とす場所に、金色の丸い眼が幾つも開かれ、
それは一様に黒スーツの男に視線を向ける。

異邦のモノ、異世界のモノ、そういったモノに慣れていても、
この光景はなかなかに精神へ訴えて来る"ナニカ"があるかもしれない。

羽月 柊 >  
「…まぁ、以前に比べれば…君にとってはそうだろうな、ロア。」

男……羽月柊は、眼に動じることもなく、会話を交わす。
これまでの男の日常の光景の一つだ。

例え、表の世界で『教師』となろうとも、
変わる事の無い、変えるつもりも無い、己が歩んだ"魔術師"としての顔の一つ。

これから魔術を教える時に、この顔を見られるかといえば、
余程男の深部へ触れなければ、居合わせることは無いだろうが。


「……だからと言って、食べてはくれるなよ。
 教師に成りたての人間が消えたとなっちゃあ、君にとっても良くないだろう?」

視線を落とし、足元にある自分を見つめる眼の一つを桃眼で見返してそう話す。

ロア >  
『ギャッギャ、わガってイる。ワかっていル。
 羽月、オマエは『オレ』のお気ニ入り。"ミモザ"のオ気に入りダ。
 どれホど飢えダとしても、喰ウことはアり得ない。

 オマエが、喰うテくれと言うなラ、別だけドなァ?』

響く声が歪に笑い、視線を落としている上から、
黒がぼたぼたと振って来る。

今日は上からか、なんていう柊の声にまた笑いを返して、
フードを被った"混ざり物"は口角を上げている。


『まったク、こドモの頃の、オマエを見ていルようダ。羽月。
 『オレ』も少シ、戻りたクなったヨ。昔ニな。』

羽月 柊 >  
「……それは、ありがたいが……、
 戻りたいというのは、本心なのか? ロア。」

柊の声が、静かな路地に響く。
男の前の異形。"邪神の混ざり物"と称されるソレ。

対峙するイキモノに、生命の危険を知らせるナニカ。

──そして、それは、男の古くからの知り合い。


彼とソレの間に何があったかは、今だ語られてはいない。
柊の過去が明らかになったとて…全てが語り尽くされた訳ではない。

『物語』は、常世島の端で、今も続く。

ロア >  
『くくくァはははハハハ!!!』

柊からの問いかけに、しわがれた声が盛大に笑い声をあげた。

あぁ、あぁ、可笑しくてたまらない。
全くもって良い反応をするようになった。
異形が持ちうる悪寒や瘴気という氷でも、"熱"を冷やしきれなくなってしまった。


──この島の『生徒』たちに、『教師』たちに、感謝を。

──『オレ』たちの大事な羽月に、『オレ』たちでは出来なかったことをしてくれた。


『まさカ。』

ひとしきり笑った後に、異形は男にそう言葉を返した。

『無理ナこどは、オマエがよく分かッているダろう? "魔術師"。
 その"熱"は、『オレ』じゃナくて、こドモや、たマゴたちに、向ケな。』

変えられる現実はありとて、変えることの出来ない現実だってある。
異形の発する言葉は、それだけで、男の唇を引き結びさせることが出来た。

羽月 柊 >  
「……そうだな、すまなかった。ロア。」

少しの沈黙の後、味のしない煙草の煙を一旦吸い込んで、
溜息を誤魔化すように吐き出す。

『謝ル必要は無イ』なんて言葉が返ってきて、誤魔化した溜息をもう一度出しそうになった。


「…それで、本題はなんだったか。
 "あちら側"が騒がしい、とかいう話だったな。」

ひとしきり近況の話が終わり、ようやっと男も落ち着く。

今日、本来ここに来た意味。裏でしか交換できない情報の入手。
裏の闇に潜み、"喰らう"故に相手が知っていること。


『あちら側』。

異世界とは少し違う場所。異世界より近くて、現実よりは遠い場所。
この世界と重なっている……"妖精の道"だとか、そういう場所。

怪異だったり、目の前の異形だったり…そういう、"隣人"の世界。
《大変容》の起きたこの地球の常識すら、容易には通用しない場所だ。

魔術師故に、ある程度は把握しているし、一時的に利用することもままある。
けれど、決して油断の出来る場所じゃあない。

ロア >  
『あァ、常世渋谷ニ大きな"あちら側"があルのは、オマエも知っテいるだロウ?』

それは、裏常世渋谷。怪異・霊的存在の巣。

曰く、ヒトならざる存在の店舗が点在している。
曰く、自分自身に襲われる。
曰く、己の『醜い』と思う部分を突き付けて来る。

常人であるならば、長期滞在は難しい。

柊のように、心の弱い部分を持っていて、
そこから目を逸らして生きているならば尚更に。

昔の羽月柊ならば、"通り道"としてごく短い時間滞在することはあったとしても、
長居をすれば、容易に心を壊されてしまっていただろう。そんな場所だ。

今の目の前の男は、もう少し耐えてくれるだろうと思うが。


『なンでも、"列車"があそコで暴走しているラしい。
 物見遊山で見ニ行ったガ、眼玉の一つヲ軽く轢かれてシまいそウだったヨ。

 どうヤラ、委員会やラ、色々な所が動き出しテる。
 表にハでなイ……俺たチ裏では、ともカくナ。』

故に、これは忠告。
男が『取りこぼす可能性』への、ささやかな注意喚起。

『だカら、気を付けルがイイ、羽月。
 子供たチもそうダが、オマエ自身もナ。』

羽月 柊 >  
「…こちら側同様、あちら側でも何かが起きている…か。」

隣り合った世界。位相の違う場所。
こちらが平穏でない時があるように、あちら側がずっと平穏な訳がない。
もちろん、個人規模のことは毎日のように起きているとしても、だ。

委員会やあらゆるモノを巻き込んだことが起きようとしている。
それは、自分達のような『大人』も、例外ではない。

この島に生きているならば、例外には成り得ない。
『教師』も『研究者』も、だ。


「分かった。情報ありがとう、ロア。」

咥え煙草にして、手持ちの鞄から、試験管に入った赤い液体を取り出して渡す。
ロアはそれを恭しく受け取り、頬ずり。


──魔術煙草もそろそろ切れる。今日の話も、もう終わりが近づいている。


その後、二言三言言葉を交わし、彼らは別れた。

異形と男は、これからも……交流を続ける。

ご案内:「落第街 路地裏」から羽月 柊さんが去りました。
ご案内:「落第街 路地裏」にジーン・L・Jさんが現れました。
ジーン・L・J > コツ、コツと闇の中でも赤い艶を放つハイヒールを鳴らしながら、長身の黒と白の人影が現れる。
待ち合わせているのは情報屋、という触れ込みの男。指定された時間通りだがまだ来ていないようで、《大変容》前からの馴染みの煙草、窮極門を懐から出して口に咥える、煙草の1/4が灰になった頃、情報屋はようやく現れた。

わざとらしくローブで目元を隠した――暗闇を見通せるジーンには素顔が丸見えだが――そのリザードマン種族の男は偽装と同じくやり口お粗末な物だった。
情報屋か確認すれば肯定するが、嘘であることは防音魔法と偽ってかけた真偽看破の魔術がジーンにだけ雄弁に語る。
万が一の可能性に賭けて話を聞こうとすれば遮って情報料の要求、これには少し苛ついた。大げさに肩をすくめてため息をつく。
払わないなら、と凄もうとする男の腹にジーンの拳が突き刺さる。体をくの字に折り曲げて苦悶する顔に膝を叩き込む。そのまま男は仰向けに倒れた。


自分を抑えるためか、一度深呼吸をしてからジーンが口を開く「あのさぁ。私、君に繋がるまでにそれなりの時間と費用をかけてるんだよ。どうしてくれるんだい?週末まるまる使ってこれとかさぁ。」
鼻から流れる血を手で止めようと無駄な努力を続けるトカゲ男を踏みつけながら懐を探る。薄い財布を見つけて中から紙幣だけ抜いて捨てた。

ご案内:「落第街 路地裏」に黒龍さんが現れました。
黒龍 > 落第街の路地裏を一人の男が煙草を咥えながら歩いている。少し通らないだけで様変わりしている事も珍しくないこの街だが、数年も暮らしていれば慣れたもので。

「―――?」

ゆっくりと紫煙を燻らせながら路地裏をまるで目的地でもあるかのように進むが、特に具体的な行き先は決めていない。
…と、何やら”妙な気配”を感じて足を止める。
少しの間、煙草を咥えたまま思案するかのような間を置いて――方向転換。
そのまま、ゆっくりとした足取りで女と情報屋の男がやり取りしている場所へと姿を見せようか。

――丁度、彼女が倒した情報屋の男――種族は…リザードマンらしい…から財布を抜き出している場面を眺め。

「何だ、物盗か……交渉決裂でもしたのかよ?」

特に気配も足音も隠そうとはせず、堂々と数メートルの距離を置きながら女へと声を掛ける。
リザードマンの男の方も一瞥はするが大してそちらに興味は無いようで。

サングラス越しの黄金の瞳は、女を静かに眺める……矢張り”妙”な感じがするな、というのが素直な感想。
特に、先ほどから左腕の黒い義手に内蔵された禁書の一冊が、薄く反応を示しているのだ。

ジーン・L・J > 近づいてくる足音と気配。強い存在だ、小金目当てに茶番を始めるようなチンピラとは違う。
仲間ですらないだろう、そうならもっと急ぐか、警戒する。だがその足取りはまるでちょっと気になったから来ただけ、というようなゆったりとしたもの。

声をかけられれば、リザードマンから足をどけ、そちらを向く。異様な姿である。純白の顔に同じ色包帯で目を隠している。
それでも見えているらしく、しっかりとこの場に現れた第三者に顔を向け。
「両方、かな。こいつは私から時間と金を奪って、交渉も決裂した。だから少しでも取り戻そうとしてるってわけなんだけど。」
シッシッ、とふらつきながら立ち上がった情報屋もどきを手で追い払う仕草をする。
この男は強い、そして、何か"ヤバい"ものを持っている。煙草をくわえたままの口から紫煙が漏れた。
「ここでやっちゃいけないようなことには、思えないんだけど?」
僅かに腰を落として備える。立ち向かうにせよ逃げるにせよ、どちらでも出来るように。

黒龍 > 女の姿を改めて確認する。スーツ姿なのは別に女であろうと珍しい、という訳でもない。
その両目には白い包帯が巻かれており、どう考えても見えない筈だがまるで見えているかのような立ち居振る舞いだ。

まぁ、異能や魔術、特殊能力に事欠かないこの島ではそういう輩もそりゃいるか、と思いながら煙草を蒸かし。

「成程、そいつはご愁傷さん…とはいえ、目算を誤った自業自得でもあるんじゃねーか?」

別に、彼女がここで何をしていようが男は特に気にしない。
一応、昔、知り合いのせいで『鋼の両翼』という落第街の自警団じみた所に所属してはいるが…。
本人が単独行動を好むのと、自警団という活動にそもそも関心が薄いので名前だけ貸しているようなものだ。

まぁ、それはさて置きー―僅かに腰を落として構える女を悠然と眺めつつ、緩く肩を竦める仕草。

「別に、そっちが恐喝してようが強盗してようが殺人してようが俺は気にしねーんだが…。
ああ、気になる点が一つだけあったんでな。好奇心ついでに確認させて貰いたいんだわ」

そう口にすれば、軽く左腕を掲げる。一瞬、その義手が淡く輝いたかと思えば、そこから一冊の黒い書物が姿を現す。
ふわふわと宙に浮いたそれは――いわゆる”禁書”と呼ばれる類の魔導書の一冊。

「――”コイツ”がちょいと反応してたもんでな。もしかして”同類”なんじゃねぇかって、気になっただけだ。」

そう、ただそれだけ――別に捕まえるだの闘る気だのは特には無い。あちらが仕掛けてくるなら”火の粉は払う”が。

ジーン・L・J > 「騙されたのが悪い、と言ってしまえば確かにそうだけど。憂さ晴らしと損害の回収をしちゃ駄目ってわけじゃない、と私は思うけど。」
ここがどういう場所か、ある程度は知っている。法の及ばぬ無法地帯。財団からも学園からも無いものとされているため、法があるとすれば無法者同士でそれとなく共有される暗黙の了解だろう。そしてその中に相手を殴って財布を奪ってはいけません、なんてものはないことぐらいは推察出来る。

「私も自分に利害が及ばない限りは君が何しようと気にしないことにするよ、そういう所だろう?ここは。」
確認?と僅かに、相手の全身と拳の射程が視野から外れない程度に首を傾げる。
左腕を掲げればジャリッ、とガタガタのアスファルトをハイヒールが滑り、一歩下がった。

そして、現れた"黒い"禁書に、ほんの一瞬、体をこわばらせる。
「同類、確かに私は禁書だ。君の見立てに間違いはない。でも私はそれ以上に近い存在であることを期待してる。ちょっと失礼。」
ゆっくりと、攻撃の意思はないと示すように懐から銀に光るナイフを取り出し、手近な壁を叩く。
鈴のような澄んだ音が通りからの喧騒の中でも確かに響く。魔力を感じられる者がいればその音に魔力が混じっていることが感知出来るだろう。
聞く者によっては、耳障りかもしれない。

黒龍 > 「まぁ、そこは風紀辺りに目を付けられなけりゃ、アンタの好きにすりゃあいいさ」

そもそも、彼女の憂さ晴らしや損害の回収は興味は無い。あるのはあくまで彼女の正体、というより素性だ。
己の持つ禁書は、かつて学園に一時期だが生徒として在籍していた頃、禁書の類が収められた書庫で偶然手に入れた物だ。
普段は魔術が使えない己の代わりに、魔力炉心となって色々と役立って貰っている。
…その禁書がこのような反応をするのは珍しいので、わざわざ方向転換して直接確認しに来たのだ。

「らしいな。俺は異邦人――別の世界から”門”で流れ着いた類だから、落第街の事に関しちゃまだまだ初心者だがよ」

一応、2,3年くらいは暮らしているから完全に初心者、という訳ではないが。
彼女の警戒はありありとさりげない彼女の所作からも伝わってくるが、男は一歩も踏み出す様子は見せない。

――そして、ビンゴ…矢張り彼女も禁書の一冊か。人型になれる時点で”コイツ”より格は上そうに見えるが…。
と、彼女の懐から取り出したナイフを一瞥する。手近な壁に彼女がそのナイフを振るえば――…

「―――魔力反応……って、おいコラ」

魔術は封じているが、魔力感知は残しているので直ぐに察するが、それを攻撃の意図と認識したのか傍らに浮かぶ黒い書物が威嚇のように闇属性の魔力を発し始める。

…のだが、男が左腕の義手でそのまま書物に軽くチョップを食らわせれば、直ぐに大人しくなるだろう。
禁書を手刀一つで黙らせる、というのもシュールな光景ではあるかもしれないが。

耳障りな反響音じみたそれも平然と聞きつつ、彼女の方が何かを確認したいのは理解する。

「…言っておくが俺自身は禁書とは関係ねーぞ。人間じゃねーのは確かだが」

ジーン・L・J > 「私は禁書だけどこの世界生まれさ。《大変容》のすぐあとから最近まで寝てたから、現在の世界に関しては君のほうが先輩かもっ…ッ!」
男の左腕の禁書が苛立たしげに返してきた魔力に表情を変え一気に数mほど飛び退く。捨てられたナイフが地面に着くと同時に着地、その手にはいつの間にか大振りの曲刀が握られている。
「恐ろしいなぁ、飼い主ならちゃんと躾けといてくれないかい?わんちゃんに手を伸ばしたら本気で噛みつかれそうなったような気分だよ。私は臆病でか弱いからね、そういうの怖くて仕方ないんだ。
今のでわかったけど、そちらさんは私が求めてるような相手じゃないね。同じ禁書だけど、それはキッチンナイフとロングソードを同じ刃物でくくるようなものだ。もちろん私がキッチンナイフ。」
明るい声、薄く笑う口元、しかし警戒はもはや最大限に達したようで、武器をしまうような素振りは見せない。

「私はね、仲間を探しているんだ。」
魔術を、最低限の魔力で相手側の狂犬を刺激しないように気を払いながら銀のナイフを手元に引き寄せる。
「私の仲間は皆同じナイフを持っていて、鳴らせば共鳴して互いの位置がわかる。聖別されたものだからある種の存在には耳障りなんだけど、そんな存在に出くわすことは《大変容》前ならなかったからね。」
失敗失敗、とわざとらしく汗を拭う仕草。汗の一つもかいてはいないが。

「ところで君、初心者って言う割には結構ここで知られてる顔なんじゃない?さっきのトカゲくん、君が来た時"助かった"と"ヤバい"の混ざったような顔をしたから。」
ここの法、とまでは言わないだろうが、ある程度の力を持って他者を従わせることが出来る存在だと、ジーンは踏んでいる。
そうでなければあれほどの禁書が大人しく従うはずがない。

黒龍 > 「――成程。んで人の姿を取ってるのは自前か?…ああ、悪いな。コイツ割とそういうのに敏感っつーか攻撃的でよ。
まぁ、普段はそもそも表に出してねーから、こういう反応をされるのは手に入れてからは初めてだが」

やれやれ、と吐息混じりに紫煙を吐き出しながら禁書を今度はコンコンと軽く指先で叩いた。
すると、不承不承、という感じではあるが禁書は淡い黒の光に包まれて男の左腕の義手の中に吸い込まれるようにして姿と気配を消すだろう。

「…あぁ、まぁそこは悪かった。俺としちゃ単なる確認のつもりだっただけで、そっちを威嚇する意図は無かったんだがよ。…まぁ、警戒するなっつぅ方が無理があるわな」

手近な壁によっこらと背中を預けて煙草を蒸かす。これ以上近づけば、彼女は逃げるか仕掛けてくるかもしれない。
そもそも、彼女の警戒心をひしひしと感じているので、余計な刺激をするつもりも無く。
あくまで男は確認が目的だったので、禁書の先ほどの行動については溜息しか出ないが。

「――仲間ねぇ。…生憎と、俺が持ってる”コイツ”は人の姿は”取らない”みてーだし、ナイフの類は持ってねぇから、まぁ外れだろうな」

緩く肩を竦めながら、1本目の煙草がそろそろ吸い終える頃合。吸殻はそのまま素手で平然と握り潰して風に流しつつ、2本目の煙草を取り出して口に咥える。

「…それなりにな。別に有名人でもねーが…ついでに言えば誰かを従わせるなんて面倒だから性に合わねーよ。単独行動が好みだからな」

自由気ままにやりたい、というのが男の基本的な行動指針だ。従わせる、という事は別にする気も無いし興味も無い。
この禁書だって、勝手にこちらに感応して勝手に持ち主に選んできただけだ。

ジーン・L・J > 「そうだね、魔術なんておとぎ話、人間の差異なんて肌の色ぐらいの時代だったから、人に紛れる必要があった。
いやぁ、私も不用意だった。まだ世界の変容についていけてなくてね、それであんなチンピラと会うために金を払う羽目になってるんだけど。」
禁書の気配は消え壁にもたれかかった相手、隙だらけの姿を晒すのは害意が無いことの証左だろう。
そうなれば武器を握り続けるのは流石に失礼だ。飛び退く前、大体5、6mほどの距離まで歩み寄り、魔力で練り上げた武器をまた魔力に還元する。代わりに根本近く灰になった煙草を携帯灰皿に押し込み、新たに一本取り出して銀色のオイルライターで火を点ける。
緊張の糸を緩めるように大きく吸って空に向けて紫煙を吐き出す。薔薇の香りが周囲に漂った。

「そうだね、黒い本、私も黒い本だから少し期待したんだけど。残念。」
どこ行っちゃったんだろうなぁ、皆。小さくつぶやきながら天を仰ぎ、煙草の灰を足元に落とす。

「ローン・ウルフってわけか、かっこいいね。それじゃあ落第街が縄張りのカッコいい狼さんに聞きたいんだけど。ここで失踪者が沢山出てる地域とか知らない?」

黒龍 > 「俺はこっちの世界の昔っつーもんはさっぱりなんだが…まぁ、アレだ。時代の流れっつーか…何て言ったか…カルチャーギャップ?みたいなのは分かるな。
まぁ、今回のでアンタも学習しただろうし、情報屋を利用するなら事前の下調べはしっかりな。
情報屋なんて、落第街じゃピンからキリまで居るから、そこを精査するのはアンタ自身だ」

もっとも、彼女の話が本当なら目覚めたばかりでまだ正確に情勢や地理、情報をインプットしきれていないように感じたから無理も無い。
と、彼女がまた一定の距離まで近づいてくれば、練り上げた武器をまた魔力に戻していく。
それを確認すれば、新たに煙草を取り出して吸い始めた彼女と同じく、こちらもジッポライターで火を点けて一服を再び始めつつ。

「あぁ、まぁ期待外れっつぅか空振りなのはしょうがねーよ。
そのお仲間がどんだけいるのかはわかんねーが、世界中に散ってる可能性も普通にあんだしよ」

この島に残りの仲間が居るとは限らない訳で。まぁそこをちくちく指摘するのは野暮だからしないが。

「別に、そこまで気取ったもんじゃねーんだけどな。…失踪者ねぇ。
この街は人身売買してる連中とかもゴロゴロ居るからな。」

つまり人が失踪するのは大して珍しくは無い。それでも、その数が特定地域で頻発すれば、或る程度は耳に留まるだろうが。

「――この辺りだと、ここから北東の『悪童達の庭』と、南東の『ガラクタ通り』ならそれなりに失踪者も多いとは思うが。あとは落第街の奥のスラムとかもだな」

ジーン・L・J > 「ありがとう、でも時代は進んでるからね。追いついていかないとそれこそ骨董品になってしまう。本棚に飾られるのはもう飽き飽きさ。
もっと信頼できる相手からたどることにするよ、今回は急ぎすぎたよ。」
ため息に似て煙草を吸えば、灰が占める部分がどんどんと長くなっていき、大きな輪の形に煙を夜空に吐き出した。

「慰めてくれたならありがとう。考えられるのはもう居ない可能性もあるね。《大変容》からもう随分経つ、あれは人間が死ぬにも禁書が滅びるにも十分な動乱で、十分な時間も経ってる。探してはいるけど、見つかればラッキーぐらいの気持ちさ。」
浮かべっぱなしの薄い笑みが一瞬弱々しいものを見せる。

「面白い名前が付いているんだね、正式な地図がないから名前で大体わかるようになってるわけだ。」
つまり悪ガキがたむろしてる辺りと、ガラクタが積み重なっている辺り、そして文字通りのスラム街。頷きながら脳内で軽くメモをしておく。

「情報ありがとう。ローン・ウルフと呼べないなら、名前をいただけるかな?私はジーン・L・ジェットブラック。ジェイ、イー、エー、エヌ、ミドルネームはアルファベット一文字でL、あとは一番黒い黒色のジェットブラック。」
空中に指でスペルを書く、対面であるため鏡文字だが手慣れた仕草だ。
笑みを浮かべる口元や立ち振舞にもう警戒の色は薄く、人懐っこさすら伺えるだろう。

黒龍 > 「――確かに、時代は進んで移り変わるもんだ。その速度はゆっくりのようで…割と早いからバカにならない」

世界は違うが、時代の移り変わりをリアルタイムで見てきた者としては、何処か苦笑じみた形に口の端を歪めて。

「――慰めたつもりはねーよ。ただ、アンタのお仲間が一人くらいはこの島に居るかもしれない。
少なくとも、諦めるのは隅から隅まで探し尽くした後にするもんだ。
…あぁ、だからそのくらいの気持ちでいいんだと思うぜ俺は。長丁場の”捜し物”になりそうだからな」

一瞬垣間見た弱弱しさは見逃さないが、優しいお言葉なんてよく分からない。
だから、そう口にしながら煙草をゆっくりと蒸かす。こんな路地裏からでも空は見える。

「…通称みてぇなもんだけどな。そもそもこの落第街に正式な地名、とかそういうのはねーだろうしよ。
まぁ、他にもあると思うが俺が直ぐに思いついた場所はその二つとスラムくらいだな。

――名前?ああ、黒龍だ。偽名だけどな…ご丁寧にどーも。まぁ、ジーンと取り敢えず呼ばせて貰うわ」

ま、よろしくな。と、そう軽く右手を軽く挙げてみせる。一期一会も珍しくないこの街だが、また彼女と会う事もあるかもしれない。だから”よろしく”だ。