2021/03/08 のログ
■黛 薫 >
意志だけが篭った──意志"しか"篭っていない拳は
軽かった。武術どころか喧嘩の心得もない、腕力も
ない、体重も軽い。鍛えていなくても容易く受けて
止められる……それだけの力しか、なかった。
たった1発、次に振り上げた拳をぶつけることすら
ままならず、足をもつれさせて地に膝をつく。
目眩がする。堪えていたものが抑えきれなくなり、
胃の中身を地面にぶち撒ける。……これだけ嫌って、
憎んで、殴りかかっておきながら、反射的に吐瀉物を
貴方の靴に吐きかけないように、顔を逸らした。
自分の服の襟元を、袖を汚して、引きつけのような
泣き声を漏らしながら地面を掻く。出会った日に
噛みちぎり、手当を促された傷がまた開いて……
舗装路に赤い線を残していく。
殴りかかることは出来たくせに、汚れた手で貴方の
足を掴むこともできない、半端に嵌められた軛は、
社会性か、道徳か。
……彼女は『追いやられた』と口にした。
そして、きっと自分でもそれを信じている。
だが、違う。違うのだ。
彼女は『表』の世界での居場所を持たない。
しかし『裏』の世界でもまた生きられない。
だから『表』を守る貴方の主張を受け入れられない。
だから『裏』に味方して貴方の主張を否定できない。
だから意志"しか"、感情"しか"──
その拳には乗っていない、乗せるものが、ない。
どこまでも、弱い。
■神代理央 >
彼女の拳は、軽かった。
男子としては華奢な部類であり、彼女と同じ様に
武術の心得など何一つ持たない己ですらも
容易に受け止め、痛みも感じない。
何より、少女の"意志"は"感情"は――己の矜持を砕くには
余りにも――
「……無様なものだな。
風紀委員に、私に、鉄火の支配者に
拳を振り上げておいて、そのザマか。
最早、憐れむ気すら失せる」
少女に向けられる視線は――何一つ変わらない。
呆れと、憐れみ。それだけ。
吐瀉物を咄嗟に此方の靴にかからぬ様に顔を背けた時は
少しだけ、驚いた様な視線を向けたのだけれど。
「…本当に、憐れなものだ。
拳を振り上げておきながら、自らの汚物を私に向けるのは
憚られたのか。
規則に、体制に刃向かう事は本心ではないのか。
それとも、此の街に染まり切ってしまいたくないのか。
或いは、その両方なのか。
まあ、どうでも良い事だがね」
再び、足音。
撃ち殺した男の流す血を踏み
舗装路に伸びる少女の血を踏み
路上に拡がる少女の吐瀉物を踏みつけて。
少女の間近に至れば、膝をついて
地面を掻く少女と、更に距離を縮める。
「……無益な自傷行為だな。
そんな事をするくらいなら、私に爪を立てたらどうだ。
もう一度、殴り掛かったらどうだ。
その血を、私に擦り付けるくらいの事は
してみせたらどうだ」
慈悲の言葉はかけない。
心配も、憐れみも、無い。
少女を気遣う視線は、全く感じられないだろう。
向けられる視線にあるのは――僅かな怒り。
「……私が憎いのだろう。
雑草を刈る様に人を殺した私に、怒りを覚えているのだろう
ならば、その怒りをぶつけてみせろ。
立ち向かってみせろ。
その結果、過剰な暴力に晒される事になったとしても
拳を振り上げた貴様には、それを受け止める責任がある。
それすらも、それすらも出来ないというのなら」
自らの制服が汚れるのも厭わず
少女を抱き起そうとするだろうか。
――いや、抱き起こすというには語弊がある。
無理矢理引っ張って、此方に視線を向けさせようとする。
勿論、抵抗されればそれはそれで良い。
"視線"に過敏な少女に対して、強引に視線を合わせようとする
行為が抵抗されないとは思っていない。
次に己が紡ぐ言葉は、きっと少女の行動次第。
■黛 薫 >
自問する。彼の定める『表』と『裏』の境界は何処か。
彼の言葉は正当なようで、翻ってそのまま『表』に
搾取される『裏』に味方する理由になる。
『真面目に、健全に生きる者』は踏み台になった屍を
知らないだけで『善良』を名乗ることが許される。
持たざるが故に『平穏に生きるしかできない者』から
同様に持たざるだけで『平穏の踏み台にされた者』が
意図せず除外されている。
『表』を守ることを大義名分に『裏』の過激派を
処断する行為は『表』の過激派そのものでしかない。
──だが、そこまでだ。
『表』に味方する矜持に明確に対峙できるのは
『裏』に味方する矜持、それ以外にない。
対掌性を形にできるのは……『平行線』のみ。
『裏』の深くまで踏み込まない限り手にすることが
出来ないそれを、黛薫は持ち得ない。
引き摺られ、無理やり起こされる行為の最中には
反射的な抵抗が感じられた。それは『視線』への
本能的な恐怖。異物が眼前に迫れば目蓋を閉じる
ように、火傷したら手を離すように、染み付いた
無意識の行動。
震える指先はもがくように宙をかいたが、貴方の
手を捕らえるどころか触れることすら叶わない。
朦朧とした、焦点の合わない瞳がどうにか貴方に
一矢報いようと、その姿を探している。
──その手は、届かない。だから、せめて。
「どんな御託を並べたって」
「あーしはクズで、あーたもクズだ」
声を上げる。蟷螂の斧にも満たない抵抗の声を。▼
■黛 薫 >
冷や汗に塗れた髪の下から銀色の左目が覗く。
朦朧と、意識すら定かでなりつつある彼女の瞳が
──『明らかに彼女の意志に反して動いた』。
どちらにもなれない、黛薫の無様を。
『表』にしかなれない、鉄火の支配者の盲目を。
『何か』が、無感情に一瞥して。
消えた。
■神代理央 >
彼女の左目が。己を捉える。
その瞳だけが、まるで意志を持っているかの様に。
その奇妙な出来事に、無理矢理少女の視線を向けさせた儘
ほう、と興味ありげな視線を返すが――
返す頃には、既にソレは掻き消えていた。
後に残るのは、弱々しい仕草で
それでも、抵抗の言葉を告げた少女と
それを見下ろす己だけ。
向けられていた僅かな怒りの視線は、もうそこにはない。
「……そう。どうせ御互い様だ。
けれど『表』が。『社会』が。『多数』が。
正しいと判断するのは、決して貴様達では無い。
私が社会と規律の守護者である限り
そのやり方の過激さに異議を唱えるものがいようとも
私は決して罰せられない。
私の暴力は『社会』が肯定するのだからな」
言い換えれば、それは無関心が生んだ暴力。
落第街で人が死のうと。スラムで人が死のうと。
常世島の外で戦争が起きて、大勢の人が死のうと。
それは、表の住民にとっては遠い世界の出来事でしかない。
テレビの画面から伝えられる唯の『情報』
時折、可哀相だから支援しようとか。募金しようだとか。
その程度の事でしか、ないのだ。
自分達の住む世界の平穏が保たれていれば
それで、良いのだから。
だから、少年はその平穏を守る。
『表』の方が多数派である限り。
少年の行動原理は、社会の多数派を守護し続ける。
それだけでしかないのだ。
それが『クズ』と呼称される事であることは
自分自身も、良く理解していた。
「……それでも、お前は無様に足掻きながら。
嘔吐し、血を流し、涙を流しながら。
私に反抗し、抵抗する事を、止めなかった。
それもまた、一つの選択だ。
風紀委員に手を上げて。鉄火の支配者に刃向かって。
今ここで、死んでしまうかもしれない。
けれどそれは、お前が選んだ事。お前の選択だ」
投げかける言葉は物騒。
けれど不思議な事に、少女に向ける視線と声色には
確かに、慈しむ様な色が、ほんの少しだけ。
最も、既に意識も朦朧としている少女が
それに気付くかどうか。
「…さて。相変わらず貴様は面倒ばかりかけさせてくれる。
此処に置いていく訳にもいくまいし、かと言って…」
それで話は終わりだ、と言わんばかりの少年には
もう慈しむ様な視線も言葉も無い。
やれやれ、と言わんばかりの、溜息。
「……制服のクリーニング代を請求する訳にもいかんしな…。
鉄火の支配者のイメージ戦略というのも、決して楽では
無いんだが…全く…」
ぶつくさ、と文句を呟きながら唱える魔術。
肉体強化。非力な少年の筋力を底上げするもの。
常人を上回る筋力を魔力と魔術で無理矢理得てしまえば
ひょい、と少女を抱き上げようとするだろうか。
「…貴様に必要なのは、自分自身への矜持。
自らに対する、確固たるアイデンティティ。
表に戻るのか。裏で生きるのか。
それとも、何方でも無い黄昏で彷徨うのか。
それすらも決めかねているから、こんな無様を晒す。
だから、一つだけ自分自身を誇ると良い。
あの『鉄火の支配者』を一発ぶん殴ってやったのだと。
小綺麗な制服を、穢してやったのだと。
そうして、生き残ったのだと。
貴様にとって、それが自分への矜持に繋がるかは知らん。
しかし、まあ。多少の箔はつくだろうさ」 ▼
■神代理央 >
そうして、抵抗されなければ少女を抱き抱えて。
自身が乗って来た車両まで、えっちらおっちらと運んだのなら。
そのまま少女を乗せて――比較的近隣の常夜街。
その中でも比較的治安の良い場所のホテルの一室に
有無を言わさず少女を放り込んで
其の侭立ち去ってしまうのだろう。
少女が放り込まれた一室には、小さな荷物。
宿泊費と思しき高額な紙幣が数枚。
そして――少年が予備用に持ち歩いていた、自前の拳銃。
マガジンに弾丸も装填された、出所不明の軍用拳銃。
まるで、殴りつけた証だとでも言わんばかりに。
少女の元に、それは残されていた。
それをどう扱おうと構わないと言わんばかりに。
適当に、乱雑にハンカチに包まれた武器が一つ。
少女の手元に、残されていた。
■黛 薫 >
無我夢中に投げつけた言葉、細やかすぎる抵抗を
最後に少女の意識は途切れていた。気力が尽きたと
見るのが自然だが……残された僅かな気力さえも
何かに『持っていかれた』ように見えたのは……
果たして、気のせいだろうか。
いずれにせよ、少女は抵抗もなく貴方にも運ばれる。
貴方の『矜持/言葉』が彼女に届いたか、否か。
置いていった武器が、どう使われるのか──。
それはきっと……彼女にすら、まだ分からない。
ご案内:「落第街 路地裏」から黛 薫さんが去りました。
ご案内:「落第街 路地裏」から神代理央さんが去りました。
ご案内:「落第街 路地裏」に【虚無】さんが現れました。
■【虚無】 >
「少しサボりすぎたか」
はぁと息を吐き出す。まさかこうなるとは思わなかった。
とある組織を攻撃。その際に腹部にキズを負っていた。トドメの指し忘れ、それによる決死の1撃の結果だ。
傷はそこまで深くはない。だがその油断が問題だった。
「最近色々遊びすぎていたからな」
実動隊だというのに最近は薬や食料のルートの確保、そして虚無ではなく奏詩としての活動など、あまり実戦を行えていなかった。
その結果の油断。慢心。
「本当に……アホらしい」
思わず笑ってしまう。
血が腹部から少し滴り落ちる。
■【虚無】 >
そうしてしばらく時間をかける。傷があるのになぜかというと路地の外に人の気配があったから。
そしてしばらく経てば人の気配も消える。
「やっとか……さて」
壁から離れ歩き出す。
そうしてそのまま自身のアジトへと向かっていくのであった。
ご案内:「落第街 路地裏」から【虚無】さんが去りました。