2021/06/05 のログ
ご案内:「落第街 路地裏」に黛 薫さんが現れました。
黛 薫 >  
路地裏に甲高い音が響く。大きな音ではないが
出所の少女──黛薫にはやけに大きく聞こえた。

理由自体は大したものではない。マイバッグの
代わりにしばらく使っていたレジ袋に裂け目が
入っていたらしく、不意に破れて中身が地面に
散らばっただけ。

音の主な原因は量当たりの値段で見れば最も安い
部類に属するロング缶入りの酎ハイ。つまり缶を
落としただけのこと。炭酸入りの飲料を落とすと
『強い衝撃を与えてはいけない』意識があるから
少し慌ててしまう。

だから主観的には大きな音を立ててしまったような
気分になっていたが、路地裏近くに屯する浮浪者は
誰も反応しなかった。その程度の音量。

黛 薫 >  
反射で向けられる『視線』すら無かったのだから
立てた音を気にする必要など何処にもないのだが、
静寂を破る行為には小さな罪悪感がつきまとう。

図書館や映画館など、静かにするように定められた
場所は素より、大きな音の聞こえない方環境下では
自然と自重するような心理が働く。暗がりなら尚更。

誰に咎められるでもなくても、迷惑になるような
行為を恐れる小心さ、或いは道徳と呼ぶべき物を
抱えながら道徳に反する品を持ち歩くのは奇妙な
感覚だと思う。

やがて人気のない路地裏に辿り着き、袋が破れて
以降ずっと腕に抱えていたロング缶を割れかけの
地面に置いてプルタブを開ける。

黛 薫 >  
「あーぁー……」

予想は出来ていたが、缶を開けてすぐ泡が膨れて
飲み口の外にまで溢れ出して地面を濡らしていく。

たったそれだけのことさえ、慎重に扱わなかった
お前が悪いと言われているような気がしてしまい
胸の奥でもやもやしたものが蟠る。

ずっと前、ちゃんと学園に通っていた頃だったか。
前の席で炭酸飲料を吹きこぼしていた男子生徒と
その友人が馬鹿笑いしていたのを思い出す。

曰く、驚かせたくて自販機から買った炭酸飲料を
渡す前に振っておいたと話していた彼らを眺めて
何がそんなに面白いのかと冷めた思考を巡らせた。
覚えていた、思い出せたのが意外な瑣末な記憶。

黛 薫 >  
確か……あの日の自分は飲み物がもったいないと
いう感情が先に来て面白くなかったのだと思う。

今はあの頃より金銭的にも栄養事情的にもずっと
困窮しているのに、不思議ともったいないという
気持ちは湧いてこなかった。

(元々、飲まねー方がイィからなのかな?)

それとも、そもそも好きで飲んでいないからか。

噴きこぼれた分だけ口にするアルコールの量が
目減りしても、法に触れる罪悪感は減らないし
まして未成年飲酒の罪が軽くなりもしない。

流れて無駄になる泡を惜しいとは感じられないし、
溢れたってどうでも良いと思う。飲み終わり際に
底に残った滴を無視して捨てるのは気になるのに
この差は一体どこから来るのか。

黛 薫 >  
自分の行動、感情を掘り下げて考えると理由とか
理屈が見える場合もあるし、見えない場合もある。

例えば濡れた缶を拭きすらせずに持ち上げたのは
缶を拭いたハンカチを洗うより洗った手を拭いた
方が手間が少なくて済むから。無意識の行動でも
考えれば合理的な理由が見つかったりする。

そんな小さな気付きを得るだけの思索も繰り返し
続ければ疲れてしまう。疲れてしまうのに何故か
やめられない。思索の繰り返しに理由があるのか
考えてみたこともあるが、少なくともそのときは
納得のいく理由を見つけられなかった。

酒や煙草はそんな無意味な思考から逃げる上では
役に立つと言えるだろう。もっとも今となっては
そんな細かい理由に拘泥してはおらず、ただ単に
やめられないから惰性で続けているだけ。

ご案内:「落第街 路地裏」にフィーナさんが現れました。
黛 薫 >  
慣れただけで煙草の匂いを好きだと感じたことは
ないしアルコールの苦味も酩酊の感覚も好きでは
ない。嫌ならやめれば良い、という選択が依存に
よっていつの間にか断たれていただけだ。

だからわざわざお金を払って好きでもない嗜好品を
購入する一連の手続きが時々馬鹿らしく感じられる。

今だってきつい酸味と強い炭酸、アルコール特有の
苦味に顔を顰めながら缶の中身を飲み干すつもりで
口に運んでいるけれど……そこに合理的な理由を
見出すのは極めて難しい。

(甘い飲み物の方がぜってー美味いよなぁ……)

同じ500mlでも自販機で買ったペットボトル入りの
150円の清涼飲料水の方が安いし美味しい。損得で
考えればそっちの方が得だが、きっと自分は次も
またこの安酒を買うのだろうという確信がある。

同じく安くて粗悪な煙草に火を付けながら暗い空を
ぼぅっと見上げている。

フィーナ > 「♪~」
雨が降る中、傘もささずカッパも着ずに、濡れるも構わず裏路地の真ん中を歩いている。

全身に雨を受けているにも関わらず、濡れているようには見えない。

手に持つ大きな杖が、まず目立つだろう。

それが、薫の正面から、やってくる。

黛 薫 >  
呑気な鼻歌と、雨降りの地面を叩く軽い足音。
この落第街で傘を差さずに歩く者は珍しくない。
『濡れていない』異常性を考慮しなければだが。

傘にせよ雨合羽にせよ、生きるために必須でない
品は押し並べて落第街では贅沢品。だから例えば
身形の悪い浮浪者が傘も差さずに歩いていたなら
よくあることと無視していただろう。

年端もいかないような幼子の姿、掃き溜めの町に
相応しくないきちんとした身形は、何も知らない
表の住人が迷い込んできたようにさえ見える。

しかし──本当にそうであるはずがない。

歓楽街に面した大通りならともかくここは路地裏。
見た目通りの無垢な子供なら深くに辿り着く前に
食い物にされているはずだ。

「…………」

道の真ん中に置きっぱなしになっていたレジ袋を
脇に避けて道を開ける。見た目の通りでないなら
怪異の可能性もある。下手に刺激したくはない。

フィーナ > 「…………」
ちらり、と薫の方を見る。
『お母さん』ほどではないが、魔術に関しては知見がある。

だからこそ、魔力の残滓しか持たないこの子が、魔力の残滓に塗れているこの子が、苦労しているのはわかる。

眺めながら、考えるように顎に手を置く。

黛 薫 >  
非敵対的、かつ危険性が不明な相手と遭遇したとき
最も無難なやり過ごし方は『無視』である。相手が
此方に興味を持たなければ見逃してもらえる。

当然だが、今回のように相手が目の前で足を止め、
何やら考え込むように覗き込んできた場合は失敗。

(最近のあーしってツイてねーのかな……)

つい先日も強面の男性に身元を確認されたばかり。
敵意のない、単なる好奇心からの接触だったから
良かったものの、明らかな格上との化かし合いは
心臓に悪かった。

今回の相手の脅威度は不明だが、得体の知れなさに
焦点を当てればあまり有り難い相手ではない。

「何すか、酒ならやらねーですよ」

とりあえず軽口から入る、いつものやり方。
荒事になれば此方が切れるカードはないのだから
『取るに足らない者』を演じたいところだ。

フィーナ > 「…いえ。そんなものには興味ありませんよ。どちらかというと…貴方に興味がありますね。あぁ、別に今酷いことをしようとかそういうのではないのでご安心を。

随分と『苦労してた』ような形跡がありますから。

よくもそんな絶縁体のような体でそんなにも魔力の残滓に塗れられますね?」
彼女の資質を見透かす。彼女自身に魔力はない。ついでに言えば、『魔力というものを全く扱えない』ということまで見抜いていた。

「その様子だと、スクロールに魔法石とかでもダメだったみたいですねぇ」

舐め回すように、体を見る。

苗床としては、不適格すぎる。友好的に接しておくのが無難だろう。

黛 薫 >  
苦虫を噛み潰したような顔、隠しきれない動揺と
不快感。そして──それらの感情を塗り潰す程に
強い、精神的外傷に触れられた喪心。

絶縁体のような、という表現は言い得て妙だ。
呪いや封印でも此処まで真っさらな無にするのは
難しい。それほどに魔力との親和性が無かった。

髪の先から指の末端にまで染み付いた魔力の残滓と
取り除かれたように魔力の気配がない彼女との境が
感じ取れるほどで……不自然、不気味にすら見える。

「はっ、イヤミなら聞き飽きてるんで良ぃすけど?
そーゆーの見て分かるんなら、さしずめお目当ては
あーしが使えなかった諸々っすかね?」

表面上はともかく、内心では被害を減らすために
小狡く立ち回っていた少女の様子が豹変する。

貴方の目的を『使えなかった』魔導具の引き取りと
見ているようだが、当て推量と呼ぶにも雑な暴論だ。
恐らく、魔術関連の知識に秀でた者からの接触は
そればかりが目的だったのだろう。