2022/01/15 のログ
■『拷悶の霧姫』 >
「ご謙遜を」
その声には、何の感情も含まれていない。
ただ静かに降り積もる、白雪が如く。
静寂の中に凛と、意味のある音を示すのみ。
仮面の下の彼女の表情と同じく、何も映し出していない。
「その名を笑わずに語るのですね」
存在する訳がない、違反部活を狩る違反部活など。
裏切りの黒といえば、この落第街において与太話の一つだ。
何の根拠もない、風の噂に過ぎない。
それを笑わず口にするのであれば――それは、相当の情報通。
或いは、こうして眼前に捉えた者のみ。
少女は自らの仮面に指を添える。
その雪のような肌に、鮮やかな赤が艶かしい潤いを与えていた。
仮面に刻んだ魔術。その認識阻害効果は万全に働いていない。
それは、彼女の仮面に僅かに入った罅が物語っていた。
彼女の仮面につけられた認識阻害の魔術は繊細で、
ちょっとした衝撃でも機能不全に陥る。
「必要ありません……が、成程」
押し付けられた治療用パッチ。それを数瞬目にした後、
男の顔をしっかり見てから、少女は踵を返す。
「貴方の人柄はよく理解できました。
やはり、机上の情報だけでは不十分」
その手の内にある治療用パッチを少しだけ握りしめる。
「私達は、貴方がたのことも見ています。いつ何時でも。暗闇の中から――」
そのまま彼女は路地裏の闇へと消えていく。
まるで、刹那の内に溶けるかのように、自然に。
路地裏の闇に残るのはただ、真っ白な声の残響だけだ。
「――ゆめゆめ、お忘れなきよう」
そうして彼女の放っていた色――
全ての気配は、ふっと消えるのであった。
ただ一夜の、夢のように。
■紅龍 >
「笑うかよ――いい理念だと思ってたからな」
正義を語る連中よりも、格別に好感を持てた。
だから、与太話のような噂も、目撃証言も、馬鹿正直に記憶していたんだ。
「必要ないわけあるか――いや、あるんだろうけどなぁ」
だからと言って、怪我した娘をそのまま帰せない情けなさだ。
見上げてくる顔は仮面と霧に隠れてしまっているが。
大層な理念を掲げるお姫様にしては、ちっとばかり儚すぎる。
「――そうかい、嫌われたわけじゃなさそうでよかったよ」
背中を向けて去っていくお姫様は、その名の通りまるで霧のように消えていった。
そこに、一人の娘がいたという事実すら消えちまったようだ。
「見ている、ね」
ため息を一つ吐いて、頭を掻いた。
――ああ、しっかりと見ていてほしいもんだ。
オレがしくじった時、頼れんのは多分、お前らくらいだろうからよ。
「あーあー、忘れたくても忘れられねえな。
狐に抓まれるって言ったか?
それってこんな気分――」
ぼやきながら放り出していたライフルを拾い上げると、悲しい事に銃身が歪んでしまっている。
怪物の処理に使わなくてよかったぜ――ん?
「――ああっ!?
迷惑料くらい置いてけよ小鬼ー!」
偶然の邂逅に思わぬ収穫があったのはいいが。
――さらに思わぬ出費で、なおさら哀しい思いをさせられるのだった。
ご案内:「落第街 路地裏」から紅龍さんが去りました。
ご案内:「落第街 路地裏」から『拷悶の霧姫』さんが去りました。