2022/07/20 のログ
■神代理央 >
「……答える必要を感じぬし、それに────」
それに、それは君には関係の無い事だろう、という言葉は続かなかった。
其処まで言う必要があるのか、という事。
風紀委員として未だ明確な敵対行動を取らない者に何処迄言葉を投げかけるか、と思案していたこと。そして何より──
「……それどころでは、無くなるだろうしな」
短く呟いた独り言は、砲弾が放たれた後。
青年が守ろうとしていたモノが散った時、彼がどんな反応を示すのか次第……ではあったのだが。
「……ほう、守り抜いたか。しかし…」
追撃は無い。次弾を放つだけなら容易ではあるが、青年はソレを防ぐ事も容易だろう。
激しい痛みを感じてはいるようだが。彼が放った気勢が、それを証明している。
「……表の世界に住めぬから、と。それを言い訳にして善良な生徒を傷付ける者達が跳梁跋扈するこの街で、それを語るかね?
とはいえ……」
「無抵抗を貫くならば、それに応じた対応はするとも。
後続の部隊が到着するまで、だがな」
先程、通信は入れてしまっている。
であれば個人と個人で向き合える時間は長くは無い。
だからこそ、両手を上げた彼の思惑に乗った。砲身は未だ仰々しい仰角の儘、微動だにしない。
■ノア >
旧知の仲の糸目の男。
彼の今を軽薄に問う試みは破れた。元より返答を期待できた事では無かったが。
「……ま、そんな長く時間はとれねぇわな」
彼が通信機に向かって話した言葉。
全てが聞き取れていたわけでは無いにせよ、音の断片を組み合わせただけでも後続が来る事は分かっていた。
「……この街に正義なんてもんは無い。文字通りの無法地帯だからな。
あんたの言う通りに表の奴らを傷つける奴らがいるのも確かだ。
――でもよぉ」
「自分で望んでこんな暗がりに落ちたわけじゃねぇ、そんな奴らもいるんだわ」
今更な話だ。
彼がその程度の事を知らないと思って口にするわけでも無い。
異界から迷い込んだ場所がたまたまこちら側だった、あるいは違反部活に巻き込まれたまま帰る事も叶わなくなった者。
そんな奴らを数えるのに、両の手の指では足りない。そんな街だ。
不意に、場に不似合いな赤子の鳴き声が響いた。
「――こんな街にもよ、死んじゃいけねぇ奴っていると思わねぇか?」
気でも抜けたような顔をして、諦めたように頬を緩めて言う。
己の身を挺して守るもの、その幼い悲鳴は時を重ねるごとに大きさを増していく。
この街で、汚れに汚れたこの街で。
穢れを知らない無垢な声。逃げる事すら叶わぬ無力な命。
「アンタはもう十分派手に暴れたろ? 十分に"仕事"はしたろ?
ここも大概ズタズタだ。まぁ見てくれだけで後からどうとでもなる範疇なんだが」
ぶっちゃける。被害は甚大ではあれど、人さえ残っていればいかようにもできる程度なのだと。
「だからさ、あんたの良心みたいなもんに訴えてみるんだが……
後続の連中に言って、見逃しちゃあくれないか? この場所を」
焼くのに調度良いクソッタレなら3つ向こうの通りなんだわ、と。
笑う。己にとっても目障りなくらいの悪党どもならそっちにいるぞと、身代わりを差し出して。
■神代理央 >
「………」
青年の思った通り。落第街に望んで"堕ちた"者ばかりでない事は、理解している。
そういった者達に対して、慈悲をかけようとする事も理解出来る。
現に、風紀委員会も生活委員会も、正規の生徒になろうとする落第街の住民に対しては…様々な申請があるとは言え、支援は惜しんでいないのだ。
「…そうだな。だからこそ、風紀委員会と──『私』と君達は分かり合えない。死ぬべきでない者がいるのなら。悪と断じるべきでは無い者がいるのなら。
彼等は我々の支援を求めるべきであり。この街に対して自浄を働かせるべきであろう?」
「此の街で唯々光差す場所で暮らせないから、と蹲っているだけなら。それは果たして救うに値するのかね?
差し伸べる手を選り好みする連中に、悪が巣食う土壌を作り続ける連中に。それ以上何をせよ、と言うのかね?」
それは勝者の理論で、持てる者の理論で、多数派の理論だ。
『社会』を形成し、『社会』の秩序を守護する事だけに特化した立場の意見だ。
それは落第街の住民を────今、鳴いている赤子を、救う理論ではない。
淀みを切り捨てて、より洗練された社会を目指す支配者の言、でしかない。
「……とはいえ。君の言葉には一考の余地がある。
此の街の住民に対して、抱くべき情は無い。しかし、3つ先の通りに或る焼くべき者達については、其方を優先すべきだろう、とな」
要するに、青年が守るべき者達は神代理央にとってどうでも良いのだ、と。
他に優先すべき者があるのなら其方を優先する。別に過剰な虐殺を行う訳ではない。『必要』だからそうしているだけであって、必要が無ければしない。
それだけ、だった。
「故に、今宵は此の場所での攻勢は終いとしよう。私達には、次に焼くべき敵がいて。次に焼くべき場所がある」
制服を翻し、青年に背を向ける。
少年を守る様に陣を組んだ異形達が、重厚な金属音と足音の合唱と共にゆっくりと遠ざかっていって────
「……表の世界で、暮らすことが出来ないから。
此の街で赤子を育てる。命が全く保障されない此の街で」
「それは、自ら選択出来ない赤子に、無益な死を強いているのではないのかな」
「……夜泣きしている時は、ミルクでも与えると良い。此の街で、それが幾らの値がついているのか。知らぬがね」
表の世界を拒絶するのは自由。支援の手を拒絶するのも自由。
されど、その選択権すら与えられない赤子を巻き込む親は、悪ではないのか。
穏やかな笑みを浮かべて、最後にそれだけ青年に言い残して。
戦禍の群れと共に、少年の姿は落第街の奥へと、消えていった。
■ノア >
「……ふっ」
去り行く背中を眺め、油まみれの汚れた地面に尻を付く。
命乞いという物を、初めてした。
二度目を行う事があるかは分からないが、次はもうちっとスマートに済めばと願う。
『必要』な事を為す仕事人。ルーチンワークのゴミ掃除。
それが俺が『鉄火の支配者』神代理央に抱いていた人物像だった。
赤子に罪は無い、彼はそんなゴミの言い分を聞いて笑顔で頷く者でも無いのだろう。
仕事なのだから。ゴミの思いの多寡など意味も無い。
「ははっ、見逃して貰った上にタチのわりぃ薬も燃やしてくれるってんだ……ありがたいねぇ」
地を這い、血を吐く。
無事な訳がなかった。炎が、熱は己の腕に宿るそれの天敵だった。
視界の端には、未だ泣き止まぬ赤子の姿がチラリと見えた。
別に、誰という訳でも無い。特別親しい訳でも無い。
ただ、知っている。一方的に知っている。
歓楽街やこの街で、探偵なんざしてたせいだ。余計な物が頭の中に居座り続ける。
「あー……」
言いつつ、ズボンのポケットから数枚の紙幣を取り出して。
「心優しい少年からの助言だもんで、どっかで牛乳でも買って来てやんな」
赤子を庇うように抱きすくめる女性に笑う。
今日も、落第街はいつも通り。
3つ向こうの密造所が焼けて、ちょっとだけ平和になった日々が来る。
ちょっと死にかけた茶髪の男が転がっているが、まぁんなもん日常茶飯事だろ。
ご案内:「落第街 路地裏」から神代理央さんが去りました。
ご案内:「落第街 路地裏」からノアさんが去りました。
ご案内:「落第街 路地裏」にノアさんが現れました。
ご案内:「落第街 路地裏」からノアさんが去りました。