2022/11/23 のログ
ジョン・ドゥ >  
 表通りから追っ払われて、そのまま帰るのも面白くないしと裏通りに入ってみた。
 そうしたらなんだ。妙なヤツがこの世の終わり、みたいな顔をしてるだろ。

「……どうした、あんた。顔色悪いぞ」

 業務的に、もそうだが、あまりにも様子がおかしいんで、個人的にも黙っていられなかった。だってそうだろ、こんな場面に出くわしたら、放っておけないじゃねーか。

「酔いつぶれたとか、悪いもん食ったとかじゃねえよな……。大丈夫か、今の声、ただ事じゃなかったぞ?」

 少なくとも、通りすがりが足を止めてしまうくらいには。
 

挟道 明臣 >  
どうした、その問いかけを受けて我に返る。
最近こっちの街でも見かける腕章付き。
いっそ、どこぞのチンピラだったならこの苛立ちをぶつけられたというのに。
頭に上った血の流れに任せて何かに当たりたい気はあったが、そこで冷静になるだけの理性は残っていた。

「さぁな。
 女からの別れ話に気が立ってるって言えば気を利かしてくれんのか?」

ふぅ、と一つ息を吐き出してから語気を強くして捲し立てる。
心臓の脈動は張り裂けそうな程の早鐘を打つままに。

「風紀委員の世話になるような話じゃねぇさ」

"情報屋"としての俺は嘘を吐かない。
それでも個人としての俺は平気で嘘を吐く。
風紀委員に事実を伝える程に愚かでも無いし、平時の自分に引き戻すための儀式としてそうする。

ジョン・ドゥ >  
「別れ話って顔じゃねーだろ……!それなら声を掛けたりしねえよ」

 ああくそ、コイツ半端に理性が残るタイプか。んな事したら、余計にしんどくなるだけなのによ……!

「ああ、これか。つけっぱなしだったな」

 腕章を千切り取ってポケットにねじり込む。気分的には投げ捨てたい所だったけどな、それをすると始末書だ。

「病人なら担いで病院に投げ込んだんだけどな……っぽくねえだろ。気が立ってるなら、喧嘩の相手にでもなってやろうか?
 ああそれとも、おセンチで股座も縮こまっちまってるか?」

 妙に平静を装うとするのに、イライラする。つい言葉が喧嘩腰になったのもそのせいだ。
 

挟道 明臣 >  
「親切心ってのが尊重されんのは『地獄の門』の向こう側だけだ」

腕章を捻じ込む姿を見て、眼を細める。
安い挑発、普段ならガキと踊る趣味は無いとあしらうその誘いが――今だけはありがたい。

未だ自分の内側で暴れる苛立ち。
その矛先を変えてからは、動くのは早い。
喧嘩腰の口調、それにガン付けしたままその少年の姿を見て、

「丁度いい、自分よりタッパのある奴は嫌いなんだよ。
 ちょっと付き合え――よっ!」

ノーモーションで右の膝関節に向けて蹴りを放つ。

一部の格闘技の世界で禁止される行為。
それを一瞬の逡巡も無く放つ。
体重移動を乗せた一撃、喧嘩慣れした人間でなければ防げずそのまま立てなくなるだけだが――

ジョン・ドゥ >  
「はは、やるきあるじゃねえか!」

 笑って、腰を落とす。関節狙い、いいところだけどな。体重の載ったいい蹴りだが、太ももで受ける分には、痛いが、崩れるほどじゃない。

「痛いな――!」

 重心を落とした身体で蹴りを受けつつ、膝を使って勢いを載せて右の掌底を胸に向ける。頭は避けられやすいが、体の中心軸は避けにくい場所だ。
 

挟道 明臣 >  
「ちっ……」

不意打ち気味に放った前蹴りだったが、判断が早い。
ずらされた打点、靴の底面から伝わる肉質がよく鍛えられた人間のそれだと伝えてくる。

「痛けりゃそのまま寝てろっつーの――!」

蹴りの結果生まれた隙。
受け止められたそのままの体制で放たれる攻撃に備えて、高めに構えた肘で受ける。
握りこぶしのままに殴りぬいてくれればカウンターで指を使えなくなる算段だったが、
結果から言えば失敗だった。

「っつ……結構遊んでるタチか。
 異能頼りの奴よりよっぽどめんどくせぇな……」

殴るよりよっぽど体重と勢いが乗る掌底を選んだのはわざとなのか、否か。
判断はつかないが体格差がある相手のソレは単純に重い。
叩きつけられた勢いのまま滑るように距離を開け、改めて構えなおす。

ったく、研究区に顔出す予定だったからって革靴履いてんのが嫌になる。

ジョン・ドゥ >  
「お……はは、いいな。上手く受けるもんだ」

 拳を潰すつもりの肘だったな。躊躇がないのはいい。こっちも手加減しなくていいからな。

「遊びじゃなくて、生業だったもんでね。これでも、無能力の身体一つで戦場を歩いてたもんで」

 関節狙いといい、肘を使うのといい、随分喧嘩慣れしてるな。喧嘩だけじゃなくて、きっちり基礎の技術ももってやがる動きだ。

「で、こんな色男がなんでまた、泣きそうな顔で拳握ってんだ?マジで別れ話ってわけでもないんだろ?」

 それでセンチだったんなら、まあ、可哀そうだな、で終わるんだけど。

 特に構えをするわけでもなく、人差し指を立てて、ちょいちょい、と誘ってやる。こちとら産まれてからずっと兵隊さんだしな、余裕くらいは見せておかないと、だろ?
 

挟道 明臣 >  
(動きの起こりが読みやすくなるような真似はしてくれない、か)

構えない。
それが余裕から来る物であるのは明らかだが、構えてくれた方が楽ではあった。

「風紀委員もとんでもねぇのを飼ってやがるな……」

その身一つのワンマンアーミー。
見た目だけでなくしっかり中身も軍仕込みって所か。

「生憎とこっちは情報屋なんてやってるもんでな、
 金も払わねぇ『なんで』に応えてはやれねぇんだわ」

親指と人差し指で輪を作り、金だよ金といけしゃあしゃあと言ってのける。
つまる所話す気は無いという態度。
あの男が秘匿用連絡回線を使って伝えてくるような話を漏らす気も無い。

ジョン・ドゥ >  
「はは、その通り飼われてる身でね。この腕章ってやつが邪魔でしょうがないんだよな」

 ポケットを叩いて見せて、とりあえず手は下ろした。やる気はあるが、簡単に血が上るタイプじゃないな。

「へえ、情報屋。……そんなやつが一体なにに狼狽えたのかね」

 下ろした手を腰に当てて、少し目を閉じる。別れ話でもなければ、情報屋ってなら多少の事で動じる精神じゃないはずだ。それにしては少し人情味がありそうだが……ああそうか。

「……死んだか」

 それも近い人間が。目を伏せて、呟く。
 つい最近になって知ったばかりだけどな。今のこの島の情勢を考えれば、誰かが突然死んでもおかしくない。テロリストの話は、うるさいほど上から通達されてる。
 

挟道 明臣 >  
元より瞬間の苛立ち。
温度が下がれば、感情のままに動ける程無邪気にはなれない。

「――さぁな?」

肯定はしないし、否定もしない。
この問いが出てくる時点で、俺自身の答えなど不要だろう。

「こっちの街じゃ人の生き死にってのも珍しくは無いしな。
 それこそ、異邦人街だとか表の方も荒らしてるテロリストが単身活躍中だしな」

おっかなくてしょうがねぇ。
大仰に手を広げて語るのは禿頭の男、濁った瞳のパラドックスと名乗る者。

「さっさとどっかの誰かが片づけてくれりゃあ良いんだがねぇ」

そう、嘯いた。
あの男に対抗し得る戦力を持つ異能者はこの島にもいるだろう。
実際に手傷を負わせた者も一人や二人ではない。
それでも止まらないあの男を、紅龍ならあるいはと思っていたのが本音だ。
思っていた。あるいは願っていた、か

ジョン・ドゥ >  
「たしかにこの街じゃ生き死になんて安いんだろうな。外でも、人間は消耗品、家畜だって言うようなやつもいたからな。テロリストの話も聞いてる。でもな……」

 あの大佐と同じ顔をした男は、「人間は家畜だ」と言い放った。俺も実際それを否定する事は出来なかった。けど、たとえ家畜だったとしても。

「……人が死ぬのは、悲しいだろ」

 胸が張り裂けてしまいそうなくらいに。

「はは、そのどこかの誰かが、俺じゃないのは間違いないな。……サシズメ、その誰かってのを期待してたって所か」

 その「死んだんだろう」やつは、それだけ期待されるような人間だったんだろうな。だが、それでもどうにもならなかった。
 暴力の限界、ってやつか。より強い暴力には屈するしかない。暴力じゃどうにもならない事は、この世界にはあまりに多いな。
 

挟道 明臣 >  
「そうだな」

人の死が悲しい。
そんな当たり前の事をコイツは口にできる。
戻らない事の辛さを、知っている。

「――ガキが死ぬのは、特にな」

この島で、大人と子供なんて区分を明確には分けられない。
研究区にいる所長だなんだよりもよっぽど頭の切れる若い奴もいる。 
だからこそ、これはただの体感の話に過ぎない。

歳を食うと適正なんてもんを身に着けるのも一苦労だし、
実験だなんだで"強い奴"を作るなら、はじめっからそうデザインするか幼いうちから刷り込むのが早い。
ただそれが、気に食わない。

「笑ってバカな話して美味い飯食って、
 子供なんてそれで良い、良いはずなんだよ」

兵士であったと名乗る男にそんな事を言うのがどれだけコクな話なのかなんて知った上で。
これは己の価値観の押し付けに過ぎない。
そう語るのであれば、片手で眼前の少年をねじ伏せ得る程の圧倒的な"力"を持ってしかるべきだ。
全ての過酷は己で引き受けると、ガキは寝てろと言い聞かせてやれるように。
俺には、それがない。

「そうであって欲しいと、願っちまう」

だからこそ己より恵まれた体格と、経験を備えた男に望みをかけてしまった。
高い勝率など無いと分かっていても、それでも。

ジョン・ドゥ >  
「はは……まともすぎるな、あんた」

 ガキが死ぬのは嫌だ。そんな当たり前の事を言える。それだけで、多分、今のこの世界は相当に生きづらいだろうな。
 ああでも、そういう俺も、人の事を言えないかもな。

「……義妹(いもうと)を殺した」

 目の前の男に感化されたのかもしれない。つい、口が滑った。

「もう長くない病気だったからな。異能ってやつに体が耐えられなかったらしい。もう手も足も動かなくてな。……死ぬ前に、皆の役に立ちたいって言うんだよ」

 今の俺はどんな顔をしてるだろうな。乾いた顔かもしれない。泣きそうな顔かもしれない。それは俺にはわからないが。

「だから殺した。使える身体(パーツ)があるうちに、生きたまま解体して、あいつの可愛い顔を割って脳みそを保管器に移し替えた」

 その後の事は、吐き気がするほど気分が悪い話だ。美しい兄弟愛なんかじゃない。

「自分で解体(バラ)した義妹を、売って歩いたよ。爪から髪の毛一本まで。そうして作った金で、俺は今も生きてる」

 外にはそんな場所もあった。それだけの話。俺の育った人間牧場じゃ、そんなのはありふれた話だったんだ。
 そうやってでも、守らなきゃならないものがあった。そうしなくちゃ守れないものがあった、それだけなんだよな。

「……だから、わかるさ。そう願っちまうのも。俺も、ガキは素直に笑ってる方がいい。そう思う。だからって、てめえが死ぬようなつもりもないけどな」

 ふと、笑っちまう。初対面の相手になにを話してるんだろうな。
 ……いいやつから死ぬ。そうなるように世界は回っているらしい。こういう奴が死ぬのは、やっぱり気分が良くないからな。
 

挟道 明臣 >  
いもうとを。
その先の言葉が聴こえた瞬間、握りしめていた。

そういう世界にいたのだろう。
思い出すたびに身を割く程の痛みを抱えて、生きて、生かされてきたのだろう。
その罪を、痛みを一番良く知るのは本人に違いない。
それでも――

「――歯ぁ食いしばれ」

ひとしきり話を終え、自嘲するように笑う姿に向けて地面を蹴って殴りぬく。

この男がそうしたのも仕方がないと言える奴もいるのかもしれない。
実際に自分がその場にいたら、同じようにしないとは言えない。
それでも、その言葉を看過できない。

「罪だなんだと説教垂れる気はねぇ。
 人殺しがどうだとか偉ぶる程正しく生きてねぇからな」

言いつつ、殴りぬいた顔面に向けて懐から抜いた銃を突き付けて。
泣きそうな顔をしているのは……どっちなんだろうな。

「で? その生かされた命で、お前は何をする?」

トリガーに指をかけて、そのままに問う。
イモウトを殺した、その言葉が己の中でどれだけ許しがたい事かなど説明する気も無いというのに。

「答えろ……答えろっ!」

答えてくれ――風紀委員。

ジョン・ドゥ >  
 思い切り握りしめられた拳を避ける気はなかった。きっちり殴られて、よろめく。
 口の中が切れたな。いい拳だ。たまった血を吐き出した。
 向けられた銃口は震えてやがる。おいおい、締まらねえなあ。

「……一物を出すならきっちり狙えよ。そんな震えてたら入らねえぞ、童貞野郎」

 その銃口に、額を押し付ける。撃たれる?その時はその時だろう。

「……生きるのさ」

 口角を思い切り釣り上げて、上目に見上げてやりながら、問いには答える。それが筋だろう。

「あいつが生きた、生かした世界で、おっかなびっくり生きる……生きて、走り続ける。それ以外に、走者(ランナー)がやる事なんてないだろ」

 罪悪感も引け目も感じる必要はない。境遇に恨みもない。哀しくてたまらないが。あいつが生かした世界を憎んでなんかやらない。

「俺はあいつのための戦争なんてごめんだからな。この命が尽きるまで、ぶっ倒れるまで走り続ける、それだけだ」

 そして生きる術が戦争しかないなら、生きるために人だって殺す。自分を実験体(モルモット)にだってできる。
 俺はそういう人間だぜ。わかるか、童貞野郎。
 

挟道 明臣 >  
銃口越しにじりじりとにじり寄ってくる男。

「そうか」

答えを聞けば震える手も止まる。
死んでも、なんて綺麗事述べたらそのまま引き金を引いていただろう。

「止まったら、そん時ゃ後ろからぶち抜いてやるよ。
 ヨガル余裕もねぇくらいにな」

命が尽きるその時まで。
哀しみを飲み込んで、そのまま糧にして生きていく。
それを手折るのは、気分が悪ぃ。

「悪いな、童貞じゃなくてグルメなんだよ。
 後味の悪いもん食いたくねぇや」

口角を上げてこちらを見る男から銃口を外して笑う。
殺せば異能で相手の記憶が流れ込む、こんなもん食ったらそのまま胃酸で溺れて死ぬだろう。


「さて……気色悪ぃけど、まぁ気は晴れた。
 礼くらいは言わせてもらうか。センキューサンドバッグ」

もともとただの憂さ晴らしに殴らせてもらったのが発端だ。

「俺は……そうだな、挟道 明臣だ。
 こっちの街の情報屋兼この島の研究区で非検体(モルモット)をやってる」

ジョン・ドゥ >  
「くくく、悪いな、男に抱かれる趣味はねえよ。生憎俺もグルメなんだよ、食う女はイイ女って決めてるからな」

 銃を離した男に、軽く肩を竦める。この島には美女美少女が多くていい。女を買うにも困らない。生きるには悪くない場所だ……少なからず息苦しくはあるけどな。

「おう、少しはマシな顔になったな、泣き虫野郎(クライベイビー)?」

 殴られ損、ってわけでもないなら気分は悪くない。それで吹っ切れるってわけでもないだろうが。

「あー……奇遇だな。今はジョン・ドゥ。風紀委員なんてさせられてる、研究区の実験体(モルモット)だ。ネズミちゃん同士、仲良くしようぜ?」

 拳を目の前に差し出してやる。

「……それじゃあな、挟道。また会う時はイイ女でも紹介してくれ、情報屋だろ?」

 そう言いながら、横をすれ違うように歩き出す。特に振り返る必要もないだろう。
 元々通りすがりのお節介でしかない。ただまあ。こういう奴には、次に遭うまで生きててほしいもんだ。
 

挟道 明臣 >  
「きったねぇ同士だこって」

差し出された拳に軽く己の拳をぶつけて。

「じゃあな、ジョン・ドゥ。
 その手のサービスが受けたきゃ腕章しまってから来る程度のドレスコードは守ってきな」

去る背中に目線もくれず。
風紀委員の訃報の無い事を、心の隅で願いその場を後にする。

ご案内:「落第街 路地裏」からジョン・ドゥさんが去りました。
ご案内:「落第街 路地裏」から挟道 明臣さんが去りました。