2020/06/21 のログ
ご案内:「スラム」に黒江 美景さんが現れました。
黒江 美景 > 暗い、暗い、スラムの入り口。
光が僅かに差すだけのその入り口に、少女が音もなく、壁にかかった影から現れる。
薄暗い中、二級学生や落第生でもない少女が来るのは来ているのは、随分と目に付く。

「今日の散歩は……この辺でいいですかね」

誰に言うでもなく、ぼそりと呟くと、スラムの奥へと歩いて行く。

黒江 美景 > ゆらり、ゆらり。
幽鬼が如くゆらゆらと、周囲に居る不良などには一瞥すらせず。

「この辺りなら、幾らか物が消えても不審じゃないでしょう」

近くに落ちている曲がった鉄パイプを手で……否、影で持ち上げると、パッと自分の影に落とす。すると、まるでそこには地面などなかったかのように、影の中へと消えていく。

黒江 美景 > 「……この形だと何にも使えないかもしれませんね。入れたはいいけれど、どうしましょうか」

腕を組み、口元に手を当てて何かを考えている様子。
その少女から伸びる影は、それとは違って曲がった鉄パイプを握りしめて弄んでいるように見える。
暗いスラムでも、その影は一層濃い。

「何かいいものでもないものでしょうか」

少女は、スラムの奥へ奥へと進んでいく。

黒江 美景 > 大した目的もなしに、ぐるぐると同じところを回っていると、何かを思いついたかのようにはたと足を止める。

「その辺りの落第生にでも聞けば、少しくらいいい玩具を持っているでしょうか。こんな吹き溜まりに居るんですから、自衛するための何かくらい持っているでしょう」

ゆら、と振り向いた場所には煙草を吸う男。
独り言を呟いていた自分のことを見ていたらしく、視線がぶつかった。

「すみません、そこの頭の悪そうなお兄さん。何か自衛をするのに便利なものって持っていませんか?」

黒江 美景 > 頭の悪そうな、と声をかけられた男は当然激昂し、少女に掴みかかる。
スラム内に響き渡る音量で罵詈雑言を浴びせかけたが、それを受けている女はどこ吹く風。

「私がした質問への答えが何もないんですけど、頭が悪そうな、じゃなくて頭の悪いお兄さんなんですね。見た目通り」

追撃するかのような言葉を受けて、男は懐から何かを取り出した。
キラリと月の光を反射するそれは、間違いなく殺傷力のある刃物。ナイフだ。

「持っているんじゃないですか。そうやって素直に教えてくれればよかったんですよ。もしかして日本語、わからないんですか?」

男は掴みかかっていた少女を地面に倒すと、ナイフを肩目掛けて振り下ろす。

黒江 美景 > ナイフの切っ先が少女の肩に触れた瞬間、ぴたりと男の動きが止まった。
スラムの隅々まで聞こえるような罵声も、今は鳴りやんでいる。

「軽率に私の影に重なるから。踏んじゃったじゃないですか。
異能や魔術が栄えてるこの学園都市で、ナイフなんて自衛になると思っているんですか? 本当に馬鹿ですね」

足を影から離さないまま、ずりずりと抜け出した。
影を踏んだまま、不良男の背中に座る。

「でも、とりあえずナイフだけはもらっておいてあげます。
さっきはああ言いましたけど、曲がった鉄パイプよりもこっちの方が使い道があるでしょうから」

男が握りしめたナイフの影を、少女の影をするりと引き抜いた。
すると、男の手からナイフが引き抜かれる。
ナイフをそのまま少女が手に取ると、自らの影に落とした。
先程の鉄パイプと変わらず、影へと飲み込まれていった。

黒江 美景 > 「どうします? 馬鹿なあなたも……こうやって、動けないまま飲み込んであげましょうか? それとも、今飲み込んだナイフで、背中でも刺されてみますか?」

男は震えることすらできていないが、ぽたぽたと額から落ちる汗が感じている恐怖を物語っている。

「女の子に手を出そうとしたんですから、そういう覚悟だって、できているんでしょう? ほら、お気に入りのパーカーだって少しだけ破れちゃいました。どうやって弁償してもらいましょうかね」

男からは表情が見えないが、くすくすと小さな笑い声が聞こえている。
遠目から見ても、随分と異様なシルエットが目に映るだろう。

黒江 美景 > 「助かりたい、ですか?」

男の背から離れ、蹲るような状態のソレを見ている。
影の踏む面積を減らせば、男は僅かに動き始める。
コクコク、と男が頷けば。女はしゃがんでその顔を覗き込んだ。

「それなら、また何か便利そうなものを見つけたら私にください。
その便利なもので私を狙おうだなんてしたら、飲み込んじゃいますけど」

震えたまま首を何度も縦に振る。
少女が足を影から離すと、男は全力で逃げ去った。

「二度と会わなかったら、見つけるためにどこまでも追いかけますから。
影から逃げられると思わないようにしてくださいね?」

小さな笑い声が、静かなスラムに響いた。
その顔には、影が落ちて表情が見えない。

ご案内:「スラム」に龍宮 鋼さんが現れました。
黒江 美景 > 「ま、私より大きい人間なんて仕舞えるはずもないんですけど」

辺りを見回して、ポツリと。
今日の収穫は曲がった鉄パイプと折り畳みナイフ。
スラムに入ったリスクと釣りあわせるには少しだけ足りない。

「不漁ですね……もっとまともなモノがほしいところです」

龍宮 鋼 >  
「随分とまぁ」

笑う少女に掛けられる声。
スラムの路地裏のさらに奥、彼女のいるところよりも更に暗いところから。

「楽しそうじゃねェか、なあ?」

ざり、と砂を踏む音と共に声の主が姿を現す。
銀色の髪に赤い瞳、煙草の煙を燻らせながら、凶暴そうな笑みを浮かべて。

黒江 美景 > 「……なんですか? あなたも散歩に?」

目深に被ったフードで表情は読めないが、視線がそちらを向いている。
既に笑い声は止んでおり、つまらなさそうに。

「この奥に居るだなんて、随分野蛮な人なんですね。
そんな野蛮な人が私に声をかけるだなんて、何か御用でも?」

龍宮 鋼 >  
「ハ、散歩」

鼻で笑う。
こんなところで散歩も何もないだろう。

「シマの見回りしてみてりゃ、表の嬢ちゃんがたった一人でぶらぶらしてるもんでね。かと思やぁアブナイおもちゃを探してると来たもんだ」

両手を広げて肩をすくめる。
顔にはとことん人を馬鹿にしたような笑み。

「となりゃ、嬢ちゃんが痛い目見る前に忠告の一つでもして差し上げようっつー親切心からのお節介、ってとこだよ」

黒江 美景 > 「そうですか。余計で無駄なお節介、どうもありがとうございます」

ハン、とつまらなそうに鼻を鳴らして何歩か歩く。
興味なさげにあなたに背を向けて。

「危ない玩具なんて探していませんよ。自衛する道具を幾つか見繕っていただけで。見た感じセンパイみたいですけど、ここがセンパイのシマ……縄張りってことですか。お似合いですね」

背を向けたまま、やれやれといった様子で肩を竦めて両手を外に向けた。

龍宮 鋼 >  
「自衛の術持ってねぇなら来るべきところじゃねぇっつってんだよ嬢ちゃん」

鉄パイプと、さっき男から奪い取っていたのはナイフだったか。
そんなもので自衛出来るようなところなら、こういう風にはなっていない。

「おォよ。まーはえぇ話が俺のシマで好き勝手されちゃ困るんだわ。痛い目見る前にさっさと帰んな」

しっしっと追い払うように腕を振る。

黒江 美景 > 「はぁ、この玩具で十分自衛できると思っているからここに居るんですけど」

まるで馬鹿にしているように、いや、間違いなくバカにした様子で首を軽く横に振った。

「落第生とか二級学生みたいな落ちこぼれの吹き溜まりを縄張りにしている人が居るなんて思いませんでした。次からは気を付けますよ、猿山の大将さん」

龍宮 鋼 >  
「充分、ねぇ」

よほど自信があるのか、それともただのバカなのか。

「それなら試してみるかい。テメェの言う猿山の大将がどれほどのもんか」

バギリ、ゴギン、と拳を鳴らす。
安い挑発に乗せられるほど頭が悪いつもりはないが、あえて乗ってやる程度には馬鹿だとは自分でも思う。
そこにあるケンカが楽しいのなら、馬鹿でいい。

黒江 美景 > 「安い挑発に乗るなんて、ほんとにお猿さんなんですね、センパイ。
私はお猿さんの相手をするほど暇じゃないので、失礼しますね」

隙だらけの背中をあなたに見せて、ゆっくりと歩いて行く。
ゆっくりと、まるで誘うように。

龍宮 鋼 >  
「――そうかい」

さて、こっちの挑発には乗ってこない。
その癖無防備に背中を見せている。
それこそ、こちらをさらに挑発するように。

「……」

さて、どうしたものか。
安い挑発はともかく、ああやってこれ見よがしに隙を見せられるのはどうにも舐められているようで少し腹が立つ。
かと言ってそれに乗るのもそれはそれでうまく乗せられていて、結局は舐められているようでこれもまた腹が立つ。

「ま、どっちでもいいわな」

深く考えるのはやめた。
ずかずかと大股で近付き、拳を振り上げ思い切りぶん殴るべく全身を振るう。

黒江 美景 > 「これだからお猿さんは。面倒ですね」

足音からして近付いて来たのだろう。
大振りの拳を事も無げに避ける。
が、しゃがむなどの回避動作を行った様子は一切ない。
少女の腰から下は、地面の影に沈んでいる。

「私は喧嘩をしに来たわけじゃないんですけど。
野蛮なお猿さんは喧嘩でしか何も解決できないんですか?」

振り向いて、後ろ向きに歩きながら、影から一歩ずつ現れた。

龍宮 鋼 >  
「へぇ」

影に沈んだ彼女。
なるほど、影に関する異能か。
使い方によっては強い異能だが、彼女の使い方はどうか。
問いかけはスルー。
代わりに一歩踏み込んで間合いを詰め、完全に影から出てくる前の彼女の顎を狙って、引っこ抜くようなサッカーボールキック。

黒江 美景 > 前に蹴り上げる軌道の蹴り。それも彼女には当たらない。
その踏み込みを見るや否や、後ろに倒れ込むようにして身体が影に一瞬沈んだ。

少し奥の壁にかかったゴミ箱の影から、少女が嫌そうに出てきた。

「粘着質ですね。喧嘩してないと死ぬんですか? マグロみたいですね。
それに、問いかけにも答えられないような知能まで落ちたようで」

龍宮 鋼 >  
「テメェみてぇなヤツァ話すだけ無駄だからな」

楽しそうにニヤリと笑う。
なるほど、異能ありきの動きとは言え、上手く使っている。
異能頼りのバカではないようだ。
しかしただ沈むだけではなく瞬間移動染みたことまで出来るとなると、なかなか厄介である。
恐らくは影を伝って移動出来るのだろう。
さて、どうするか。

「――考えるまでもねぇわな」

今も昔も出来ることは一つだ。
トン、と一度地面を軽く蹴り、次の瞬間爆発的に加速。
遠い間合いから腕を振り、手の甲から生み出した甲殻を投げつけ、更に間合いを詰めていく。

黒江 美景 > 「はぁ……力馬鹿は本当に困りますね」

爆発的な速度で近寄られてはどうしようもない。
さて、このまま逃げてもいいが……
どうせならば異能の練習でもしてから逃げよう。

少女の影が伸び、攻撃をしているあなたの影の拳と自身の間に壁の影を挟んだ。
何かに直接触れたわけでもないのに、あなたの拳は確かに壁を打つ感触を覚えるだろう。そして、少女の隣にあった壁が大袈裟に崩れていく。

「わあ怖い。類人猿の握力は体重の5倍前後と聞きますけれど、あなたもお猿さんと同じで体重の何倍もの握力があるみたいですね」

後ろ歩きを止め、あなたを表情の薄い顔で見つめた。
その間にも、少女の影は様々な方向へと伸びている。

龍宮 鋼 >  
彼女の顔をぶん殴るべく右拳を走らせる。
が、それには届かず、代わりにその隣の壁が砕け散った。

「ウザってぇな!」

満面の笑みで吠える。
影の形を変えることで現実を変えてくる、概念に干渉する類か。
ならばと地面の影をチラリと見、再び拳を放つ。
今度は彼女を直接狙わず、自分の陰で伸びる彼女の影を殴る様に。

黒江 美景 > 「おや、少しは知恵があるようですね。猿知恵っていうんですけど」

伸びていた影は、瞬時に元の形に戻る。
少女の影を映していた地面は砕け散り、壁の瓦礫以上に飛び散った。

「影へのダメージは直接私に通るとでも思いましたか?
残念。全くの無意味でしたね」

壁に手を伸ばせば、とぷんと右手が沈む。
そして引き抜いてみれば、右手には曲がった鉄パイプ。

「この暗がりは影だらけ。私の影だけ狙うなんて到底無理なんじゃないですか?」

龍宮 鋼 >  
影の速度は上々。
なかなかに応用力の利く厄介なタイプ。
面倒くさい。

「だったら直接ぶん殴ってやるよ!」

面倒くさいのでシンプルに行く。
とにかく距離を詰めてガチャガチャやっちまえば何かしらは通るだろう、と言う脳筋システム。
低い姿勢で拳を固め、突進。

黒江 美景 > 「さっきしたミスをどうして繰り返すんですか?
目は爬虫類に見えますけど……脳まで爬虫類並なんですか?」

相手の姿勢は低い。
こちらが影に何かをする対策だろうか。
先程影を使ったゴミ箱が近くにある。
それを近寄るあなたへ、瓦礫と共に蹴飛ばした。
これで、自身の影とあなたの影が繋がる。

これらの影を避けないのならば、あなたは全身が拘束されているかのような感覚に陥るだろう。
筋力でこの拘束を引きちぎることは可能だが、驚かせる程度にはなるだろう。
もしかすると、あなたが拘束されたままの可能性もある。
だが、少女はそんな期待を持っていない。

龍宮 鋼 >  
ギチリ、と。
動きが止まる。
影と影を繋ぐことで動きを止めることも出来るらしい。
マジで、クソみたいに面倒くさい異能だ。

「――掴んだな?」

それでも、影がつながった。
影で影を殴れば、殴った影にダメージが通った。
ならば、こちらも影で影を殴れば。
右腕を僅かに動かし、右腕の影を繋がった影に重ねて。
全力で右足を上げ、振り下ろす。
ズドン、と地面を踏み締め、その地面の重さを「奪う」。
それを右足から腰、右肩を通って右腕へと走らせ、

右の拳に地面の重量が炸裂する。

黒江 美景 > 「っ……ったいですね……クソ爬虫類……」

少女は大したダメージを受けているようには見えないが、
最低でもいくらか痛みを覚えているように見える。
殴るような動きはなかった。詠唱もなかった。
ならば、不明な異能での攻撃。
これ以上の交戦は割に合わない。
余計な怪我でもする前にこの場から去ろう

「猿知恵にしてはなかなか頑張ったんじゃないですか?
馬鹿力だけじゃないのだけはよくわかりましたよ。
でも、お猿さんのお世話はもう終わりです。
私、そろそろお散歩の時間は終わりなので」

パッと繋がっていた影を切った。
すると、あなたを拘束していた感触が解ける。
同時に、先程あなたが砕いた壁と地面の瓦礫があなたに向かって乱れ飛ぶ。
速度や大きさはそれほどでもないが、数は膨大だ。
目くらましとしては、恐らく十分。

龍宮 鋼 >  
「ッハ。思った通りだったな」

影での接触が物理的接触になるのであれば、こちらからも同じことが出来るはずだと思った。
そしてそれは正解だったようだ。
拘束されていなければ派手に殴り飛ばすぐらいは出来たかもしれないが、あの状況ではその程度の威力になってしまうか。

「こちとらクソほどメンドくせぇヤツら相手にこれ一本でケンカしてるもんでね」

一つ一つ検証して針穴を通していくような作業は面倒だが、それをしないとあっという間に食われてしまう。
拘束が解け、跳んでくる破片を両拳の連打で破壊していく。

「オマエの異能の種は割れてんだ、次ァマジのケンカしようぜ!」

元よりダメージを与える方法を探る以上の目的もない。
派手な音を立てて瓦礫を粉砕しつつ、そこから離脱していくであろう彼女へ楽しそうな声を掛けて。

黒江 美景 > 「ふん、私の異能がこれだけだと決めつけるなんて、おめでたい頭ですね。
それと、脳まで筋肉でできているような筋肉馬鹿との喧嘩なんてまっぴらです。
影を繋いでも動くような人なんて猶更。
二度と会いたくないものですね。私はまた来ますけど」

瓦礫の巻き起こす砂ぼこりの中、そんな言葉があなたに届く。
砂ぼこりが収まった頃、そこに残ったのは荒れ果てた地形と、様々な光源によって重なってどこまでも続く影。そして、楽しそうな声を掛けたあなただけだった。

ご案内:「スラム」から黒江 美景さんが去りました。
龍宮 鋼 >  
「逃げ足のお速ぇことで」

逃げられた。
とは言え、殴れば殴れると言うことと、殴り方が分かったのであとはやり方だ。
異能がそれだけではない、と言うようなことは言っていたが、他の異能があるならあるでまた一つずつ確認していけばいいだけの話。
久しぶりに遊び甲斐のある相手と出会えたことが嬉しくて、珍しく鼻歌など歌いながらスラムを歩く――。

ご案内:「スラム」から龍宮 鋼さんが去りました。
ご案内:「スラム」に227番さんが現れました。
227番 > 今日も外に繰り出してきた227。
暗い色のフード付きマントに裸足のいつものスタイルだ。
しかし、いつもと違ってまだ暗くはなっていない。
天気がいいとも言えないようだが。

昨日は失敗をおかしたので、今日はなるべく慎重に動いている。
気をつけようが気になるゴミは覗くし、人を見たら警戒するし、怒鳴られれば逃げるのだが。

とにかく、227はこれ以外に時間の使い方を知らない。
今日もあてもなくうろうろとする。

227番 > 基本的に人がいない場所を選んで歩いているが、
それでも怖そうな人とすれ違いそうになれば、さっと横に掃ける。
それだけで相手はこちらに見向きもせずに通り過ぎていく。

声をかけてくる人は、とにかく珍しいのだ。
そんな人にここ数日、続けて出会っている。
大体食べ物を貰えたので悪くは思っていないが、何かの兆しのような気もしなくもない。
たとえば、自分の過去が少しでもわかるような……。
そういった思考を持てるぐらいには、余裕が出来てきていた。

ご案内:「スラム」に群千鳥 睡蓮さんが現れました。
群千鳥 睡蓮 > (……汚ったねえな)

落第街、スラム。
どこか心惹かれる響きに、いつぞやか警告されたのに更に深入りしたのがさっきのこと。
島外、根城にしていたような落書きまみれの裏路地、閉店したバーやライブハウス。
そんなデカダンスの都への期待と郷愁は、いましがた見てきた環境に覆された。
たむろしてた環境が、まだ、人の住むところとしては栄えていたし、ちゃんとしてたんだろう。

(戦闘が起こってる気配もない。今日、観るべきものはないか。
 もう少し歩いたら帰って……)

風紀委員、公安委員。二級学生。違反部活。過激な異能が飛び交う雰囲気もない。
重く淀んだような静けさ。角を曲がる。ちょうどフードの影と出くわす形に。
普段と違いあげた前髪、こちらもまたレインパーカーのフードの下から、
虎のような、ぎらりとした黄金の双眸で遭遇者の少女を見下ろす形になる。

「―――あ」

227番 > 今日も誰かに会うのだろうか。会わないならそれで、いつもどおりの1日になるはずだ。
そんなことを考えながら歩いていると、突然目の前が陰になる。
人だ。横にはけようにも、角の出会い頭。

「……っ」

思わず青い瞳で見上げる。そして、目が合ってしまう。
相手がそう言う意図があるのかわからないが、
睨まれたような気がして、小動物のように立ちすくんでしまった。

群千鳥 睡蓮 > (なんだガキか――ガキ? なんで!?)

大きめの眼が更に見開かれる。
基本的に、落伍者……落第。学生から流れてきた奴が多い、という事前知識。
此処の懐の広さと深さを未だ実感しきれてないゆえの衝撃に、はたと立ち直る。

「あ、あ、……あー、えーっと……。
 ……ビビんなよ、別に取って食いやしない。
 悪ぃな。 姉ちゃんここらへん初めてで……おまえの縄張りか?」

子猫然とした仕草に、罪悪感がちくりと刺激された。
こういう時、どうすればいいんだったかな、と考えて。
その場に膝をつく。目線の高さをあわせる、あるいは見上げる形に。
宥めるようにやわらかく声をかけながら、彼、あるいは彼女を観察する。
性別、見た目、栄養状況の見て取れる体つき、体臭…など。それだけで得られる情報も多い。

227番 > 声をかけられ、はっとする。
返事をしなくては。無視と思われると怒らせてしまう。

「ぁ……なわばり?じゃ、ない」

たどたどしい調子で、言葉を作る。声は気弱そうな少女らしいものだ。

体つきは痩せていて、栄養状態は良くはないだろう。二次性徴もまだのようだ。
格好を見ればマントは裾はボロボロ。フードには大きく227と書かれたタグが付いている。
臭いは清潔とは言えないまでも、目立った悪臭はしない。
少なくとも、縄張りを主張できるような強さは感じられないだろう。

視線の高さを合わせられて、少し怯えは落ち着いた。
こちらも容姿を確認しようとするだろう。
見たことが有るか、それから、特別に目立つ要素はないか。

群千鳥 睡蓮 > 「そっか、そっか……じゃ、あたしはおまえに怒られなくて済むな」

言葉が通じることを確認してから、口元を笑ませ、緊張を解そうと試みる。
何かされるのか、と怯えてるように思う。
そうされるような……あるいはされているヒエラルキー。
然し、最低限の生活は送れてるようにも思う。構うお人好しの……影。みえかくれ。
親は何をしてんだろうな、と、明後日の疑問は今は置いておく。

「アラビア数字の……にい、にい、なな。 ブランド名じゃない、よな。
 にひゃくにじゅうなな。おまえの名前か?
 ……ああ、聞いてばっかじゃよくないな」

女には、目立った特徴はない。黒髪、色白。あえていうなら、その瞳。
黄金の瞳は、識ろうとする。目の前のモノを。
じっと見つめる。見つめた先だけならず、視界の隅までまじまじと凝視するような、眼力。
観ようとすれば、彼女の碧眼が映り込むかもしれない。
ごそごそと鞄を漁る。ブロック状のカロリーフードと、ミネラルウォーターのボトルを見せた。

「……これしかないか。見たトコ、あたしよりはここらへんに詳しそうだから。
 これで、色々教えてくれよ。 急ぎだったら通り過ぎてくれても構わないけど」

227番 > 「……うん」

相手が怒鳴ってくるような存在ではないとわかって、とりあえず心を落ち着かせる。
どうやらこのあたりの住人でもないらしい。悪い人では、なさそうだ。

「あらびあ?……うん、に、に、なな。わたしの、名前。」

聞かれれば素直に答える。しかし、聞き返したりはしないようだ。
名前を覚えるのは苦手だ。
覚えられる自信が未だ無いから、自分からは聞かなくていい。

さっきは見つめられてすくんだ、特徴的な双眸。
227はそれを記号として、記憶することにした。

「あまり、くわしくない、けど、いい?」

取り出された食べ物を見て、首を傾げる。227は理由のわからない施しには警戒する。
しかし、質問に答えるという行為は対価として認識出来るらしい。

群千鳥 睡蓮 > 「よーし……ちゃんと応えられたな、えらいぞ、にになな。
 そ。アラビア数字ってんだよ、これ。ぜろ、いち、に…しち――なな、はち、きゅう。
 10この記号で、どれだけたくさんの数でも『とらえられる』ようになる」

今度はにかりと笑う。猫は名前聞いてもニャアとしか応えないもんな。
服についていたから、227なのか。
それとも、227だから服にこのタグがついたのか。
それ以上は深入りだ。出くわした野良猫の、たとえば欠けた耳のような虚を、
深く問いかけはすまい。何度も出くわしはしないかぎり。

「構いやしねーよ。 ここらへんにどんな奴のが来るのかとか。
 ににななが普段どんなことしてて……どんなことが起きてるのか、とかな」

彼女が頷いてくれると、機嫌を上向かせた。
適当な資材の上をぱっぱと払い、その上に、パーカーの裾を敷く形で腰かける。
横をとんとん、と叩いて見た。果たして来るかな?

「喉乾くからな、一気に食うなよー。
 ……食べ物くれるやつも、ぼちぼちいるだろ?」

227番 > 「あらびあ、すうじ」

なんだか大事なことを教えられた気がするが、理解が追いつかない。
大きな数を数えたことがなかった。5個もあれば"たくさん"である。
必要になれば覚えていくのだろう。

「……わかった。えっと……」

すぐに応えようとして、移動する様子を見る。
また首を傾げて意図を探っていたが、少し間をおいて理解したようだ。
ひょいっと軽く跳んで腰をかけた。マントの裾がふわりとたなびく。

「うん……さいきん、は……かも」

食べ物には目がないものの、特別飢えているわけではないので、
がっついたりはしない。ちびちびと齧る。

群千鳥 睡蓮 > 「そ。 いち、に、さん、ってな……ちっと難しかったか。
 そーだな、おまえの前は、ににろく。 おまえの後は、ににはち。
 それでおまえは、にになな。そゆこと」

指を折り折り、数え方を教えてみるものの……
子供相手の教え方じゃないし、そもそも授業をやりに来たんじゃない。
ばつが悪そうに思いつきでしめくくると、
フードをとって自分の濡羽色の髪をかき撫ぜた。

「……ふふ。 いい子……あ、いや」
 
隣に来た、手を持ち上げようとして…思いとどまる。
撫でるのはないだろう。目の前に居るのは猫じゃない。
猫――フードに覆われた頭部を見やる。何かの違和感。
暴くようなことはしない。無理に撫でると、逃げられるのが猫の常。

「そうだろうな。 腹が減ってる、ってわけじゃなさそうだし。
 これの……読み方も、教えてもらった?」

庇護欲を掻き立てられているのか。
自分も、さっき、食べ物をくれてやる理由を、探したところはあった。
撫でようとした手をすっと動かして、227と記されたタグを指差し。
――その後、視線は彼女の足にうつった。

227番 > 「ににろく、にになな、ににはち」

とりあえず6,7,8の並びは理解できた。
覚えていられるかは、また別の話。

両手でカロリーフードを持ち、それをかじっている時以外は
そちらの表情を伺いながら返事をする。

「ううん。これ見て、みんなそういうから」

教えてもらったわけではない。
このタグが自分のことを示すと伝えると、皆読み上げる。それを覚えただけ。
最近はこうして、どういうものかを教えてくれる人もいるのだが、あまり覚えられては居ない。

脚は細く、その先は裸足だ。
しかし浮浪児にしては不思議ときれいにも見える。

群千鳥 睡蓮 > 出会い、交流、すべてに打算を持ち込む女にとっては、奇妙な安堵感があった。
復唱する有様を、微笑みながらうんうん、と頷いてやる。
プレーン味のカロリーフードを持つ姿は、猫ではなくげっ歯類を彷彿とさせた。
こちらを視る眼を、恐がらせぬように……自然体に。
逃げられたら、自分の落ち度だ。隣に来てくれたのだ。ふいにはしたくない。

「なるほどな。 ……教育は受けてない、か。
 ……その、『みんな』……おまえに食い物くれたひととか、さ。
 うちに来い、とか。 言われなかったのか?」

行儀悪く、彼女の側ではない脚のかかとを資材の上に乗せ、
そこに頬杖をつく形。他愛のない会話で、なんとなく彼女のことを聞いた。
彼女を保護するなんて、土台できないことだが、そういう発想をする者もいるだろう。
居そうなものなのに、なぜここに居るのか……だ。
この、地域猫のような、ににななとは、なんなのか。

「足も……そのまんま歩いてたら、痛えだろ?
 綺麗には……してるみたいだけど、いや、痛くないのか?」

227番 > 227は単純で、どういう形であれ食べ物を貰うと大きく気を許す。
表情を伺う目には怯えはなく、その意図としては
言葉のコミニュケーションが苦手故に表情で補おうとしている、というものだ。

「うちに、こい……」

昨日の人がそんな事を言っていた気がする。
しかし、その理由がよく分からなかったし、それに。

「前に、ねるとこ、もらったから、断った」

正直に答える。
227は「普通の暮らし」を知らないし、想像も出来ない。
だから、現状を満足して受け入れている。
それが普通の人からみたら常軌を逸していても。

「石とか、ふんだら、痛いけど」

普段はそうでもないとでも言いたげに、首を傾げた。

群千鳥 睡蓮 > 「寝るとこ……、なるほどな?」

ダンボールハウスにちんまりと収まっているににななが脳裏に浮かぶ。
彼女の言葉は淀みなかった。寝床があったから。わかりやすい。
順番が前後したら、家猫になっていたかもしれないのかな。
目覚めたらそこに、ににななが居る状況を想像して――首をぶんぶんと振った。

「良かったな……大事にしなよ。壊さないように、壊されないように、な。
 雨とか……ああ、いや。首突っ込みすぎか、なんでもない」

彼女の様子を見れば、おそらく必要な環境は揃ってる。
毒気を抜かれ切った様子で、こちらがどぎまぎとしながらも、
続く言葉には、外行きようのスニーカーで地面を擦ってみる。
するり、と資材から腰を下ろした。少し距離を取って、彼女の前に立つ。
足の裏。もしかして、肉球でもついてんのかな。

「そうなの? ……脚、伸ばしてみ。 まえに、まっすぐ」

227番 > 「うん。貰ったものは、大事に、する」

貰ったからには、大事に使う。食べ物も、ちゃんと食べる。
確かに227は単純なので、連れて行かれていた可能性もあるだろう。
もっとも、全くの知らない場所では怯えるので、
半ば強引に連れていく形になってしまうのだが。

「あし?」

言われたとおりに、ぴん、と無防備に脚を伸ばす。
ぱっと見では特に違和感もない。

しかし、よく観察すれば、そこには肉球とは言わないまでも、
通常の人間の足裏とは少し質感が違った様子が伺える。
足首より上も、肉付きは良くないもののどこか靭やかさが有る。

群千鳥 睡蓮 > 「……綺麗なもんだな、もっと……ずたずたなもんだと思ったけど」

じっと見つめる。白い足裏。
靴を持ってきてやろうかと思い至ったが、それを改める。
石を踏むこともあるだろう。地面だって、柔らかな草っぱらではない。
小児の足裏をつぶさに観察した経験があるわけではないけれども――

「なんか、疲れにくそうな脚……、細っこいのに……。
 にになな……おまえあれだろ、食い物探してたか、やることないから。
 ここらへん、ふらふらしてた感じか」

ふくらはぎまでを視線でなぞってから、顔をあげた。更に下から彼女を覗き込む。
寝るところがあっても、ここでは娯楽がなさそうだ。
識字しているかもさっきまでの会話から怪しい。それを踏まえて。

「食ってていいから、触ってもいいか?あし。
 ……ああ、嫌なら嫌って言えよ?ほんとに」

227番 > 「そう、なの?」

裸足の人間は見たことがないわけではないが、他の人の足など気にしたこともない。
そもそも、人をまじまじと見みていたらなにをされたかわかったものじゃない。

「うん……いつも、ご飯探す、しか、してなくて」

寝床を得ても、食べ物事情が改善していても、他にすることはなかった。
ほぼ好奇心任せで外をうろついている。

「触る……?いい、けど」

首をかしげる。覗き込まれることに対しての羞恥心はなさそうだ。
触られることも疑問には思うものの、もはや抵抗は一切ない。
足を伸ばしたまま、またひと齧り。

群千鳥 睡蓮 > 「……ホラ、あたしは履いてるだろ。 ああこれ、靴、て言ってな。
 足守るために、履くんだよ。硬いとこ歩くと、疲れるし、痛いし、衛生的にも――
 別に地面に負けてるわけじゃなくてな。周りが履いてるから履いてやってるとこもあるんだが」

おまえは違うんだな、とそっと両手で、小さい脚を抱え込む。
機嫌を損ねやしないか、しばしば顔を見上げて確認しつつ。
両手――少し体温の高い掌――で支えた手の、両の親指で。
ぷに。足裏の中央から、軽く押し込んで筋肉の感触を確認する。

「おっかねえやつも居そうだけど……、
 そうだよな。一日中、『ねるとこ』でゴロゴロしてたらつまんねーか」

そっと足首の裏側を支えて、脛、ふくらはぎも――確認。
人体についての知識は(壊すために)一通り叩き込んである。
それでも壊れ物を扱うような丁重さで、筋肉のつきかた、弾力。
普通の人間、児童とどこまで違うか――何やってんだあたし、と自問しつつ。

「一緒に住んでるやつ、居ないの? ……ずっとひとりか?」

ダンボールハウスつついたら、同じ顔の兄弟姉妹がにゅっとたくさん…
ということもなさそうか。

227番 > 「くつ……」

必要としなかったから、あまり気にしたことがなかった。
たしかに、ちゃんとした服を来ている人は、靴も履いている。
227にも、人の身なりの違いはなんとなくわかっていた。

「ん……」

触りたいと言った人も初めてだし、触らせたのもちろん初めてだ。
慣れない不思議な感触に、声を漏らす。

「じっとしてるの、にがて」

筋肉の構造は通常の人と大差無いだろう。
しかし、非常に柔らかい。瞬発性に優れる速筋が発達しており、逆に持久性は低い。
これは猫の筋肉の特徴であり、知識があれば何となく分かるかもしれない。

「んん……一緒に……いない。ひとり。ふつうは、いるの?」

227はずっと一人で生活している。
他の人はそうでもないのだろうか?よく知らなかった。

群千鳥 睡蓮 > 「ここで住む分には……なくてもいいもんだろうな。 
 もし必要になるときがあったら見繕ってやる。
 石とか、尖ったもんとか、汚ねえもんとか。気をつけろよ……ン、痛かったか?」

触れる。痛みを与えないように指を這わせるが、押し込んだところで痛みがあるかどうか。
しょっちゅう歩き回ってるだろうに凝りが見られない。
白身型の筋肉。この細さでこのしなやかさ。
この少女は、必然的に――そうなっている。なんとなくそう思った。
そう生まれたのか。そうさせられたのか。人為的に。……227番目に?

「……ふふ、だろうな。 悪い、じっとさせて。
 おもしろい話とかできればいいんだが……猫じゃらしとか――はさすがにないか。
 おまえさ、動くものとか、好き? ぴょんぴょん跳ねてたり……するヤツ」

外から来た獣人か、そうでないなら227番目にそうなったものか。
わからない。確証も得ようもない。よっと、と身体を起こす。
自分が彼女に対して許されるのは、あくまで世間話だけ。
今度は前から、座る彼女の前に、同じ高さに微笑を置く。やさしく語りかける。

「そうだな。社会性……ううん、ええと。
 『あたし』のふつうだと、まず親がいる。親がいて、おまえがうまれる。
 そのあとは、親と、兄弟…同じ親から生まれたやつ、と一緒に暮らしたりも、するよ。
 ひとりで生きてけるなら必要はないかもな、ヒマはまぎれるかも。
 ……にになな、おまえ最初からひとりか? ずっとここに?」

227番 > 「ううん、くすぐったい?っていうの?」

ここ落第街で聴くことはあまりない言葉なので、自信なさそうに。
特に嫌ではないらしく、触り続けるならそのまま受け入れるだろう。
やはりくすぐったいらしく、体をたまに震わせると、フードが少しずつズレていた。
227はこれに気づいていない。

「動くもの?好きとかはない、けど、気にはなる」

鼠なんかは目が勝手に追いかける。しかし、別に好きではない。
……もちろん捕まえたところで、食べたいなどとも思わない。
しかし、危機察知には役に立っているようだ。

「おや、きょうだい……」

言葉は聞いたことがある。
盗み聞きしたりとか、話しかけてきた人が、たまに使う言葉。
しかし、概念はよく分からなかった。

「いない。気付いたら、ここにいて。それより前は、しらない」

群千鳥 睡蓮 > 「それなら……いや、それも良くねーな。
 悪かったな、好きに触って。あげた分より多くもらっちまった」

少し安心するが、やっていることは無垢な少女の肢体を好き勝手に見聞したのだ。
それも熱心に、真面目に。ここがスラムで良かったと胸を撫でおろすとともに、
猫じゃらし振ったらにゃんにゃんってしてくれないのか、と若干残念なきもちもあった。
――反射神経も尖そうだ。本能的な部分に、やはり獣性が視える。

「…………そうか」

それを、つらいと思う感受性が、未だ彼女に備わっていない気がして、
彼女のことばに頷く声が、若干重く沈む。
誰かを抱きしめてやりたくなるなんて初めての感覚だ。

「おまえみたいにちっちゃいやつがさ……まあ大変だろうけど。
 ひとりで生きていくのって……そうだな、えらいぞ、にになな」

必然。全てはそれで成り立っていると考える。
彼女が此処に居るのも、此処に留まっているのも。
猫撫で声で語りかけ、腕を伸ばす。首に回すことなく、
抱きしめるかわり、フードをそっとかぶり直させてやる。
見えてしまえば、きっと予想通りのものが――そこにありそうだが。

「おやでも、きょうだいでもないが、一緒に生きたりすることもあるらしいぜ。
 ……おまえに寝るとことか、ごはんくれるやつ。なんて言うか知ってる?」

227番 > 「……?もういいの?」

触らせるのは対価とは思っていないらしい。自分の体の価値を知らない。
ねこじゃらしについては、おそらく本能的には反応するだろう。
好きでは無いというのも自覚がないだけなのかも知れない。


「……?」

そう思うのも無理はないが、227としては当然のことなので、褒められても不思議そうにする。

それから、フードに触れられれば……慌てて手で──片手は食べ物を持っているので、
空いている片手で──フードを抑える。
取ろうとしたわけではないとわかって落ち着いたものの、見た?といいたげに目を見つめた。

「……いっしょに?……」

続く質問は当然、わからない。
言葉を知っていても、おそらく結びつかない。

群千鳥 睡蓮 > 見つめ返された黄金は、微笑みのうえで、そっと細められた。
ゆっくりとまばたきをして。
見たところで、何も変わらない。その程度で自らの心は揺るがない。
視線に対して、ただ敵意のないことを示すしか。

「そ……ともだち、っていうんだって。 
 親とか兄弟でもなくても。いっしょに生きたり、助け合ったりするひと。
 このままずーっと……ここに居るなら、かんがえなくていいかもしれないけど」

いつか島外で出会った野良猫のように、そこで生きて死ぬのも猫の生。
きっと、それが一番平穏な先行きである気はするが。

「にになな。 ここから外に、でたいって思ったことはある?
 ……ここにはないものを、探しにいきたいとか」

バケツやゴミ捨て場にはないもの。
帰巣本能で、この地に縛り付けられている、そう仕向けられたのでは。
そんな危惧を胸にしながら、問いかけてみた。

227番 > 見たのか見ていないのか。227には分からなかったが、
その微笑みで悪いようにはされないだろうとも思った。
フードを抑えた手を戻す。次に触れても、拒みはしないだろう。

「ともだち……」

聞き慣れない。少なくとも、227は無縁だった。

「助けてくれる……あなたは、ともだち?」

もしそうなのなら、他の助けてくれた人も、きっとそうだ。
確かめたくて、聞いてみた。

「外?って……どこ?どんなとこ?」

227は落第街の外を知らない。
街の毛色が変わる場所──歓楽区のこと──は知っているが、
人の数が段違いで、近寄ることはなかった。
これまで考えたこともなかった。そして、興味がないといえば嘘になる。

群千鳥 睡蓮 > 「あたし、おまえのこと助けたっけか……?
 ……おまえがいいなら、"あたしは"それでいい。
 ともだち……な?
 ににななは、あたしの。 あたしは、ににななの」

うなずいた。他の連中がどう思うかは――少し無責任だったと思う。
けれども、自分に拒む理由はない。受け入れられない弱者ではない。

「そーだな。 外、って一言にいっても、いろいろある、としか言えねーが。
 いま、あたしらが居るのが……ココな?」

再び、今度はこちらが彼女の隣に。鞄から携帯を取り出す。
スワイプして島内の地図を呼び出す。スラムがそこにあるかは、わからない。
落第街――地図上は歓楽街の東端として表示されている――を拡大する。
そこに指を当てる。そして、拡大率を下げていく。
島の全景があらわれて、それを、指でくるりと円を描いて囲んだ。

「少し行くとさ、すごいギラギラしたとこに出るだろ。それが、ここでぇ……
 で、この真ん中のとこに、普段あたしが居る。一番安全なトコかな。
 どんなって言われると、難しい。
 ほんとに色々なとこがあって、いろいろなやつがいる。
 にになな。おまえとともだちになれるやつも、なれないやつもいるだろうな。
 めちゃくちゃ広くて、あたしもそのほーんの一部しか知らないんだ、悪ぃ。
 いち、に…どころじゃなくて、"たくさん"だ。 
 でも、たぶん――ここにないものが、すべてある」

どんどんと円形に引いていく。それはやがて星となり、ここにない場所もあるんだよ、と。

227番 > 「ご飯、くれる人、わたしは、たすかる。それだけ」

単純明快な基準。227は単純だ。
心配になるほど、餌付けに弱い。

「そっか、ともだち」

なんとなく嬉しくなって、無邪気な笑顔を見せる。


「……すごい。不思議……」

初めて見る板状のものに映し出された地図。
もちろん読み方など全くわからないが、説明でなんとなく意味は理解できた。

227にとって、落第街ですらかなり広いと感じている。
それとは全く違う場所……どんなところなのか全く想像がつかない。

「ここにない……わたしのことも、わかる?」

ずっと知りたいと思っていたが、そんな余裕もなかった。
けれど、今は違う。それは227が外へと意識を向けるのには、十分だった。

群千鳥 睡蓮 > 「そっか。 そーだよな……、……ッ」

残飯よりまともな食事が、彼女はどれほど有り難かったことだろう。
ここで、最初に彼女に、なにげなしでも優しさを向けた者がいたとき、
いまよりもっとぼろぼろだったのかも。寝床がなかった時さえ。
それでも、いま見せられた笑顔には、心臓が掴まれた心地だった。

「まわりにみえるものがすべてと思えても、そんなことはないんだよな……。
 夜にみえる、星よりも、たくさん、もっと……いろんなものがあって」

――そのすべてがあたしの為に存在している。必然的に。
そう思っている。だから全ては打算だ。彼女のことだって手帳には書けるだろう。
……そこまで追い詰められちゃいない。いつかでいい。
ふと向けられた水に、思いつめかけた顔をそちらに向けると、

「ここにいてわからないなら、きっとどこかでわかるだろうな。
 もしかしたら、逆に……それがここにある、ということがわかるかも。
 毎日、こころのままに歩いて、メシ食って、まるくなって寝て……
 それでも生きていけるんだ。にになな。おまえも、あたしも。
 そのうえで、おまえがそれをわかりたいかどうか、だけど」

外に出る。それが何がしか重大な選択な気がして。
その蒼の瞳を覗き込んで、問うてみた。こわいなら……やめたほうがいいはず。

227番 > 「ほし?……夜に見える……きらきらより、たくさん」

薄暗い落第街でも、星は見られる。むしろ薄暗いので、よく見えるのかも知れない。
もちろんそれは建物の形で切り取られているのだが。
数えようとも思ったことのないそれを例えにあげられる。
実感はわかないが、それは凄いことだと思った。


目を覗き込まれる。近いので少しだけ緊張する。

「……知りたい。親?っていうのも、いるのかな。
 わたしは、どうして、ここに、いるのか。
 みんな、不思議そうにする。わたしにとって、あたりまえでも。
 この、わたしの、名前がなんなのかも。
 気になる。」

長い言葉を紡ぐのは苦手だ。ゆっくりと、たどたどしく組み立てる。
伝わっていないかも、と不安そうに視線を返す。

好きこのんでこの生活をしているわけでもない。
気付いたときから、そうするしかなかった。
だから、外に興味を持つのは当然だ。
でも、どうしてだろう。外に行ってはいけない気がする。
誰かが、見ている、そんな気がする。