2020/07/25 のログ
■羽月 柊 >
相手の笑みに、思わず一歩たたらを踏む。
人間であり人間でしかない男は、かつて獣だったモノを見上げる。
「……最初は放り出そうとも考えた。
拾ったモノを他に託して、俺の舞台はそこで終わりだと。」
同僚と言われ、どういうことか理解は出来ない。
ただただ、零れたコップのままに。
「だが舞台から降りられなかった。
しかし自分の持つ信念が彼らと真逆すぎる。
一度話して、それは嫌というほど身に染みた。」
永久の平行線だ。
心が死んでも生きる側の柊から、心が死ぬぐらいなら死ぬという側への問答が。
「可能性を、見ていない訳じゃない。
だが自分が力を持っていないことも嫌というほど知っている…!」
それでも可能性を探しているからここにいる。ヨキの前にいるのだ。
ヨキとの"対話"をすることから、柊は逃げてはいなかった。
今まで"無能力"だった男は、呟く。
「……それでも、俺の言葉は、届くというのか…? "ヨキ"。」
"独り"の男は、相手の名を呼んだ。
――自分の奥底で叫ぶ、諦めたくないという、
願いにも満たない、僅かな祈り。
■ヨキ > 「届くさ」
その声は、ひどく明朗に響く。
「何故なら君は、ヨキと話したからだ」
空の左手が、握り拳を作る。
それをそっと正面へ伸ばし――柊の胸元へ、とん、と押し付ける。
「君は一度失敗した。
失敗した自分を知っている。
そして今、君は手掛かりを得ようとしている。
だったら。
二度目がある。
三度でも、四度でも、何人取り零したとて諦めるな。
君は『彼ら』と言葉を交わすうち、少しずつ『彼ら』が持つ空白の大きさを知るだろう。
だが君は――それでもなお、語り続けなければならない。
彼“ら”ではなく、ひとりひとりの彼、彼女とな」
相手へ押し付けた拳に、ぐ、とほんの少しだけ力が籠る。
まるで、言葉では伝わりきらない何かがある、とでもいうように。
「――諦めるな。
彼らの悲願を阻むことを覚悟しろ。
彼らの人生に介入することを覚悟しろ。
彼らから敵視されることを覚悟しろ。
それでも君は、自分がここに在ると証明し続けろ。
惜しくも命を落とした者には――弔いを躊躇うな。
『たった一パーセント』のために、そうとしか手のなかった者たちだ」
見開いた碧眼の奥に、金色の焔。
「彼らは、ただ己の願いのためにひた走ったのだ。
たとえ周回遅れでも――走れ、羽月!」
■羽月 柊 >
それは、柊が独りでは決して得られない答え。
"己の内側"のみを見ていた。
"独り"だと思い込んでいた。
"諦め"で無理やり蓋をしていた。
『また抱えた腕から落ちるかもしれない』と、
自分が抱えられるモノだけを後生大事にしていた。
――やるならば、また落とす覚悟をせねばならない。
――やるならば、自分が抱える覚悟をせねばならない。
ヨキの言葉を聞き、しばらく柊は無言でいた。
「……君は、本当に強い。」
「強くて、真っすぐだ。」
服越しのヨキの拳に、
確かにあたたかな力強さを感じて。
「だから、こんな俺でも、走れると思えてしまう。」
やってやろうじゃあないかと、言ってしまう。
例え時間が幾ばくも無いとしても。どれほど遅れてでも。
一度閉じて開かれた桜は、今度はヨキの見下ろす中、真っすぐに凛と咲き誇る。
「………俺はどれほど苦しんでも生き続けることを選んだ。
これを説くのは酷だと分かっている、だが。」
金色のピアスが揺れる。
「俺は空白の一部を知っているからこそ、語ろう。」
■ヨキ > 「そうだ」
より一層、にやりと笑う。深く深く。
「それでよい、羽月。
御託を並べることは、誰にだって出来る。
『彼ら』は、それを乗り越えて『真理』に到達せんとする者たちだ。
『彼ら』の心は確実に――君よりも、ヨキよりも、ずっとずっと強い。
だから。
折れるな。弛むな。絶対に、目を背けるな」
柊から手を離す。
向かい合ったまま、一歩下がる。
「だが、決して案ずるな。
君の心は、このヨキが支える」
先ほどまで柊に宛がっていた左手の、手のひらを己の胸へ添え。
「ヨキは『選択』した者、すべての味方だ」
■羽月 柊 >
自分が語るのは正に『彼ら』にとって絶望だろう。
諦めて苦しめと言うのと同義だろうから。
けれど、自分も決して、何もかもを諦めきれてはいないのだ。
今こうして、ヨキと"対話"したように。
「……支えるか。」
そう言われたのはいつぶりか。
それこそ、この胸に秘める空白を創った主に言われたきりではないか?
「――そんなことを言われるのは、"久々"だ。」
そういって、苦笑を浮かべた。
とても下手な、大人らしくない笑みを。
それを揶揄するように、小竜の両方が柊の肩に留まり、頬ずりや鳴声を上げる。
「……あぁ、ああ悪い…お前たちも居るな…。」
本当に人の心は間違う。
どれほど近くに他人が居ても、独りだと思ってしまえるのだから。
ご案内:「スラム」にヨキさんが現れました。
■ヨキ > 「は。
このヨキと出会えたことを、幸運に思うがいい。
対話ならば、いくらだって付き合うさ」
柊に擦り寄る小竜たちを見ながら、腰に手を当てる。
「惑いを糧に変えるのは、未だ簡単ではなかろうが……精々努めるがよい」
踵を返す。
スラムの奥へ向かって、足を踏み出す。
「……ではな、羽月。
君が駆け抜けた先を、楽しみにしておるぞ」
片手を軽く掲げる。
背中と足音は徐々に遠ざかり――やがて闇の奥へと姿を消す。
ご案内:「スラム」からヨキさんが去りました。
■羽月 柊 >
――行ってしまった。
――言ってしまった。
「………ありがとう、ヨキ。」
去っていく背にそう投げかける。
感謝の言葉はすぐに口にしなければ、伝わらない。
……そうして、冷静になったことで遠くて近くなった騒ぎを想う。
自分に、後どれぐらいのことが出来るのか。
分からない、けれども。
進まなければ。
この"声"が、届くなら。
パチンと"音"が響き渡る。
ご案内:「スラム」から羽月 柊さんが去りました。
ご案内:「スラム」に日ノ岡 あかねさんが現れました。
■日ノ岡 あかね > 以前より乱暴に巻いたチョーカーを付け直しながら、あかねは人気のない場所をひたすらに徘徊し続けていた。
真っ黒なチョーカー……委員会謹製の異能制御用リミッターを委員会の許可なく着脱したことで、あかねは最早お尋ね者だ。
拘束の口実がある以上、もうゆったりもしていられない。
「……まぁ、遠慮なく異能使えるから、何とでもなるけど」
あかねの異能。
正確には疾患。
《無有病》(シックネス・センス)。
それにより、あかねの周囲の『音』は完全に無音化されている。
リミッターも一度引き千切ったせいで効力が落ちている。
今はリミッターを付けたままでも……異能の発動は多少可能だ。
だから、こうして、廃墟の物陰に潜み続けることが出来ていた。
……どちらにせよ、今夜までの辛抱だ。
あかねの『デバイス』起動まで、既に残り4時間を切っている。
『真理』に挑む時は近い。
ご案内:「スラム」に鳳 悠樹さんが現れました。
■鳳 悠樹 >
「あ、やっと見つけたっす。」
最近何かと騒動を起こしているトゥルーバイツのリーダーとやら。
風紀では一応見つけ次第”保護”しろと言われている”悪いやつ”。
ここ数日大量の自殺者を出している”自殺ほう助”の犯人。
それが日ノ岡あかねという生徒らしい。
「日ノ岡……あかねっすよね。風紀っす。
あ、抵抗とかへんにしないでほしーっすよ。
じゃないと、あたしがしぬっすから」
とりあえず両手を前に突き出して制止のポーズ。
……いやだって他の団員さんみたいにいきなり撃たれたりしたら怖いし。
■日ノ岡 あかね > 「あら、仕事熱心ね。流石ってところかしら」
捕縛の口実を与えた以上、どこかしらの派閥が動くことはあかねも予想していた。
これだけ動きが早い所をみるに……恐らくは右派のどこかしらが先手を打ってきたのだろう。
いよいよ時間がないなと、あかねは内心で嘆息する。
「悪いけど、捕縛するつもりなら抵抗する事になるわね。それに、私の捕縛ってリミッターを勝手に外したかどでの事よね? それなら……緊急性はないと思うけど?」
にこりと笑って、小首を傾げる。
実際、根回しはしている。
『トゥルーバイツ』についてのあれこれでの責任追及はこのタイミングでは難しい。
このタイミングでケチをつけるなら、最初の犠牲者が出た時点で動かなければ意味がない。
まして、『トゥルーバイツ』構成員の大半は元違反部活生か二級学生。
日頃から彼等の命を粗末に扱う風紀が自殺程度で五月蠅くどうこう言える筋合いは……ないはずだ。
■鳳 悠樹 >
「あ、逃げないでほしーっすよ。
その、変な話っすけどあたしはその、捕まえる?気はないっていうか……
うん、あたし頭あんまりよくないからよくわかってないっていうか。
と、とにかく捕まえて酷いことしようとかそういうのはないっすよ?」
とりあえず腕章を外してポケットに内々する。
これは大事だけど……
「ほら、これで今あたしは風紀じゃ無くなったっす。」
こうしたら少しは信用してくれないかなーと。
ちょっと不安なので首が傾ぐのは勘弁してほしい。
■日ノ岡 あかね > 「ってことは、御話……職質だけで済ませてくれるって事かしら?」
いや、風紀の腕章まで外した以上……本当に話をしたいだけなのかもしれない。
そう思ったあかねは、くすりと微笑み。
「ふふ、なら御話しましょうか。私、『話し合い』は好きよ」
両手を広げて、その辺の丁度良い瓦礫の上に腰掛ける。
座る高さに丁度いい。
■鳳 悠樹 >
「……えっと、なっちんっていう友達がいた……んすけど
この島に来たタイミングが同じくらいで……
その、お手紙を貰ったっす。」
胸が詰まる。
どうせなら言葉で話してほしかったし
一緒にご飯を食べながら話して欲しかった。
「なっちんの手紙には『真理』っていうのに縋るてことと
その理由が書いてあったっす。いつも通りちっちゃくてかわいい字で……」
嗚呼、立ち直ったと思ってたのになぁ
なんで相談してくれなかったんだ。ばかやろー。
「……ねぇ、真理ってなんすか。
みんながあかね先輩のこと、悪党とかいろいろ言って
バカだとか色々言うっすけど、なっちんは馬鹿じゃなかったっす。
そりゃ死んじゃうのは馬鹿したなって思うっすけど!」
この人が扇動したんだ。
そう思ったときはカっと熱くなった。
一発ぶんなぐってやろうと思った
けど手紙を読んでいくうちにわかんないってなっちゃった。
「あたしにはわかんないっす。
先輩が悪魔なのか、それともだれも叶えられなかったことを
叶えに行こうって手を引っ張る人なのか……
本当にこれしかなかったのか、わかんないっす」
だから探してた。
人から聞いても何もわからないから。
■日ノ岡 あかね > 「なっちん……ああ、ナツキちゃんね……そっか、アナタ、ナツキちゃんの御友達なのね」
あかねも、その少女の事は当然覚えている。
『トゥルーバイツ』の構成員はせいぜい五十余人程度。
全員顔も名前も覚えている。
だからこそ、その少女の事は当然覚えていた。
「ナツキちゃんは聡明な子よ……いつも、あの可愛い小さな丸字でメモをとって、必死に色々な考え事をしていたわ……だけど、考えても考えても……彼女の『欠落』を埋めることはできなかった」
その『欠落』が何であったのか、あかねも知りはしない。
ナツキはそれを語らずに死んだ。
きっと、語りたくなかったのだろう。
誰にも言いたくない『何か』を抱えていたのだろう。
……親友にすらいえない『何か』を。
……だからきっと、彼女も……『真理』に頼るほか、なかったのだろう。
最早、想像する事しか出来はしないが。
「私はタダの人だし、全員とちゃんと喋って何度も『降りていい』って話はしてるわ……バカな事に違いはないからね、成功率は1%あるかないか……成功しても『真理』が何か答えてくれるとは限らない。『真理』なんていうけど、便宜上そういってるだけで……実際は私達人間より物知りな『何か』でしかないからね。超高性能な計算機みたいなものよ……それで救われる人もいれば、救われない人もいる……ただ、現実のこの世界で救われないなら……それに賭けるしかない。それだけのことよ」
元々、自殺同然の無謀な賭け。
だが、他に選択肢がないのなら。
「ナツキちゃんが『真理』以外に頼れたのかどうだったかは、私にはわからないわ……だけど、少なくとも私は……もう『これしか』ないの」
……それに縋るほかない。
それだけの話。
■鳳 悠樹 >
「あたしにはわかんないっす。
死んじゃってまで叶えたいお願い事とかそういうのがあるのはわかるっす。
でもあたしは死んでほしくないし、死なせるようなことをしたくなくって……
どうすればいいのかもわかんなくなって……」
頬を何か温かいものが伝っていく。
思い出すだけで悲しいし、苦しい。
なっちんが死んじゃったのがすごく悲しい。
そしてそれを招いたのは全部じゃないけどこの人。
いう程許せてるわけじゃないけどなっちんの手紙に書いてあった。
……どうかこの人を止めないであげてほしいって。
「そんなの……そんなの、
崖際まで連れて行って最期の一歩は自己責任って言ってるだけじゃないっすか。
もしかしたら家族に会えるかもって言って!」
でもどうしても納得できない。
「死んだ人は生き返らないっすよ!
でもそれは先輩たちだって一緒っすよ
なんで全部置いていくんすか!
全部と引き換えにって、あたしたちの気持ちは何処に行けばいいんすか!」
ああ、そうか。私は許せないんだな。
死んじゃったことが悲しくて悲しくて、同じくらい怒ってるんだ。
だけどそれだけじゃダメなんだと思う。
分からないから、相いれないから、どうにもならないから
そんな風に目をそらしちゃったらこの人たちは崖際で泣いてしまうだけ。
だから知りに来た。
知らないまま排除するようなことになりたくなくて風紀になったんだもん。
「本当に、他の方法がないんすか!
あたしみたいにもしかしたら別のいい方法があって、
それを知らないだけで……
見つからないってだけじゃないんすか。
……ほんとにそんな自殺するような悲しい方法しかないんすか」
■日ノ岡 あかね > 笑いながら、あかねはリミッターを少しだけ外す。
黒い首輪の形状をしたチョーカー。
外した部分に見えたのは……生々しい手術痕。
デタラメに縫い合わせたとしか思えないような、そんな縫合。
だが、それも……好きで医師がそうしたわけではない。
『そうするしかなかった』のだ。
……そんな、過去あかねが挑んだ『真理以外の方法の足跡』を軽く見せてから、リミッターをまた付け直す。
「私、病気なの」
にっこりと、あかねは笑った。
やわらかく、微笑んだ。
あかねも本当は隠しておきたかったが……一度、リミッターを外した以上、島中には様々な『目』がある。
遅かれ早かれ……風紀関係者には少なくとも簡単に知られるようになる。
なら、今更だ。
「今の医療じゃ治らない。最新の科学、魔術、異能……あらゆる治療法を試したけど、全部ダメだった」
あかねは、笑う。
理解しようとしてくれている目前の少女の気持ちが、あかねは素直に嬉しかった。
だが、だからこそ……哀しくもあった。
あかねは、『ああ』はなれないから。
「未来の医療に希望を託すって手もあるけど……それ、おばあちゃんまで待つかもしれないの。コールドスリープって手もあるけど……それは死ぬのと何が違うの? 起きた時、世界は私の知らない事だらけ。今の世界で死ぬのと何も変わりがない」
あかねは……笑った。
「すぐに治そうと思ったら……成功率の低い手術に挑戦するしかない。『真理』に挑むのは……それと同じこと。私達は……『トゥルーバイツ』は、みんなそういう『何か』を抱えているの」
『真理』なんて荒唐無稽に頼る理由。
そんなくだらない何かに頼らなければならない理由。
……それは、単純に選択肢がないからなのだ。
何もないのだ。
本当に……何も。
■鳳 悠樹 >
喉元をまるで百足が這うような傷跡
ああまでなるには生半な傷ではない。
……喉にずっと違和感を感じて生きてきたのかも。違和感じゃすまないか。
そのつらさは想像でしか寄り添えない。
「でも、そんなの未来じゃわかんないじゃないっすか。
おばあちゃんになるかもしれないっす。けど明日かもしれない。
今直ぐ、解決する必要があったんすか。死ぬような方法に縋ってまで!」
これじゃ半分やつあたり。
私は馬鹿だから、書面上の事しかわかんないから
理解が出来ないことを知っているはずの人に聞きに来た。
いなくなっちゃった人を奪ったみたいに見えちゃったから。
でも、この人が”やらかした”事だけは許しちゃいけないと思う。
「ほんとに何もないって言いきれるなら
……もうそれは「真理」に触れてるのと一緒じゃないっすか。
どうして全部疲れちゃったって諦められるんすか!
その願いは諦められないっていうのに!」
本当はなっちんに言いたかったんだと思う。
そしてきっと、なっちんと同じようにこの人も
知っているかもしれない”何か”に叫びたいだけなんだろうな。
それを目を逸らしているなんてなじる人もいるけど……
縋るしかないっていう気持ちはよくわかる。
「……先輩たちの未来に、あたしたちはいなかったんすか」
ただただそれだけが悲しい。
綺麗ごととか、夢物語とか……
そんな奇跡がないって言いきれちゃうことがすごく悲しい。
……だってそんなの馬鹿みたいに辛いじゃないか。
ぽろぽろと落ちていく涙を乱暴に腕で拭う。
怒りとか悲しみとか……あとこの人達がそこまで追いつめられてしまったこととか
そんなことが入り混じってどうしても涙が止まらなかった。
■日ノ岡 あかね > 「毎日、苦痛を感じるの。病気のせいでね」
あかねは笑う。
柔らかく、諭すように微笑んだ。
ああ、最初からこう言えば楽だったんだ。
こうやって簡単に同情を買えば良かったんだ。
そうして『かわいそうな日ノ岡さん』をやれば、それで。
……冗談じゃない、そんな惨め。
誰も彼もに『憐れまれ』、『忖度され』、『慮られて』……それで生きるなんて。
……『寂し』過ぎる。
「私の病気はね、鎮痛剤とかも効かないの。何をしても、苦痛を和らげる方法すらない。だから……辛くても苦しくても、我慢し続けるしかないの。私だから、ずっと我慢してきたわ」
あかねは笑う。
静かに笑う。
「だけど……もう、我慢したくないの。誰が隣にいたって……未来永劫、治らなければ痛いものは痛いし、苦しいものは苦しいわよ?」
小首を傾げる。
健常者には分からないのかもしれないと、少し思う。
毎日、毎日、毎日。
治す方法も和らげる方法もない苦痛を受け続けて。
その状態で……「もしかしたら明日治るかもしれないから今日は我慢をして」と『毎日』言われる側の気持ち。
それを取沙汰して……『今直ぐ、解決する必要があるのか?』
むしろ……何故、『今直ぐ、解決する必要がないと思うのか?』
笑える話だ。
「『真理』はまだ可能性があるわ。たったの1%だけどね。でも……『今直ぐの1%』と『いつくるかもわからない幸せな未来を苦痛を抱えたまま待つ』なら……どっちがいいかなんて、個々人の考え次第じゃない?」
■鳳 悠樹 >
「だからって、しんじゃたらその先の未来だってなくなっちゃうんすよ!?
全部終わっちゃうんすよ!?
苦痛がなくなってはい終わり、お疲れさまでした。
そんな簡単に済むわけないじゃないですか!」
あたしみたいなばかでも一つ言えることがある。
この人は止まらない。どれだけぶつけても。
多分ぶんなぐって監視してどれだけ止めても、何かしらの隙間を見つけてこれをする。
……もう妄執っすよ。こんなの。
だから、言葉では分かり合えないんだろうなって思う。
嗚呼、すごくもどかしい。
「……それで死んじゃったら、あたしはずっと痛いっすよ。
今日も明日も明後日も、すごく苦しいっす。
一緒に遊んで、焼きそばとか食べて、
そういうことできなかったなって思い出すたびに痛いっす。」
選ぶこと、それそのものは止めちゃいけないってこと。
それだけはずっと言い聞かせてる。
あたしの好みとか、そういうので人を縛っちゃダメだって
ねーさまも言ってたから。
でもそれで納得できるほどあたしは大人じゃないし、そんなのが大人になるっていうんっだったら……大人なんかなれなくったって良い。
おいてかれるのはもう嫌だ。
「あたし達が苦しまないために先輩たちに苦しめなんて言わないっす。
そんなのあたし赦せないっすから。
ずっとずっと痛いのは苦しいっすよね。
それでも、それでも……
1か0しかないんすか。
ただ生きてて欲しい……って我儘になるんすか
先輩たちはそれを我儘ってしか思わないんすか」
その選択が悲しいから、こうやって怒ってるんだ。
その選択で泣かないから、代わりにでも泣くんだ
他によりそう方法なんか思いつかないから。
■日ノ岡 あかね > 「じゃあ、どうやればこの苦痛は少しでも和らぐの?」
あかねは笑う。
あくまで、微笑む。
柔らかく、ただただ静かに笑う。
「私も死ぬつもりなんてこれぽっちもないわ。戻ってくるつもりよ。喉の手術だって全部そういうつもりで受けたわ。何度も死にかけたけどね。麻酔無しでやったりもしたから」
生きたまま喉を切り刻まれ、悲鳴すら上げられずに手術台に縛り付けられた。
普通は使われない禁忌の魔術儀式を実験を兼ねて叩き込まれ、何日も悪夢と恐怖に魘された。
そんな事を『何度』もやってきた。
今更、『真理』如きがなんだ。
失敗したら『死ぬ』からなんだ。
そんな覚悟は……最初の手術を受けた時からとっくに済ませている。
「0か1かじゃなくていいなら……0.5はじゃあどこにあるの? あるなら教えて、今直ぐに私はそれを選ぶわ。こんな計画全部投げ捨てるし、私の持てるものは全て差し出すわ。ねぇ、教えて。教えてよ」
あかねは笑う。
笑い続ける。
楽しそうに。
嬉しそうに。
ああ、本当にこの子は知ってるかもしれない。
1%の可能性があるかもしれない。
どんなに低い確率でも知っているなら、今ここで『解放』される。
この上ない喜びだ。
1%の成功率に『命を使わず挑める』なんて。
『話し合い』は……やっぱり効率的で、とても素敵だ。
「私もね、みんなと一緒に普通の学生やりたいわ。焼きそば私も好きよ。一緒に食べに行きましょ。そのあとオールでカラオケいって、この際、そのまま朝は24時間営業の店でラーメンとか食べちゃいましょうよ。きっと楽しいわ。すごく楽しい。私もそれをしたい。その仲間に入れて欲しい」
あかねは矢継ぎ早に告げる、両手を握り締めて、微かに頬を紅潮させながら、嬉しそうに。楽しそうに。
満面の笑みを浮かべて。
「だから、教えてよ……どうすれば、そんなことできるの? 今までそれをやるためには私はずっと苦痛を我慢するしかなかったんだけど……どうすれば、これが1じゃなくて0.5にできるの?」
あかねは……目を細める。
「……教えてよ。『真理』以外に何に頼れば私は『救われる』の?」
■鳳 悠樹 >
「わかんないっすよ!!
そんなのわかってたら、今すぐ解決してるっす!
なっちんは死なずに済んだんす!」
地団駄を踏みながら叫ぶ。
まるっきり子供みたいだけど
置いていくこともできない。おいて行かれるのももう嫌。
それならもう”一緒に生きる”しかないじゃないか。
「あたし達だって、「一緒に生きる。」それしかもうないんすよ!!!
何やったって何言ったって賢い人たちがみんなして曲解しちゃって伝わんないから!!
苦しんでるからって全部シャットアウトされちゃうから!
先輩が真理しかない他にもう無いっていうのと一緒!!!
あたし達だって、それしかないんっす!」
分かり合えないのなんか分かってる。
どれだけ頑張ったってあたしはあたしで、先輩は先輩。
……絶対に分かり合えないところは出てくる。
それが今回みたいなことなんだと思う。
「そかちんも、先輩も、それしかないっていうのと一緒じゃないっすか!
あたし達だって助けたいし分かり合いたい。
その痛みが大丈夫だよって思えるようにしてあげたいっすよ。
けどどう手を差し伸べても手を払われちゃったら、それが傷つくって言われたら
ただ一緒にいるよっていうしかないじゃないっすか!
それなのにそのたった一つの方法だって我儘って切り捨てるなら
じゃああたし達は何処まで苦しめば良いんすか!!」
何をどう譲歩しても、どう考えて行動しても
持っている者の同情だとか、貴方達に私たちの事はわかんないとか
……誰もわかってくれないのは、涙を噛み殺しているのを分かってくれないのは
それを苦しいと思う事すらこの人達にとって甘えなんだろうか。
だったらそんな境遇なんか、ただの都合の良い武器じゃないか。
「持ってることが、そんなに罪っすか!
同じだけ不幸じゃないと信じてももらえない。
もっと不幸じゃないと話す資格もない!
しかも最後は「真理しかない」とかいって足蹴にしていって!」
……そんなに、あたしたちは傲慢だってなじるなら教えてよ。
どうやったら貴方達は自分と同じ人間だって見てくれるのか。
■日ノ岡 あかね > 「……」
目前の、名も知らぬ少女の言葉。
同じ『トゥルーバイツ』のナツキの友人。
それしか知らない。
それ以外何も知らない。
何一つ、お互いの背景も、過去も、経験も。
何も知らない。
何も知るわけがない。
なのに。
「あはははははははは!!」
あかねは笑う。
ああ、そうか。
そうだ、だから……嫌だったのに、『病気』がバレたからって、開き直り過ぎてた。
そう、そうだ。
この子は、この子の言う事は。
「道理ね……アナタが全部正しいわ、ごめんなさい、ダッサい被害者面なんかしちゃって」
……正当だ。
どこまでも、間違いなく。
きっと、それが……『真理』だ。
「『その武器』を振り回すのが嫌でなるべく『病気』は隠してたのに……一番やりたくないこと、私やってたわね。ありがと、気付かせてくれて」
その為に、無理にでも声を出す為に喉の手術をした。
その為に、『病気』でも相手の言葉を知る術を手に入れた。
なのに、一枚剥がせばこのザマ。
「……いよいよ、日ノ岡あかねは本格的に店仕舞いね」
彼も……紫陽花剱菊も、それを言いたかったのではないだろうか。
口下手で、不器用だから……伝わらなかっただけで。
いや、それはきっと……あかねもそうなのだろう。
『言葉』は、こんなにも擦れ違う。
『理解』は、こんなにも屈折する。
当たり前のことだった。
そんな当たり前を……あかねも、忘れていたのかもしれない。
「私がワガママだったわ。良ければ……名前教えてくれない? 私の名前はもう知ってるでしょ?」
あかねは、小首を傾げた。
笑いながら。
■鳳 悠樹 >
「ぅ……」
癇癪を起して地団駄踏んでたらめちゃくちゃ笑われた。
あらためて自分を見ると……うん、だいぶ笑われても仕方ないことをしてる。幼稚園じゃん。
なんだろう、笑われると一周回ってスンッと冷静に……いや駄目だなんかめちゃくちゃ恥ずかしくなってきた。今ならドラゴンの真似が出来そう。顔から火。
「……その、あたしこそすみません。
なんかその、感情に任せて言いすぎたっす。」
ごにょごにょと言葉を濁しつつ涙をぬぐってから少し反省。
滅茶苦茶八つ当たりした自覚はある。
それに泣いたってなっちんは帰ってこない。
この人の苦痛や孤独感だって。
「……先輩がしんどかったのは事実っすからそこはその通りだと思うっす。
分かる、とかそういうのは言えないっすけど。
でも、他の先輩たちが言う程無痛覚じゃないっていうのは、わかったっす。」
誰が死んでも自己責任と笑っているような人。そう上からは聞いていたけれど
この人もずっと走る事を続けているひとりなんだろうなぁと思う。。
なんか凄い笑みを浮かべている先輩に一応名前だけは伝えておこう。
一緒に走れるかはわからないけど、一緒にいると伝えることは出来る人だと思うし
一応風紀の先輩……それに、名前も知らないなんて寂しすぎるから。
「……鳳。鳳 悠樹っす。
画数が馬鹿みたいに多いほうの悠樹っす。」
■日ノ岡 あかね > 「ユウキちゃんね。覚えたわ。ありがと、勇気付けられちゃったわ」
あかねは笑って、遠慮なく近づいて。
そっと、右手を差し出した。
「感情的だったのは私も一緒だし、最低限ちゃんと相手に向き合うために必要な礼儀すら……多分忘れてたわ。ごめんなさい。私も多分、アナタ達に痛覚があること……忘れてたんだと思う」
実際、好き放題な悪口やら陰口を言われていることは知っている。
風紀もそうだし、その前からそうだった。
だから、慣れてるつもりだった。
だが、多分……あかねも、『つもり』だっただけなのだ。
あかねも知らぬうちに……自分の痛みしか、見れなくなっていたのだろう。
そのせいで、相手の痛みを忘れていた。
それを……悠樹は、気付かせてくれたのだ。
何も知らない第三者だからこそ。
今ここで出会ったばかりの初対面の誰かだからこそ。
フラットに、平等に、対等に……歩み寄ってくれたのだ。
「私、怪物とか狂人扱いされ過ぎて……他の人達も遠ざけてたんでしょうね。『どうせ、そうとしか私をみないんだろう』って」
あかねは多分、本当に怪物になりかけていた。
いや、なっていたのかもしれない。
己という怪物に。
主観という怪物に。
痛みを痛みとすら感じられない……そんな怪物に。
それを、彼女は止めてくれた。
「反省するわ。私がワガママ言い過ぎた」
■鳳 悠樹 >
「え、その」
差し伸べられた手を握り返す。握手とかこういう触れ合う感覚はとても好き。
少なくとも握手だけはしてくれるようになったと嬉しく思うと同時に
なんだか急に穏やかになった先輩にちょっと戸惑う。
え、あたし何を言ったんだっけ。勢いに任せて本心をぶちまけまくったせいでちょっと整理が追い付いてない。
おもいだせ、ピンク色の脳髄。
……あれ、ピンクでよかったっけ?
「そういう人、身近にいたからちょっとわかるっす。
噂とかって聞こえてくるだけでも結構きついっすもん。」
口調だけでもわかる。苦労するタイプなんだろうなぁと思う。
なんというか、なかなか人が信用してくれなくて苦労してそう。
賢かったり悩みすぎていて、どうしても慎重だったり遠回しだったり
そんな風に喋ってしまうから信用されにくく、
本人もそう周りにのぞまれてるからとそうふるまってしまう。
……ねー様がまさにそういうタイプ。
色々隠すのが上手になっちゃった。そういう人の匂いがする。
「……そういう噂とかじゃ先輩が分かんないっすから
先輩自身が教えてほしいっす。」
ぎゅっと握ったままの手は暖かかった。
この笑みが本当か、どう思っているのかなんてわからない。
あたしはそんなに賢くないし、機微に敏いわけじゃない。
……だから、まず全力で信じようと思う。
教えてくれるまで、この暖かさを、善意を信じようと思う。
■日ノ岡 あかね > 「私は普通の女子高生のつもりよ。どこにでもいる、アナタと同じ女子高生。ダブってるけどね」
ケラケラと、楽しそうに笑った。
しっかりと握手をしてから、惜しむように手を離して……あかねは目を細める。
黒い瞳。その瞳も、日本人なら普通の瞳。
何処にでもいる普通の……黒い瞳。
「扇動については謝らないけどね。私は声を掛けただけのつもりだし、扇動とか言われるのは正直心外だから。だって、私がやらなくても似たような事やっただろう人達しかいなかったわよ。半端者は全部面接で叩き落したから」
それを止めたかったのなら、あかねに何か言うのはお門違いだ。
誰も止めなかったから、みんな『真理』なんてものに縋ったのだ。
誰も声をかけなかったから、みんなそんなドン詰まりまで追い詰められたのだ。
それを……『誰か一人が悪い』なんてあかねは言わせない。
関りながらも行動しなかった全ての人間の罪だ。
……それには、あかねと、『トゥルーバイツ』に所属している者達も含まれる。
「まぁでも……私自身については少し捨て鉢だったところは否めないわ。仲の良い男の子と大喧嘩して少しナーバスだったのかもね」
冗談めかして笑う。
普通に、ただ楽しそうに。
教室の窓辺で喋るように。
あかねは……笑う。
「とりあえず、これだけは……だから、信じて。私は死ぬつもりなんてない。自殺のつもりなんてない。ちゃんと生きて戻るつもり。それだけは……約束するわ。『真理』になんて私は負けない」
鳳悠樹の目を見て、顔を見て。
日ノ岡あかねは、断言する。
「私は絶対……生きて戻る。だから、信じて」
そういって、一歩下がる。
もうすぐ、時間だ。
「私は……日ノ岡あかねは、命懸けなだけ。命懸けだからって……死ぬために挑むわけじゃない」
そういって、背を向ける。
音もなく、気配もなく。
日ノ岡あかねは……歩み去っていく。
「『またね』、ユウキちゃん」
強かな、笑みだけを残して。
■鳳 悠樹 >
「……急に押しかけてすみませんっした。
今のあたしは風紀じゃないので先輩を拘束したりはしないっす。
……今のあたしに出来るのはそれだけっす。」
ポケットに入れたままの腕章を外からくしゃりと握る。
此処で拘束すれば、”最低限一人”は今の命を拾い上げる事ができるかも。
でも、それじゃ何も救われない。そんなの、上から解法を押し付けるだけ。
だから、送り出す。そしてそうしたことを、絶対に忘れない。
「だから、今度、またお出かけできるようになったら
”絶対”一緒にご飯食べにいくっすよ。
今日から予約しておくっすから!
キャンセル料とか絶対取るっすからね!」
その背中を見送る。
生きて帰ってくるというなら、なら信じるしかないじゃない。
命がけでも抗うというなら、それを止めるなんて、あたしには出来はしない。
「……だからちゃんと帰ってくるんすよ。先輩」
小さくつぶやいてあたしは駆け出す。
まだ、まだ探さないといけない人はいっぱいいる。
これまで関わってこなかった人を、関わってこれなかった人を
見捨てられた人を探しに行かなくちゃ。
ご案内:「スラム」から日ノ岡 あかねさんが去りました。
ご案内:「スラム」から鳳 悠樹さんが去りました。
ご案内:「スラム」に鳳 悠樹さんが現れました。
■鳳 悠樹 > (ログ回収忘れたので回収)
ご案内:「スラム」から鳳 悠樹さんが去りました。
ご案内:「スラム」に伊都波 凛霞さんが現れました。
■伊都波 凛霞 >
「ぜぇ…ぜぇ……こん、なに、…走った、の…いつ…ぶり……?」
自宅のある青垣山をトップスピードで下山してもこんなには疲れないスタミナの化け物凛霞
それがもはや疲労困憊。それなりに広い落第街をこれだけ走り回っても見つけられないなんて
「─……」
汗の垂れる顎先を手で拭い、視線を巡らせる
人気のないエリアを優先的にまわってきたものの…途中で遭遇したトゥルーバイツ構成員は僅か2名
一人は言葉に耳を貸してくれたが、一人は逃げ出してしまった
既に追い詰められ、退路を自ら絶ち、全てを投げうっている人間に手を差し伸べるのは、とてつもなく難しかった
■伊都波 凛霞 >
「あの人は…間に合ったのかな……」
打ちっぱなしの壁へ背を預けて、荒い呼吸を整える
残る時間全て使って走り回る算段だったが、我ながらの浅知恵
人間一人を見つけ出すのはこんなにも難しい
見つけたとしても、それを止めるのがまた難しい
難しい難しいの難しい尽くしだ
それでも、それに挑んでいるのは自分だけじゃない
きっと誰かは、辿り着いているはず
■伊都波 凛霞 >
まだ時間は残ってる
まだ、動いている人間は多くいる
なぜこんなになってまで、この局面になってまで皆あがいているのか
人を救いたい、守りたい…それはひどく利己的な感情だと凛霞は思っている
さらに言えば、この世に存在する「善」は全てが「独善」であるとすら思っている
「──……ま、理屈じゃない、って、ことで……」
なぜなら善悪は人間が考えた概念であり、人間は感情の生き物だから
■伊都波 凛霞 >
自分だって、救いたいとか守りたいとか、その大元は…なんかイヤだから、とか
いなくなられたら寂しいだとか、自分の感情、自分本位な理由ばかりだ
もっと、彼らや彼女達と、この学園都市で過ごしていたいのだ
見知らぬ誰かだってそう、そのうちぱったり出会って、友達になったりするかもしれない
その友達が苦しんでいると知ったら、力になってあげることもできるかもしれない
そんなあらゆる可能性、小さくても大きくても、それらの可能性を完全に0にしてしまうのが、"死"だ
そしていずれ必ず訪れるそれは、自分にとってはマイナスにしかならないもの
…だから、凛霞は…それを、"人の死"をプラスにしかねない人の感情、『悪意』が何よりも嫌いだった
死んだほうが世の中のためだ、なんて言われる、悪意に満ちた存在が
今起きている騒動、そこに悪意は感じない
以上の理由で、伊都波凛霞にとって動かない理由は、何一つなかった
■伊都波 凛霞 >
彼らは、トゥルーバイツに参加した皆は欠損を持つ人達だった
思い留まらせようとしても、その声は遠くからしか聞こえない
持つものと持たないものは、完全に同じ感情を共有はできない
彼らの言い分はもっともだった
そしてきっと、彼らには余裕がなかった
だから、その絶望は大きな前提を忘れている
『人と人は、そもそも完全な相互理解が不可能である』
勿論欠損の有無は大きな差を生む
けれど元々人間同士は互いのことを『推し量ることしか出来ない』
そこに在るのは、難易度の違いだけ
寄り添う人間が現れやすいか、そうでないか
そしてきっと、彼らが自分が特別ではないと思わせられる人は、そう多くなかったのだろうと思う
──ゆえに、孤立を現実のものとしてしまう
「寄り添うほうにも、覚悟、ってのが…いる、から…ね…っと……」
壁を手で押して、ややフラつく脚を支える
ご案内:「スラム」に花ヶ江 紗枝さんが現れました。
■花ヶ江 紗枝 > 「そろそろ立ち止まっても良いと思うわよ。りんちゃん」
ふらつく少女の進むその先、曲がり角で壁に体を預けて目を瞑り腕組みしてそんな言葉を投げつける。
こちらへと向かう後輩の姿を認めると腕を組んだまま道に立ちふさがるように立ち、面白げに後輩を眺める。
「貴方、そろそろ限界じゃない」
いつも小奇麗にしている後輩がここまでよれよれになる姿というのは珍しい。悠薇ちゃんがさぞかし喜ぶことだろう。
全く、こんな状況でこの辺りをふらつくなんて。
襲ってくれとでもいうようなもの
■伊都波 凛霞 >
「あれ……」
まだ呼吸は落ち着かないけど、言葉が途切れるほどではなくなった
小さな言葉を、自分に向ける女性へと返しながら、視線を少しあげれば…
「花ヶ江先輩じゃないですか…先輩も来てたんですねぇ……」
"男嫌い"で有名な彼女
学年こそ同じなものの年長者ゆえ、先輩と呼んでいた
しかし…確か、風紀委員全体としてはこの件に関しては動かない…と先ほど通達があったはずだ
今動いているのは、ほとんど個人的な理由で動く者、そして…普段どおりの活動でココに来ている者くらい
限界だろうと声をかけられると、やや斜めっていた姿勢を正す
それが虚勢…強がりであることは、明らかだが……
「いやぁ…まだまだ…歩けますからね……」
みっともないところみられたなぁ、と眉をへの字に曲げて笑みを返した
■花ヶ江 紗枝 >
「本来もう学生でもないはずなのだけれど。
目が覚めたと思ったらこれよ。全く」
道の真ん中ではぁ、と腕組を解き手を広げながら肩を竦める。
状況は聞いている。
そして、紗枝は彼らを助けるつもりは殆どなかった。
組織としての決定はどちらかと言えば妥当。
というより本来”事後処理”しか風紀の役割はない。
つまり死体になって初めて案件足りうる。
「足元がおぼついていないように見えるけれど。」
疲労だけでないことも“知って”いる。
どうもこの組織はどこもかしこも自己管理が下手。
今も明らかに虚勢を張っている。
空元気も元気のうちなんて言うけれど……
「貴方も本当、大概よね」
塞ぐように立ちはだかったまま、頭痛を覚えたかのように眉間を抑えてため息をこぼす。
これだからこの子たちは。
……安心して眠れやしない。
■伊都波 凛霞 >
「はは…本来こんなことしなくていいはずだったんだけど…」
やや呆れたような言葉を向けられる
それは仕方がない、風紀委員としてはしなくてよい仕事だ
「でも、…ジッとしてられないんですよ」
やれることをやろうとした
いろいろな根回しもした
それでいて尚、やり"足りなかった"
今の凛霞は誰かの為ではなく、自分の為に動いている
彼女の別れの時の言葉は、それを揺り動かすスイッチとなった
「なのでまぁ…退いて、ください。先輩」
落第街中を走り回った脚には、限界が見えている
おそらく頑張っても歩けるだけ、走ることはままならないはずだ
それでもそう、言葉を向けた
■花ヶ江 紗枝 >
「良いはず?いいえ、しなくていいのよ」
私用とはいえ、この子が風紀であることは周知の事実。
風紀が駆けずり回っているという事実は変わらず、それを受けて活発化する者達もいる。
善意ばかりで動くとこの子は信じているのだろうか。しかしそれは否だ。
人は自らが良かれと思っていることを実行する。そしてそれは”良いとは限らない。”
だからこそ、
「断るわ」
あっさりと拒否を口にする。
それは既に決定事項。さもなくば”こんな場所”で立ってなどいない。
■伊都波 凛霞 >
「ああ…そっか…じゃあ……」
「私を止めに来た、ってことですかね……」
疲労を隠せない顔
その顔で、小さく笑う
退いてくれないのは、困ったな…という表情
■花ヶ江 紗枝 >
「この状況で手伝いに来たように見えるかしら。」
ああ、よくわかる。意思を通すために可能性を探る目。
従順に従うという選択肢など端からないと言わんばかりの笑み。
……強者であることを疑わないその歩み。
「答えるまでもないと思うけれど、一応答えておくわね。
答えは是。これ以上進んでも貴方に出来ることは何もないわ」
伊都波の家とは遠く交流がある。
古い家系として、そして”滅するもの”の家系としても。
だからこそ、ああ、血が疼く。
今きっと自分はにこやかな笑みを浮かべているだろう。
「だから……抜かせないで頂戴ね?」
面のような笑顔を張り付けたまま紗枝は笑う。
■伊都波 凛霞 >
「いーえ、私のお手伝いをしてくれるなら風紀委員本庁で
おえらいさんと問答を繰り返してくれてるはずですから」
一応の確認です。と言葉を区切る
「凄いですね先輩、もしかして予知能力でも…?
未来が見えなきゃ、出来ることがないなんて断言、できないですよね」
これは、軽口
0.1%の可能性でもあれば動く意味は在るという、持論を突き通すための
「それに……」
「全然、そんな台詞が似合う顔してませんよ。先輩」
にこやかな笑みから感じ取れるのは、一種の偏執的な…狂気
風紀委員同士で、こんな時に切り結ぶなんて…ありえない
でも、今の自分は風紀委員として動いては、いない
ちょっとしたことですら、崩折れてしまいそうな脚を…一歩踏み出した