2020/07/29 のログ
ご案内:「スラム」に神代理央さんが現れました。
■神代理央 > 或る意味では、此の島で最も慣れ親しんだ場所。
幾度となく訪れ、探索し――力を振るった区域。歓楽街の果ての果て。
スラムでの警邏。最早、通りを進む足取りも慣れたもの。
「……此方に手を出さなければ何もしないのだから、いい加減敵意をむき出しにするのは止めれば良いものを。
いや、睨んでいるだけならただではあるし、連中なりに頭を絞った嫌がらせ、という訳か」
巨大な金属の異形が、大地を踏み締めて足音を響かせる。
背中から生やした砲身が、一歩踏み出す事に小さく揺れる。
そんな異形の主たる少年は、缶コーヒーを啜りながらのんびりとスラムの警邏に当たっていた。
ご案内:「スラム」に殺し屋さんが現れました。
■殺し屋 >
「仕事熱心なんだな」
その声は、突然掛けられた。
闇の中に、その人影はあった。
普通の私服。見るべくもない何の変哲もない格好。
変ったところがあるとすれば……顔を覆う、ド派手な道化師のマスクだけ。
「初めまして、神代理央」
地味な格好とまるで不釣り合いなマスクを付けたその男は、理央の前で頭を下げた。
「アンタを殺しにきた」
■神代理央 > 「……宮仕え、故な。職務に熱心に当たるのは当然の事さ」
投げかけられた声に、立ち止まって視線を向ける。
目に付くのは、道化師のマスク。
此の場所に余りに似付かわしくない様で、余りにも溶け込んでいる様な道化師が一人。
「ほう?態々告知してくれるとは有り難い。正々堂々とした暗殺者は、嫌いではないよ?」
小さく唇を歪めると同時に、従える異形の砲身が軋む。
大小様々な砲塔を"生やした"多脚の異形は、その砲身を全て男に向けて、静止した。
■殺し屋 >
「そのほうが効果的だからだ」
男は、淡々と述べる。
武器の類いは何も携帯していない。
素手、手ぶら。
身に着けている装備は私服と仮面だけ。
道化師の面が、理央に向き続ける。
「どんなに慣れてても、どんなに耐性があっても、人は悪意や害意に晒され続ければ負荷になる。
一つ一つは大したことがないかもしれない。
アンタみたいな奴はすっかりそれにも慣れてるかもしれない」
砲塔に一瞥すら返さず、道化師は続ける。
「それでも、アンタは人間だ。機械じゃない。普通の人間だ。
なら、『殺す』と面と向かっていった方がいい。
アンタを『殺したがっている誰かがいる』と教えてやった方がいい。
手の内は教えてやった方がいい。
これから何がアンタを傷つけるのか、想像させたほうがいい」
人差し指を一本立てて、静かに。
「知る事は『呪詛』だ。
アンタはもう、『昨日と同じ』ではいられない」
■神代理央 > ぱちくり、と瞳を瞬かせる。
さて、どんな手段で己を殺すのかと身構えていれば。
男が己に告げたのは、呪詛の言葉。
正しく『怨嗟の声』を、己に届けに来たのだと男は告げるのだから。
「…く、ハハハ!成程成程。そうさな。 確かに、死を通告される事は呪詛足り得るだろう。 確かに、私は昨日の私とは同じではいられぬだろう」
「しかしそれは、決して負の方向に舵を切る訳では無い。
明日の私は、今宵の私よりも強くあるやもしれぬ。 それに――」
「――私を殺す、など。一体何度言われたものか。最早覚えてはおらぬよ。その度に呪詛を背負っていては、私は今頃神社の鳥居を潜り抜ける事も出来ぬわ」
慢心と傲慢さを振りまいた様な笑みで。
人差し指を立てた男に言葉を紡ぐだろう。
■殺し屋 >
「いいや、アンタは弱くなった」
■殺し屋 >
「風紀の資料にあったアンタになら、もう俺は殺されている」
「『鉄火の支配者』なんて呼ばれてた頃のアンタになら、もう俺は殺されてる」
「幌川最中と作戦を共にする前のアンタになら、もう俺は殺されてる」
「水無月沙羅に出会う前のアンタになら、もう俺は殺されてる」
■殺し屋 >
「アンタは弱くなった。アンタは俺に『殺される』」
■神代理央 >
「……吠えるじゃないか。殺し屋風情が、大口を叩く。
しかし、良く調べたものだと褒めてはやる。
有象無象の連中とは違い、私個人の事をそれなりに調べ上げた様だな」
フン、と高慢の色を湛えた吐息と共に、男の言葉を一蹴する。
――しかし同時に、男の言葉に僅かに。僅かにではあるが心が揺らいだのも事実。
嘗ての己であれば。今迄の己であれば。
彼の様な男など、現れた瞬間に問答無用で吹き飛ばしていたのではないかと。
周囲の被害を一切顧みる事無く、その砲火を振るっていたのではないか、と。
「……ではその自信が何処まで本当のものか。
精々足掻いてみせろ、道化師崩れが!」
指を弾けば、渇いた音を掻き消す様に轟音が響く。
己の真横に控えた異形が、背中の砲塔の全てを。 男に向けて掃射した。
先ずは一射。男の手を探る様な、一手。
■殺し屋 >
「ずっと疑問だったんだ」
既に、道化の面は目前にいた。
高速移動? 違う。
空間歪曲? 違う。
道化師はただ走ってきた。
真っすぐに前にまで。
砲弾は基本的に着弾地点より前より後ろでも威力を減じる。
全身ズタズタの血塗れになりながら。
砲火で全身至るところを焙られながら。
道化師は、目前まで駆け寄ってきた。
致命傷だけを避けながら。
それでも、歩み寄ってきた。
リスクを、代価を支払い。
「今俺を撃ったのに、なぜ、日ノ岡あかねを殺さなかった?」
負傷を承知で目前にまで、道化師は踏み込んできた。
「言葉を弄するだけの相手を平然と殺せるアンタが、どうして同じ言葉を弄して大勢死なせたアイツを殺さなかった?」
■殺し屋 >
「怖かったのか? 日ノ岡あかねが」
■神代理央 >
「……再生能力、という訳でもなさそうだな。随分と頑丈な身体をしている様だ。羨ましい限りだよ」
砲撃を物ともせずに此方に歩み寄る男。
僅かに舌打ちして第二射の準備と、護衛となる大楯の異形を呼び出そうと。
しかし、男の方が速度が速い。
であれば、と。 肉体強化の魔術を起動しながら腰に下げた拳銃を引き抜いて、男へ向ける。
ピタリ、と男の眉間に向けられた銃口。
「……何を言うかと思えば。そして、誰の名前を出すのかと思えば。
教えてやる義理も無いが、問い掛けには応じよう。
単純な事だ。貴様は私を害する。だから撃つ。
日ノ岡は私を害さない。アイツの呼びかけに応じて集まった連中も、その殆どが二級学生や元違反生の類」
「まあ、生徒や一般人も少しは混じっていた様だが…そればかりはどうしようもない。日ノ岡の言葉であのデバイスを起動する様な奴は、遅かれ早かれロクな死に方はせぬ」
「『社会に影響を与えず、犯罪者紛いの連中を処分してくれる』のなら、日ノ岡を殺す必要など何もあるまい?」
其処まで言い切って、愉快そうに嗤う。
面白い事を聞くものだ、と興が乗ったかの様に。
銃口を向けた儘、嗤う。
■殺し屋 >
「いいや、アンタは日和っただけだ」
銃口に吸い付くほどに寄せられた、道化の面。
吐息が掛かるほどの目前。
「アンタは負けたんだ。
幌川最中に、水無月沙羅に、群千鳥睡蓮に、伊都波凛霞に、日ノ岡あかねに」
道化師は目前にいる。
すぐ目の前。ナイフでも素手でも殺せる距離。
そこでも、道化師は血を流しながら、言葉を垂れ流す。
「俺の言葉が『害』だってんなら、アンタはとっくに『害され』てるんだ。
幌川最中の汚職を受け入れた。
水無月沙羅の恋心を優先した。
群千鳥睡蓮の言葉に答えが出せなかった。
伊都波凛霞の迷いにトドメを刺せなかった。
日ノ岡あかねの言葉の影響を知りながら保身を優先した。
もう、神代理央はどこにもいない。
もう、神代理央は命を無視できない。
もう、神代理央は無責任に引き金を引けない。
アンタは『痛み』を知ってしまった。
アンタは『弱さ』を知ってしまった。
アンタは、奪ってきた命の重さを水無月沙羅を通して無意識に知ってしまった」
道化師は、呪詛を吐き続ける。
「アンタはもう、壊れてる。
神代理央としての機能を有していない、
アンタは独りぼっちだ。アンタの居場所は何処にもない」
■神代理央 >
「……な、にを」
銃口が揺らぐ。
それまで、芯が通っていたかの様に男の眉間に向けられていた銃口が震える様に揺らぐ。
心当たりが、ある。 思い当たる節が、ある。
「負けた、だと。この私が。私が、あいつらに。何を、ばかな」
認めたくない。 認めてはいけない。
己が受け入れた罪と弱さを。 目を背けていた事実を受け止めた事によって引けなくなった引き金を。
それを認めれば、認めてしまえば――
「……戯言を。知った様な口を!
貴様に、何が分かる! 貴様が、私の何を知る!
この私が。情に絆されたとでも言うつもりか!
この、私が!『鉄火の支配者』が、命を奪う事を躊躇うとでもいうつもりか!」
激昂。 それは男の言葉に対する明確な答。
決して『認められない』という事を『認めてしまった』
嗚呼、それは間違い無く呪詛。
己を蝕み、惑わせる呪いの言葉。
「…壊れてなどいない。
私には、私、には、帰る場所が。
待っていてくれる、ひと、が」
足元が揺らぐ。
無意識に、畏れる様に男から数歩離れる。
未だ微動だにしない己の従僕に身体を預け、震える銃口を男に向けた儘。
怯えた様な瞳が、道化師の仮面を見つめている。
■殺し屋 >
「そこは神代理央の居場所じゃない。
『水無月沙羅の恋人』が帰る寝所だ。
神代理央が……『鉄火の支配者』が帰る場所じゃない」
■殺し屋 >
「アンタは、風紀委員ですらない。
言葉を弄するだけの相手に砲火を浴びせた。
二級学生かどうかもわからない相手に引き金を引いた。
アンタは風紀の規則すら『守り切れなかった』」
■殺し屋 >
「だが、それが出来るのが……神代理央だったんだ。
かつてのアンタだったんだ。
何も知らない頃のアンタだったんだ。
何も分からない頃のアンタだったんだ。
『自覚』したアンタに引き金は引けない。
『知ってしまった』アンタに引き金は引けない。
『アンタが今まで大勢に無意識に向けてきたもの』を知ってしまったアンタには」
■殺し屋 >
「もう、何も。守れない」
■殺し屋 >
「知る事は『呪詛』だ。
アンタはもう……『昨日と同じ』では……俺という『殺し屋』と会う前と同じではいられない」
■殺し屋 >
道化師は……言葉を吐き続ける。
呪詛を吐き続ける。
目前の少年に言葉を投げかけ続ける。
今まで遍く人々がそうしたように。
今まであらゆる人々がそうしたように。
『同じこと』をしている。
それだけで。
神代理央は、十分『殺せる』。
■神代理央 >
「……黙れ」
■殺し屋 >
「アンタはもう死んでる。神代理央はもう死んでる。
アンタは死者だ。アンデッドだ。死んだことに気付いてなかっただけだ。
『鉄火の支配者』はもう死んだ。
アンタが目指した『神代理央』はどこにもいない。
此処にいるのは形骸だ。亡骸だ。『神代理央』の紛い物だ。
だから、俺が『殺して』やる」
■殺し屋 >
「例えここで俺を殺しても、俺を黙らせても……アンタは俺に『殺される』」
■神代理央 >
「……黙れと、言っている」
ぽつりと、言葉を漏らす。
静かに、静かに、男に言葉を零す。
男は一つだけ見誤っていた。 何も呪詛の効果を『昨日と同じ』などと長い目で見る事は無い。
「黙れ黙れ黙れ黙れ!
私は躊躇わぬ!
私は揺るがぬ!
私は、常に『多数』の為に切り捨ててきた!
それを今更悔いはせぬ。 嘆きはせぬ!」
揺れていた銃口が、止まる。
男に向けられる銃口は、再び静止する。
「引き金が引けぬと言ったな。
私には守り切れぬと言ったな。
では、その思い違い。 その身を以て知ると良い
今更、私の道を阻む者を排除する事を、躊躇うと思っているなら」
そう。
『神代理央』は、決して引き金を引けない。
多くの出会いを重ね。
多くの事を学び。
たった一つの恋を知って。
悩み、惑い、考え続けて。
未だに『己自身』が薄氷の上に立つ様な『神代理央』には
決して引き金は引けない。
■神代理央 >
そもそも、たかだか16歳の少年に
――殺め続けていたのはそれより以前からではあるが――
人を殺し続ける事など、土台厳しい話。
では一体、今迄誰が『神代理央』として砲火を振るい、無辜の人々すら『書類に存在しない』と切り捨てていたのか。
『神代理央』は『鉄火の支配者』である。
であれば、その逆は果たして適わぬものなのだろうか。
■殺し屋 >
「なら、水無月沙羅とこの常世島を秤にかけて、躊躇いなく彼女を殺せるか?」
殺し屋の質問は、短かった。
■殺し屋 >
「多数のために……たった一人を、切り捨てられるか?」
■神代理央 >
男の言う通り、呪詛は『神代理央』を蝕んだ。
しかし、その逆は成し得なかった。
残骸が嗤う。道化師紛いの男に、賛辞の言葉を送りながら身を擡げる。
『多数派』の為に『少数派』を排除する。
その『少数派』に、男の言う様に己の――『神代理央』の愛しい者が含まれているのなら。
神代理央は決して水無月沙羅を切り捨てられない。
己が抱え込んできた理想が、矛盾となって少年を殺す。
神代理央を、殺す。
■神代理央 >
では、変わってやらねばなるまい。
脆弱な依り代ではあるが、壊れて貰っても困る。
■神代理央 >
あの時の様に。
あの時の様に。
あの時の様に。
あの時の様に。
あの時の様に。
あの時の様に。
■神代理央 >
「――……切り捨てるとも。 貴様の資料には記載が無かったのか?
私は100人の為に1人を切り捨てる男だと」
愉快そうな声色と共に響く、渇いた銃声。
男に向けられた銃口から、白い煙が棚引いて。
一発の弾丸が真直ぐに。男へと、放たれた。
■殺し屋 >
「それでいい、アンタはたかが『言葉』を弄するだけの相手に引き金を引いた。
『未遂』で何もしていない相手に暴力で訴えた」
銃弾に対して、また一歩前へ。
弾道が逸れる。
おそらく脳天を狙ったであろうそれは、微かに逸れて道化師の面の側頭部を掠める。
耳が飛んだ。千切れ飛んだ。
それでも、道化師は。
「『風紀委員』としての『神代理央』も、『鉄火の支配者』も……今ここで死んだ。
アンタの本質はそれだ。
アンタは……『気に入らない』だけで『誰でも殺せる』んだ。
アンタに媚びる相手としか仲良く出来ないんだ」
流血も、負傷も、リスクも躊躇わず。
ただ、言葉を発した。
「アンタは、独りぼっちだ」
■殺し屋 >
「アンタはアンタに傅く相手としか過ごせない……アンタの居場所は、何処にもない」
■殺し屋 >
「覚えておけ、アンタの『痛み』が消えることはない。
覚えておけ、アンタの『弱さ』が消えることはない。
一度でも自覚したのなら、一度でも知ってしまったのなら」
殺し屋の姿が、消える。
ただ、掛け去っていくだけ。
「……アンタはいつまでも、例え俺を殺しても。
『殺し屋』の陰に怯え続けることになる」
■殺し屋 >
「安らかにアンタが眠れる夜は……もう、二度と訪れない。
アンタが……『神代理央』が、『鉄火の支配者』が『死ぬ』その日まで」
ご案内:「スラム」から殺し屋さんが去りました。
■神代理央 >
「それを否定はせぬよ。
そも、支配者とは。統治者とは孤独であり孤高で無ければならぬ。
私の前に在る者は等しく跪き、等しく闘争によって死に行く者」
独りぼっちだと、居場所が無いと告げる男に愉快そうに嗤う。
嗤う、嗤ってはいる。
しかし、二発目を発射しようとした手が、銃口が震える。
それを、忌々し気に眺めて舌打ち。
「水を注してくれるな。愉快な道化師。
折角良い気分だと言うのに――」
だが、立ち去る男を追う事も。
二発目の弾丸を放つ事も。
その何方も、叶う事は無い。
「……言いたい事だけ言って立ち去るとはなぁ。
だが、まあ、良い。
奴の言う通り、奴の言葉通り。
暫く、怯え、嘆き、悔やみ続けて貰わねばならぬ」
「嗚呼、良い夜だ。此れを何時までも眺めていられぬ事が、残念だ」
そうして、機械的な余裕を取り戻していた少年は。
緊張の糸が解れたかの様に、その場へ崩れ落ちる。
其処に居るのは『神代理央』でも『鉄火の支配者』でもない。
ただただ、向けられた悪意に。『呪詛』に怯える子供。
「……ちがう。ちがう。
おれは、さらを見捨てたりなんかしない…。
おれは、みんなを守って、まもる、ために…」
「………いやだ。ぼくだって、しにたくない。ころしたくない。
……違う、そうじゃない。そうだ、任務。任務の、途中だ。
仕事を、任務を果たさなければ。私は風紀委員なのだから。
私は、神代理央。そうだ、私は。私は……」
ゆらり、と幽鬼の様に立ち上がり、制服の埃を掃って。
"何時もの様に"周囲の事など気にも止めぬ様な足取りと態度で、巡回任務を再び始めるのだろう。
――腰に下げた拳銃のセーフティは、ずっと外された儘だった。
ご案内:「スラム」から神代理央さんが去りました。