2020/08/19 のログ
■神代理央 >
男に放たれた光線は、歪んだ大気によって捻じ曲がり、不規則にスラムの其処かしこを焼き払う。
しかし、それ以上の事が無い。"指示を得ていない"と言わんばかりに、黙々と光線を放ち続けるだけ。男が取った回避行動を学習する事も無く、同じ攻撃を繰り返す。
それ故に、男が瓦礫を蹴り飛ばす…いや『撃ち出す』動作を止める事も無く、ミサイルの様に飛来した瓦礫は、吸い込まれる様に真円へと飛来して――
突如、瓦礫の山から吹き上がる様に飛び出した砲弾が、飛来する瓦礫を打ち落とす。
瓦礫の山を掻き分ける様に現れるのは、両腕が巨大な盾と化した異形が数体。砲身が拉げ、不快な金属音と共に這い出る多脚の異形。
そして、瓦礫と埃に塗れ、口から砂を吐き出し。
よろめく様に瓦礫を上る、少年。
「……全く、出鱈目な奴だ。いきなりビルごと押し潰されるところだった。私も此の地区の破壊について容赦が無い性質ではあるが、貴様も存外酷いな」
種明かし等と高等な物でも無い。
迫りくる廃ビルの『自分に直撃する場所』だけ砲撃によって崩しながら、大楯の異形で瓦礫を防いでいただけ。スマートさの欠片も無い。
一時的に瓦礫の山の中で無様な登山をしている間。咄嗟に空中に召喚した真円に攻撃命令を下していただけ。だから、男が光線を歪ませても、瓦礫を蹴り飛ばしても。それ以上の行動が、主の命が無い異形には取る事が出来なかった。
とはいえ、此れで漸く従僕と主は場に揃った。
痛みを堪える様な表情の儘緩く手を振り下ろせば、湧き出る様に召喚される砲身を背負った多脚の異形。
「……Beschießung!」
鋭く叫んだ少年の言葉と共に、新円と多脚は同時に行動を開始する。
とはいえ、それは非常に簡潔なもの。
先程と同じ様に、男に光線が放たれ。
先程とは違い、無数の砲塔から雷鳴の様な砲声と共に、男に砲弾が放たれる。
■虞淵 >
「! ほう…」
打ち放った瓦礫が迎撃されれば、感嘆の声を漏らす
成程、これらの異形それぞれを統括する異能の力か、と納得する
「何を言ってやがる。ガキが暴れれば玩具が壊れる。
大人が暴れりゃそのチカラ相応のモノが壊れる。ヒドいもクソもあるかよ」
彼を知るスラムの住人が真っ先に逃げ出したのはこれが原因だ
"単なる喧嘩"の規模が規格外
ゴキ、と首を鳴らし、姿を現した少年の行動に注目する
発令される言葉と共に、一斉砲撃を始める異形の兵器
その所作ともに、実にわかりやすい
攻撃の種別が複合されているから複雑に見えるだけ、
少年のやっていることは、単なる力押しだ
「──お前、まともに喧嘩したことねェだろう」
同時に動作を始めれば、光線兵器と実弾兵器の関係上、着弾のタイミングは絶対にズレる
まず一瞬で到着する光線が足元を焼く
この到達速度では、男の動きを追って狙いを変えることは不可能だ
光線兵器は物理的に避けられることを想定していない
つまり予め自分がいた位置に飛んでくることが確定となる
最低限の動作でそれを透かしてしまえば、あとの弾は、見て避ければいい
男の足元の地面が破砕する
クレーターを残しながら地を蹴り、弾の雨の中を弾道弾が如く進み──
時には砲弾の横っ面に拳を叩き込み、真円の要塞に手向ける
時には熱した砲弾を素手で掴み取り、盾の異形へと投げ返す
そして『射程距離』到達すれば、その拳を瓦礫の山へと、深々と叩き込んだ
直進直下、アスファルトよりも更に下の硬い地殻に阻まれたエネルギーは逃げ場を求め…瓦礫の山をそれごと吹き飛ばした
■神代理央 >
「喧嘩、等という野蛮な事は嫌いでね。それに、そんな争いは合理的ではないだろう?」
と、宣ってはみるが。中々に戦況は厳しい。
有効打が与えられないのは、まあ仕方がない。光線を避けられた時は、流石に戦慄したが。
寧ろ問題なのは『回避しながら反撃されている』事。
真円は問題ない。周囲の瓦礫を取り込み、男の拳で跳ね返される様に飛来する砲弾の直撃を受ける側から、再生を開始している。
問題は残りの異形達。次第に戦闘行動を取れる異形が少なくなってくる。真円一つでは、そのうちに力負けする可能性がある。
どうしたものか、と悩みかけて。
ふと、似た様な相手と戦った記憶を思い出す。
搦め手無し。己の肉体能力だけで演習とはいえ砲撃を突破してきたあの男は――
その思考が完結する寸前。吹き飛ぶ瓦礫の山。
火山の噴火の様に吹き上がる瓦礫の山の中で、異形達はあっさりと宙を舞い、大地に転げ落ちる。
己の近衛兵の如き大楯の異形が、辛うじて瓦礫の山から己を突き飛ばし――男の反撃によってダメージを受けていた守りの要も、そのまま沈黙した。
「………かふっ…ご、ほっ。……出鱈目な強さ、いや、力だな。此れで異能だの魔術だのではないと言うのだから恐れ入る。
人間の可能性かくありき、とでも言わんばかりか」
瓦礫の山から突き飛ばされ、背中から倒れ込む。
よろよろと上半身を起こして男を、戦場を見据える。
まだ、真円の異形は稼働している。足止めくらいは、してくれるだろうか。
「……ゲーセンに行く事が出来れば、奢ってやらねばならんな。持流。まさか、覗き魔に感謝する日が来るとはな」
「…砲撃を、単純な力で捻じ伏せるのであれば。それなら」
「――Gutsherrschaft、術式発動。収奪目標、熱、及び運動エネルギー。収奪魔力は全て――あの男に、" 施してやれ"」
普段使わぬ魔術。周囲のエネルギーを魔力へと変換し、強引に己の物へと収奪する魔術。
その収奪は、男には何の影響も及ぼさない。収奪されるのは放たれた"後"のエネルギー。周囲の熱。吹き上がる瓦礫に宿る運動、位置エネルギー。それらが全て、膨大な魔力となって少年に宿り――
――其の侭、その魔力は男へと"施される"
純粋な魔力。魔術師であれば、膨大な力と成り得る魔力の奔流。
とはいえ、魔術の適性の無い者には――どの様なモノになるかは、その者次第、だろうか。
尤も、慣れぬ魔術故にその発動迄のラグは大きい。
詠唱に成功はしたものの、効果が現れるまでに男が手を打つ時間は十分。
術式が完全に発動する前に少年を抑えてしまえば――どうという事は無いだろう。
■虞淵 >
合理的、と語る少年
つまるところ、徹底した合理主義による火力制圧を旨としているのだろうが
それは合理が"成立"しなければ争えないということでもある
傷つき倒れる理央の近くへ、その大柄な身体に鈍重さを感じさせぬほど軽やけに、男が降り立つ
途中、わざわざ蹴りを放ってビルを斜めに切断し、今だ此方を認識し光線を放つ真円の斜線を断っていた
「理が合わなきゃ脆いもンだな。風紀委員。
何を今更、異能や魔術だって人間の力のうちの一つに過ぎねえだろうが」
──むしろ、そういった力ならば説明もついただろうが
そんな心中に出て湧いた感情は投げ捨てる。どうでもいい
「──さて、喧嘩も知らねェヤツにトドメもねェか。……あン?」
術式…そう聞こえた
「(魔術か…?)」
男は魔術を得意としない
魔術は本人の内部で過程が完結し、いきなり結果を出力する
故に術者相手の喧嘩ほど面倒で面白みのないものもない
即座に少年の細首に手をかけ、掴み上げる──が
「───グッ!?」
男には魔術の素養がない
"放出"の仕方を知らない
膨大な魔力はグエンの肉体の中を満たし、出口のない迷路を全力で駆け巡るように、暴れまわった
「ガ、アアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
理央の華奢なら身体を投げ捨て、大男が咆哮をあげる
苦悶とも、苦痛とも、怒りともとれる声をあげながら──男は自分の肩をえぐり取った
ブシュ…と夥しい血が噴き出す
──人間の身体には魔力を巡らせる目には見えない器官がある
魔術の教師曰く、回路であるとか、サーキットであるとか…そういう類のものだ
男に魔術の素養がなくとも、それは体内に存在している
つまり肉体を損傷することで穴をつくり、魔力の奔流を外へと逃したのだ
「──フゥー……女々しいツラしてるクセに、とんでもねェこと、シてくれるじゃねェか」
カラン、と小さな瓦礫が転がる音
それがはっきりと聞こえる程に、辺りには静寂が戻っている
■神代理央 >
「ガっ……ぐ、う………!」
首に、手がかけられる。身体が宙に浮く。呼吸が、止まる。
嗚呼、やはり慣れぬ魔術など、間に合わなかっただろうか――
その諦観は、男が上げた咆哮によって掻き消えた。
どうやら、辛うじて。一矢報いる事だけは、出来たらしい。
とはいえ、放り投げられれば受け身など器用な事が出来る筈もなく。再度強かに身体を打ち付けて、肺から喉へ、空気が漏れる嫌な音がした。
それでも、それでも。
僅かかもしれない。たかだか肩に手疵を負わせただけかもしれない。けれど、あの『異能殺し』に手疵を負わせる事が出来た。出来る。
その事実を、持ち帰らなければならない。後に続く者達が委縮せぬ様に。『恐れ』を抱かない様に。
だから、立ち上がる。震える脚で。唇から血を吐き出して。それでも、立ち上がって、男を見据える。
……此方の方が遥かに重傷なのは、ご愛敬だ。肉体強化をかける余裕等無かった。放り投げられた身体へのダメージは、其の侭だ。
「……め、めしいは、余計だ。それに、その程度で止まる貴様では、無いのだろう。だから、私も――」
パチリ、と震える掌で指を鳴らす。それは、新たな異形を呼びだす合図。特段、そういった動作は必要無いのだがまあ、カッコつけ、の様なものだ。
そんなカッコつけ、で呼びだされたのは――新たな真円。
鈍く煌めく銀色の真円が2つ。瓦礫と業火に燃えるスラムで、煌々と煌いている。
強力な個体の召喚と引き換えに、激しい頭痛が襲い掛かる。躰が痛い。頭が痛い。それでも、それでも――
しかし、そうして対峙する二人の興を削ぐかの様に。
遠くから聞こえるのは、サイレンの音色。
騒ぎを聞きつけた他の風紀委員達が、応援に駆け付ける音。
戦力が増えるのは良い。しかし、此の男と対峙して生き残れる風紀委員が、応援の中に果たして何人いるだろうか。
「…………今回は、私が、退く。此の侭ずるずると闘い続けても、きっと満足のいく結末にならない。
貴様の望み通り、最初に告げた様に。無様に、襤褸切れの様に、退く。私の、負けだ」
「……生きて返してくれ、というのは、浅ましい願いかも知れんが。今宵の結末に満足できない、というのなら。私が退く事を、認められないというのなら」
「……応援が来るまでに、必ず、貴様の腕一本くらいは、持って行く。それでも良ければ――」
ふらふらと。激痛に耐えながら男に歩み寄る。
制服も随分と酷い事になってしまった。
「……続けようか。『異能殺し』」
■虞淵 >
「──……」
真円が2つ
まるで月が増えたかのように錯覚される、そんな光景
そして耳に届くのは…少年の矜持と意地を感じる言葉だ
なるほど、確かに女々しいと吐き捨てるには、勿体ない
「──アア。悪かった、訂正するぜ。男だよテメェは」
言いながら、血塗れの煙草の箱を取り出し、口へと咥える
血の味がする、マズい
「興がノってきたトコだが逃げるヤツを追う気はねーよ。さっさと失せろ」
煙草に火をつけながら、聞こえてくるサイレンの音へと耳を傾ける
──まぁ、少々派手にやったか。対応も早いもんだ
「虞淵(グエン)だ。お前が風紀の犬を続けてりゃまた会うだろ。じゃあな」
拍子抜けするほどにあっさりと、そう言い残して男は背を向ける
そのまま、フッと消えるようにして、破壊劇の行われたその舞台から姿を消した──
ご案内:「スラム」から虞淵さんが去りました。
■神代理央 >
「……そう、か。では、次は"お嬢さん"などと、呼ばないで欲しい、ものだな。なあ、いのうごろ――」
そこで、名前を告げる男の言葉を聞いて。
きょとんとした様な顔を浮かべた後、ぽたぽたと唇から血を流して、笑った。
「……かみしろ。神代、理央。何れまた会うさ。きっと、その内」
そうして、男が立ち去ったところまで見届けて。
異能を解除して異形達を消滅させて。
ぱたり、と倒れ込んだ。意識はまだある。珍しい。
「………あまいもの、たべたいなあ」
ぼんやりと、火焔に彩られた夜空を見上げながら呟いた。
サイレンの音はみるみるうちに近付いて、黄昏れている暇も無く、少年の躰は応援に駆け付けた風紀委員達に担ぎ上げられる。
ぼんやりと、ゆっくりと、意識を手放しかけた時。
『取り敢えず急いで応急処置だけでも出来る場所に -―』
と叫ぶ委員の声が耳を打つ。
そんな便利な場所があるものか、と苦笑いを浮かべながら。
呆れた様な吐息を、血の味と共に吐き出して。
意識を手放した。
ご案内:「スラム」から神代理央さんが去りました。
ご案内:「スラム」に水無月 沙羅さんが現れました。
■水無月 沙羅 > 愛車のバイクは信頼できる場所に一時隠させてもらった。
一時期、『殺し屋』騒動の際にいくつか貸してもらった拠点を使わせてもらっている。
今回はそう長いこと滞在しているつもりはないし、引き際というか、きちんと朝までには帰るつもりだ。
何度もこの場所に訪れる事にはなるだろうけれど、帰ってくるのを待つ人が居る以上長居はあまりできない。
この考え自体、自分の異能に甘えているという自覚はそれなりにはある。
おそらく今回の一件が知られたら多くの人に怒られるんだろうと思う。
それでも脚は勝手に動いてしまった。この身体を突き動かす衝動に、私は何処か身に覚えがあった。
このどす黒い、渦を巻くような感情は、怒りよりももっと激しい。
『憎しみ』に近い何か。
『鉄火の支配者』と何者かが戦った跡地に一人たたずんでいる。
なにか、彼を追う手掛かりがあればいいのだけれど。
彼とは、己の恋人の事か。それともここで戦った何者かの事なのか、すでに自分でもわかっていない。
ただ、感情の赴くままに体は動き続けている。
■水無月 沙羅 > ここの住民からかすかに聞こえた、『異能殺し』の来報が本当にあったのか、それは確かではない。
唯一確信が持てるのは、『神代理央』が此処で誰かと戦ったことだけだ。
そして、その彼は未だ戻らず、連絡もない。
その焦燥感が、沙羅に最悪の結末を想像させる。
どこに行ったのかもわからない彼を、どうなったのかを想像する。
血痕はそう多くはなかった、然し行方がわかっていない。
病院に搬送されたのならおそらく自分の携帯に連絡が……いや、ないか。
私は肉親というわけではないのだし、病院から見てしまえば赤の他人だ。
どちらにしろ連絡が来るという可能性は限りなく低い。
ならば今は、最悪を想定して動くべきだろう。
血痕の少なさから、殺害されたとは考えにくい。
生きて居るなら、此処から連れ出されたと考えるのが無難だろう。
仲間になのか、敵になのか、それは分からない。
『風紀委員の仲間に連絡を取るべきでは?』
そう思い、先に出た風紀員に連絡を取ろうとするが、話し中でつながらなかった。
今はどこも混乱しているという事だろうか。
溜息。
なら、探すしかないだろう。
彼と戦った何者かを。
ご案内:「スラム」に山本 英治さんが現れました。
■山本 英治 >
相手からは闇の中に弱い灯火が見えるだろう。
「どうしたんだい水無月さん」
闇の中に煙草に灯る火が近づいてくる。
メントールの香りが漂う。
ま、俺のいつも吸ってる銘柄さ。
「凶相が出ているぜ」
煙草を手に持ってゆっくり歩いてくる。
「美人が台無しだ」
周囲を見て紫煙を吐き出す。
やれやれ、とんでもないことになった。
いや、とんでもないことが起こった。ここで。
「何かあったのかい、ここで」
携帯灰皿に灰を落とした。
■水無月 沙羅 > 意識の外から、突然に声をかけられる。
見知った煙草の香り、銘柄は、吸わないから覚えていない。
声はもう何度も聞いたことのある人物のモノだ。
小さな燻っていた焔は、小さな筒の中に消える。
彼の口は煙を吐き出して、それは周囲の空間に霧散して消えてゆく。
残ったのはツンとした煙草の匂いと、硝煙の香りだけ。
「……山本先輩ですか。
あぁ、ご存じないんですか?
理央さんが、此処で戦闘したらしいですよ。
ひどい有様ですよね、倒壊したビルに、瓦礫の山。
どうやって作ったのか想像つかないクレーター。
まさに人外魔境って感じじゃないですか?
理央さんとは、まだ連絡つかないんですけどね。」
いつもの様に、朗らかな少女の声はそこにはない。
冷たい、というよりも、威圧感すら感じる低い声。
およそ、懇親会や温泉旅館で聞いていたような、幼い少女が出していいようなものではない。
山本 栄治ならわかるかもしれない、その声の正体が。
「探してるんです、犯人と、理央さんの居場所。
知りませんか? 山本先輩。
知っているなら、教えてほしいのですけれど。」
■山本 英治 >
「……神代先輩が!?」
ここで?
なるほど、しかしそうとなれば得心がいく。
この廃墟はあまりにも強大な力がぶつかりあった結果なのだ。
後から動く建悟の仕事内容を考えると心が痛む。
「神代先輩のことなら知らない……」
「俺みたいな下っ端風紀委員の耳に入る情報なんてごく僅かだ」
くしゃり、と表情を歪めて煙草を灰皿に入れる。
「無事だったらいいな、って思うよ」
ああ、水無月さんの眼は殺められてしまった。
あの頃の俺と同じだ。
親友を、ジャンキーに殺されたあの頃の俺と。同じ。
「シンプルな推論はある。でも聞いてどうする?」
「相手を探して復讐します、って言い出すなら俺も止めなきゃいけない」
そうだ。俺だからこそ、言えることはある。それでも。
■水無月 沙羅 > 「復讐……? あぁ、復讐。 そういう言葉を使うんですか?
よくわからないんです、山本先輩。」
沙羅だったはずの少女の真紅の宝石の様な瞳は、黄金色に変化していく。
ふらり、とよろめく身体を、たたらを踏んだ足が何とか支える。
片方の目を抑える仕草は、頭痛から来るものか。
「本当に、分からないんですよ。
この感情、生まれて二回目なんです。
怒りって、わかりますよね?
うん、わたし、人間らしい感情を持ち始めて、まだ一年どころか3か月もたっていないから、分からないんですよ。」
セーブしていた感情の枷は既に解き放たれ、封印されていた記憶もよみがえった。
そして、意図的になかったことにしていた、気づかずにおいた禁忌もまた、保険医の言葉によって解かれていた。
もう、彼女を止めるモノは、彼女の中には存在しない。
保険医がしかけたブレーキは、いともたやすく踏み砕かれた。
「悔しい、憎い、怒り、黒々とした感情が綯交ぜになって、私を変えて行くんです。
山本先輩。」
「私ね、本当は。」
■水無月 沙羅 >
「 」
■水無月 沙羅 > 人懐っこく、優しく、どこまでも純粋な、幼げな少女はそこにはいない。
山本栄治の目の前に見えるのは。
誰も知らない誰かだった。
■山本 英治 >
黄金色に輝く彼女の瞳を見て。
彼女の口から語られる言葉を聞いて。
俺は両目を閉じる。
ああ、成り果ててしまった。
こんな可憐な少女が。
愛する人と共に歩んできた女の子が。
それでも、彼女は一人の意思ある人格だから。
尊重しなきゃいけない。
尊重する前に、問わなきゃいけないとも。
「水無月沙羅」
ゆっくり両目を開いて。
相手の名前を呼ぶと、暗闇にあって月光に反逆するかのような金の瞳を見る。
「今のあんたは誰だ? 風紀委員か、神代理央の恋人か、修羅を喰らう羅刹か」
「自分の言葉でいい……言ってみてくれ」
彼女の言葉次第で。
俺は神代先輩に恨まれようと。
誰に処罰されようと。
彼女に力の矛先を教えなければならない。
■水無月 沙羅 > 「私が誰か……? 不思議なことを聞くんですね?
私は私です、貴方の知っている水無月 沙羅ですよ?
あぁ、でもそうですね。」
顎に手を当てて、くきりと首を横倒しに、わざとらしく動作しながら考える。
「先輩。
貴方は信じますか?
能力の為に思考と感情をセーブするから、水無月沙羅は純粋でいられたんです。
脳が使用する領域を一つに絞ることによって、忘れたいものを忘れて。
見たいものだけを見て、だから、精神は子供のままに。
純粋な少女で居る事を保っていた。」
「それを沙羅と呼称するなら。
えぇ、私はそうですね。
椿……とでも言っておきましょうか?」
自らを椿と名乗る少女は、沙羅とは違う笑顔を見せる。
にこりと微笑んでいるはずのその笑顔からは、威圧しか感じられない。
ほのかに漂うのは、殺意という名の彼女から発せられる何かの気配だろうか。
■山本 英治 >
「……椿、か…………」
殺意を抱いたまま生きることは歪みしか齎さない。
すまない、神代先輩。
俺は彼女を止める言葉を持たないようだ。
「……椿さん、スラムにいて廃ビル一個ぶっ壊せるとなる奴となると限られる」
「俺の知る限り二人だ……一人は“殺刃鬼”東郷月新」
「だがヤツが凶刃を振るった現場には鋭利な切断痕が残る」
「そして神代先輩は刀を抜かない東郷月新相手にビルを粉砕するような規模で異能を使わない」
ここまではいいか?と両手を広げて説明する。
雲間から出た月光が俺の顔を照らす。
「もう一人は素手で雑居ビルを砕ける暴力の化身にして“狂獣”────」
「異能殺し……虞淵だ」
足元の砂利を一粒、拾う。
ビルを支える躯体(くたい)だったものだ。
カノン砲を炸裂させたような威力。
これほどのパワーをお互い出すとなると、やはり。
「椿さん、俺にはあんたを止められないようだ……」
「だが覚えておいてくれ……あんたには帰る場所がある」
「俺とは違うのさ」
■水無月 沙羅 > 「異能殺し、えぇ、やはりそこにたどり着くんですね。
分かっていました。えぇ、私もそうじゃないかとは思っていたんです。」
にこやかな笑顔のまま、ゆっくりと山本英治に近寄る椿と名乗った少女は、少年の頬を緩やかに撫で、指の腹から抜けてその隣を通り過ぎる。
「ありがとうございます。山本先輩?
私、その二人を狙えばいいのかしら? だってそうよね?
その二人がまた、『沙羅』の平穏を奪うのかもしれないのだもの。
なら、私はソレを乱すものを許してはいけないの。
貴方ならわかってくれるわよね? デッド・ブルー。」
椿の肉体を、紅い光を放つ魔力が漏れ出すように覆っている。
おそらくは何らかの魔術を行使している。
英治が沙羅の魔術を目視、あるいは書類上で見た事があるのなら、それが身体強化によく似ていることは想像に難くない。
問題なのは、何故『紅い』のか。
「ビルを一撃で壊す、そう。 ならこれぐらいなら拮抗できますか?」
椿は、振り向きざまに英治の後ろで、すぐ傍にある廃墟を殴りつけた。
人の拳から出るとは思えない轟音がする。
椿の拳は、血しぶきを上げながら砕け散った。
それも、ほんの瞬きをする一瞬に修復されてしまう。
廃墟は、大きな音を立ててガラガラと崩れて行く。
それにしたって、女性の腕一本で壊せるほど脆くは無い筈なのだが。
■山本 英治 >
彼女の手を両手で握る。
捨てられた女が去りゆく男を引き止めるように、女々しく。
「やっぱ、俺……あんたをこのまま行かせられねーわ………」
一瞬で修復したそれを掴んだまま、表情を歪ませて笑う。
「今のあんたなら、勝てなくても負けない」
「いや、むしろ誰にでも勝ち目がある。そういう状態なのかも知れない」
「───それとこれとは話が別だッ!! 椿ィ!!」
叫ぶように彼女を引き止めた。
力を込めれば、この手を粉砕して去っていけるであろう、彼女の手を。
「椿ッ!! あんたが怨敵を鏖殺したその手で!!」
「沙羅が!! もう一度、神代先輩の手を掴めると思っているのかよォ!?」
「水無月沙羅と神代理央の間に平穏を見出しているのに、その平穏を乱してる!!」
「あんたはメチャクチャだ!!」
「それに……日向の匂いがする子が、手を汚すのを黙って見過ごせるかよォ!!」
相手の手を引き止めたまま、叫んだ。