2020/10/15 のログ
神代理央 >  
 
『不適切……然り。其方の言は正しい。ワタシは此の世界に於いて異物であり、不必要な存在である』

金属の繭は、彼女のどんな言葉にも感情を灯さない。
機械染みた声色と口調でありながら、その声は金属音の混じった少年のモノ。
不愉快、或いは不可解。
しかして、放たれた熱線にさえ繭は動かない。

『故に、ワタシは此の世界に存在意義を必要とする。嘗て、人々がワタシを造り、ワタシを求めた様に。
ワタシは、此の世界に必要なモノに己の存在を置換しなければならない』

――放たれた熱線は、繭に直撃する寸前で黒い『穴』に呑み込まれる。
彼女程の実力者であれば、その『穴』の先に広がる光景も、姿も。
容易に視認し得ただろう。

それは、地平を呑み込む荒涼とした廃墟。紅蓮の焔が天を焼き、全ての生命が死に絶え、人工物の残骸だけが地表を覆う現世の地獄。
限りなく此の世界に似た"色"を持ちながら、此の世界とは異なる何処か。

その世界へ繋がる穴に熱線は呑み込まれ――繭は、厳然と其処に存在した儘。


『……よって、存在を定義する為にワタシは起動する。
完全に起動に至らぬ事が残念ではあるが』


――そして、繭が鈍く輝き始める。
中に閉じ込めたモノを。中で育ったモノを。此の世に顕現させる為に。
急速に膨れ上がる繭。その大きさは最早見上げる程。
周囲の廃屋やバラックを呑み込みながら――ゆっくりと、繭に罅が入り始める。

焔誼迦具楽 >  
 放出した熱量は滅ぼすには十分だったかもしれない。
 しかし、熱線は『穴』に呑み込まれ、彼方へと消え去った。
 そこに垣間見えたのは、滅びつくした何処かの残骸。

「異界への『門』――?
 違うか、アレは操れるような『現象』じゃない。
 似た性質のなにか――単なる転送魔術ではなさそうだけど」

 《検索》――該当なし。
 少なくとも、この世界における理論で構築されたモノではない事は確信できる。
 それが分かったと同時に、砲身を黒い流体状のエネルギーに変換し、吸収した。

「これ、壊せるかしら。
 蒼穹ならやれそうだけど――私じゃちょっと効率悪いかも」

 相当量のエネルギーを蓄えてはいるが、完全に未知数の相手に無駄弾を使いたくはない。
 頭の中の『聲』は、戦闘を回避するよう騒いでいる。
 しかし、果たして放置していいものか――羽化しようとする眉を見上げながら、不快感に眉を顰めた。
 

神代理央 >  
  
かくして、『繭』を脱ぎ捨てて――此の世ならざるモノが、顕現する。
 
 

神代理央 >  
それは、言葉で表すには非常に簡単なモノであった。
ソレは『拳』。無数の金属の部品や破片で構成された掌。
金属の屍が寄り添い、固まり、癒着して固着して――構成された、右手。

非常に単純なモノ。単なる金属の右拳。
強いて視覚的に目立つ事と言えば――その大きさだろうか。
ゆっくりと拳を開いた金属の掌は、目測でも全長10mはあろうかという、巨大な拳。
感覚を確かめる様に拳を開いては閉じる動作を見せた後、ゆっくりと閉じられた。


『存在意義の固定に必要な能源を再計算――完了。
現在の能源では此れ以上の存在意義の固定不可。
暫定ではあるが、現在此の世界に癒着した部位を以て、一時的に活動を開始する』


そうして、拳が再びゆっくりと開かれた時。
先程彼女が感じた不愉快な感覚が。呑み込まれる様な感覚が襲い掛かるだろうか。あらゆるモノを呑み込む様な『領域』が、周囲に展開した事が、彼女であれば容易に理解出来るだろう。
とはいえ先程とは違い、それは彼女に何らかの影響を及ぼすモノではないだろう。不愉快である、程度のモノ。

――その程度で済んだのは、彼女が尋常ならざる"力"の持ち主であるが故。『抵抗に成功した』と、表現すべきなのだろうか。
では、抵抗に失敗した者は。物は。モノは。

――かくして、惨劇が幕を上げる。

スラムの住民 >  
 
 

「あ――あああああああああああ!!」

「痛い――イタイイタイイタイイタイ!!!!!」

「固い、固い固いカタイイイイイイイイイ!!」
 
 
 
 

神代理央 >  
スラムの中でも、先程までの戦闘で抵抗力と生命力の弱った者達が。
逃げる事に失敗した者が。『拳』の領域から、逃れられなかった者の悲鳴が響き渡る。
そして、その悲鳴が途切れた頃――周囲のバラックを突き破って、異形の群れが現れる。

それは、異形と言うにも更に異質なモノたち。
ヒトの姿を半端に残した儘、半ば強引に兵器を移植された様な不格好で、不揃いなモノ。
口だった器官から悲鳴の様な金属音を奏でながら――スラムの住民達は、拳の従僕となって彼女の前に現れた。


『――Lebensraum、起動完了。此れより、闘争を開始する。
生存圏獲得の為の闘争を。闘争の為の生存を。生存の為の戦争を。
ありとあらゆる争いに、慈悲を』

焔誼迦具楽 >  
「――チッ」

 舌打ちしながら、頭を振る。

 ――異質な『力』を検出。
 ――存在強度の確保、抵抗性の獲得、自己進化理論の起動。
 ――《最適化》完了。

「周辺生命の異形化に支配と従属?
 オマエ、私よりよっぽど『バケモノ』じゃない」

 ソレは――許容してはいけない。
 ソレは――認めてはいけない。
 ソレは――存在してはいけない。

 まぎれもなくこの世界において――ソレは『不適切』だった。

「流石に放置は――したくないな、ァッ!」

 この街に生きる人間が暴力に巻き込まれるのは自己責任である。
 けれど、これは違う。
 この理不尽は――許してはいけない。

 足に力を込めて、跳ぶ。
 数百キロの重量物が、足元を砕きながら弾丸の如き速度で跳び、異形の一体に接触しそのまま轢き潰す。
 しかし、轢き潰した異形は、飛び散った肉片から急速に再生を始めた。

「――なるほど、そう言う仕掛け!」

 ならばと、近くの異形を掴み、放り投げる。
 砲弾のように飛んでいく異形は、瞬く間に遠く離れ豆粒のように変わっていく。
 領域の広さは半径でおよそ百メートル程度。
 異形は『ソレ』の支配領域から投げ出されるだろう。

「やってくれるじゃない。
 オマエ――私の嫌いなタイプよ」

 ゾンビ映画の如く襲い掛かる異形へ、無造作に腕を伸ばして触れた。
 熱を奪うのでなく、放出し与える。
 一瞬で異形は発火し、焼却された。

「ああもうっ、数が多い!」

 掴んでは投げ、時に焼却し、異形の群れを次々と潰していく。
 しかし、数は多く、一体ずつ対処していては時間がかかる。
 かと言って、広域殲滅を行おうとすれば、エネルギーのロスがあまりにも大きすぎた。

「こんの――っ!」

 異形を両手に一体ずつ掴み、渾身の力で『ソレ』に、巨大な右手に投げつける。
 異形の強度に加え、飛来速度は弾丸よりも早い。
 二つの暴力が巨体に向けられる。
 

神代理央 >  
『ワタシがバケモノだという其方の意見には同意しかねる。
ワタシはあくまでも、人間の為に行動する事を目的としている。
人の願いを叶える為に、ワタシは存在意義を固定する』

『ワタシに与えられたヒトの願いは、闘争のみである。
ソレは最優先事項として、処理されなければならない』

異形は叩き潰され、退き潰され――そして、再生する。
彼女に襲い掛かる異形の群れは、時に躰のそこかしこから生えた砲塔や銃口から砲弾を吐き出しながら迫るだろう。
その攻撃の一挙手一投足毎に、苦し気な呻き声を上げながら。

しかし、異形の再生能力に気付いてからは効果的に対処されていると言って良いだろう。
『領域』から弾き飛ばされた異形達は、再生する事は無い。
同様に、肉片一つ残さず焼き尽くされた異形もまた、再生する事は無く生を終えるだろう。
嘗て人間だったモノは、金属と混じり合った『化け物』として――彼女に、処理されていく。

『……兵士達の変異が不十分かつ不安定である。Lebensraumの出力計算――現在の顕現体では、完全な『兵士』の生成に不備が生じている』

感情の籠らない言葉を発し続ける拳。
その拳に迫る、二つの暴力――

『――闘争は是である。其方の抵抗と闘争を心より祝福し、歓迎するものである。
従って、より活発な抵抗を求める。敵意の増大、闘争理由の明確な確保が必要であると愚考するが、提案に対しての返答を求める』

飛来する二つの異形に伸ばされる二本の指。
刹那放たれるのは、膨大なエネルギーから放たれる熱線。
先程彼女に放たれた魔導砲を超える出力の熱線が指先から放たれて、瞬時に異形を焼き払った。

『闘争を喚起する。闘争を歓喜する。闘争に還帰する』

そして、再び拳が握り締められて――まるで、彼女の視界から消え失せたかの様な速度で、その巨体が迫る。
自らの躰を質量兵器としたソレ。全長10mを超える掌が正しく『鉄拳』となって、彼女に襲い掛かるだろう。

神代理央 > セーブ!
ご案内:「スラム」から神代理央さんが去りました。
ご案内:「スラム」から焔誼迦具楽さんが去りました。
ご案内:「スラム」に神代理央さんが現れました。
ご案内:「スラム」に焔誼迦具楽さんが現れました。
焔誼迦具楽 >  
 投げつけた異形は一瞬で燃え尽きた。
 ソレの語る言葉はいちいち不愉快で癇に触る。
 しかし、その意味を理解するのは容易かった。

 握られた拳が埒外の速度で迫ってくる。
 だが、迦具楽を害するにはまだ足りない。
 質量、大きさ、速度、それだけでは不十分だ。

「──ふんっ!」

 巨大な拳を、両手を構えて正面から受け止める。
 全身で衝撃を吸収し、受けきれない威力は体を伝い、地面へと逃がす。
 結果、迦具楽の周囲はクレーター状に凹み、大量の瓦礫が舞い上がった。

 数多《読込》、インストールした技術の数々。
 それを状況に合わせて《最適化》する機能。
 そして既にこの世界の法則から逸脱したエネルギー保有量とその密度。

 単純な質量、重量、密度のぶつかり合いなら互角だったかも知れないが。
 迦具楽にとって拳を受け止める事は容易な事だった。

「──そう、オマエは道具なのね」

 衝撃によって周囲の異形達は吹き飛んでいく。
 その中で、迦具楽は先程の言葉と、接触して得られた確信を口にした。

「人造の道具が神格を持って──世界でも滅ぼしたのかしら。
 闘争を望まれたから、闘争を繰り返して、相手がいなくなったから今度は他所に行こうって?」

 愚直に造られた使命を果たそうとする道具。
 神格に至りながら、信仰もない神のなり損ない。
 それはあまりにも憐れで、不愉快だ。

「くだらない。
 たかが道具が、廃棄もしてもらえない粗大ゴミ風情が。
 私と対等に『戦う』だって?」

 迦具楽は自分を過大評価する事はしない。
 幾つも何度も、友人達に助けられて、生き延びてきたのだ。
 だからこそ、自分がそう大した存在でない事を理解している。

 けれど、同時に。
 過小評価することもありえない。
 これまで繋いできた絆と言えるものが、迦具楽を貶める事を許さない。

 迦具楽が本気で『戦う』としたら、『あの男』以上でなくては、役者不足だ。
 どう考えても、足りていない。
 迦具楽の敵として、コレは──『不適切』だ。

「な──めんなぁぁッッ!」

 瞬時に右手を引き、拳を握る。
 全身のバネを使い、足先から頭、拳の先まで力を行き渡らせた完全な打突を繰りした。

 迦具楽の体は、目の前の巨体を上回るエネルギーを、質量を、この小さな形に圧縮して構成されている。
 その密度、それが生む膨大な『力』はこの世界の法則に従って現象となる。
 巨体を遥かに上回る質量。
 それが生む力が小さな点に集約された時の破壊力──貫通力は巨体の一撃を遥かに凌駕する。

神代理央 >  
判決を下す裁判官の槌の様に振り下ろされる巨大な鉄拳。
その巨体、質量、速度。全てが通常の人間を粉砕するに容易なモノ。

されど、彼女は普通の人間ではない。
従って、振るわれた鉄拳を受け止める事など造作もない事だろう。
現に結果として、天空から落下するかの如く振り下ろされた拳は、鉄拳に比べ遥かに小柄な少女によって受け止められる事となる。


『疑問に対する解答。答は是であり非である。
ワタシは道具である。神であれと呼称され望まれたが、自己診断の結果未だ神に至らず。

また、ワタシの世界は未だ滅ばず。
ワタシを生み出した者達は未だ戦い続けている。
それは即ち永劫の闘争であり、不滅の世界である。

人類の進化は闘争と競争によって行われるモノであるならば。
際限無き闘争によって、第二フェーズである通称『神』への自己進化が期待されるものである』

彼女の言葉に、場違いな迄の律義さで答えを紡ぐ。
問い掛けに応える事もまた義務だと言わんばかりの声色。
其処に感情は無い。道具だと、粗大塵だと罵られても――
感情を、灯さない。

『闘争に対等は存在せず。常に勝者と敗者が存在し得るものである。
拮抗状態を類似するモノとして提案するが、ワタシはソレを望まず。現時点での其方の優位を賞賛し、それを是とする』

あっけなく。
実にあっけなく打突は通った。
彼女に振り下ろされた拳は、その驚異的なエネルギーでもって巨体を震撼させ、内部を破壊し、凄まじい勢いで吹き飛ばした。

――さて。彼女への最初の一撃。
その質量と巨体を活かした鉄拳は、脅威ではあったものの――それだけである。
唯、質量のみを利用した攻撃。余りに単純で、余りに対処されやすいもの。
数多の異形を生成し、『神』に至ろうとする『道具』にしては随分と幼稚なもの。
彼女が振るった打突が容易に通った事も――彼女程の能力者であれば、違和感として捉えられるだろうか。

『――闘争を歓喜する。其方は現戦場下において、紛れもなく優位にある事を通告する。攻撃の手を緩めず、ワタシに追撃を行う事を提案する』


吹き飛ばされた巨大な鉄拳は、まるで見えない壁に阻まれたかの様に領域の寸前で停止する。
其の侭再び最初の位置に戻り、天空から彼女を見下ろす様に巨大な指を向けるだろう。
確かに、彼女の打突はダメージとして通っている。
無効化した気配も無ければ、防いだ形跡も無い。
にも拘らず――全くその身を揺らがせず鉄拳は其処にある。


『其方のエネルギーの不足を感知。補充を提案する』

そうして、向けられた人差し指から放たれたのは、必滅の灼熱を秘めた熱線。
何処からそのエネルギーを引っ張り出したのか、と言わんばかりの灼熱の熱線が、無造作に彼女へ一本、放たれた。

その熱波たるや。放たれただけで周囲の廃屋が一瞬で燃え落ちる程の、高温。

焔誼迦具楽 >  
 想像以上にあっさりと、巨大な拳は打ち返されていった。
 手応えに不足はない――けれどそれが、不自然だった。

 迦具楽に向けられる熱線。
 それは人間で在れば必殺だろうが、迦具楽にとっては単なるエネルギー源でしかない。
 放たれた熱を悉く吸収し、取り込んでから、迦具楽は眉を顰めた。

「――どういうつもり?」

 ソレの意図が読めず、怪訝そうに睨む。
 ソレの言葉を噛み砕こうと思考が働く。

「――永劫の闘争による人類の自己進化、神への到達?
 闘争の定義は勝者と敗者を生み出す事。
 拮抗は停滞、だからオマエは自らの劣勢すら受け入れる」

 要するに、ソレは闘争を推進し、進化を促すためのシステムの一部。
 不滅の世界など存在しない。
 永劫の闘争など存在しない。

 それが実現するとなれば――それはすでに人間の世界ではなくなっている。

「ばからしい」

 ふん、と鼻で笑い。
 迦具楽はやる気を失ったかのように、だらりと腕を下げた。

「悪いけど、オマエを喜ばせる趣味なんてないわ。
 玩具での一人遊びも、興味がないの。
 そろそろ風紀も集まってくるだろうし、後はそいつらと遊んで」

 いともあっさりと、迦具楽はソレに背中を向ける。
 不愉快な存在だが、迦具楽がソレを破壊しようとすれば、ソレの行動を肯定するだけだ。
 それは非常に面白くない。
 

神代理央 >  
『――疑問。其方は間違いなく勝機を掴んでおり、ワタシの破壊も容易であると愚考する。闘争を停止する合理的な理由が皆無』

相変わらず、感情の籠らない声色。
疑問を提示するものではあるが、それも機械的な。事務的な金属音。

『……闘争の否定は、進化の否定である。現に其方は、当初ワタシの器に攻撃という形での闘争を開始している。
力を持つ者が力を行使しない事は闘争への侮辱であると愚考するが、如何に』

とはいえ、背を向けた彼女に攻撃を仕掛ける事もない。
不意打ち等で闘争の結果を定める事は、本意ではないかの様に。

『――闘争の意思が無ければ、此れにて第一次過程準備段階を終了する。『風紀委員』は『神代理央』の所属組織である為、闘争の定義として不十分である。
協力感謝する。次回の闘争を切望し、其方の進化に至る補助となり得る事を熱望するものである』

そして、鉄腕は静かに天高く浮き上がり――
燃え盛るスラムを見下ろす様に一度停止した後、その場から掻き消えるのだろう。

焔誼迦具楽 >  
「残念だったわね、私の喧嘩に、合理的な理由なんてないの」

 気に入らないから叩き潰す。
 迦具楽にとっての戦闘は、喧嘩か、狩猟か。
 そして、『鉄火の支配者』に売ったのは喧嘩で、そこには感情的な理由しかない。

「オマエはいずれ壊すけど――それにはもっと効率的な方法を考えるとするわ」

 関心を失ったとばかりに、振り返る事もなく領域から歩き去っていく。
 残された、かつて『スラムの住人』だった異形たちは、処分されることもなく其処に停滞するのだろう。
 

神代理央 >  
――交戦現場から1㎞程離れたスラムのとある区画。
天空を駆ける巨大な鉄腕は、ぼろぼろとその躰を崩し始め、力を失ったかの様に墜落する。
その欠片が全て消失した跡には、襤褸切れの様な風紀の制服を纏った少年が横たわっているだろうか。


「………こ、こは。わたし、は………」


"墜落"して間もなく。
静かに目を覚ました少年は、茫然と周囲を見渡し、己の状態を確認する。
制服こそ、何かに貫かれたかの様に巨大な穴が開いていたが――己の躰は、傷一つ付いていない。
あの『死』の感覚は。生が失われていく感覚は。間違いなく本物だったというのに。

――そして、同時に。先程迄の記憶も全て。全て蘇る。
意識は朦朧としていたが。己の意思は無かったが。
それでも、あの『神』の記憶は己の中にある。
何より、アレは語ったのだ。
        
         己は"神代理央"だと。
 
「………だい、じょうぶだ。大丈夫…大丈夫。私は、大丈夫。大丈夫」

ふらふら、と立ち上がり、譫言の様に呟きながら襤褸切れとなった制服の上着を脱ぎ捨てて。
夢遊病者の様に彷徨い歩いていたところを、風紀委員に"保護"されたのだろう。


後日、スラムに奇妙な噂が広がった。
風紀委員がスラムで暴れた"らしい"。しかし、該当エリアの目撃者は零。というよりも、生存者がいないこと。
そのエリアには、現代アートの様な金属の人形が立ち並んでおり――数日もしない間に、ソレは消えてしまったのだとか。
重たいモノを踏み締めた様な、足跡を残して。

ご案内:「スラム」から神代理央さんが去りました。
ご案内:「スラム」から焔誼迦具楽さんが去りました。