2020/11/13 のログ
神代理央 >  
痩せこけた、着の身着のままどころか衣服なのかすらあやふやな襤褸切れを纏った少年。
少年が放った、たった一石の小さな"反抗"。
不条理な暴力に対して、勇気を振り絞った細やかな抵抗。

けれど。けれど。
その"抵抗"は――鉄火の支配者には届かない。
己の傍に控えていた親衛隊の如き大楯の異形。
両腕が2mをゆうに超える巨大な盾と化したその異形は、召喚主に向けられた明確な悪意と敵意に反応し、盾を掲げた。

かつん、という小さな音。
少年の投げた石が、盾に当たって、地面に落ちる。
それだけ。それだけであった。

神代理央 >  

「………愚かな事だ。抵抗しなければ、生き永らえる事も、出来ただろうに。
無様な事だ。その抵抗は、全くの無意味であるというのに」

ぽつり、と言葉を零した己に、隊員達から一斉に視線が向けられる。
隊員達は知っている。
かつて鉄火の支配者は、例え幼子であろうとも『風紀委員会』に抵抗した者は情け容赦なく屠って来た事を。

隊員達は知っている。
かつてこの猟犬達の指導者である少年が、孤児院で自らに銃口を向けた少女を救った事を。

ならば、どうするのか。
小石を投げつけた少年に。不条理な暴力を向けた少年に。
猟犬の主は、一体どうするのか。
暴虐の嵐は掻き消えて、奇妙な静寂がその場を包む。


「……君は今。間違いなく此の場において"英雄"だ。
不条理な暴力に抗い、不当な搾取に抗い、その勇気を人々に示した」

「ならば、我々も答えなければなるまい。
私達は風紀委員会特務広報部。
そして、私達に与えられた名は――」

腰から拳銃を引き抜いて、少年に、向ける。

神代理央 >  
 
 
「……私達は、英雄狩り。私達の名は、ヘルデンヤークト。
私達は、体制へ抗う英雄を――狩る者だ」
 
 
 

神代理央 >  
 

静かに告げられた言葉と共に

銃声が

響いた
 
 
 

スラムの少年 >  
小さな暴力は、暴力たり得なかった。
盾に弾かれて、地を転がる小さな石ころ。
それは、誰もが分かりきっていた結末だった。
石を投げた少年ですらも、きっと。

神代理央が、腰から真の暴力を抜く。
これこそが、本当の暴力。
少年とて、分かっていた。分かっていたのだ。
それでも、石を投げる手を止めることができなかった。

少年には、後悔がなかった。
幼い理性で己を省察する暇も、余裕も、学もなかった。

神代理央が並べた『英雄』という言葉すら、理解できていなかった。
ただ目の前で見知った顔の人間達を蹂躙する奴らを許してはおけなかった。

ただ、生物ならば誰でも持ち得る原始的な恐怖だけがそこにあった。
『死』への恐怖である。
小さな彼の怒りは、突きつけられた『終わり』の予感を前にして、
脆くも崩れ去ったのである。

見捨てられた街に銃声が響くその刹那。
羽音のようなか細い声が、何事かを呟いた。

「とうちゃ――」

振り絞った小さな『英雄』のその声は、
放たれた銃声に簡単にかき消された。


そして、次の瞬間にはただ終わりが在るのみ。 
 
小さな暴力は、より大きな暴力に捻じ伏せられる。
それは、いつの世も変わらぬシンプルな法であるが故に。

『拷悶の霧姫』 >  
「……」

当然訪れる結末に、胸を痛める訳ではない。
涙を流す訳でもない。
だが、それでも人形は動いていた。
それはきっと、かつて胸の内に抱いていた『色』をなぞるように。


――。
――。
――。
 
少年の眼前に放たれたのは、何処からか放たれた投擲物。
一瞬の出来事である。
しかし、それが漆黒の鎖であることを神代理央であれば
視認できただろうか。


銃弾は少年の眼前で砕け、力なく割れて地に落ちた。

同時に、視界の端から白の霧が現出し、吹き荒れるように
周囲を覆い尽くしていくだろう。

『拷悶の霧姫』 >  
 
「私達は悪を背負い悪を断つ者。私達は、悪を救済する者。
 私達は法の下で弱者を踏み躙る英雄を――裁く者です」 
  
 

『拷悶の霧姫』 >  
 
静かに告げられた言葉と共に

視線が

向けられた 
  
 

神代理央 >  
己の放った銃弾を防いだモノが、漆黒の鎖であった事は視認出来なかった。元々、そういった武術だの気配の察知だの動体視力などが、並み居る風紀委員会の強者共と同等、という訳でも無い。
肉体強化の魔術を施していなければ、凡人以下の肉体能力である己には、唯単に"何か"が銃弾を防いだ、という認識しか出来ていなかっただろう。


――その瞬間、安堵の吐息を己が吐き出した事だけは、誰にも気づかれぬ様に。


そんな不甲斐ない主の代わりに迅速に反応したのは先ず異形達。
投擲された鎖の方向へ。そして、庇われた少年へ。
戦車の上部装甲すら容易に引き裂く機関砲が、不愉快な金属音と共に一斉に向けられる。

遅れて、特務広報部の隊員達が慌てて行動を開始するが――その時には既に、周囲は白い霧で覆われているのだろう。

そんな状況下で向かい合う二人。
かたや、皺一つない風紀委員の制服を纏った『体制』を象徴する少年。
かたや、スラムの漆黒よりも深い――黒い影。

「……ほう?これはこれは、愉快な者が現れたものだな。
悪を救済する?我々が、法の下で弱者を踏み躙る英雄?」

正体の分からぬ相手に、薄く笑みを向ける。

「我々を何と呼んでも構わんがね。
少なくとも貴様は、体制側に刃向かう『悪』であるというわけだ。
つまりは――我々の敵。我々が狩る者」

「……我々が狩るべき、英雄だ」

スラムの少年 >  
「……な、なにがっ」

狼狽える少年を尻目に、我先にと逃げ出していく蜘蛛の子達。
その波に押しつぶされるように少年もまた、霧の中に呑まれていく。
霧の中で、生きる為の暴力に、呑まれていく。
それらを追っていく者達も居たことだろうか。


そうして訪れるのはひっそりとした静寂。

残されたのは、一人の少年と一つの影。

『拷悶の霧姫』 >  
「ええ、その通り。
 私達は、貴方が滅ぼすべき『悪』。
 私達は、貴方が排除すべき『悪』。
 そしてそれはまた、あの少年も同じなのでしょうね」
 
少年が安堵の息を漏らしたことには気づかない。
それでも、組織の内にあるものとはいえ、
一個人の行いに対して考えを巡らすところはある。
果たして、何処までがこの少年の意志なのだろうか、と。
その思考を走らせた上で、影は口にする。

「私達には。
 落第街に生きる者達には、血が通っている。
 我々には、我々なりの法がある。矜持がある。
 そのことを、ゆめゆめ忘れなきよう。
 
 ……『今後はご自愛くださいね』、神代理央」

それは後ろ手にナイフを持つ者の警告であったろうか。
或いは、失った色を『なぞった』言葉であっただろうか。
それとも――。

「そして此度は、挨拶に留めます。が――
 あまり『失望』させないでください」

多くの民は、既に逃げ出している。ならば、目的は達した。
無用な犠牲は不要である。

圧倒的な暴力から逃げようと慌てふためく群衆の喧騒と、
辺り一面を覆い尽くす白く濃い霧。
影は、紛れて――消えていく。

「神代理央――」  
 
そうして、消えゆく影は最後に告げる。

『拷悶の霧姫』 >  
 
 
「――約束、ですよ」 
 
 
 

神代理央 >  
「自覚があるならば、大人しく狩られて欲しいものなのだがな。
我々は悪を許さない。そして、我々の行いは『正義』である。
我々に刃向かう者は、須らく、排除の対象故な」

フン、と"影"の言葉を鼻で笑い飛ばし、傲慢に、尊大に言葉を紡ぐ。
特務広報部こそが。己こそが此の学園において。此の島において絶対的な正義であると。
それは、全てを踏み躙る体制側の武力として、告げる言葉。

「貴様らの法など知らぬ。此処は常世学園の行政区域であるが故に。
法を犯しているのは貴様達であり、我々は法の執行者でしかない。
無法者が法を語る?笑わせるな。穏やかに暮らす人々が護るルールすら守れぬ者が、自分達の定めた法は守ってくれ、などと都合が良すぎるだろうに」

「……それを理解した上で、私に自愛せよと忠言を授けようというのならば。
その言葉、其の侭返そう。風紀委員会は…いや、我々は。
今迄の様に、此の街に譲歩したりなど、せぬ」

落第街の法。悪の矜持。
それは、『表』で暮らせぬ言い訳でしかあるまいと嗤う。
多くの人々が順守できる事を遵守せぬまま、権利を主張するなど、烏滸がましいだろうと、見下す。

そんな己の言葉は届いたのか否か。
白く染まっていく視界。消えていく影。
恐らく、碌な訓練を受けていない隊員では、群衆に追いすがる事も難しいだろう。
まして、眼前から消えていく影を追う事等、無謀にも程がある。
探査か拘束用の魔道具を所持しておくべきか、と忌々し気な視線を向けようとした時――

「……失望?笑わせるな。私に、貴様達の期待に応える義務等無い。
それに――」

消えゆく影に、唇を歪める。

「『約束』というのは、互いの信頼関係あってこそ成り立つもの故な。名も知らぬ英雄。私が貴様に交わすのは、必ず貴様を捉える事。それだけだ」


そうして、消えてゆく影を見送りながら。
変わらぬ尊大な笑みを、浮かべ続けていた。

『拷悶の霧姫』 >   
 

それでこそ、と。


『満足』をなぞったその言葉は霧の中に消えていくのだった。 
 
 
 

神代理央 >  
さて、視界が晴れた後には文字通り群衆の姿は掻き消えていた。
まあ、目的そのものは達成している。
落第街に、スラムに。『暴力による抵抗』を想起させるだけの怒りを、ばら撒く事には。

「……何をぼんやりしている。撤収するぞ!
貴様達の不甲斐なさには失望した。貴様達の待遇は、その功績にあるものと知れ!
明日からは訓練を増やす。覚悟する様に!」

主からの一喝に、項垂れながら黙々と引き上げていく隊員達。
そんな漆黒の猟犬達を眺めながら、手に握った儘の拳銃に、ふと視線を落とした。


「………撃てるのだな。いや、撃ててしまうのか。私にも」

零した言葉は誰にも届かず。
ゆっくりと歩きだしたその顔は、猟犬の支配者としての尊大さを過分に含ませていたのだろう。

ご案内:「スラム」から『拷悶の霧姫』さんが去りました。
ご案内:「スラム」から神代理央さんが去りました。