2021/01/24 のログ
ご案内:「スラム」に【虚無】さんが現れました。
【虚無】 >  
 不愉快だ。
 スラムの路地に立ちながらそんな雰囲気を散らしているフードを着た青年がいた。
 今は騒動の真っ最中。スラムの避難民は恐れてか表に出てくる事はほとんどない。故にこうして立っていても気にする人などほとんどない。

「……今、あんなことをすればどうなるかわからないでもないだろうに」

 風紀委員への襲撃。人物こそ不明だがそういう事態があったと聞いていた……だが、最も不信なのはその場所だ。
 自分が聞いていた限りあの場所は他の違反組織がいたはず。なのにそこはもぬけの殻となり、後から風紀委員がやってきてそこで襲われた……普通に考えてあり得ない。
 トラップにはまった、その組織が残した刺客に討たれた。可能性は0じゃないがそれならばそもそももぬけの殻にする必要がない。
 トラップの場合だけもぬけの殻にする意味はあるが、それならば建物その物が倒壊しているはずだ。ピンポイントに侵入者を排除するなら出る必要なんてない。
 となると……

「……こっちが優先だな」

 その襲撃者は風紀委員だと理解した上で、組織を守るだとかそういう理由ではない何等かの目的をもって襲い掛かったのだ。
 今大きくなっている違反組織。それも懸念事項ではある。だがまた表への攻撃を行うならともかく、裏で薬をバラまく程度ならばそれは自分たちが動く案件ではない。
 だが、今回の襲撃者は違う。今のこの街の状態を知りながら動いた。火薬庫と化しているこの街で風紀委員に手を出すということがどういうことかわかっているはずなのにだ。
 事実風紀委員が多数この街に入り込んだという情報が届いているわけで。
 すなわちそれは明確に不必要な騒動を引き寄せる行為に他ならない。つまりは……こちらの攻撃の対象になりえる行為だ。

【虚無】 >  
 だが、今の状態では明らかに情報不足だ。誰がやったかどころかその人物の性別や能力。そもそも誰が襲われたか。
 そして攻撃した人数までもが不明でしかない。
 つまり情報など全くあってないようなレベル。捜査もなにもない状態。それが不愉快だった。

「……まずは移動した元の組織の行方。そこがどうしてあのタイミングで移動したか……それを知るべきか」

 今見えている動線はそこだけだ。
 まったく関係ない可能性もあるが、タイミングを考えるに襲撃者とこの違反組織はなんらかの関係があった可能性がある。
 というよりこれで関係が見つからなければ完全に手詰まりだ。風紀委員との協力体制による捜査。そんな最終手段をとるしか方法がなくなる。
 だが同時にそれは自分自身を明かす事にもつながる。向こうもしっかりと連携をする上で素顔すらわからない相手の協力など受けるはずもないのだから。
 はぁと特大の溜息を吐き出す。
 一方どこかからは壮絶な砲撃音、爆撃音が響き渡っている。見なくても犯人達が誰かなどわかっている。その襲撃者には聞こえているだろうか。この音が今回の事件の代償だと。

【虚無】 >  
 白と黒が激しくぶつかる。黒が強くなれば白が強くなる。そして白が強くなれば結果として黒も強くなる。
 きっと今回の騒動で報復のような形となって違反組織のいくつかが消滅するだろう。
 ではその消滅した違反組織の跡地は? 結果は簡単何かしらの後釜が入るだけ。
 そしてその後釜。そこが力をつけるために喰らう物は……

「……」

 弱者。黒になり切れない黒や弱い白を食らって後釜に入る黒は濃く大きくなっていく。
 結局は被害を被るのはいつも弱い者達なのだ。

「本当に……やるせねぇ」

 上を見上げ、思わず素の声を漏らす。
 不愉快であることには変わりない。だがそれ以上にその姿にはどこか寂しさも見えるだろうか。
 自分は守りたかった、この街でしか生きられない人達を。そして少しでも泣く人を減らしたかった。そんな理想を抱いた人の夢を継ぎたかった。
 だが、結果そんなことは出来やしない。ただただ被害は増えていく。白も黒も増えていく。その中で灰色の自分たちが出来る事など……本当に限られている。

【虚無】 >  
 頭の片隅でどれだけやっても無駄だという声が聞こえてしまう。
 むしろこの世界を捨て、奏詩として生きた方が間違いなく幸せだろうとも理解している。
 だが……

「そういうわけには……いかないよな」

 スラムへと目を向ける。そこにはたしかに人が生きている。
 たとえ悪あがきでしかなかろうと。たしかに自分たちが守った人もこの中には生きているはずだ。
 目線を手に向ける。もうぬぐい切れないほどの血に染まったその腕を握りしめる。
 やるべき事もわかっていて覚悟も決まったのなら……後は実行するだけだ。

「悪には悪の断罪を……この騒動を引き起こした罪。しっかりと清算してもらうぞ」

 次の瞬間には甲高い音と共にスラムから彼の姿は消える。
 ここにも風紀が来たのかだとか一時騒然となったが。すぐにどこかのバカが酒でも飲んだのだろうという結論に落ち着いたらしい。

ご案内:「スラム」から【虚無】さんが去りました。