2021/03/10 のログ
矢那瀬陽介 > 好奇心と暇潰しがてらボランティアの仕事でスラム街に訪れていた少年
饐えた匂いで満たされストリートチルドレンや得体のしれない輩に睨まれても、平然と、従容とした歩みで帰路を向かっていた。
まだ肌寒さを覚える空気にジャンバーの前のファスナーを首元まであげ乍、わずかに覚えた空腹に少しだけ眉尻を下げていたが

「ん?」

どこからとも食指そそる匂いが鼻を擽る。
その方向――小さな子供達が群がり固唾を飲んでる様子。
その中心にいる一人の女子生徒に視線が惹き寄せられる。
ゆっくりとそちらへと脚を運んでいった。

シャンティ > 「ふふ……金の卵を生むガチョウ、花さか爺さん……古今、東西……欲を、かけ、ば……あ、ら……?」

鍋に手を出す子どもたちに干渉せず、たとえ約束を破ろうとしても制止もせず。女はただただ笑い――


『匂いに誘われるように一人の少年が足を運ぶ。ジャンバーの前のファスナーをあげ、寒さに耐える其の姿は街には余り似つかわしくなく……』

女は謳うように語る


「だぁ、れ……かし、らぁ……?」

人差し指を唇に当てて、小首をかしげた

矢那瀬陽介 > 「金の卵を生むガチョウ?花咲爺さん?おとぎ話かな?
 ――ん?」

子供達の輪の外から語る声に耳を傾けているとそれが己の特徴を指し示してるような……謳う言葉遊びに、相手と似たように小首を傾げて。

「ありゃりゃ。もしかしてお邪魔だった?
 一人で炊き出し? …してるのが凄いなぁって思って見てたんだ」

持ち上げた手をひらひらと振ってにっ、と目元を細めて応えた。

シャンティ > 「別……にぃ……お邪魔、でも……ない、わぇ…… もう、やる、こと……は、済んだ、もの……あと、はぁ……あの子、たち……次第……ふふ」


くすくすと笑う


「炊き出、し、が……すごい、なんて……面白、い……感想――ねぇ…… 貴方、は……この、辺り、の……人、らし、く……な、い……けどぉ……どう、して、ここ、にぃ……?」


とんとんと人差し指で唇を小さく叩く


「ま、さか……道、に……迷った……と、か、ぁ……?」

矢那瀬陽介 > あの子達次第……との言葉に微かに笑み薄れるが。
「お鍋、片付けなくてもいいの?あと、装ってあげないと喧嘩して取り合いになるかもよ?」
人懐っこい朗らかな声音は変わること無く続く。
幻視の如く現れた鍋に警戒していた子供もやがて食欲に負けて手を伸ばす頃か……
気遣わしげにそちらへと視線を流して腕組みしていた少年は、再び尋ねられた言葉に、つ、と黒瞳を向けて。

「面白いかな?だってボランティアって一人でやるのとっても勇気が必要じゃない?
 俺はヤナセヨウスケ。学園でスラム街でのボランティアの募集があったから参加して今帰り道
 ……っ」

艶っぽく唇に指寄せて語る姿に微かにたじろぐのは一瞬。
頭に手を組んで、にっ、と白い歯列を覗かせる悪戯っぽい笑みを見せてごまかした。

「そーなの。迷子なの。だからお姉ちゃん俺もご飯食べていい?」

なんて戯れじみた言葉も添えて。

シャンティ > 「ふふ……だ、か、ら、ぁ……あの子、たち、し、だ、い……」

女は甘く蕩けるような気怠い声で放任を語る

「で、もぉ……そう、ねぇ……たと、え、ばぁ……親切、な……お兄、さん、がぁ……手を、出す……分、には……なぁ、ん、にも……問題、ない、わ、よぉ……?」

くすくすと笑いかける


「もち、ろん……ふふ。ヨウスケ、くん、がぁ……混ざ、る、のも……いい、わ、よぉ……君、なら……別、にぃ……約束、も……必要、ない、しぃ……?」


くすくすと耳朶を打つ笑いを続け


「あぁ……ボラン、ティア、ね……最、近……なに、かと……騒ぎ、が……多い、しぃ……大変、よ、ねぇ……ふふ」

矢那瀬陽介 > 頭に腕組みした儘でちらりと覗き見る子供達は未だ平然と椀に盛った得体のしれないスープをがっつく様。
平和的な光景に口元を緩め。
「何次第なのかよくわからないけれど……大丈夫、だよね。
 ぁ、俺も食べていいわけ?」

鈴慣らす笑い声に己の笑みのさざめきを重ね。

「嬉しいしお腹も減ってるけれど。アレはあの子達のものだから。俺は帰ってから何か作って食べるよ。
 今日はシチューにしようかなぁ、なんて」

くしゃりと破顔してから食す子供達を見守りがてら相手に近づいて、その隣に立って会話を続ける。

「あー、なんか騒がれてるね。俺、暫く学業に専念していたから詳しくないけれどさ。
 君こそ大丈夫なの?通り魔にあったりしてない?」

シャンティ > 「ふふ……欲、張り……さん、は……損、を……する…… むかぁ、し……から、ね……? そう、伝え、られ、て……いる、で、しょ……? 欲、に……走、る……と、手、痛い……しっぺ、返し――が、来る……って……ふふ。だか、ら……あの、子……たち、が……その、業、を……越え、られる……か、次第……な、の」

くすくすとスープに群がる子どもたちに笑う

「ヨウスケ、くん……は……ど、う……? 欲、に……は、つよぉ、い……ほ、う……?」

今度は陽介に向き直って甘く笑いかける


「それ、と、もぉ……失敗……し、ちゃ、う……方?」


くすくすと笑う笑みは変わらず


「ふふ。心配、ありが、とう……今、の、とこ、ろ……平気、よぉ……?」

そこでふと小さく首を傾げる

「で、もぉ……ここ、で……大丈夫、じゃ、ない……なぁ、んて、いった、らぁ……どう、なの、かし、らぁ……?」

矢那瀬陽介 > 「あー、なんかそういう昔話とか宗教聞いたことがあるよ。
 あの子達、辛いだろうな。お腹が減ってるのに腹いっぱい食べられないなんて」

変わらず笑みを零すその人に対して微かに笑みがそよぎ。

「禁欲はできるよ?
 でも腹八分で我慢するのは無理。欲しい物があったらお腹いっぱい手に入れるのが人間じゃない」

違う?……と問いかけるように向き直るその人に小首を傾げ。

「よかった。一人で帰るのが不安なら送るからね……どしたの?」

微かに顔を前に出して……出た答えにくっ、と喉をつまらせてピースサインを突き出した。

「大丈夫じゃなくて上等。こう見えて俺鍛えてるから。身に降りかかる火の粉くらい払いのけるさ」

シャンティ > 「そう、ねぇ……辛い、かも、しれな、い……わ、ねぇ……で、もぉ……」

くすりと笑みが深くなる

「命、と……どっち、が……大事……か、しら……ね、ぇ……?」

一瞬だけ空を仰ぐ。そして何事もなかったかのように視線を戻した


「ふふ……そう。そう、ねぇ……人、の……欲、は……とど、まら、ず……どこ、まで、も……ふかぁ、く……ふ、かぁ、く……しずん、で……いく、もの……ね、ぇ……? 禁断、の、林檎――で、すら……手を、だす……の、です、ものぉ……?」

気怠くしかし愉快そうに語る。そして――


『少年はピースサインを勢いよく突き出す「――」』

謳うように語る

「あ、ら……それ、は……それ、は……ふふ。たのも、しい……わ、ねぇ……?」

くすくすと笑いを漏らし


「とこ、ろ……でぇ……『送り犬』……って、昔、語り……聞いた、こと……あ、る……かし、らぁ……?」

矢那瀬陽介 > 「あー、そういうの嫌だなぁ。
 施ししてるのに命を脅かすのは」

冗談だろう、と楽観的に考えた少年は肩を震わせながら笑って。
微かに目に赤みが帯びて。
凛と澄んだ声で語りかける。

「人の欲は底なしだからこそ進化できたんだ。
 悪いのは欲そのものじゃなくて、それをコントロールできない心の弱さ。
 ――なんて偉そうに言ってみる」

最後には茶目っ気に片目を瞑っていつもどおりの人懐っこい声と表情に戻った。

「送り犬?送り狼なら知ってるけれど。それは知らないなぁ」

シャンティ > 「ふふ……やさし、い……の、ねぇ……? なら……覚え、て……おく、と……いい、わ、よぉ…… 本当、に……本当、に……食べ、て……ない、とき、に……一度、に……食べ、ちゃう、と……ふふ。体、に……とて、も……悪い、の、だか、ら……ね?」

ちょっとした世間話。ちょっとしたうわさ話をするかのようにこともなげにそれは語られる

「メフィスト、は……ファウスト、を……堕とす、と……そう、豪語、して……神、は……その、賭け、に……乗った……ふふ。確か、にぃ……人、の……心、の……弱さ、が……悪い、の……かも、しれな、い……わ、ねぇ……? じゃ、あ……なおさ、ら……コント、ロール……は、大事……ねぇ……」


くすくすと笑う

「そう、そう……そ、れ。大本、は……『送り犬』、という、伝承……ふふ。あなた、は……狼、さん……? それ、と、もぉ……?」

やや顔を近づけ、女は笑った

矢那瀬陽介 > 「あっ、そういう意味で言ったんだ。それなら一気に食べないほうがいいね。
 ごめんね。なんか君の話かたに裏がありそうでちょっとだけ釘を刺しておきたかったんだ
 ――そうそう!人の心は弱いから道徳が生まれて禁欲が尊ばれると思うよ
 多分、君もそうなの、 ……かな?」

早口に語るのは焦っていたから。
その言葉が顔が艶にもってきたから思わずたじろぎ。
そして目元をサッと朱に染めて。

「さぁ、どっちでしょ。でもそれ以上近寄ると狼になるかもよ」

本気と戯れとは半々。腕を伸ばして抱擁寸前の仕草に興じてみせる。
クスクスと、悪戯めいた赤み帯びた眸で、相手の眸を覗き伺う事も忘れずに。

シャンティ > 「あら……もし、かして、ぇ……うたが、われ、てた、の……か、しらぁ……悲し、い……わ、ねぇ……?」 

一瞬大仰に顔を手で覆うような仕草をとりかけ――しかしすぐに戻した


「言った、で、しょ……別、に……君、も……食べ、て……平気、なの、よぉ…… もち、ろん……私、も……ね?」


互いを人差し指で指し示して

「ふふ……そう、といえ、ば……そう、ねぇ……私、は……うっか、り……でしゃば、る……こと、の……ない、よう……に、ね。あく、まで……下支え、だか、ら……」

どこか意味の取りづらい言葉を口にし


「あら、それ、は……こわ、ぁ、い……わ、ねぇ……ふふ」

仕草には何の抵抗も示さず、双眸もわずかにも動かず。ただ、少しだけ顔を引いた。それから――


「……あ、ら……ふぅ、ん……? 約束……まも、れる……子、たち……だった、みた、い……ね、ぇ……?」

ぽつりと口にする。そのときには鍋に群がる子どもたちの動きが一段落して落ち着きを見せてきていた

矢那瀬陽介 > 腕は背中に回すこと無く空をきって。顔を引くだけで抵抗の一つも見せないことに息をつめて。

「……もうちょっと嫌がってくれないと、俺、どうしたらいいのか困るんだけれどなぁ」

かくり、と頭が下がると共に腕もおちていった。
そして改めて距離をとってから相手が示した先へと黒瞳を向けて。

「まだ小さいのに偉いね。ちゃんと約束を守れるなんて。関心。関心」

仲良く分かち合う姿に顔をほころばせて頷いた。
でも不意に強く吹いた風に顔をむずがらせて身震いし。

「寒っ。俺はそろそろ帰るけれど君はどうする?
 帰り道一緒なら付き添うよ」

シャンティ > 「ふふ……なぁ、にぃ……もし、か、してぇ……嫌が、らせ……だった、の……か、しらぁ……? な、ら……さけ、ん、だり……した、方、が……よか、った、の……かし、らぁ……?」

くすくすと笑う


「そぅ……ね、ぇ……ヨウスケ、くん……より、も……偉い……かも、ぉ……?」

軽く首を傾げて少年の言葉に追従する。彼らは本当に偉かった。もし約束を違えていたのなら……最悪は言葉通り「死」も見えていた。それがどちらであろうと、女には問題はなかったのだが


「そう……ねぇ……あっち、は……終わった、みたい、だし……狼、さん……に、ついて……いく、のも……いい、か、しらぁ……?」

一瞬考える仕草をするが、結局はこともなげに次の句を継いだ

矢那瀬陽介 > 「嫌がらせじゃないよ。急にきれいな顔を近づけてきたからお返しにこっちも近づいて慌てさせたかっただけ
 あー、でも騒いだらだめ。あの子達がびっくりしちゃう」

親指を肩越しに見える子供達へと指し示し。

「俺よりも偉い?もしかして俺ディスられてる?
 ――ま、いいや。それじゃ一緒に帰ろっか。
 お家どこ?寮から離れてなければその近くまで送っていくから」

少女の思惑もその果ての凄惨な結末も知らぬ儘、己の背で導くようにあるき出す。
残されるのは貪婪な欲と程遠い分かち合うスラム街の子供達と鍋の温かな薫りのみで――

シャンティ > 「……ふふ、そう、ね。今日、は……あの、子……たち、の……物語、に……免じ、ましょ、う……ねぇ……」

くすくすと女は笑う。愉快そうに愉快そうに


「欲、を……コン、トロー、ル……できた、の……だ、もの……ふふ。ヨウスケ、くん……よ、り……きっと、えらい、わ、よぉ……ふふ。さ、て……じゃあ、いき、ま、しょう……?」


選択はなされた。答えは得られた。スラムの子どもたちは、悪魔の誘惑を跳ね除け今日の生を勝ち得たのだった。女は其の結末に笑う。ただただ其の物語を楽しむ


「明日、は……どう、なる……かしら、ねぇ……?」

ぽつりと口にして少年の後に付き従って歩みだすのだった

ご案内:「スラム」から矢那瀬陽介さんが去りました。
ご案内:「スラム」からシャンティさんが去りました。
ご案内:「スラム」に黛 薫さんが現れました。
黛 薫 >  
スラムは『平和』からは限りなく遠い。
しかし『平穏』が無いのかと問われれば否だ。

下層、底辺には奪う力も意欲も持たない者がいる。
そういった者は最終的に掃き溜めで身を寄せ合い、
求めることも欲することもなく、ただ己の平穏と
精神の安寧だけを拠り所に生を消費する。

彼らは平穏を乱されない限り、他者を害さない。
故に迫害から逃れた者たちは彼らの近くに集い、
諦念を核に寄せ集められたひとかけらの優しさが
無秩序で、しかし平穏なコミュニティを作る。

特別な事情が無い場合、傷付けられることに敏感な
集団に土足で踏み入る者は少ない。敵対するほどの
メリットもないし、何より彼らは平穏を乱されれば
死に物狂いで抵抗する。リスクとリターンが明らかに
釣り合わないからだ。

此処、歓楽街西部のスラムはその一例にあたる。
貧しく見窄らしいことに目を瞑れば平穏な街を
横目に、少女は座り込む。

黛 薫 >  
情動は如何に激しくても長く持たないものだ。
疲労と虚脱感に支配された心の空白を感じつつ、
黛薫は深く溜息を漏らす。

人気の少ない廃ビルで気絶するように眠ったのが
一昨日のこと。電池の切れかけたスマートフォンの
ホーム画面を見て、丸一日眠っていたと気付いて
愕然としたのは先の夕方頃だった。

事前に安全地帯を見繕っておいたのが奏功したか、
泥のように眠りこけていても被害なしでいられた。
それを幸運と受け取るのは良いとして、良いことが
あれば当然悪いこともあるのがこの世の中。

(……カゼ、ひぃたっぽいな……)

最初は先日の疲労が尾を引いているだけだろうと
たかを括っていたが……ここまで歩いてくる道中、
覚えのあるだるさと節々の痛さで察してしまった。
暦の上では一応春、それでも冷え込む日は寒いし
毛布も被らずに眠ったのは失敗だったか。

黛 薫 >  
傷薬は高騰しているようだが、風邪薬はどうだろう。
どうせ手に入る値段ではない、と早々に結論付ける。
そも風邪は怪我より致命的でない所為か、風邪薬自体
スラムではあまり出回っていない印象がある。

手頃な瓦礫を背もたれ代わりに通りの端に座り、
ぼんやりと行き交う人たちの姿を眺めてみる。
精力的に動くほどの気力が残っていないからだ。

この手のコミュニティにはよくあることだが、
所属者はある程度お互いの存在を把握し合って
いるらしい。通りすがれば挨拶を交わし合うし、
雑談に興じている姿も見られる。

逆に言えば、余所者の自分は話しかけられない。
時折『視線』は感じるが、害意がなけばどうでも
良いのだろう。長く留まれば勝手に覚えられて、
施しでも受けられるようになるかもしれないが。

黛 薫 >  
体調を崩すと、どうしてか寂しさを覚える。
周囲の人の数に関わらず、自分だけが取り残されて
しまったかのような錯覚と、それに起因する不安が
ひたり、ひたりと足音を立てて忍び寄ってくる。

(でも……その方が楽かもしんねーよな……)

誰かといると、どうしても心が乱されてしまう。
いや、それは正確な表現ではないかもしれない。
きっと『心』というものは動物のように気ままで、
自分はそれを宥めるのが上手でないのだと思う。

1人でいれば寂しくて、誰かが隣にいたら良いのにと
思う。しかし誰かが側にいたら容易に心を乱されて
もう他人に期待するもんか、なんて考えてしまう。

1人の寂しさや、人付き合いの難しさだけでなく、
自分は何かとくよくよ悩みすぎではないだろうか。
その割に解決まで持っていくことは出来なくて……
要領の悪い自分にまた嫌気が差して別のことで悩む。

(……生きんのが……下手なんだろな、あーし)

黛 薫 >  
生きていること、自分が此処に存在することが
どうしようもなく恥ずかしいような気持ちになる。

そうやって己を卑下することさえも、自分を産み
育ててくれた両親や、目を掛けてくれて知り合いに
失礼な気がして、また気持ちが落ち込む。

何を考えてもダメなときはダメで、だから薬物や
酒、タバコなどの『考えなくて済むようになる』
娯楽にどっぷり浸かってしまうのだろうか。

膝を抱え顔を隠して、生きる恥ずかしさに耐えて
目を閉じていた途中……不意に『視線』を感じた。

無関心とも警戒とも違う、心配する『視線』。
ひたすらに恥ずかしくて、見られたくないと
思ったけれど……なかなか離れてくれないので、
諦めて顔を上げる。

黛 薫 >  
『視線』の主は粗末な格好の少年だった。
恐らく、このスラムで暮らしている子だろう。
『視線』を嫌うあまり、思わず悪態を吐きそうに
なったが、向こうに悪気はないからと飲み込んだ。

悪意の『視線』を向けてこない相手に理不尽な態度を
取ると、自己嫌悪で余計に苦しくなることは経験から
知っているから、余計なことは言わないが吉。

「……何すか、あーた」

とはいえ、感情を綺麗に押し殺せるほど大人でも
なくて、問い返した声は不機嫌になってしまった。

少年はたじろぎつつも、ずっと蹲っていたから
お腹が空いているのではないかと思った、と
説明した。彼の手には乾いたパンがひとつ。

黛 薫 >  
落第街では欲しいものが欲しいときに手に入ると
いった期待はまずできない。だから手に入るときに
逃さず手に入れるのが生きる上では肝要だ。

幸いにも自分は『視線』から悪意を判別できるから、
好意で差し出されたものは貰うべき……なのだが。

「ぁー、気持ちはありがたいんすけどさ。
あーし、今あんまし食欲ねーからいらねっす。
つか、あーたも満足に食べれてないっしょ?
ここしばらく、食べ物も高ぃもんな」

嘘は、言っていない。体調不良で食欲がないのは
本当だし、食べ物をしばらくお腹に入れていないと
気持ち悪くなって一時的に食欲がなくなる。

「あーしが偶々変なことする気力なかったから
良かったケド。誰とも分からなぃ怪しいオンナに
軽々しく声かけるのは危ねーから止めときな。
ここらの住民の顔くらぃ把握してんだろ。
ほら、コレやるから行った行った」

スティックシュガーを押しつけて少年を追い払う。
パン単体で食べるよりは、多少マシになるだろう。

ようやく少年の『視線』から解放されて一息つく。

黛 薫 >  
『何も得られない』は必ずしもゼロではない。
得られたはずのモノを棒に振ればマイナスになる。
頭では分かっている……ただ捻くれている所為か
分かっていても従えないことがあるだけで。

そんな小さなマイナスを何度も積み重ねていると、
落第街では舐められやすい。逃さず掴める者こそが
強者な世界だから、然もありなんといったところ。

『視線』を感知する異能のお陰で、そこそこの数の
組織から重用されている割に『別にいなくなっても
困らない使い捨て』の立場から抜け出せないのも
それが理由だし、自分でも理解はしている。

考えれば考えるほど気分は落ち込んで、いっそ人の
いないところに向かいたくもなるが、人目がない
場所は今の体調で向かうには危険だ。ある程度の
『視線』は許容して此処で待つしかない。

(……寒ぃ……)

そもそも、歩こうにも足に力が入らない。
冷や汗が止まらず、視界がぐらぐらと揺れている。
荷物の中からボロボロの毛布を引っ張り出して体に
巻き付け、少しでも体力を取り戻そうと目を閉じる。

ご案内:「スラム」に神代理央さんが現れました。
神代理央 >  
それでも少女は、人目の無い場所に向かうべきだったのかもしれない。
スラムの平穏が俄かに騒めき、嵐を過ぎ去るのを待つかの様な空気。
或いは、獣から身を隠す草食動物かの様に、スラムの空気が
貧困故の静寂さが、乱れていく。

その原因は一目瞭然。
スラムに似付かわしくない革靴の音。
クリーニングにかけたばかりの様な、皺一つ無い風紀委員の制服。
住民達の負の感情が込められた視線をそよ風の様に受け流しながら
浮浪者の様に座り込む少女の前で、足音は止まる。

「……数日はホテルに泊まれる程度には用立ててやったと思うのだがね。
それとも、嗜好品で使い果たしてしまったか?」

呆れた様な声と視線。
少女に向ける視線は、何時も呆れた様なものばかり。
見知った顔を見つけて立ち止まると、そんな言葉を投げかけた。
普段引き連れている異形の群れも無く、我が身一つで堂々と。

黛 薫 >  
「……またあーたっすか……」

露骨に嫌そうな返答。いくら情動が過ぎ去ったと
いえど、ほとぼりも冷めないうちに散々罵倒した
相手と顔を合わせるのはあまりにも気まずい。
何より、相手がいつも通りの態度だから余計に。

付け加えるなら、気を失う前に断片的に聞こえた
言葉も覚えているため、あまりみっともない姿を
晒すのは申し訳ない気持ちもある。今更すぎるが。

「そ、貰った分は全部酒代になりましたとも。
これに懲りたら、イィ加減あーしに金渡すとか
止めた方が良ぃんじゃないすかね」

立ち上がる際のふらつきは伸びをして誤魔化す。

酒代に変えたのは本当だが、飲んではいない。
ギリギリ妥協できる使い方にこそ落とし込めたが、
納得し切れてはいないし、何より懇切丁寧に説明
しても言い訳じみているので、わざと誤解を招く
言い方をする。

神代理央 >  
「私とて、また貴様に会う事になるとは思っていなかったよ。
息災そうで何より…とは、言い難い様だがね」

立ち上がろうとする少女に手を貸そうとはしない。
助けが欲しければそう言うだろうし、恐らく彼女は
己の助け等、きっと求めないだろう。

「別に、施した金をどう使われ様とも構わん。
その使い方に納得しているのなら、それで良いだろうさ。
そもそも、貴様がどう金を使おうとそれが私にとって
有意義なものになる訳でもなし」

施し、と言う単語を選んだ。
実際、少女がホテルに宿泊していようが
酒だの賭博だの煙草にだの使っていようが。
渡した金が、自分にとってプラスになる事は無い。
見返りを求めて渡した訳では無い金の使い道に
とやかく言うつもりも無い。
しかし――

「……とはいえ、自分の健康状態を維持するくらいの使い道で
有って欲しいとは思うがね」

小さな溜息。
腕を組み、相変わらず呆れた様な声色と言葉。
しかしその視線には、ほんの僅かにではあるが――
彼女を気遣う様な色が、含まれていた。

視線過敏の異能を持つ彼女しか恐らく気付かないだろうし
彼女であっても気付くかどうか、という様なもの。
事実傍から見れば、落第街を脅かす風紀委員が
少女を詰問している様にしか見えないのだろうし。

黛 薫 >  
「長い目で見りゃ生存の役に立つ使い方すよ。
何より、落第街暮らしのカスは宵越しの銭なんざ
持ってられませんし?持ってりゃ盗られやすぃし、
貯めても死んだら使ぇませんからね」

視線に感じる微かな気遣いに顔を顰める。

此方は顔を見るたび、声を聞くたび心を乱されて
仕方ないというのに、向こうは常世渋谷で初めて
出会ったときと何ら変わらない。

いっそ職務にだけ従う怜悧冷徹な機械であって
くれたら己の良心も痛まないだろうに、と思う。
言動は限りなくシステム的、機械に近いくせに
彼はやはり『人間』なのだと気付かされる。

「風紀サマも随分と精力的に働いてらっしゃるって
コトなんでしょーね、はぁ。少なくとも働きの結果が
どう出てるかは……あーしがわざわざ言わなくても、
いぁ、此処の様子すら見なくてもホントは分かって
やってんだろな、って思ぃますが」

スラムの中でも特に『違反』の報告が少ないはずの
この場所にも……否、この場所だからこそ締め付けの
影響は強く出ている。法外な手段に出られる区域の
方がダメージは少ないのだから。

神代理央 >  
「…宵越しの銭を持たないというのは、翌日の収入があって
生計を立てられる者の言葉だと思うがね。
とはいえ、大金を持ち歩いていては窃盗の危険があるというのは
理にかなっている。銀行に預ける訳にはいくまいしな」

と、愉快そうに笑いながら制服のポケットを探り。
取り出したのは封の空けられていない缶コーヒー。
甘過ぎる、という理由で中々出回らない甘党向けのもの。
それを、彼女に放り投げる。

「先ずは糖分を取って温まる事だ。
自衛するにも、先ず体力が無くては始まらないだろう。
酷い顔をしているぞ」

彼女がそれを受け取ったなら、それは自販機から取り出して少し
時間が経ったかのような仄かな温かさ。
温いというには熱いが、温かいというには冷めている。
そんな缶コーヒー。

「勿論。とはいえ、それを放っておきはしないよ。
風紀委員会や生活委員会が、炊き出しを含めた支援活動を
精力的に行うだろう。その際に、表で暮らす為の案内も行われる。
無料で飯が食えるのだ。有難く思って欲しいものだね」

まあ、その支援物資は落第街や検問で押収した物資を其の侭流用するのだが。
それでも、炊き出しだの支援活動だのといった言葉に
聞き耳を立てる住民の姿は少なくない。

「……そもそも今回の"仕事"は、落第街の住民を飢えさせる為の
ものではないからな。
まあ、私が言ったところで説得力の欠片も無いだろうが」

と、自嘲する様に肩を竦めてみせた。

黛 薫 >  
「分かっててもやる必要があるって『表』の方も
めんどくせーですね。ま、あーしが知ったこっちゃ
なぃんすけぉ。……コーヒーの礼は言っときます」

投げられた缶は手でキャッチする自信がないので
パーカーの裾を使って受け止める。缶コーヒー
1本にも律儀に感謝を口にする違反学生は珍しい。

「あーしは風紀が何が目的でこんなコトしてんのか
知りません。説明されたとこで、頭も良くないし?
理解できるとも思ってねーですが。

ただ、どーせなら風紀が印象損ねるよーなコトは
して欲しくねーって思ぃます。人は嫌いな相手の
優しさを信用出来るほど図太くねーんすよ。

いくら『表』で生きられるよぅにお膳立てしても、
裏があるんじゃねーかって疑ったら手ぇ取るのは
簡単じゃねーですし?弱くて騙されてきたヤツ……
要は風紀がホントに助けるべきヤツほど疑心暗鬼に
なってんすよ。

あーしの訴えが届く程度なら、そもこんなコトに
なってねーのは分かります。でも……あーたらに
情が残ってんなら、これ以上苦しめんのは止めて
欲しいとか……思ぃますよ、らしくねーですが」

神代理央 >  
缶コーヒー一本に告げられた感謝の言葉。
その言葉に対する反応は――驚きと困惑。
そして、困った様な、申し訳ないと言いたげな。そんな視線。
勿論、表情には出ていない。少年の顔に露わになるのは
尊大さと傲慢さがにじみ出る仏頂面だけ。

「そういうしがらみの中で生きていくのが『表』だからな。
それが社会。それが規律。それが善性を維持する為のルール。
少なくとも"弱い者が生きていける"社会のルールだ」

天から見下ろす様な傲慢な物言い。
しかしその表情と態度は、彼女が語った言葉を聞き遂げれば――

「………随分と。
随分と他者を気遣う事だな。いや、それが悪いとは言わない。
寧ろ美徳だ。少なくとも、此の場所では中々聞けない言葉だろう。そしてその言葉通り、道徳的な観点から言えば
確かに、我々は"仕事"を止めるべきなのだろうな」

そこで一度言葉を止める。
懐から取り出した煙草に、細やかな装飾のオイルライターで火を付ける。
上質ではあるが甘ったるい紫煙が、二人の間を漂うのだろう。

「――しかしその言葉は、違反部活にこそ向けられるべきだ。
我々は、犯罪者が。違反部活が無ければそもそもこの様な事をしたりしない。
表に害を為す組織を潰す為に、その領域を締め上げているだけだ。
そもそもがお門違いなのさ。我々は別に、生徒会や学園の権力を
守る為に動いているのではない。
悪の組織宜しく、支配の絶対性を維持する為の組織ではない。
我々が護っているのは秩序と社会。此処は、その範囲外」

ゆらゆら、と火の付いた煙草を手元で揺らす。
灯りの少ないスラムで、それは蛍の様に揺れている。

「風紀委員会にも。私の部下達にも。
人並みの情はあるし、私の行動を咎める者もいる。
だから、私は情では動かない。
私がそれを止めてしまえば、後は絆されていくだけだ。
"落第街の住民が可哀相だから違反部活を厳しく取り締まるのを止めましょう"などと。
それを認める訳には、断じていかぬ」

神代理央 >  
「それでも、私の行動に憤慨するのは当然。
人としての道徳心や義侠心から、私に刃を向ける事も理解出来る。
だから、憎むべきは我々の行動原理である違反部活であり――」

再び煙草を咥えて、紫煙を吐き出す。

「――そして、私自身であるべきだ。
私は、私が恨まれる事も憎まれる事も
当然の事だと思っているよ」

そう言葉を締め括って、再び肩を竦めた。

黛 薫 >  
「ま、そりゃそうか」

肩を竦める。『鉄火の支配者』が情で動く人間なら
現状こうはなっていない。仮にそうでなかったと
しても、風紀でない何かが路地裏に暮らす下々に
とっての『悪』として幅を利かせていただけ。

「あーしに限ったことじゃないすけぉ。
風紀と違反組織どっちが悪いかとか、分かんないし
どーでもイィと思ってるは人少なくないと思ぃます。

風紀に絞られりゃ風紀が憎いし、違反組織に痛い目
遭わされたら今度はそっちがキライ。どっちからも
痛めつけられりゃ、いっそ共倒れでもしてくれたら
精々するなって。

……あーたは『多数派』だから、多くの後押しを
受けて『表』にとっての正義を遂行する、って
以前言ってましたっけ?あーしらは自分だけで
精一杯、周りを見る余裕なんて無ぃから多数派も
少数派も関係なく、自分の感情で判断する。

理解しろ、っつって届くワケは無いっすけぉ?
あーたは知っといてください、そーゆーコト。
頭の隅っこにでも置ぃとくだけで構ゎなぃんで」

自分に何かを変える力はないし、意欲もない。
ただ、目の前で『嫌だな』と思うことがあれば
無視して通れるほど生きるのが上手でないだけ。

『無意味』と分かっていてもなお……話さずには
いられなかっただけ。自嘲気味に息を吐く。 ▼

黛 薫 >  
「ま、あーたと別ベクトルのカスの愚痴なんで、
虫の羽音とでも思って聞き流してもらえれば?」

道化たように、やれやれとジェスチャーを見せつつ
周囲に視線を巡らせる。何かを警戒しているように。

「……話し過ぎました、あーしはもぅ失礼します。
あーしが言わなくても、把握してると思ぃますが、
この辺のヤツらは自分で違反とかしたがらないんで
怖がらせたり?しないでくださぃな」

パーカーのファスナーを首元まで上げ、フードも
深く被って顔を隠すような出立ちで走り出す。
もう話す内容が無くなったから切り上げたという
形に……見えていて欲しい、と思う。

(……ホント、話し過ぎたんだよな……)

突き刺さるような『視線』が痛みを訴える。

詰問と受け取っている者が大半ではあったが……
捕まることも臆することもなく、風紀と対話する
姿を強く疎む者もまた多くいたようだ。

(……ココ、もう来れなぃな)

風紀と繋がっていて、かつ風紀より弱い者として
自分の噂が広がるのはきっと遠くないだろう。
全く不本意ではあるが……近々痛い目に遭う覚悟を
しておかなければいけなそうだ。

ご案内:「スラム」から黛 薫さんが去りました。