2021/04/14 のログ
ご案内:「スラム」に黛 薫さんが現れました。
■黛 薫 >
人間の頭、或いは心というものは単純に出来ている。
単純なのはあくまでシステム、構造的な話であって
その時々の機微は簡単に紐解けるものではないが、
それは一旦置いておくとして。
どれほど激しい怒りでも、恐怖でも、悲しみでも
人間はいずれ忘れたり慣れたり出来てしまうのだ。
もちろん想起という形で情動に薪を焚べ続ければ
その限りではないのだが。
(……あーしが特別単純なだけかもしんねーけぉ)
考える葦が悩み倦んで思考を放棄すればただの葦。
思考というシステムがシンプルに出来ているのは
きっと思考停止から逃れるため。
別の感情による上書き、睡眠によるリセット、
時間の経過による忘却。一時的に頭の中が一杯に
なることはあれど、いずれその中身は捨てられて
『平常心』と呼ばれるものが帰ってくる。
■黛 薫 >
弾痕の残る崩れかけの壁を背にしてしゃがみ込み
粗悪な煙草を吸いながら、ぼんやりと思索に耽る。
違法成分が混ぜ込まれた煙は頭の働きを鈍らせて
束の間の安息を与えてくれる。
平静を取り戻す前の情動については、脳の疲弊と
軽いトリップを言い訳に思考から追い遣っている。
思い出せばきっとまたパニックになるだろう、と
分かっているから煙草の煙で誤魔化すことにした。
周囲に人の気配はあれど『視線』は感じない。
何せ此処はスラムの中でも特に疲弊した区域だ。
自力で動ける人の方が少数派、オーバードーズや
飢えで死を待つだけになった『人だったもの』を
寄せ集めた死体置き場の成り損ない。
煙草を吸っていても見咎められないのは気が楽だ。
死ぬ前に最後の一本を求めてくる者なんていない。
きっと此処に放り込まれた者はもう思考の余裕も
残されていないのだろう。
■黛 薫 >
もう既に手遅れだから施しを与える者は来ないし、
持たざる者しかいないから追い剥ぎの旨みもない。
生ける屍以外で、わざわざこんな場所に来るのは
余程の物好きか変人か、訳有りか。
一応自分は他者の『視線』に苦しめられずに済むと
いう明確な理由、目的があって来ているつもりだが
知らない人からは変人に見えるのかもしれない。
尤も、風紀からはずっと『変な奴』呼ばわりされて
いるから、今更といえば今更なのだが。
(……あーしもいつかココで死ぬんだろーな……)
お先真っ暗な未来を考えるたび、気分が落ち込む。
しかし不安になるのは先が見えないからであって、
諦観混じりに自分の『終着点』に想いを馳せるのは
そんなに嫌いじゃない。
どこで転び、どう苦しむか分からない暗闇は怖い。
しかしそんな道筋の果て、因果応報の末に訪れる
『おしまい』には安心感すら覚えてしまう。
きっと……この苦しみの終わりを待ち望んでいる。
自分から飛び降りて終わりにする勇気がないだけで。
■黛 薫 >
ふと、視界の端に動くものを捉えた。
こんな場所で珍しいな、と何となく目をやる。
そこにいたのは自分より頭ひとつ背の低い女の子。
死を待つだけになった、かつて人だった者の懐を
漁って生きるための糧を探している。
無駄な努力だ。此処には持たざる者しかいない。
あの女の子はそれすら知らないのだろうか。
それとも知っていてなお選べなかったのか。
時折、まだ意識を残した者に小突かれ、蹴られて
折れそうなほどに痩せ細った足を引きずってまた
屍を漁り続けている。
(……生きたい、んだろな)
どうしようもなく、自分がみっともなく思えた。
必死で生にしがみつくこともあれば、今みたいに
死ぬことばかり考えもする。すっぱり割り切って
死ねたら、或いはあの子供みたいに見苦しくても
生きることに本気になれたら……こんなに自分を
嫌いにならずに済んだのだろうか?
■黛 薫 >
死体漁りの少女と目が合った。
彼女はまともに動いている人を見て酷く狼狽した
様子だったが、此方に害意がないと分かると怖々
近付いてきて媚びるような仕草をし始めた。
彼女のような子供を以前見たことがある。
落第街で生まれ、まともな教育も受けられずに
育った者は『人間』にすらなれない。
食い物にされていない、と表現するにはあまりに
無惨すぎる格好だが、万にひとつの幸運のお陰か、
もしかすると最近まで守ってくれる人がいたのか。
普通ならとうに死んでいるはずだった少女は……
不思議なことに生を拾い、繋いでいた。
「……こっち来な」
小声で囁き、手招きすると少女はそれに従った。
発話はともかく此方の意図を理解するだけの力は
備えているらしい……無用心すぎるが。
■黛 薫 >
「これ被っとけ、今から危ないトコ通るから」
荷物の中から大きめのパーカーを取り出して少女に
着せる。抵抗の意思がない、抵抗しても敵わないと
理解している?いずれにしても、自分以外の誰かに
出会っていたら、この子の未来は潰えていたはずだ。
(……イヤな偶然だよな、こーゆーの)
『落第街では』という括りを抜きにしても自分は
恵まれている方だと思う。ちゃんと育てて貰える
家庭に生まれて、進学だってできた。
身を持ち崩したのはあくまで自業自得、境遇自体は
悪い物ではなかったはずだ。……少なくとも黛薫は
そう信じている、目を逸らしている。
■黛 薫 >
人気のない路地を通り、常世渋谷近くの歓楽街に
抜ける。見咎められるのも覚悟していたが時間の
お陰か想定よりすんなりと移動できた。
「……これで夜勤いなかったら恨むぞ、マジで」
良いことをした、なんて言うつもりはない。
むしろ死ぬはずだった1人を気紛れに助けるのは
それ以外の大勢に恨まれて然るべきだと思う。
(弱者は手の取り方すら知らない、なんつっても
届ぃたりは……しねーよな。まぁ人の心があれば
放り出されるこたなぃだろ……自信ねーけど)
見捨てられるほど自我が強くなく、見かけた人を
毎回助けられるだけの力もなく、助けても面倒を
見られる立場ではない。
そして自己満足に浸れるメンタルの強さもなく、
それどころか余計な事をしてしまったのではと
怯える程度には小心者。
(……要はあーしがアホってことだな……)
■黛 薫 >
「いいか、その建物に入って中にいる人に今渡した
紙見せろ。言葉分かるか?分かってたら返事するか。
分かってねーよな。はーー、あーたがどうなろうが
あーしはどーでもイィんだけど、な……」
通じているとも思えない言葉は自分への言い訳。
既にどうしようもなく後ろめたくて逃げ出したい。
それなのに下手に関わってしまったから、余計な
ことをしてしまったから投げ出せない。
そんな自分が堪らなく惨めだった。
「よし、夜勤いるな?ほら行け、行けったら」
女の子の背を押し、風紀委員会常世渋谷分署へと
押し込んで、自分は逃げるようにその場を去る。
柄にもないことをした、と思う。
何故自分がこんなに怖がっているのか分からない。
煙草を吸うより、酒を飲むより、薬物に浸るより
もっと痛い罪悪感が突き刺さるような感覚。
だから……今回の件は嫌いな風紀に余計な仕事を
増やしてやっただけ、と無理くり理由を付けて。
出処の曖昧な恐怖と不安を飲み下して逃げ出す。
こんなことをしているから居場所がないのだ、と
囁く声から耳を塞いで、暗がりの奥へ、奥へ。
ご案内:「スラム」から黛 薫さんが去りました。