2022/02/06 のログ
ご案内:「スラム」に神樹椎苗さんが現れました。
■神樹椎苗 >
落第街、スラムの一画。
何の変哲もないぽっかりと空いた広場の中心、そこには小振りな椎の木が根付いている。
一年を通して緑の葉を付け、実を落とすその木は、ささやかな幸運を分けてくれるとかくれないとか、そんな噂になっていたり、いなかったり。
「――ここに来るのも久しぶりですね」
年端も行かない少女が一人、スラムには似つかわしくない小奇麗な服を着て。
スラムの民と聞いても不自然でないような、傷だらけの姿で、その椎の木の前に立っていた。
■神樹椎苗 >
「――また、年が明けましたよ」
誰に語り掛けるわけでもなく、それは独り言でしかない。
けれど、その左手は、木の幹に掘られた文字に伸びる。
そこには、沢山の、種々様々な言葉が彫られていた。
例えば願い事だったり、なにかの名詞だったり、お菓子の名前だったりする。
そんな文字たちの中で、一際大きく、力強く刻まれた文字がある。
『マシュマロ』
その意味も、理由も、とうに『消えて』しまったが。
それでも、その文字は、椎苗の字であり、椎苗が刻んだものであった。
■神樹椎苗 >
「不思議ですね――もう、すべて『消えて』しまったのに。
それでも、ここに『誰か』が居た事を、思い出してしまうのです」
文字に触れても、なにを思い出せるわけではない。
『それ』が誰だったのか、顔も、声も、交わした言葉も――その全てが、最初からなかったかのように『消えて』しまっている。
だからこそ――この島の全てを観測し記録する『神木』の『端末』たる椎苗だからこそ。
『消えて』『置換』された記録の、ほんのわずかな違和感に、間隙に、その『誰か』を感じられたのだ。
「これの意味もわかりません。
思い出せない事に、悲しさすら感じないのです」
あるのはほんの少しの寂しさ。
その『誰か』がかけがえのない存在であった事。
それが――二度と、代替される事が無い、椎苗の唯一無二であった事。
それだけは、全てが『消えて』しまっても、確信できた。
■神樹椎苗 >
「何も覚えていません、なにも、思い出せません。
――ですがきっと、しいが忘れてしまったという事に意味があるのでしょう。
その事実がきっと、しいと『お前』を繋ぐ、最期の縁なのかもしれません」
椎苗はその文字をゆっくりとなぞって、最期に屈んで、一つ、落ちている実を拾い上げた。
「――それじゃあ、また来ます。
良き眠りを――親愛なる『友人』へ」
拾い上げた椎の実を大切に握って。
椎苗は静かに、その場を去っていくのだった。
ご案内:「スラム」から神樹椎苗さんが去りました。