2023/01/28 のログ
ご案内:「スラム」に藤白 真夜さんが現れました。
■藤白 真夜 >
「……う~ん」
落第街。
その内部でわだかまる底、島に存在を認められぬ見放された場所。……有り体に言うのならば、スラム。
健全な生徒ならば立ち入らぬ場所に、健全な生徒にしか見えない目立たないセーラー服の姿の女が居た。
もちろん、その中身に健全な要素はほとんどない。
異常な場所に在る正常なモノは、より際立つ異常でしかないのだから。
事実、女もその場所に気圧されることもなく。むしろつまらなさそうに座り込んであたりを眺めていた。
周囲から浮く女生徒の存在に惹かれる者も何人かいたが、すぐに踵を返してそそくさと逃げるように去っていく。
……つまるところ、バレていた。
女は摘まれるのを待つ花を装う虫のようなものだったのだ。見え見えの罠にかかりにいくバカはこの街では生きていられない。
「噂でもされたのかなぁ。
……まあ隠してもなかったし……う~ん」
己の悪行が露呈したことは、まあ良い。
この街の人間は、周囲に思われているよりか賢く生き汚い。
しかし、自らの中になんだか納得のいかない感情と、現実的な問題が浮き上がっていた。
「……どーしよっかな」
この街の人間を文字通り食い物にするのもなかなか難しいということだった。
こうしてちまちまと血の流れる土地を散歩するだけでは、あまりに非効率的だし──
「──噂通り派手に暴れて化け物になってあげたほうがいいのかな?」
……単純な欲求不満も少しあったのかもしれない。
女は、どこかすねたように座り込んだまま。頬杖をついて、つまらなさそうな表情で変わることのない非日常のスラムを眺めていた。
■藤白 真夜 >
しかし、この街──この島で暴れるにはやはり気がひける。
すぐにスッ飛んでくるであろうとんでもない連中を相手取って■し合うのは想像するだけでも涎が出そうなものの、加減が出来ないし身バレも回避する必要がある。
さすがに真夜が歩いているだけで通報されるのは都合が悪い。……悪いかな? いや割りと面白いかも──いずれにせよ、足りないものが多すぎるのだけれど。
もう一つ、理由があった。
自分の中でうまく言い表せない、この街を見ていて感じたもの。
この街の生き汚いまでの生命力は元から気に入っていた。だから、この感情の答えは街の在り様についてではなく──
「……同担拒否ってヤツかな……?」
SNSでたまたま目に入って覚えただけの単語を口に出してみて、それでも微妙に納得がいかなかった。
答えを目前の景色に求めるように、薄汚くくたびれた街並みに視座を据える。
汚れて砕けた石畳。
くすんでガムのこびりついたコンクリート。
血かも定かでない汚れの広がる塀。
……そしてほんの少しだけ、人の集まる広場。
(……これ?)
理由はわからない。
街は汚く、そこに住む人々もいい具合に汚れている。
だが、何か……何か、この街に不似合いな気がする“ぬくもり”のようなものを感じた。
根拠も何もなかったが、直感はこの感覚に不快感を覚えていた。
──思えば、この街に“広場”などというものがある時点でおかしくはないだろうか。本来ならば、壊れていたであろう、それ。
「……これかな」
いくつかの示唆を得て、確信に至る。そうだ。
──ずいぶんと、この街とそこに住む人々を可愛がるヤツが居るじゃあないか。そう、思っていたのだ。
私のやっていることは、ただの悪行にすぎない。
正当防衛という言い訳を用意したものの、やっていることはただの弱者を吊り上げいたぶっていただけ。……まあそれも嫌いじゃないんだけど。
……つまり、気が引けたのだ。
この街を好きなヤツが居る中で、そんな小物めいた真似をすることが。
「……はぁ~」
自らの感情の自己診断が出来たところで、私の中の憂鬱と飢餓は消えることは無く。ただ溜め息として出ていくだけだった。
■藤白 真夜 >
手を伸ばす。
掌の中心から自然と染み出すように溢れた血の雫が、何かも定かでないシミで汚れた石畳にこぼれ落ちた。
招くように指をくい、と動かせば、異能に導かれ血がバキバキと音を立てて凝固していく。
そのまま、命もないはずの赤黒い個体が、命を得たかのように石畳を沿い、石壁に食らいつくように“伸びて”いく。
赤い結晶で出来た植物のように、命の無い花が命の無い冷たい石の上で花開いていた。
薔薇に似て、だが違ういびつな何か。
蛇のようにとぐろを巻き蔓延る姿は見るからに有害で、刺々しい全草は葉をつけることもなくただ荊棘のように自らの攻撃性を喧伝していた。
花は薔薇のようで、牡丹のようで、椿のようでもある。
花びらにあるまじき鋭さと直線は、およそ有機的とは言いづらかった。
事実、それは血の結晶で出来た無機物であったのだから。
しかし、それに命が無いと言い切れたのだろうか?
異能による異常な血で出来たそれが、動き出さないと誰にわかるだろうか?
人を構成する液体が、私達のカラダに在る血に秘められた生きるという意思が、血液に命が宿らないと言い切れるのだろうか?
「……わかんないな~……」
作り上げた本人といえば、よくわからなさそうに……無関心にソレを眺めていた。
あまり意識もせず、借り物の感情で形作ったモノだった。
私の記憶力はあまり良くない。もう大分前のことだから大本の真夜の記憶からして曖昧だ。
でも、覚えているものがある。
私ではなく、“真夜”の目が留まったもの。
確か……二つの視点から見たもの。
生きているが生きていない、冷たい鳥。
その意味も、その見た目ももう覚えていないけれど、真夜がそれに覚えた感情だけは残っていた。
だから私も、命のあるものと生命のないものを作ろうとしたのかもしれない。
「わかんない……」
……借り物の感情で作り上げたモノに何かが宿るわけでもなく、元より芸術に興味など無い私に、わかるはずもなかったのだけれど。
■藤白 真夜 >
「……『誰も見ることの無い芸術に、意味はあるのだろうか?』」
どこかで聞いた言葉を引用する。
「……『芸術の正体とは、作品ではなく見た者の心の中に生まれる感情そのものだ』」
やはり私でなく真夜の聞いた言葉が、それに応えた。
私の中の芸術など、如何に■すか? しか応えない。
……では、それは芸術ではないのだろうか?
死とともに広がる血が。
情熱的なまでの刺殺が。
憎々しい絞殺が。
絶縁を告げる斬殺が。
目を覆いたくなるような惨殺が。
殺し屋の効率的な殺しが。
軍隊の街を薙ぎ払う砲撃が。
白刃の舞う軌跡が。
その軌跡に尾を引く致命的な赤が。
私は、それも芸術だと信じていた。たとえ、異常だと判りきったことを突きつけられても。
命の散る瞬間を、美しいものだと愛しているのだ。
目前の歪な花を見つめる。
私の中には、何一つ感情は生まれなかった。
手を横に払う。
びしゃり。
スラムの隅に蔓延ったいびつな赤い花に、水をやるかのように血痕が広がっていく。
「……こっちのほうが、猟奇殺人現場っぽくて良いね!」
自らの行いに、笑みを浮かべて……満足げに。お腹を空かせた虚無への供物を、その胸中に秘めながら。
スラムの一角に花を残して、それは立ち去った。
いつかのおぞましい花を思い起こして怯えるものもいれば……人の血から生えるいびつな花があるだなんて噂が広がるかもしれなかったが。
それを残したものは、何も考えていなかった。この場所を好きなヤツが居るなら、私からもこれくらいやってもいいだろう、そんな考えで花を添えただけ。
……花を贈るほどこの場所を好きなのかもしれないし。
過去の凄惨な事件と死を連想させる程度には、命を軽く見ていた。
精々、次に摘みに来るときまで、生き汚く在るようにと。
ご案内:「スラム」から藤白 真夜さんが去りました。
ご案内:「スラム」に藤白 真夜さんが現れました。
ご案内:「スラム」から藤白 真夜さんが去りました。