2023/02/21 のログ
ご案内:「スラム」にノーフェイスさんが現れました。
ノーフェイス >  
灰色の街の谷間、春を待つ寒さのなかで女は歩む。
日陰で生きながらえていた雪を踏む。そこに刻まれる新たな足跡。
最低でも一晩はここに誰も訪れていないという事実を、歩みのひとつひとつがかき消していく。

「まだ寒いな~。 三月になればもうすこしあったかくなるかな。
 人肌が恋しすぎてしょーがない。火遊びもしたくなるってモンだ」

2月も末といえば、もう少し寒いという記憶もある。
言葉とは裏腹に、赤道近くの温暖な気候では、凍えるほどのものではないようにも感zリウ。。
それはこの女が不法入島者というアウトローでありながら、暖に困らぬ身を立てているという証左でもある。
凍死した人間は表裏関わらずいるはずで、おそらくは裏側のほうが多いのだろう。

「んー」

見下ろす。黒い手袋の嵌った手。
保護も含めてつけてはいるが、これが果たして必要だったのか。
そんな思考を捨てて、なにかを捜して一対の黄金を巡らせた。

ノーフェイス >  
「ゴーストテイルって、フツーは夏に流行るもんじゃないのかな」

噂話はいくらでもある。
しかし、その真偽を確かめるには直面するしかない。
インターネットに浮上する情報の信憑性は不確かで、真実という砂金はせいぜい一割あればいいほうだろう。
大抵は主観と妄想で綴られていたり、あるいはもっと凄惨な事実を覆い隠すために塗り込められた鍍金だ。

しかし、女はただの怪談話に興味を示したというわけではない。
そこに書き殴られていた情報に、なんともわかりやすく"釣られて"しまったのだ。
狙い澄まして書いた"釣り"なら、いっそ大したものである。
あまりにも覿面にストライクゾーンを撃ち抜く内容だったから、だ。

「―――――……まんまと、って感じだね! まっっったくもう!」

勢いよく釣り糸に引きずられていく熊が脳裏に過って、赤い唇から深い溜息。
白い煙を吐き出しながら、肩を怒らせて、落とした。
探しものは見つからない。見つけにくいものであったのかもしれなかった。

ノーフェイス >  
「あったのか、なくなったのかも判らないじゃないか。
 ――ああもう、はやいとこキャッチしとくべきだったなぁっ!」

アンテナが低かった。ここのところ制作活動もスランプで、冬眠するように静かだったのは確か。
うなりながら自宅スタジオに籠もる日々のなかで、見逃してしまった魚の大きさ。
祭りは起こらなかったらしいものの、両手で真紅の髪をがしがしと描き、怒れる猫のように唸りを上げる。

「あーあ。 帰りになんか食べようって場所でもないし。
 しょーがない、スノー・マンで作って――」

幸い足元に降り積もる雪は綺麗で硬い。
気持ちを切り替えて足元にしゃがみこんだ。

「――――」

その時、視点を低くした瞬間に――認めた。
黄金の瞳が見開かれる。

ノーフェイス >  
取り憑かれたように足を進める。
歩調は早く、やがては小走りに。

見下ろす足元にある、小さい雪のドーム。
まるで木につららが落ちるように奇怪な形を見せるそれに、垣間見た。

「…………」

顔を上げる。壁面に注意をむけた。
こわごわと、女は手を上げた。

長い袖の下で、女の腕に絡みつく荊棘の文様の一部が輝いた。
魔術が喚んだ風が、花びらのように雪を巻き上げた。

ノーフェイス >  
それは冬を耐え抜いて。
あるいは耐えるほどもなく鋭く。
雪の下に咲き誇っていた。

紅の造花。

形が折れることもなく。

「…………」

葉のなき荊棘の蔦を。花弁の一枚一枚を覗く。
指先をくわえた。手袋を外す。
魅入られたように覗き込んだ。

ノーフェイス >  
手の甲で、そっと蔦の棘にふれた。
新雪のような肌に、赤い球が生まれ、育まれる。
粘性を保って緩慢に流れ、指をつたい、新たに降っては積もった晴天の雪のうえに。
ぽたり、ぽたり、と赤いしずくが軌跡を残す。

「……フフフ」

赤が絡んだ白い指先で、花弁を撫でる。
指を切らせぬよう、新たな血をそこに塗り込んだ。
柔肌の愛撫は、しかし崩れぬその花弁の冷たさを確かめる。

「なんだよ」

唇に鋭い笑みが浮かんだ。
真珠のような歯を剥いて、獰猛に笑うその表情。


この街に、花を咲かせた者がいる。


そんな怪談話に釣られてきたものの。
それがこんないびつな事実だったときに、浮かべる笑みの真意は

「――ボクへの挑戦かよ、オイ」

なんとも思い上がった言葉が、上機嫌に零れたものだ。

ご案内:「スラム」からノーフェイスさんが去りました。